ガコガコと車が激しく揺れる。

両脇を森林に囲まれ、さらに地面は舗装もされておらず草も生え、荒れ放題の道だ。

四国山中のとある道を、佐伯誠は友人の車で進んでいた。

「ずいぶん走るんだな」

「どの道も封鎖されちまってるし、それに下手に近づいたらニオイが酷いって聞くぜ」

「ま、俺らにはこれしかないって事かい」

そうぼやきながらキャップを緩め、ペットボトルを飲み干す。

「…お、ほら、もうすぐだ」

森林地帯が開け、青い空が覗く。佐伯は無言でカメラを取り出した。

 

2人は車を降り、木々の間から、向こうにある山を見つめていた。

「ずいぶん大きいな」

30メートル…ってとこだな。成体にしちゃ小さいが…」

「専門家じゃないし、詳しいことはわからないが…あれが次の本のネタかい?」

「ま、そんなとこだな」

佐伯は続けてシャッターを切った。

彼の覗くファインダーの向こう、木々が生い茂る山の上に、巨大な茶色い物体が横たわっており、その周辺には自衛隊員の姿が確認できる。麓などは自衛隊車両でいっぱいだ。

直射日光によってもたらされる強烈な腐臭はここまで届く気がした。

「ギャオスか…ここ数年じゃ相当大きい方だ」

 

 

GAMERA 2010

 

 

2010/6/ 東京

 

 

電車の窓から、佐伯は第2東京タワーを見ていた。

あれから15年。

かつて破壊された東京タワーはその役目を新しいタワーへと譲っている。

四国山中で見た、あの忌まわしい生き物によってもたらされた傷跡をこの街に見出すのはもはや困難になりつつある。

 

「やぁ、ごくろうさん」

とあるアパートを訪れた佐伯を出迎えたのは年の近そうな男だった。

名前を長野真澄。生物学者である。

「お使いご苦労さん 写真、ちゃんと撮ってきたろうな?」

「ぬかりはねぇよ」

カバンから取り出された数枚の写真が卓上に広げられる。

木々の間に倒れこむ、巨大な茶色い鳥のような生き物を映し出した写真。

「…ずいぶんと、大きいな」

思わず長野がもらした。

「山中に潜んで、山間の村落を、それも過疎地域の村を襲ってたみたいだ。あとは野生動物とかな…自衛隊が警戒してたらしいが、この大きさになるまで発見できなかったとは」

腹部から脚部にかけての裂傷、銃創…機銃とミサイル攻撃をうけ、引き裂かれ、焼けただれた皮膚の間から内臓がこぼれ出している。

「ここ最近じゃかなりの大きさだな…出現件数が増えているとはいえ、ここまでのサイズは発見されてない…」

長野はくいいるように写真を見つめ、つぶやいていた。

「もう出現すること自体が稀になっていたのにな…今年に入って、これで4件目か…」

「明らかに、世界的にギャオスの出現件数が増えている。10年前と同じようなことが起こってるのか?」

「さぁ、わからないな…」

長野は写真を見つめ続けている。すると、何かに気づいたように佐伯に写真を差し出した。

「こいつは、足が変異しているな…ぱっと見じゃわからなかったが…」

そういうと、写真を佐伯に預け、本棚からファイルを引っ張り出してきた。

「これと…これ…カンボジアとドイツで見つかった個体だな」

長野が引っ張り出してきた写真はどれもギャオスのものであったが、一見するとそれとわからないくらい、その形は異様だった。

 

2009/11 カンボジア

昼間に○○市の上空に出現。軍隊が出動しこれを捕獲。その直後に住民によって射殺。

頭部〜胴体は通常のギャオスのものと変わりはないが、翼に骨が認められず、触手のように変化していた。飛行時には触手と触手の間に皮膜を広げ、それを用いて飛行していたとされる。両足も太い触手となっている。

その後の検査で染色体構造の変化を認める。

 

2010/2 ドイツ

○○山中にて発見され、その場で射殺された。

ここ半年、世界中で報告のある変異ギャオスの特徴が顕著に表れている。

頭部に皮膚はほぼみとめられず、骨格が露出している。目は頭部の中央に単眼として表れており、通常のギャオスとかなり異なった構造となっている。

翼はカンボジアの例と同じく触手状に変化。そのほかにも、全身に骨格のような突起物が認められる。

ギャオスの耐久卵の捜索にあたっていた自警団に襲い掛かり、2名を殺害するも、その場で射殺される。染色体構造に大きな変化を認める。

 

写真はクリップでこのようなメモにとめられていた。

「…もう見たよ、それは」

そう言って四国の個体の写真に目をやると、確かに脚部が複数の触手をより合わせたような構造になっていた。

「ギャオスという種全体に、何らかの変化が起ころうとしているのは明らかだな。世界各地で同様の現象が起こってる…で、お前さんはやっぱりあいつを引き合いに出すわけだろ?」

佐伯は写真を机の上に置くと、長野を見た。

長野の顔は固まっている。

「…99年に出現した、奈良のギャオス変異体。これらの変化はあの個体の形状によく似ていると感じないか?」

ドイツの個体を見ればそれは明らかだった。どれもこれも、奈良のギャオス変異体のできそこないのような形でこの世にあらわれたのだ。

「ま、そうなるわな 研究の結果もそうなんだろ?染色体やら何やら」

「あぁ、奈良の生物ほどのものじゃないが、どいつもこいつも同様のパターンを示してる」

「…あれから10年、また大量発生とはね。しかも今度はその殆どが変異体ときたもんだ」

一瞬の沈黙のあと、再び佐伯が口を開いた。

「このギャオスの発生、お前はどう見る?」

その片手にはペンがしっかりと握られている。

「…ギャオスは、完全な遺伝子を持った超生物として考えられてきたが、俺は違うと思いつつある。連中は、確かに最初からあの完璧な遺伝子を持っていたかもしれんが、それに加えての自己進化能力があると思う。今回の変異と、そして大量発生ってのは、俺は種族全体の進化に相当するんじゃないかと、そう思ってる」

「種族全体の…進化?」

「脅威に対抗するために、一個体だけじゃなく種そのものの進化が促されてる、ってこと。進化ってのは自然淘汰の結果だとは思うが、連中の場合は違うんじゃないかな。自発的に進化を行える、それがギャオスなんだと思っている」

「…なんのために、そんな」

「脅威に対抗するため」

「…」

「いまや人類はギャオスを絶滅寸前まで追い込んでる。もちろん、99年に殆どの個体が駆逐されたってのもあるが、その後も巣を潰したり、卵狩りが行われて、ギャオスという種の絶滅はもう目前だ」

「ギャオスは絶滅寸前に追い込まれ、人類への対抗手段として大量発生と変異を、種全体で行っているということか?」

「或いは」

「…」

佐伯のペンが止まった。

 

「…はぁ、長峰さんがつかまれば、色々聴きたいんだが、ここ最近は連絡取れねぇや」

そう言って長野は本棚に置いてある一冊の本に目をやった。

『怪鳥と遭遇した日』

その本の著者、ギャオス研究の第一人者でもある長峰真弓は長野の先輩にあたる人物だった。

「ギャオスギャオスで、最近は忙しいらしいからな。俺も取材でアポ取ろうと思ったけど、ダメだった」

「取材って…本の?お前ギャオスの事でも書くのか?」

「違うよ」

ギャオスの写真をカバンの中にしまい、次は手帳をひとつ取り出した。

「ギャオスの事ももちろんだが、俺の書くことはまた別さ。近いけどな。ま、その取材の関係で明後日は大阪に行かなきゃならねぇ」

佐伯はパラパラと手帳をめくる。

「取材ねぇ…何だ、大阪に怪獣の専門家でもいたっけか?」

佐伯の手が止まり、手帳の間に挟み込んでいた一枚のメモを取り出した。

「違うよ、ただの女子大生。この子には…」

言い終わらないうちに、そのメモを長野に差し出す。

走り書きではあるが、このようなことが書かれていた。

 

―比良坂 綾奈

‘99 の奈良・京都の事件に深く関与

重要人物

現在は大阪に移設された○○大学に在籍…

 

「ガメラについて、色々聞きたくてね」

そう言って笑った。

 

 

 

続く