ニッチョウダイクなんしょんでの75年前
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| 目次(クリックすると記事に飛びます) | |
| 4 | 28糎榴弾砲 |
| 3 | 国民抗戦必携 |
| 2 | 標語 |
| 1 | 肉攻(戦車肉薄攻撃) |
| 二十八糎榴弾砲(にじゅうはちせんちりゅうだんほう) =日露戦争時の日本軍の大砲 日露戦争記念で神社に奉納されとる砲弾(直径約30センチ) これを発射するロシア軍のクルップ社28センチ榴弾砲と同型の日本軍の大砲 |
![]() 朝宮神社 |
![]() 忌部神社 |
![]() 大宮八幡宮 |
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| 二十八珊榴弾砲(にじゅうはちさんちりゅうだんほう) 二十八珊米榴弾砲(にじゅうはちさんちめーとるりゅうだんほう) 二十八糎砲(にじゅうはちせんちほう) 日露戦争時、海岸防備で要塞に設置していた当砲を、ロシア軍の旅順要塞攻略のため日本から旅順に送った。 砲弾重量200kg余り、射程約8kmと旅順要塞の攻略に貢献した ロシア軍の同型大砲はクルップ社28センチ榴弾砲で砲弾は日本軍と同一 写真や解説はネットで見てチョ・検索したらようけ出てくるけん・ここで載せたらパクリになってしまうけん載せまっせん |
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| 国民抗戦必携 (1945年4月25日・大本営陸軍部刊行の冊子) 右表紙は米兵に馬乗りになり首を短剣で刺さんとする 「抗戦する国民」 |
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| −敵が上陸したら、国民はどんなんしたらええんで?− 敵が上陸してきたら国民はその土地を守って積極的に敵陣に挺身斬込みを敢行し、 敵兵と激闘し、これを殺し、また兵器弾薬に放火したり破壊して、軍の作戦に協力しなければならない。 白兵戦の場合は竹槍で敵兵の腹部を狙ってひと突きにし、また鎌(3尺くらいの柄のついた物)、玄翁、なた、出刃包丁、 鳶口、その他手頃の物で背後から奇襲の一撃を加えて殺すこと、 格闘の際は水落を突いたり、睾丸を蹴り上げて敵兵を倒すよう訓練を積んでおかねばならない 手榴弾、爆雷、火炎瓶、刺突爆雷を使った攻撃方法の図とともに、下図のような攻撃方法も図解している 学校に上がる子供の頃、隣の爺さん(病弱で兵隊に行ってない)が、 「赤松から日和佐行く(ほうじの坂)の曲がり角に隠れとって、米兵が来たら飛び出して金玉蹴る稽古したんぞ」と聞いた これは、今思えばホンマのことだったんじゃW ちなみに「玄翁」とは「金槌/トンカチ」これで殴り殺す カマ、鳶口、出刃包丁とかの江戸時代の百姓一揆みたいな武器で戦えるんだろうか? これは前からは無理と大本営も分かっていたらしく、後ろから奇襲せぇと説明がある 素手で「睾丸を蹴る・ミゾオチを突く」んは、前から近づくんやけんど鉄砲構えとったら出来るだろうか? その他「柔道や空手の手も使え」とあるけんど、前方から油断させとって近づき、急に襲いかかるんか! ほれより、侍やインディアンみたいな弓を、竹で作った方がええんとちゃうで? これだったら近づかんでも攻撃できるぞ なんせ相手は8連発の半自動ライフル(M1ガーランド小銃)持っとんでよ。 |
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| 刀・槍 | 鎌・ナタ・玄翁・出刃包丁・鳶口 | 格闘(睾丸を蹴る・ミゾオチを突く) |
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標語
だんだんと物がのうなって我慢しとったようじゃ
ほんでも一生懸命に戦争を続けようとしとったんじゃなぁ
| 1940年 |
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| 1941年 |
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| 1942年 |
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| 1943年 |
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| 1944年 |
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| 「明日、肉攻出てもらうけんな!」 米軍の戦車が攻めてきょうる 日本軍には戦車を阻止できる「戦車」も「対戦車砲」もあれぇへん 出来るんは、タコツボに隠れとって「梱包爆薬」背負ってキャタピラの下に飛び込んで爆破することだけ これを対戦車肉薄攻撃(略して肉攻)=「肉体を爆弾にして体当たり攻撃」 米軍の「バズーカ砲」のような肩に担げるロケットランチャーがないから人が担ぐしかない 現代でいえば中東の戦争で使うとるロシア製の「RPG」 同時代のドイツには「パンツァーファースト」いうロケットランチャーがあった しかも「梱包爆薬」は重いから投げることも出来ず、背負わんといかんから「死にに行く」んといっしょ |