火山地帯の 悲劇と恩恵

火山地帯の悲劇と恩恵

     鬼界カルデラの大噴火

  南九州には、カルデラ火山が集中している。人々の生活は、これらの火山と共にあったといえる。

  そして今から6.300年前、この分布の一番南に位置する海底火山が、日本列島に大きな影響を与えることになった。 海底火山の大爆発「鬼界カルデラ」である。上野原をはじめとする南九州で繁栄してきた縄文集落に襲いかかったのである。

 何故危険な火山地帯にも関わらず、人はそこに住むのか。 一生の間に火山の大噴火に遭遇する確率は極めて低いだろうから、火山の噴煙に慣れてしまい、自分の生きているうちには噴火はしないだろうという意識が働くからかもしれない。しかし、話はそんな単純なものではいようだ。

 大阪市立大学理学部教授・熊井久雄氏が調べた結果。

 太古から火山地帯は、生活する上で有利だったようだ。

 八ヶ岳の長野県側。縄文時代の遺跡の分布と火山の地形を良く調べると、ある傾向が見つかった。

 遺跡は火山の麓に集中しているのである。そして、大変理にかなったことだったという。

 火山は天然の貯水池でもあったのである。火山灰土壌は雨水を吸収しやすく、溶岩の裂け目も水の通り道になる。下部へと降りた雨水は、水を通しにくい泥炭層とぶっかり、溶岩の中を通ってゆっくりと下流へと向かってゆく。それはやがて湧き水となって、裾野の地表に出る。

 この水こそが人々を潤したのである。水の無い場所では人は生きていけない。火山の周りを流れる河川の流量も湧き水同様に豊富なことから、人々は火山の周辺に居を構えたと考えられる。 又、あまり語られていないが、体を癒してくれる温泉という恵みにも気付いていたかもしれない。

 更に、火山は土壌を豊かにしている。これは火山周辺の環境に限らず、日本全体にいえることだが、日本の火山灰の中でも特に黒みがかった火山灰土壌は、有機物が豊富で非常に肥沃だという。そのため木々や植物が良く育つというわけだ。その後の日本で畑作や稲作が栄える背景にも火山灰土壌の存在が深く関わっている。

   未曾有の大噴火がもたらしたもの

 あの丸ノミ形石斧に注目し、各地の遺跡の出土物を調査した考古学者・小田静夫氏。

 丸ノミ形石斧と系統を同じくする円筒型の磨製石斧が黒潮の流れに沿うように、高知(木屋ヶ内遺跡)、和歌山(不動寺谷遺跡)、八丈島(供養橋遺跡)などで出土していることが分かったのである。

   

   

 この他にも、南九州が発祥地といわれる独特の燻製施設「連穴土坑」が、三重(鴻野木遺跡)、愛知(浜井場遺跡)、静岡(匂坂中遺跡)、関東と、黒潮の沿岸に伝わっていることが最近の研究からわかってきた。

 2000年の秋、東京の多摩ニュータウンで、4.500年前の縄文時代の遺跡が発掘された。 5万uの敷地から274の住居跡が見つかっている。関東で最大級の集落遺跡である。ここから、大量の土器に混じり木材を伐採するための石斧が250本近くも見つかった。それらは全て、あの南九州の人々が生み出したと考えられる「磨製石斧」だった。

 列島の南で生まれた早咲きの縄文文化は、南九州では確かに幻と消えてしまった。しかし、南九州の縄文人たちは、火山噴火の前後に海人の精神と文化を携え、黒潮に乗って東へ東へと拡散していったと考えられるのだ。

 彼らは列島各地の人々と再び交じり合い、新たな文化の誕生に火をつけていったのかもしれない。

  祖先たちが残したもの

 ときに荒れ狂う大きな海に、木の葉のような筏や丸木舟を浮かべ、必死に海を渡った祖先たちの姿である。

 何という冒険心、何という好奇心だろうか。大自然の中に身を投じ、新天地を求めようとした人間の気迫が、目の前に広がる大海の波間から、強烈に伝わってくる。

 はるか5万年前、スンダランドで始った人類最初の海を越える旅。数え切れないほどの失敗と苦難、多くの人々が命を落としたことだろう。しかし、挑戦を繰り返した。地球環境の激変と言う時代の中を、知恵と工夫で生き抜いてきた。

 恐れや不安を抱きながらも、未来を切り開こうとした祖先たち。大海原に乗り出した彼らの姿は、そのまま黒潮の漁師たちの姿に重なって見える。

 海に生きた祖先たちのたくましき精神は、気が遠くなるほどの長い時間と途方も無い空間を越え、今の私たちへとつながっている。

(荻野 太郎 NHK社会情報番組部ディレクター  

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