「京都か…」

新幹線で駆け抜ける中、窓から見える街並みは10年前と大きく異なっていた。

そびえ立っていた東寺の塔は消え去り、未だに街中で工事が続いている。

火の海と化したあの日、この街が紡いできた歴史は全て止められた。

それでも、この街が活気を失わないのは、この土地が持つ魅力のせいなのだろうか。

「ま、俺にはどうでもいいこった」

そういって、窓から目をそらした。

 

 

GAMERA 2010

 

 

2010/6/ 大阪

 

 

女子大生の部屋、というにはあまりに地味な…いや、簡素な部屋に通され、佐伯は妙な緊張を覚えていた。

一人暮らしの女性の部屋にあがりこむという、この現状も作用しているのだろうか。

差し出されたコーヒーにまだ手をつけずにいた。

「…それで、要件って」

机を挟んで座る女性・比良坂綾奈が言った。

「あぁ、あの…まぁ、前に電話した通りなんだけどね」

コーヒーに伸ばしかけていた手をひっこめ、カバンの中から手帳を取り出した。

「いくつかお聞きしたいことがありまして…ま、軽く取材させてもらいたいんですわ。僕の本のために」

明るく言ってみるも、綾奈は表情一つ変えなかった。

「…京都の件ですか?」

「ま、その辺、かな」

「…よく、わかりましたね。私のこと」

この目の前の少女が10年前の事件の切っ掛けだったなどと、誰が想像できるだろうか。

佐伯は今でも信じられずにいた。

彼女の情報は、彼の言う『ツテ』から入手したものであるが、無論その情報の入手に多くの危険が付きまとったことは間違いない。

彼女のプライバシーは、警察機構によりきっちりとガ−ドされていたのだから。

「ま、色々と、ね あまり長居もできないから、さっそく質問させて頂きます」

ペンを握る手に力が入った。

 

11年前、になるかな。あの時、君は京都にいたんだよね?」

「…はい」

「大体の話は聞いてる。奈良の生物と君の事も。ま、それに関してどうこう言うつもりはないよ。君が悪いなんて、僕は思っていない」

「…」

「あー…いや、そこじゃなくてね。僕が聞きたいのはむしろ別の事なんだ」

「…」

「ガメラを、君はどう思いますか?」

ピクリ、と綾奈の肩が揺れた気がした。

「なんで、そんなこと」

「僕にはある親友がいてね」

佐伯の目が、いつの間にか厳しくなっていた。

しかし、その目線は綾奈に向けられてはいない。

「昔からよくつるんだ仲間だったんだ。こいつは親友だと、心の底から思えるやつだった」

綾奈は、その目を知っている。

11年前、渋谷で死んだよ」

あの時の、同じ目をしている。

「…」

「ガメラがいなければ、ギャオスが世界中に巣をかけていたかもしれない。レギオンの植物がこの星を苗床としていたかもしれない。ガメラがいなければ、この世は滅んでいたと、僕はそう思ってる」

「でも、そのガメラのせいで、あいつは瓦礫の下敷きになって死んだ。そう思うと…」

佐伯は、それ以上の言葉を続けなかった。

「あなたの境遇もわかっています。こんな事を聞くのが失礼に値するのもわかっています。でも、聞かせて下さい…あなたは、ガメラを何だと思いますか?」

綾奈は、じっと佐伯の目を見返していた。

「…私も、家族を失ってガメラを憎んでいました。そのせいで、あの生物を生みだしてしまったのも…」

あの『イリス』という名前は使わなかった。

「でも、あの時気づいたんです」

「…気付いたって、何を?」

「ガメラは、誰も殺したくなんてなかったんだって…ガメラは、ずっと、私たちを守るために戦ってくれてたんだって…たとえ、守ってる人間に憎まれても…」

 

―ガメラは、誰も殺したくないのよ

 

この子は本気でそう思っているのだろうか。

あの怪獣に、明確な意思があると、本気で考えているのだろうか。

親友を焼き殺した怪獣に、そんな意思があると…

「では、やはりガメラは人間の…地球の守護者なのだと、そう思っていると考えても?」

「…ガメラは、確かに地球の守護者だと思っています。でも、人間を守っているのは、ガメラ自身の意思だったんじゃないかと、そう思います」

「…」

この子はかつてガメラを憎み、結果としてギャオス変異体を生みだすに至った。その彼女がなぜこう思えるのか。彼女は何を見たのか、佐伯はそれを知りたかった。

「…あなたは、あの日京都で何を見たんです?」

答えは当然、この少女が知っているはずだ。

「…」

綾奈は思い返した。

イリスの中で見たもの。

ガメラの手に包まれたこと。

爆炎のあと、自分を見つめていた、ガメラの眼。

 

「ガメラは、私を助けてくれた…本当は、私だけじゃなく、もっと多くの人を救いたかったんだと思います。でも、それはできなかった…ガメラは、きっと罪滅ぼしの為に戦っていたんじゃないのかって、そう思いました」

「憎まれて憎まれて、どんなに攻撃されても、ガメラは戦っていました。自分の腕を失ってまで、それでも戦い続けました。あの日見たガメラの眼には、ガメラの悲しみが見えた気がしたんです…」

「誰も殺したくないけど、救えない命がある。それがガメラを苦しめていたんじゃないんでしょうか…だからこそ、ガメラは戦った…って、そう思っています」

一瞬の間をおいて、佐伯が言った。

「…私個人としては、まだそうは思えません。いや、なんというか、やはり納得ができない…本当に、それでいいのか、と…」

「…」

「この本を通して、私自身ガメラと向き合うつもりでいました。ガメラという存在の本質を知りたいと思って…はは、でも、まだそうは思えない…情けない、ですね」

「…」

「あの日、あの京都の後、何が起こったか、ご存じですか」

佐伯は唐突に話を切り出した。

「京都の…後、ですか」

「アメリカ・中国・ロシア…世界中から飛び立ったギャオスが日本を目指した。そして…その殆どが駆逐された」

「ニュースとか、あとはネットで…あまり詳しいことは知りませんが…」

「私は、あの後調べ続けました。ガメラを知りたくて。純粋に興味というよりも憎しみから…いや、何かが変わると思っていたのかもしれない。とにかく、調べました」

佐伯はカバンの中からノートパソコンを取り出した。

「あの日起こったことの殆どが、ここに入っています」

「…」

綾奈は下を向いたままだった。

「ご覧になりますか…?」

綾奈は黙って下を向いていたが、やがて心を決めたように前を向いた。

「見せてください、あの日、ガメラに起こったこと」

 

GAMERA 1999

そう名付けられたフォルダの中には、いくつかの映像ファイルや文章ファイルが入っていた。

自分には、ただの怪獣同士の戦いの記録にしか映らなかったこのデータを、綾奈はどう解釈するのだろう。

そう思いながら、佐伯はファイルを開いた。

 

 

 

続く