きっちん(鬼鎮、吉辰)の神事

 1月18日(最近は1月15日前後の日曜日)

祭事の行われる1週間前、村の6名の末座と呼ばれる人達と今年の担当となった当屋(頭屋、とうや)と呼ばれる人が、竹で編んだ円形の的に半紙(今は障子紙)を貼りそれに墨で ◎ を画いた直径3m程の的とアマコ竹で作った弓と矢を準備する。(的張りの行事)

きっちん当日、当屋の家の人が早朝人に見られぬうちに的を立てる場所(地名:マトバ)に神社の方向に向かって的を立てる。昔は的を立てると「的射ち」が済むまではその前の道は通らないという定めがあった。神事の的射ちは午後1時より村の長老6名(宮年寄り)の最年長者が神事を執り行い、先ず弓に矢をつがえて東西南北および天と地にかざした後、的に向かって2本の矢を射る。的に画かれている二重丸は鬼の目だと言われており、鬼に代表される悪霊,邪悪を追い払う行事となっている。
類似の祭事は日本のところどころに残っており、二重丸の替わりに「鬼」と記された
的を射るところもある。当屋を勤める人は村の年長者から順におくられ、昔は当屋を勤められる人は長命であり目出度い事とされた。現在では70歳前後に順番が回ってくる。
的射ちの後、集会所に村の17歳以上の男性(最近は女性も可)が全員集まり宮年寄りを中心に、歳の順に座り(座に着く)、三献のお酒と三種の馳走(牛蒡の酢の物,甘く煮た白豆、ジャコ)を末座の酌でいただく。この一連の神事が済むと、当屋の家では親戚が集まり、祝いの宴を催す。

とんどの様子

山の神のカギヒキ

1
7日の早朝、1年間の山仕事での無事と家庭の繁盛を願って山ノ神にお参りする行事


山ウツギの枝に昨年新しく成長した新梢で真直ぐで長いもの(ウズ)を探し、鉤形に切り取り、
各戸の男子の数×2セット分を用意する。6日の夜、身を清めた後そのウズに山の神へのお供えとして、薄く切った餅、23尾のジャコを半紙でくくりつけたものを用意する(カギ)。
7日の早朝、(昔は薄暗いうちに誰よりも早くお参りし、多く福を授かろうと出掛けたものだが最近は明るくなってから出掛けるようになった)その家の男子が用意したカギを持って山の神様2ヶ所へお参りする。地域ごとに決まった場所に山の神があり、カギを掛けるカギヒキの木が決まっていて、その枝に持ってきたカギを引っ掛けて
山ノ神なんぼ、13と7つ(35)そらまだ若いな。わしゃ○○(年齢)や。東のくーに(国)のゼーニカネ(銭金)、西のくーに(国)のイートワタ(糸綿)うーちの蔵へドッサリコ
と唱えてカギを激しく引っ張り枝を揺すります。
これを3回繰り返す。その後、東に向かって朝日に一年の安泰を祈り、樫の木の小枝を、持ってきた鉈で1枝きり持ち帰る。家を出るとき蔵の戸を少し開いておき、2ヶ所目で亭主が願い事を3回唱えた頃を見計らい女房が福を逃がさないように蔵の戸をピシャリと閉める。この山ノ神の行事が済む7日は、山仕事に行くと怪我をするとして行くのを控える。又、家によっては山の神に悋気(嫉妬)されるとして前夜は女性に接することを避けている。

 カンジョウ縄掛け
 (綱カケ行事)

 1月8日。村のはずれの峠(カンジョウ峠)に悪霊や災いが他所から入ってこないように藁で作った太い縄を編み、それを峠の道の上に張り渡す。縄には地域によってぶら下げるものは異なるが我々の地域は龍(蛇)をかたどった耳や手足をつけた形にしたものをカンジョウ縄という。
昔は村の若者6名(末座)と宮年寄りが持ち寄った藁を用いて直径10cm位,長さ20m位の縄を半日掛かりで作り上げた。その後僧侶の祈祷を受けたものを村のはずれの峠まで担いで行き路の両側の木にヨイショヨイショと引き上げくくりつける。最近では藁の入手困難や道路幅が広くなったこともあり、市販の縄を寄り合せ作るようになり昔の迫力はなくなった。この風習は大和から伊賀地方にかけて僅かながら残っている。

 ナルカナランカ

 1月15日。7日粥に引き続き15日にはアズキ粥を炊く風習がある。その一部を茶碗にいれ、家の周りの柿の木の幹に鉈で少し傷をつけその粥を食わせる行事。
柿木の幹を親が少し傷つけながら“ナルカナランカ”と唱えると子が“ナル、ナル”と応答し
粥を切り傷のところにかける。
成木責(ナルキゼメ)といわれ、その年の豊作を願う行事である。
昔はどこの家庭でも行っていたが、家庭行事のため続けている家は少なくなった。柿の木を用いるのは昔はこの地において、渋柿が干柿として貴重な保存食になるため各戸の家の周辺に植えられ大切に育てており、大事な行事の身近な存在であったためと思われる。50年ほど前までは晩秋、干し柿作りで皮むきのため学校から帰ってくると母親を手伝ったのが懐かしい。

 おこない(なんじょー)

1月8日。藤の木(太さ2cm位、長さ30cm位)のものを各戸の男子の数だけ束ねたものと、藁で編んだホーデン(ツト)の中に餅5,6個、干柿、ジャコを入れたものを村人が観音様の前に持ち寄り、僧侶の祈祷の中 藤の木で机を力いっぱい叩く。昔は僧侶が経を唱える中、ナンジョー(難除)と言った時に子供達が合わせて机を叩いた記憶がある。
これも地域の安泰、家族の無病息災、五穀豊穣を願う行事である。
最後にウルシの枝(最近はウルシにかぶれる人もいるため梅のウズやアマコ竹になっている)に牛王の宝印を押した紙を巻きつけ、祈祷したものを各戸に1本ずつ配り、持ち帰って神棚に置いたり、田の水口に刺したりする。
昔、インドにおいて牛は高貴な生物として敬われた名残として、牛王の宝印を押した紙を各家庭に
持ち帰り、無病息災,病気治癒を願うお札として配られたものと思われる。
「おこない」の行事は仏教的な行事で昔は各地で行われていたが今は減少し河内から大和にかけて
残っている。類似の行事で「初キトウ」という名で行っている地域もある。

今月の深野 睦月 一月