「放射線技師のための外国語」ができるまで



ここでは、私共の作成したホームページ「放射線技師のための外国語」の製作の経緯などを綴ってみました。話の展開上かなり「手前味噌」な部分もありますが、何卒ご了承ください。

1.外国人と群馬県

ホームページにも記してあるように、僕の生まれ育った群馬県は、外国人が多いことで有名です。理由は様々あるようですが、特に南部の大泉町というところは、外国人労働者として多くのブラジル人が住んでおり、カーニバルなども開催されているくらいです。電車に乗ったり、道を歩いたりしていると、多くの外国人を見かけます。

2.製作のきっかけ

そんなわけで、当然病院にやって来る外国人の数も少なくなく、言葉が通じればまだ良いのですが、日本語が分からないとなると、検査をするにも一苦労という現状だったわけです。
というような話を、短大時代の恩師であり、またいろいろと指導をして頂いた、鈴木英樹先生がして下さいました。その当時は僕たち(鈴木研究室で共に勉強会などをしていたメンバー4人)はまだ2年生でしたので、そういった「今現場で実際に困っていること」はなかなか気づかないものです。ところが先生は放射線科医として週に何度か病院に行っていましたので、身をもって何とかならないものかと感じていたようです。
当時、メンバー4人は次年度の卒業研究のテーマについて探っていました。先生は他にも核医学などいろいろ候補を挙げてくださったのですが、なぜか僕の中にこの「言葉が通じない人への対応」というテーマが強く印象に残ったのです。しかも、こういったことについて過去に研究らしきことを行った人は恐らくいないだろう、ということでした。それなら、僕等がやろう!ということで、取り組むことになったわけです。

3.インターネットで・・・

鈴木先生は以前から、「医療人のための群馬弁講座」というホームページを製作しており、好評を博していました。そこでは群馬弁についていろいろ紹介されているのですが、文章だけではなく、そこをクリックするとネイティブ群馬人のしゃべった音声が流れる、という凝った内容になっています。それを、このテーマにも流用できないかと先生は考えておられたようです。
つまり、ただ翻訳して終わり、というのではなく、音声を録音してそれをホームページに載せ、インターネットを通じて全国の病医院でも使ってもらおう、というわけです。さすがだな、と思いました。しかも、1年生のときに鈴木先生が講義なさった「情報工学」で、ホームページの作り方を実習していたので、このときの知識が思わぬところで役に立ったのです。

4.現状は??

はじめは、翻訳してホームページを作るという目標で考えていたのですが、実際どれくらいの外国人が来るのか、何人が多いのか、つまり何語を用意したらいいのか、など、現状を知りたくなり、「それならアンケートをとろう」という話が持ち上がりました。
そこで早速、もう一人色々指導をして頂きお世話になった石原十三夫先生のところへ、アンケートをとりたいという話を持ちかけました。先生は快諾して下さったのですが、学校の教務の許可が必要とのことで、その旨を話してもらいました。
これでアンケートができる、と思っていた矢先、教務から予想外の返答が返ってきました。「そのような調査はすでに県が実施しており、二重調査になってしまう恐れがある」とのことでした。そのため僕等は、このような趣旨の調査を県がやったことがあるかどうかの調査から始めなければなりませんでした。

5.群馬県国際交流協会

翻訳をするにしても、英語だけならまだしも、ポルトガル語やスペイン語もありますから、当然自分たちでできるわけもなく、誰かに依頼するしかありません。どうしようかと考えていたとき、石原先生から「県の外郭団体で、財団法人群馬県国際交流協会というのがあるから、ここでいろいろ聞いてみると良い」とアドバイスされ、早速そこの職員の方を紹介していただきました。
数日後には直接出向いて、いろいろとお話を伺うことができました。また、自分達の研究の趣旨を説明すると、素晴らしいと誉めていただきました。また県庁の方にも、二重調査にならないかどうかを聞いていただきました。県の回答では、そこまで具体的に「放射線科の検査」に的を絞ったような調査は実施したことがないとのことでした。
県としても、当然外国人が多いという事情を把握していますから、これまでいろいろな対策を講じてきたわけです。その一環として、医療機関配布用の「医療ハンドブック」なるものを以前に作成していたのです。交流協会にも置いてあったので、拝見させてもらいました。これは、放射線に限らず、病院の様々な場面、例えば受付、診察、会計などでよく用いられる表現が10か国語くらいに翻訳されていて、応対ができるようにと作成されたものです。「検査」の項目に、「シャツを脱いでください」など2〜3個、我々に関係のある文章が用意されていたような気がしますが、当然これだけでは不十分です。僕は、そのとき改めてこの研究の必要性を感じました。(ただし医療ハンドブックもかなりのボリュームがあって、臨床ではとても重宝すると思います。)
どうも、教務が言っていた「以前県が行った調査」というのは、この医療ハンドブックを作る際に行った調査のことらしく、そのことを懸念していたようです。そこで、医療ハンドブックも含めてこの経緯をまとめた報告書を作り、「我々の行う調査は放射線科の検査に限定したもの」ということで改めて申請したところ、実施の許可が下りました。

6.実態調査の実施

アンケート調査は、あくまで回答していただく施設のご好意によるものなので、あまり回収率には期待できないとの話を聞いていました。我々もせいぜい3割程度だろうと考えていました。しかしいざやってみると、予想以上の回答を頂き、最終的に回収率は6割にも達しました。この結果には、本当に驚きました。現場の技師さんのこのテーマに対する興味の高さを反映しているように感じられました。
実態調査では、どんな言語が必要か、どんな検査が多いかなど、製作に必要な情報を多く得ることができました。この結果を基に、ホームページの具体的内容を決めていきました。

7.まずは日本語

外国語云々の前に、まず日本語で、どのような文章が必要かという検討から入りました。善は急げということで、確か3年生になる前には着手していたように記憶しています。
「息を吸って、止めてくださーい」とか、「動かないでくださーい」など、考えられるものを全てピックアップしました。ただ、あまり多すぎてもページが煩雑になるだけです。そこで、実際に臨床で働いている先生と、知り合いの技師さんにチェックしてもらい、取捨選択しました。
指示文についてはさほど問題なかったのですが、検査前に読んでもらう説明文については、ある問題が生じました。例えばMRIで、「検査は細い筒の中に長時間入ってもらうため、閉所恐怖症の方は必ずおっしゃって下さい。」との一文があるのですが、これはあくまで装置が一般的な「クローズ型」であるという前提であって、「オープン型」の場合はやや語弊があります。しかし、こういった組み合わせを全て考慮していては大変な量になるため、やむを得ず前書きに「環境や装置の種類によって多少不適切な部分が存在してしまう可能性があります。」と記して、適宜不要な部分を削除して使ってもらうことにしたのです。

8.”レコーディング”

出来上がった日本語を、早速国際交流協会へ送り、翻訳をしていただきました。そして後日、音声を録音するために、協会へ出向きました。
慣れない作業で、何度か録り直しもありましたが、2時間ほどで終わりました。録音のため時間を割いていただいたり、特別に静かな部屋を用意してくれた協会の職員の方々には、本当に感謝しています。
それから学校に戻り、音声の編集作業に取り掛かりました。これが思っていたよりも大変な作業で、不要な部分をカットしたり、音量を調整したり、ノイズを除去する処理をしたりするのですが、なにせ数が多いものですから、非常に疲れたのを記憶しています。

9.いよいよホームページの製作へ

文章と音声が用意できたので、早速ホームページを作り始めました。メンバーもやっていくうちに、徐々に1年生の演習ときの感覚が蘇ってきたようです。
ここで重大な問題が発生しました。ポルトガル語やスペイン語では、ç とかã といった、特殊な文字があるのです。また中国語に至っては、日本語と共通の漢字は全体の半分くらいしかありません。こういった文字をどうやって入力するのかが、当面の課題となりました。
いくつか文献を探していくうちに、文字をコードで指定する方法があるということがわかりました。そのうち最も頻要されているアスキー(ASCII)コードというものを利用することにしたのです。
ところが、ポルトガル語やスペイン語の特殊文字の種類は限られているのでこれで良かったのですが、中国語の場合、膨大な種類の漢字の中から特定の文字のアスキーコードを探し出すのは事実上不可能です。中国語が入力できるFEPも市販されているのですが、いくら自分のパソコン上で入力できたとしても、ネット(ブラウザ)上で正しく表示できなくては意味がありません。そこで中国語についてはやむを得ず、画像で表示させることにしたのです。

10.試作品完成!!

ホームページもメンバーで分担して作ったので、製作にはさほど時間を要しませんでした。早速試作品を、鈴木先生に見せに行きました。途中経過は一切見せていなかったので、試作品を見て先生はとても驚き、感動していたのを記憶しています。あの時の先生の嬉しそうな顔は、一生忘れません。
取り急ぎ作ったので、正直デザイン等は決して見栄えのするものではありません。しかし用途が用途だけに、あまり派手派手にするのも如何なものかということで、シンプルで見やすいものの方がいいという結論に達し、現在もその方針は変わっていません。
そして、事前調査でモニター使用にご協力頂けると回答のあった23の施設で、実際に使用して頂くことになりました。意外だったのは、インターネットを通して使ってもらうか、または記録したCD-Rを送付するか選んでもらったのですが、前者はたったの2件のみということでした。やはり、どの病院でも撮影室のすぐ傍にインターネットのできる端末があるというわけではなく、また患者情報の流出を防ぐためにセキュリティ上やむを得ないといった回答の病院もありました。インターネットを通じての利用は、現状では限界があるということが分かりました。

11.”臨笑”体験談

某病院での実習中、ミャンマーの患者さんがやってきました。その病院の技師さんは我々の卒業研究のことを知っていましたから、ここぞとばかりに「高橋、お願い!!」と撮影を頼まれました。
僕も「とうとう僕達の卒研が実際に役立つ日が来た!」と躍起だっていたのですが、なんと、ミャンマーの言語であるタガログ語は今回用意してなかったのです。しかもその患者さんは本当にタガログ語しか話せず、英語を使うという訳にもいきません。
こうなったら純粋にジェスチャーのみでやるしかありません。さて、「息を吸って止めてください」をどうやって伝えようか、と考えているうちにも、次々と患者さんはやって来ます。僕は舞い上がっていたせいで、その人が英語が分からないということを知りつつも、ついつい「スー、ストップ。オーケー?」と必死に理解を求めていました。何とか通じたかなぁ、と半信半疑ながらも、最大限息を吸ったところを見計らってボタンを押しました。
「何とか撮れたー」と一安心して自現機から出てきた写真を見てびっくり。なんと、舞い上がっていたせいで、半切で撮ってしまっていたのです。しかも横向きで。縦長の胸部写真は見たことありますが、横長という、初めて見る奇妙な胸部写真に、先生も技師さんもあ然。でも状況が状況だったために、写真については特別にOKをもらいました。
何とか腹部も撮り終えて、患者さんは帰っていきました。今回の体験を通じて、僕達の研究の必要性・重要性を身を持って感じることができました。と同時に、もっと言語を増やしていかなければとも思いました。

12.群馬県核医学研究会

本県には、群馬県核医学研究会というのがあり、鈴木先生もその世話人を務めています。ある日、先生から、今度の学会でこの研究を発表してみないかとのお話をいただきました。
はじめはかなり戸惑いました。というのも、ただでさえあがり症のこの僕が、群馬県内の核医学の権威の方々を前に発表することなど果たしてできるのだろうか、という不安があったからです。でも、逆を言えば、僕達の研究を沢山の人に一度に宣伝できる絶好のチャンスでもあったのです。せっかく作っても、実際に現場で使用してもらわなければ意味がありません。そこで、意を決して発表することに決めました。
「核医学研究会」なので、発表は特に核医学の部分を中心に行いました。スライドだけでなく、実際にホームページを見せて、音声も流しました。質疑応答の際に、群馬大学の遠藤教授から賞賛の言葉をいただき、とても嬉しかったことを覚えています。やはり発表しておいて良かったと感じました。

13.事後調査とホームページの改良

モニター使用に御協力頂いた施設には、同時にその感想についてのアンケートに再びご協力頂きました。中には今回の研究を高く評価して下さった方も居て、実際に世に貢献していることを実感できました。そして、鈴木先生の「研究というものはすべからく世間に還元されるものでなければならない」というお言葉を思い出しました。
ある日、某病院に治療実習に行ったときのことでした。その病院も外国人の患者さんが多いらしく、ポルトガル語で書かれた「動かないでください」などいくつかの文章が壁に貼ってあったのです。そのとき、「どうして治療だけ用意しなかったのだろう。放射線治療も放射線技師の重要な任務であるのに、それだけ無いのは不自然だ」ということに気付き、急遽治療についても用意することにしたのです。ちょうどそのとき治療実習の真最中だったので、どんな文章が必要かは大方分かりました。
また、アンケートを通じて分かったのは、意外にも「おはようございます」や「こんにちは」といった日常的な会話が欲しいという意見が多かったことでした。やはり患者さんとのコミュニケーションは、こういった何気ない挨拶が重要なんだということを感じました。

14.学内卒業研究発表会

これに関しては、とても楽をさせてもらいました。というのも、すでに群馬県核医学研究会の際にスライドや原稿を用意していましたから、あとは学内用に少しこれをアレンジするだけでよかったからです。しかも、一度大舞台を経験していましたから、気分的にもかなり余裕が持てました。原稿を1箇所飛ばして読んでしまった以外には、何事もなく終了しました。
これは後に人から聞いた話なのですが、ある1年生が「あの発表は聞いていて自分でも十分理解できた。私もやるのならあんな研究がしてみたい」と言っていたそうです。

15.最後に

大変長くなりましたが(最後まで飛ばさずに読んで頂いた方、ありがとうございます)、今回の研究を通して、様々なことを勉強できたように思います。とてもやりがいのあるテーマで、こういった研究ができたことを誇りに思います。
改めて、鈴木先生をはじめ、今回の研究に御協力頂いた全ての方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
この研究、ならびに作成したホームページは、実際に現場で使用されて初めて価値のあるものとなります。技師のみならず、医師、看護婦の方々でも、どうぞご自由にお使いください。皆さんが現場で使用される限り、この研究は続いているのです。


「放射線技師のための外国語」を見る
ホームに戻る