2004年・初夏 〜 微かな光


     【 理由 】

 O先生のカウンセリングが終わった。
 カウンセリングはO先生や付き添いのYクリニックのK先生にポッキーが吠えまくる中、ポッキーとは別室で行われた。
 以前提出した問診表と中心に長時間行ってもらった。
 後にK先生が語ったところによると、O先生は今までの情報で、ポッキーは特殊なケースの犬かもしれないと、珍しいサンプルとしてある意味期待して北海道まで来たそうだが、カウンセリングしてみると特殊なケースではなく、よく見られる問題行動だったそうだ。

 ポッキーの今の状態は、何をしてもストレスと不安、混乱の状態なので、とにかくストレスを与えない生活をさせることがまず第一だと言われた。
 カウンセリングで以下のような事を指摘、指示された。

 1、社会化不足、早期離乳による不安傾向

 ポッキーはペットショップから生後1ヶ月半の時に我が家にやってきた。ということはそれよりもっと前に母犬や兄弟と別れている訳で、さらに家に来てからも2ヶ月ちかくはワクチン接種の関係で散歩に出られず、ほかの犬と会う機会がなかった。そのような犬は社会化不足になって当たり前で『他の犬と仲良くなれる訳がない』とまで言われてしまった。
 だから他の犬と会うことはポッキーにとってストレスにつながるので、犬の集会は当然ダメで、散歩も出来るだけ他の犬と会わないようにするよう指示された。
 犬の生後4ヶ月までの経験というのは一生を左右するくらいなのだそうだ。

 いろいろな意味で「エェ〜ッ」であった。
 
 早期離乳と言われても、これはペットショップ出身の犬の宿命だと思う。特にペットショップでは出来るだけ早い時期の子犬を手に入れて、「ぬいぐるみみたいでかわいい」という時期までに店頭に出さないと売れなくなるから、犬の離乳なんて考えていないわけだ。
 早期離乳、と言われても『私のせいじゃないよ〜!』と思ってしまうのだ。
 私の頭でっかちの知識の中でも「問題犬、といわれる犬には生後1ヶ月半未満で家庭に来たという犬が多い、というデータがある」というのがあったが、ウチもそうでした、という感じである。
 以前TVで、生後4ヶ月までは犬の中で過ごし犬同士でしつけられると、将来人間を噛むなど問題行動を起こすことがないので、生後4ヶ月までは他人に子犬を譲らない、というゴールデンの牧場がある、というのを見たことがあるのを思い出した。ブリーダーが皆このように意識していれば犬にとっても人間にとっても幸せなのだろうな、と思った。

 そして他の犬や知らない人との接触禁止について。
 ポッキーが2月に他人を噛んでから他の犬や人の集まる場所では非常に注意をしていたし、ポッキーも他の犬と仲良く遊ぶこともなかったし他の人に懐くこともなかったのでそんなにいつも集会に声をかけてもらうこともなかったのだが、もう集会には行けないのかと思うと残念だった。
 先にも述べたが私たちはポッキーに普通に社交性のある犬になってもらいたく、子犬の頃は社会化の努力をしていたのだ。パピークラスには連れて行ったし(しかしいつも他に1匹しかいなかった・・)、散歩がまだ出来ない時から「ペット入店可」のホームセンターに買い物がなくても抱っこして連れて行き、人ごみに慣れさせ通りすがりの人に撫でてもらったりしていた。散歩するようになっても、犬を連れている人に積極的に声をかけ「会わせてもいいですか」と断ってから鼻挨拶をさせたりしていた。
 もともと他の犬とは鼻挨拶をしたら後は興味なさそうではあったが、近寄っていくと突然吠えられることもあり、それから夏の暑い間しばらく散歩中に他の犬に会わないなー、と思っているうちに気がつくと犬を見ると吠える犬になってしまった。
 今思うと残念なのだが当時我が家はまだインターネットを始めておらず、犬の交流の情報が少なかった。
 そしてポッキーが1歳を過ぎた頃にインターネットを始め、市内に犬のサークルがあることを知り、そこで親戚犬と出会い、交流の場に行くようになった。何度か行くうちに、ポッキーは2,30分その場にいて慣れると吠えることがなくなり、ようやく会ったことがある犬には吠えなくなったように見えた矢先だったのだ。

 しかしこういった集会参加は、元々頭に超がつくくらいの神経質で臆病で、さらに不安傾向にあったポッキーにとってはかなりのストレスになっていたようだ。
 私たちはポッキーに他の犬に慣れてほしくて連れて行ったけれど、私たちと絶対的な信頼関係で結ばれていなかったポッキーにとってはひとり怖くて不安で、ストレス以外のなにものでもなかったようだ。
 そういえば、ポッキーが本格的に集会デビューしたのは約1歳半の頃、この頃はオス犬が攻撃的になり始めやすい時期だという年齢的なこともあるかもしれないが、この頃からポッキーに変化が見られ始め今までは何でもなかったのに触られるのを嫌がるようになって来た。
 そして今年になってからを考えてみても、集会に参加した次の日には急に足を洗わせなくなったり日常の唸りが多くなるなど、偶然かもしれないが不穏な動きが見られることがあった。
 『犬が他の犬と仲良くするのは当然だと思っているのは人間の感覚だけで、犬にとっては本来その必要はなく、群れ(家族)の中でさえ仲良くしてうまくやっていれば犬にとっては生きていけるから十分なのだ』とは聞いたことがあったが、ポッキーにとってはその通りのようだ。

 2、しつけ方、接し方からくる混乱
 
 これは以前メールカウンセリングでも指摘された事だが、子犬の頃に甘噛みした時などに「マズルをつかみ仰向けにさせる」という方法を行っていて、これは書籍などに「母犬がするしつけ方」と紹介されていたのを我が家も行っていたのだが、これはポッキーにとっては間違った方法で、叩くなど体罰はしていなかったけれど、それと同じ効果になってしまっていて、私たちや私たちの手に対する強い恐怖心を与えることになってしまった。
 そして今までも反省したとおり、私たちの一方的なやり方で接してしまい、子犬の頃は何だか判らないので素直に従っているように見えていたが、ポッキーが大人になるにつれてポッキーも精神的に成長し、不平不満が募っていき、ある日とうとう(去年12月)爆発してしまったという訳である。
 なんだか人間にもありそうな話である。

 これが元々のんびりした性格の犬であるならば私たちのような叱り方、接し方でも問題なかったのかもしれないが(叱り方などは実際やっていたという人がいるし、その犬も噛む犬にはなっていない)、ポッキーはボーダー・コリーという犬種の性格の特徴を強く持っていて、飼い主よりも先に考えて先回りの行動をする能力や、非常に神経質で臆病で、私たちの気持ちや表情、声のトーンや雰囲気までも瞬時に汲み取ってしまう繊細さを持っている犬だから、ちょっとした事でも恐怖心や猜疑心を植えつけられてしまい、混乱してしまったのかもしれない。ある意味、ポッキーには犬として接してはいけなかったのかもしれない。『(叱り方を)早まるな、話せばわかる!』のような。

 そしてその心の混乱が、私たちに対する攻撃という形になってしまった。
 本当に人間にもありそうな話で、ポッキーは犬だけれど、心は犬とは違う、まるで人間のような気がした。正直、ここまで犬の心が複雑だとは今まで思っていなかった。やっぱり私は犬のことをわかっていなかったように思う。
 またこの攻撃行動は、メスよりはオス、オスも去勢済のオスよりは未去勢のオスの方が現れる傾向があるという。この時ポッキーは未去勢で、その時は正直「去勢の有無は問題行動とは関係ないと(本などで)聞いていたのだけれど・・」と思ったが、後に述べるが別の理由で去勢はするつもりでいたので、もしか攻撃行動抑制の足しになれば、と去勢することになる。

 去年末から今までいろいろと努力はしていたが、結局はそれが裏目に出てしまい、ポッキーはますます混乱し、それを解消しないまま新たにあれやこれとやったため、ポッキーはさらに反応が過敏になっていく、という悪循環にはまっていたようだ。
 なのでまずはポッキーの精神状態を「ニュートラル」にすること。つまり、今まではゼロ以下のマイナスな状態を繰り返していたので、白紙、ゼロの状態に戻すこと。そのためには今まで家にいても常に緊張状態にあったポッキーをリラックスさせること、ポッキーの縄張りである室内は、私やpapaに怖いくらいに叱られた嫌な場所であり、そのために緊張を強いられる場所になってしまっていたので、とにかく家、室内を安らぎの場所にするよう指示された。
 その補助としてDAPという授乳期の母犬が出すという鎮静効果のあるフェロモン剤の使用も勧められ、利用を始めた。

 ポッキーをリラックスさせるために、今まで噛むことが癖になっていたので噛む経験をこれ以上させないために(犬は噛むたびに何かしら学習するという)、とにかくポッキーの嫌がることは一切せず、構わない、噛まれない生活を最低3ヶ月は続けるよう指示された。この3ヶ月という数え方も、噛まれたり唸られたらそこで日々のカウンターはリセットされ、その日からまた3ヶ月を目指さなければいけない。
 私たちは必死にならなければいけない。
 「噛まれる、唸られる事を一切しない」生活は、今までも指示されていたが徹底できなかったし、私たちにとっては難しいが、やらなければならない。
 今までは「機嫌が悪くなければ大丈夫だろう」と身体の手入れなどで何だかんだ接触していたが「これは絶対に大丈夫」と自信があること以外は一切してはいけないので、これからは気持ちを入れ替えて、ポッキーに目ヤニが付こうとも、白の襟巻き(首の毛)によだれやゴミが付いていても、足が汚くても、今までは切っていたヒゲがオッサンのように伸び放題になっても、私が我慢してポッキーには何もしないようにしよう、と決めた。
 
 そして噛まれない状態(ゼロの時点)になったら、次の段階へ、ポッキーとの新しい関係作りを始めるという。
 ポッキーは他にも、自分の縄張りや食べ物の防衛が強すぎること、興奮すると抑制がきかなくなることも指摘されたが、これらは急がなくても今後の新しい関係作りの中で教えることが出来るから、まずは「噛まれない・唸られない」を最優先するよう言われた。

 今回カウンセリングを受けたことによって、ポッキーの噛む原因がはっきりとしたように思った。この時も「権勢症候群」なんて内容は一切なかった。
 もう私の「権勢症候群」の呪縛はなくなった。
 専門家による原因の究明、的確な治療法の指示、と人間の病気と同じように正しい順序でカウンセリングしてもらいとても良かった。ポッキーの場合は「訓練を受ける」では解決の方向を向かなかったように思う。


     【 手術 】

 カウンセリングの二日後、さっそくポッキーは去勢手術を受けた。
 去勢しても性格や攻撃行動そのものは変わらないと言われているので以前は去勢に消極的であったが、O先生のカウンセリングを受ける前、ポッキーは散歩中にシーズンの先頭をきって目の近くにダニを付けてしまった。
 それまではほとんどしなかったのに去年末から急にマーキングが増え(噛み癖開始の時期とだぶる・・)マーキングの度に草むらに顔を突っ込んでにおいをかぎ、くるりと回ってマーキングするのでその時にダニが付いてしまったようだった。
 触れることが出来ない犬は、このような時に非常に困る。
 病院に連れて行き苦労してフロントラインを滴下し、目の下のダニに薬を付けてもらった。
 ダニの付いた所はハゲてしまったが、この時、また治療で苦労するのは嫌だし困るから、ダニが付くからもうマーキングはさせたくないと思い、去勢しようと思ったのだ。去勢すればマーキングはまず減るだろうから、そうしたら草むらに顔を突っ込むことはない、と思ったのだ。そして、いつにしようか、と考えていたのだ。

 手術そのものはすぐに終り、あとはせっかく全身麻酔をかけるので、歯石を取ってもらい、オシッコのかかるお腹や前足の毛もカットしてもらった。
 前回の預かりの変貌が怖くて、麻酔が効き始めるまでポッキーのそばにいた。
 この前は安楽死も考えた私だが、麻酔が効いてきて全身の力が抜けたポッキーを見ただけで、何だか涙が出てきてしまった。ポッキーを安楽死させる気持ちはもうほとんどなかったが、これで涙が出るくらいでは安楽死なんて絶対無理だな、と思った。

 今回病院から帰った後は前回の預かりの時のような変貌はなかったが、バイトノット(傷口を舐めないようにするエリザベスカラーのようなもので、エリザベスカラーだとポッキーにはよりストレスになると思いこの器具を希望した)を首に着けられてイライラはしているようだった。
 ポッキーは外の排泄が癖になってしまい、一日最低3回は外に連れ出さなければならない。しかしバイトノットを着けていては散歩ごとにカラーとリードの付け外しをする自信がなく、5日間、カラーとリードは付けたまま、またリードを引きずっていては物に引っかかるし、何よりリードの先を拾おうとすると飛び掛られるので、ハウス近くに係留となった。
 係留生活は初めてなのでストレスはあったようだが、次第に始終普通によく寝るようになった。また私も係留していることで、危険になったらリードの範囲外に逃げれば噛まれないことから、逆に以前よりもポッキーに近づくことが出来た。そしてポッキーの方も手術後の不安のためか、初体験のバイトノットや係留の不安のためか、理由は判らないが明らかに以前よりもっと、私にベッタリと密着してきて休んだり寝たりするようになった。そんな様子を見て、久しぶりにポッキーをかわいい、と思った。

 しかし手術二日後あたりから、室内に異臭が漂うようになった。初めは何だかよくわからなかったが、ポッキーをよく見てみると、バイトノットの縁が首の皮膚に当たることによって、靴ズレのような摩擦による炎症を広範囲に起こしていた。自慢の白い襟巻きに茶色い体液が付いていた。
 術後五日目に病院でバイトノットは外したが、その時首はひどい炎症を起こし、手術器具を繋留するためにリストバンドのように毛を刈った前足の部分をストレスから舐めてしまいそこも炎症を起こし、また去年も発生したおそらくアレルギーによる目の痒みから目と目の縁も炎症を起こし、体中が赤い所だらけでとても可哀相な状態だった。

 首の傷は数週間でかさぶたとなり、その部分の毛が一気に抜けて首の毛はスカスカになったが、だんだん治癒していった。


     【 変化 】

 去勢したポッキーは変わったことがあった。それは、あんなに、出もしないのに必死でしていたマーキングを、ほとんどしなくなったことだ。これは予想してはいたが、こんなにはっきりと判るほどなのか、と嬉しくなった。

 そして去勢のせいなのかは不明だが、明らかに室内で大人しくなった。
 今までは寝ることにも飽きて暇になると、私たちに「オレ様の相手をしろ」と言うかのように落ち着かないことがあったが、常に私のそばに来て、私の身体に自分の身体を密着させて座ったり、休んだり、寝たりして大人しく横になっているようになった。
 
 また、以前から頭に超がつくくらいの臆病者だったが、今まで以上にちょっとした物音に過敏に反応し吠えるようになった。外でも室内でも、何かにビックリすると、背中をまるめてシッポを股に巻き込んで、数メートルも飛び退って逃げ私やpapaの足の間に隠れたりする。
 ビックリしているポッキーには悪いが、飛び退るその姿は漫画の動きのようで、思わず笑ってしまう。

 このような状況の中「噛まれない、唸られない」ことを意識して生活し、頑張った。私の中で以前のような何も出来ないような恐怖は減っていたが、ポッキーに余計なことは一切せず、常にポッキーを意識し、ポッキーを怖がらせたり、ポッキーに誤解される動きは一切しないよう生活した。
 噛まれない記録はどんどん延びていった。

 しかしちょうど記録が1ヶ月となった時、私は噛まれないことに油断し、ポッキーに誤解を与える動きをしてしまった。やはりポッキーは反応してしまった。ポッキーに対面して座った床から立ち上ることは禁止事項なのだが、ポッキーが後ろを向いていたのでゆっくりと立ち上ってしまったら、ポッキーが振り向いてしまい、それを見たポッキーは私の腕に飛び掛ってしまったのだ。
 記録は1ヶ月で止まってしまった。

 記録のカウンターはリセットされてしまい残念であり油断した自分を反省したが、今までのように落ち込むことはなかった。
 何故なら、去年末にポッキーが変わってしまってから、1ヶ月間も噛まれないどころか、唸られないことなど、なかったからだ。頑張れば出来るかもしれない、と思ったからだ。
 今回は前向きになれた。

 1ヶ月間とても心穏やかな日々だった。
 今までは真っ暗闇の中を、転んだり落ちたりぶつかったりしながら、ひとりひたすらさまよっている感じであったが、今はなんだか遠くで、微かな、ぼんやりとした明かりが見え隠れしているように思った。
 ポッキーの、私たちにまつわる恐怖心は一生消えないし、時としてフラッシュバックし攻撃行動が現れることもあるという。一度噛み癖がついた犬はもう絶対に「噛まない犬」にはなれないという。
 でも私たちが気をつければ、これからのポッキーとの生活は変われる。
 まだおそらくあと十数年はある。少しずつで良いから、絶対にまたポッキーと仲良くしたい!と強く思った。
 ちと恥ずかしい例えだが『何人もの異性と恋愛した人よりも、ひとりの人とじっくりと恋愛した人の方が恋愛をよく知っている』というような海外のことわざがあったと思うが、私たちはこう考えると、ポッキーに「犬」というものをたくさん、たくさん、教わったような気がする。
 ま、今だからやっとこう思えるし、やっぱり噛まない頃の方がずっとずっと良かったのだが・・・。

 油断は禁物。 


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