しんと静まり返ったビル街の中を、佐伯は隠れるように走っていた。

自衛隊員に見つかると、すぐ安全域に連れて行かれるだろう。

…もっとも、どこが安全なのかなどわかりはしない。

不確定ではあるが、寄せられる情報をまとめて推測すると、逃げても無駄な気はしている。

ビルの隙間から覗く空に、銀色の異物が見て取れた。

 

 

GAMERA 2010

 

 

2010/6/ 東京

 

 

大阪からなんとか滑り込むように戻ってくる事が出来た。

駅で見たパニックといえば、ここ数年見ないほどのものだった。

「成体のギャオスが来る」「それも3匹も」

その情報は、この混乱を招くに十分なものだっただろう。

佐伯はといえば、この敵の進路を見極めるやすぐに東京へと戻っていたのだった。

長野からの情報をもとにすれば、ギャオスは中国の山間部から出現し、一直線に東京を目指している。

問題はその種類だ。

3匹出現したとされるギャオスであるが、そのうち1匹が異常な個体であるとされている。

凄まじい飛行速度で日本を目指しているため、その詳細は正確な情報が得られていない。そもそも、何の機関にも所属していない自分にはそんな情報など降りてこようはずもないのだが。

 

今、佐伯はカメラを片手に人の消えた横浜の街中を走り回っていた。

目的はただ一つ、現れたギャオスを写真に収めるためである。

万が一の為に、ビルの上には上らず、ビルとビルの間からギャオスを取るべく走っていたのだ。

「…!!」

何か声が聞こえた。自分以外にも残っていた人がいたのだろうか。

ふと見上げると、ビルの窓から顔を覗かせていた男たちが、走って逃げだしていくところだった。

来た。

そう確信が持てた。

とっさにカメラを構え、ファインダー越しにビルの隙間から空を覗き見る。

驚きと恐怖で見開かれた目が、その姿をとらえていた。

 

 

茶色い羽。それは紛れもなくギャオスのものであった。

かつてガメラと戦った、成体ギャオスそのものが、こちらへと飛んできていた。

かなり高い高度を飛行しながら、狂ったように鳴き喚き、もがくようにして飛んでいた。

その背後から、それはやってきた。

上空から、ゆっくりと降りてくるそれは、銀色の羽を太陽光に煌めかせながら、悪魔的な狂った視線を目の前のギャオスへと投げかけていた。

銀色のギャオス。

それは、あまりにも巨大であった。

翼長は通常の成体ギャオスの3倍はある。無論、ほかのパーツもそれほどに大きい。

シルエットはギャオスそのものであるが、体中から突出した爪や棘のようなものが、姿をゆがめている。

太い血管のようなものが走る喉が一瞬、きらりと光ったかと思うと、超音波メスがその口から幾筋も放たれた。標的は、目の前のギャオスだ。

ギャオスは一声鳴くと、その体をバラバラと空中に散らした。


外れた光の筋は、佐伯の遥か後方でビルを切り裂き轟音を響かせた。

バラバラの肉片が落ちていく中、巨大ギャオスは仲間の体を口で受け止め、そのまま下降していった。その足には残る一体の、干からびた肉体が捕まえられているのも見えた。

建造物をなぎ倒しながら、巨大ギャオスは着地した。

右足に掴まれたギャオスは、その足の爪から残っていた体液を啜りあげられ、撒き散らされた肉片は巨大な口へと飲み込まれていった。

 

 

佐伯は状況を飲み込めなかった。

あまりにも巨大すぎる。

はたしてこいつを相手にどこまで自衛隊、軍隊の攻撃が通じるのだろうか?

日本海上空でミサイルの直撃を受けても無事だったという情報は、まさしく本当だったのだろう(その後戦闘機も撃墜されたと聞く)。

これか。

これが最近のギャオス変化の結果なのだ。彼らは人類に追い詰められ、その結果自己進化を促した。そしてたどり着いたのだ。この悪魔の誕生に。

絶望感のあまり立ち尽くし、動けないでいる佐伯の眼の前で悪魔は高らかに叫び声をあげた。



 

日が暮れた。

幾度か試みられた攻撃は失敗に終わり、さして傷を負った様子もないギャオスは、依然としてビルの合間からその頭をのぞかせていた。

避難誘導を行う自衛隊員に見つからぬよう物陰から物陰へと移りながら、佐伯はギャオスの写真を撮り続けていた。

形態はまさにギャオスそのものであるが、日中行われた攻撃による傷は見当たらない。

2頭のギャオスを捕食して以降は特に大きな動きをみせず、ほぼ日中と変わらない位置に座している。

何を狙いとしているかは定かではないが、少なくとも今は人類を滅ぼそうと積極的な行動に移るつもりはないらしい。

 

「…ハッ」

ビルの屋上からギャオスを撮っていた佐伯は、壁に背を預けた。

馬鹿げている。

まるで出鱈目だ。

こんなもの、どうやって倒すというのだろうか。

まさに人類の絶望の象徴だ。それを写真に収めている自分はまさに恐怖の伝道師といったところか。

「くそ、くだらねぇ」

カメラを下げ、そうつぶやいた。

やっとギャオスの脅威を克服できるとなった矢先にこれだ。

「ガメラもいないってのに」

 

 

 

「それは ちがう」

 

 

 

声が聞こえた。声の方向を振り返ると、そこに1人の女性が立っていた。

大きな目をした、どこか異国的な雰囲気を持つ女性。

「ガメラは」

彼女の声は、不思議と奇妙な雰囲気を持っている。

 

ルルルルル…

 

どこか遠くの方で、奇妙な音が聞こえる。

空気が切り裂かれる音だ。

 

ルルルルル…

 

この音は

聞いたことがある

 

ルルルルル…

 

彼女へ声をかけるまえに、新たな対象へとその注意が注がれる。

知っている

この音は知っている

俺は、前にこの音を聞いている

かつて取材で訪れていた札幌市で

 

ゴウゥッ!!

 

はるか上空を巨大な物体が飛んでいく。

切り裂かれ、引きずられた大気は音を立てて飛んでいく。

瞬間的に目がくらむ。

驚くほど強い光、炎の塊となった“それ”が唸りを上げている。

目が慣れるよりも早く、さらに大きな音が聞こえる。

衝撃音、ビルが倒壊する音。

どちらも遠く…そうだ、あのギャオスのいた場所で。

 

掌で目に覆いをつけながら、恐る恐る目を開く。

ビルの中から銀色の翼が突き出ている。

仰向けに倒れこんだギャオスは両の翼を天に向けてもがいていた。

その手前。

佐伯とギャオスの間を阻むように、要塞のような塊がそびえ立つ。

 

深緑だったはずのその体は、全身から吹きだす炎で煌々と光っている。

身にまとった炎はうねる蛇のように宙を撫でる。

炎のなかで、その口が開かれる。


 

「ガメラは、ギャオスを許さないから」

 

今再び、大地を、大気を震わせるように咆哮が響き渡る。

燃える炎の奥から、緑色の眼がギャオスを睨みつけている。

 

爆炎に包まれて、ガメラは還ってきた。


 

 

続く