2004年・秋冬 〜 新しい試み


     【 寒さとともに 】

 私の中で犬に対する意識も変わり、日々も比較的順調に流れた。
 それが私たち人間に心のゆとりをもたらし、数時間や日帰りではあるが、北海道の秋の自然を楽しむドライブに、ポッキーも含め家族で出かけることもあった。家族で車で出かけることは、半年ぶりくらいであった。このような楽しい時間を再び持て、本当に嬉しかった。

 そんな時期、私の友人が北海道に遊びに来ることになった。本当なら友人に私の自宅に泊まってもらい、おいしいご当地の食べ物などでおもてなしをしたいところであったが、先の第1回目のカウンセリングの時の先生方に対するポッキーの激しい吠え・威嚇の様子を見て、それ以来客は家の中に入れられないと思っていたし(そうそう来客もない家だが)、友人に絶対に怪我や怖い思いをさせてはいけないし、ポッキーにもこれ以上噛む経験や、来客というストレスを与えたくなかった。そこで友人には事情を話し、近所の宿に泊まってもらうことにした。

 さらにその約1ヶ月後、別の友人が夫婦で北海道に遊びに来ることになった。今回も宿泊は街のホテルでお願いしたが、今回は一緒に観光するにも時間が空き、その時papaも休日で在宅していて私と連携プレーが取れることから、友人夫婦を自宅に数時間招き入れることになった。
 ポッキーは玄関のチャイムに激しく反応する。でもチャイムが鳴らなくても、訪問者に気付くとかなり興奮する。なのでポッキーが在宅の時に友人夫婦を招き入れるのではなく、ポッキーには散歩に行ってもらって、その間に友人夫婦が先に家に入り、後からポッキーが家に入る方法をとった。
 散歩から帰ったポッキーが一体どのような反応を示すのか不安であったが、意外にもポッキーは吠えることも激しく興奮することもなく、私と談笑をしてくつろぐ友人夫婦と一緒に、同じ部屋で大人しく過ごすことができた。
 数時間の来客であったが、ポッキーの反応に安心し喜ばしく思い、また「友人を招かせてくれてありがとう」「頑張ったね」と感謝の気持ちで一杯であった。

 北海道は夏が終わると、すぐに涼しく、寒くなる。秋は私たち人間にとっても「○○の秋」などと言う様に活動しやすくなる季節であるが、それは犬、ポッキーも同じことであった。(メールの折にO先生も、A市のような厳冬は別として、犬は寒くなればなるほど元気になるとおっしゃっていた)
 夏の間は暑さにバテて床に伸びて寝ていることの多かったポッキーも、日増しに元気になっていった。
 それが原因とも言えないが、第1回目のカウンセリング後夏の間はほんの数回の危険があったもののとても穏やかに日々過ぎていたのに、10月になって特にpapaに対して、飛びつき噛みが復活した。
 と言っても以前のようなピリピリとした状況もなく、1,2週間に一度くらいであり、しかもその理由が容易に想像でき、後になって考えれば簡単に回避できたはずのことであった。
 でもそれだけに、落ち込みはしないけれど後悔は多く、頻度が高いことに「せっかくここまできたのに、また元のような緊張した状況に戻ってしまうのでは」と私の不安は大きかった。


     【 第2回カウンセリング 】

 そんな時、第2回目のカウンセリングの実施の話を受けた。でも私は「3ヶ月間は唸られない・噛まれない生活を維持できないと次へは進めない」と言われていたことを忠実に守ろうとしていたため、夏の頃なら良かったけれど、現在の状態では1ヶ月すら維持できていないので、今カウンセリングを受けても「まだまだですね」で終わり、カウンセリングを受ける意味があまりないのではないか、と自信がなかった。
 しかしO先生は「北海道に行けるスケジュールの都合がつきそうだし(北海道に来る時はYクリニックの患者の我が家だけではなく、別の病院の患者さんもカウンセリングされている)、飛びつき噛みされているのはご主人だけで奥さんは今のところ維持できている訳だし、第1回目から半年という時期はカウンセリングのひとつの区切りで、現状が良くても悪くても次の対策を考えるために出来れば様子を知りたい」ということで、11月末に第2回目のカウンセリングがまた我が家で行われることになった。

 今回もまたポッキーが吠えまくる中で実施になるかと思いきや、ポッキーは時々キャンキャンと高い声で鳴いて、隣のポッキーのいる部屋を仕切る木製の網目ゲートを前足で引っかくくらいで、前回とは違ってポッキーはあまり鳴かず、比較的落着いていた。私もビックリであった。

 そしてO先生の総合判断は、ポッキーは以前のような私たちに対する警戒心や緊張は減り、ほぼ「ニュートラル」の状態になった、ということであった。
 本来なら喜ぶべき診断であるが、私は「3ヶ月、が経っていないのにいいのかな?」とそれでも自信がなかった。

 ここで先生に「飼い主として、これからどういうことを希望するか」と聞かれた。
 なので私は即答した。
 これから雪の降る季節となり、地面が根雪になるとアスファルトは消え、ポッキーの爪や足裏の毛は自然に擦り切れることがなくなり、どんどん伸びてくる。この前の冬はポッキーの噛み癖が始まっていながらも何故か爪切り・足裏の毛切りはできていたけれど、今の私にはそれをする自信が全く無いし、無理だろう。だから当面急ぎたいことは、爪切り・足裏の毛切りが問題なくできるようにしたい。
 と、お願いをした。
 そしてこのようにポッキーの身体に対して何かできる、そしていずれは触れることができる、ということは、将来ポッキーが歳をとってから腫瘍などの身体の異常など、病気を早く見つけることができ、ポッキーの健康のためには欠かせないので絶対にできるようになりたい、ならなければ、と考えていた。

 すると先生は、そのためにはポッキーに「クリッカートレーニング」を取り入れましょう、ということであった。
 「クリッカートレーニング」とは犬の行動に対して「それが正解だよ」と教えるために、おやつを使うのではなくクリッカーの『カッチン』という音を使って物事を犬に教えるトレーニングであり、人間も犬もそれをマスターすると、その音で犬をコントロールできるようになるのである。
 
 「クリッカートレーニング」は、以前まだポッキーが噛まなかった頃、当時の犬仲間の人たちに誘われて「フライボール」というドッグスポーツの講習にpapaとポッキーが参加した時教えてもらったことのあるトレーニング方法で、以前メールカウンセリングで別の先生にカウンセリングを受けていた時にも勧められた方法だった。クリッカーは探せば家にもあったし、やり方もだいたい知ってはいたが、今まで新しいことを始める気持ちの余裕もなく、実際に試してみたことはなかった。
 しかしクリッカーを使うことは、おやつを使うやり方よりも、いつでもどこでも、確実な正しいタイミングで犬に「それでいいんだよ」という合図を出すことができるので、おやつよりもずっと有効な方法であるそうだ。
 犬によってはクリッカーの『カッチン』という音が苦手な犬もいるそうだが、ポッキーは音の反応を見たところその音を怖がることがなかったので、クリッカートレーニングを取り入れることとなった。

 まずは今まですでに覚えているコマンドを言った時に、犬が従ったらクリッカーを鳴らし、その後おやつを毎回あげる。これがトレーニングの最初、「導入」の段階で、これを数日間続け、その後何も無い時にクリッカーの音を聞いただけで犬が反応するようになったら(犬が寝ている時にクリッカーを鳴らしたら起きて人間に寄ってくるなど、クリッカー音を「良いイメージ」と犬が思うようになったら)次第にクリッカー音の後のおやつをあげる回数を減らし、段階を踏んでおやつではなくクリッカーの音を、良いことの合図(ごほうび)とし、いずれはクリッカーの音だけで不完全なコマンドや新しい事を教えていくのである。

 この方法が順調にいけば、私たちの希望の「爪切り・足裏の毛切り」も早ければ1ヶ月くらいでできるようになりますよ、と言われた。
 私たちは早速クリッカーをいくつか用意して、いつでもすぐに使えるよう部屋に吊るしておいたり、紐で首から下げて身につけられるようにして、クリッカートレーニングに取り組み始めた。でもこの間ももちろん、ポッキーに噛まれないようにしなければいけないので、自信の無いことは無理せず、不安な場合は木製のゲート越しにトレーニングをするなど、身の安全にも気をつけるよう指示された。


     【 ある朝の出来事 】

 クリッカートレーニングを始めて2週間ちかく経った頃の朝だった。
 朝は私が起きるとまず1階にいるポッキーに朝ごはんをあげるのだが、いつもお座りしたポッキーの目の前で、フードストッカーから計量スプーンでお皿にフードを入れてあげて、ヨシでごはんを食べさせている。そしてポッキーがごはんを食べている間に私はフードストッカーを棚に戻し、隣の部屋に行って木製のゲートを閉め、その部屋の掃除機をかける。これが毎朝の決まった流れであった。
 その日の朝もいつものように、ポッキーの目の前でごはんをあげ、フードストッカーを元に戻し、隣の部屋に入りゲートを閉めようとした。すると私が後ろ手で閉めたゲートがガシャガシャと激しい音をたてた。驚いて振り向くと、いつの間にごはんを食べ終えたポッキーが、私が閉めたゲートに突進し、ものすごい唸り声を上げながらゲートに飛びついていた。
 突然の気が狂ったかと思うような唸り声、形相でポッキーはゲートに噛み付いた。その反動でバタバタとゲートは動き、開いてしまいそうになるので私は鍵をかけようとするのだが、鍵をかけようと私の手が動くと、その手を見てさらにポッキーは唸り声を上げた。
 濁った声に、すごい顔。今にも開いてしまいそうなゲートに鍵もかけられず、私は足で必死にゲートを押さえつけてポッキーが私のいる部屋に入らないように、足の踏ん張りにも恐怖心にも耐えた。
 しばらくするとやっとポッキーの勢いはおさまり、捨てゼリフのような小さな短い唸り声を残して、ゲートのすぐ横にあるハウスの中に入ってくれた。

 今のは一体何だったのだろう?ビックリでもあったが、やはり怖かった。
 こんな恐怖は7ヶ月ぶり、ポッキーを病院に預けた直後の時に味わった以来だった。
 この日その後は無事に過ぎていき、このような朝の状態は、この日だけであった。
 私にとってはこの突然のポッキーの豹変にどうしたらいいかわからず、すぐにO先生にメールで報告した。すると、新しいことや慣れない刺激に弱い気質のポッキーが、「クリッカートレーニング」という新しい刺激に敏感に反応し、そのとまどいが今回の出来事の引き金になったように思われるから、クリッカートレーニングは無理せず、行う回数も減らしてよいと言われた。
 そしてクリッカートレーニングは、一日の回数も減らし、安全で簡単な事のみ、細々と続けることになった。
 クリッカートレーニングを始めたことがあそこまでのポッキーの豹変の原因なのか私には解らないが、それ以来ポッキーのあの激しい唸り声、あのスゴイ顔を見ることはなかった。



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