2003年10月
近頃、視力が衰えてきて裸眼で本を読む事が困難になってきました。小さい頃から1.5〜2.0と視力だけは良く、眼鏡をかける習慣がありませんでしたので、出先で持っていないことに気付き不便な思いをすることが多々あります。特に楽譜と辞書を読むときにはけっこう辛いものがあります。
今まで眼鏡を必要としないですごしてこられた事は、とても幸せなことだったのだとあらためて痛感しています。
小学生のとき、教室の黒板の上の壁に『人の立場に立って考えよう』と書かれた紙が貼られていました。
人の立場に立つ、その人の気持ちになって考える。人間関係を形成していくためには、とても大切なことだと思います。でも、とても難しい。
その人のおかれている状況に今の自分を当てはめてみても、その人の気持ちを察する事は出来ないし、本当の意味でその人の立場に立つことは出来ないからです。 自分に眼鏡が必要となってはじめて眼鏡の不便さを知るように。
その人の気持ちや体験を共有して、その人になりきって、はじめてその人の立場に立つことができるのでしょうから。
とすると、自分の子どもに対してでも「あなたのためなのよ」とか「あなたのことを思ってした事なのよ」というのは、思いあがりにすぎないのかもしれません。
「みんなのためにしている」というのは単なる独り善がり・・・?
そうだとしたら、「わたしがしたかったから」「喜んでもらえたらうれしいから」と言えることをしていくほうが
お互いに気持ちがいいのだろうなと思っています。