前回のインド旅行では大負けを喫してしまった。
リベンジとして定めた行き先は
ネパール!

インドとは親戚のような国だからリベンジの対象には
ちょうど良いだろうとタカをくくって行ってみたのだが
そこは似てはいたが全然違う国だった。 
以下、またもや負けたのではなかったかというネパール行でありまぁす。



出発する直前、いやなニュースが耳に入ってきた。
政府軍とマオイストとの衝突で200人以上の犠牲者が出たとか、国王がポカラに行くので警備のため軍やら警察やらの検問が厳しいとか、近々大がかりなバンダ(後述します)をやるとか、、えーい、ここまで来たからには行くしかない。実はキャンセル料が惜しい。どこにいても危険はつきもの、家で寝ていても車が飛び込んでくるご時世である。覚悟を決めて出発することにする。あまりにも状態が悪かったらホテルでじっとしていよう。
2004年3月25日(木)
名古屋発15:20 タイ国際航空、JAL共同運航便 TG737
午後の出発なので余裕で空港に到着。時間が余ったので空港内で食事を摂ることにしたが何故名古屋空港の飯はあんなにまずいんだ。選択肢もない。これから海外に行くのだから名残の和食を食べたいと思ってもそれらしき店もない。‘天むす’と‘きしめん’しかないようじゃダメだろうが こらぁ!!。と怒りつつ出発を待つ。

機材はJALのDC−10主翼に各一発垂直尾翼の根本に一発計3発のジェットエンジンが付いた機体であるが作業車が尾翼にとりつきエンジンフードを空け大勢でなにやらのぞき込んでいる。搭乗時間が過ぎても一向にフードを閉める気配はない。そのうちアナウンスで機体整備の為出発が遅れる由。そのうちタイ人エンジニアとおぼしき人が早足で歩いてきて

「エンジン、ブロークン」とがなり立てている。後で調べたのだがこのDC−10という機体。原形初飛行は、1970年8月、1989年に生産終了という恐ろしく旧式の機体。JAL、大丈夫か。

16:30 まだエンジンフードは閉まる気配がない。待ちわびた乗客に飲物とスナック菓子が手渡され始めた。機内サービス?の始まりである。しかしアルコールのサービスはなかった。仕方なく売店までビールを飲みに行く。無駄遣いさせるなよ こらぁ!!。
結局定刻から2時間以上遅れて出発、2座席並びの通路側をリクエストしたせいで案の定隣の席は空席。2座席を使ってのフライトになった。

修理したてのエンジンに不安を抱きつつも無事バンコク、ドンムアン空港に着陸。時計を2時間遅らせて21:20の到着となった。気温35°、桜も咲いていない日本から来るとちょっときつい。今日のネパール行きのフライトはないのでタイで一泊となる。荷物を受け取りホテルの部屋に入り落ち着いたのは23時頃になっていた。17:30の到着予定だったので損をした気分だ。中心部に出て美味しい物でも食べるつもりだったのだが時間もないのでホテルの近くの屋台に毛の生えたようなところで軽く食事をすることにした。魚と野菜の炒め物、ビールで夜食とする。(計250バーツ)

宿に帰り爆睡。宿はメナム・リバーサイド・ホテル、可もなく不可もなしといったホテル、トランジットホテルとしてはこんな物か。

怪しげなレストラン→




1日目
名古屋−バンコク
2日目
バンコク−カトマンズナガルコット
3日目
ナガルコット−チトワン
4日目
チトワンにてサファリ
5日目
チトワン−ポカラ
6日目
ポカラ−カトマンズ
7日目-8日目
カトマンズ−バンコク−名古屋