去れよー 余談
                                             2005年1月6日 記

先般、元町甘味処”オールドミス菊”のママ菊枝さんの所へ行って、昔の話をした。彼女は私より若いが凄い博識で、西高の100周年記念誌編集のスタッフにもなっていただいている。

その彼女が店のお客様で産婦人科医院・岡本杏一院長から聞いた話が函館市の情報誌「ステップアップ」に載っていたので紹介いたします。

その話は、私のHP「思い出のみえる風景・その4」にも載せているが、冬の子供たちの風物詩「サレヨエーサレヨー!」のそり滑りのことで、戦前は、これが「サレヨーサレヨー、去らねば山からモッコ来るぞー」と言われていたようだ、とのこと。

「そんなこと子供の時に言ったおぼえねー」、「ただサレヨーサレヨーだげだった」と彼女に言うと、護国神社の坂で滑った子供と幸坂の弁天側で滑った子供とは違うし、戦前と戦後では違うんだ、と言われた。妙に納得した。

彼女の説明が続く。
このモッコとは、なんと「蒙古」のことで、モッコなる言葉は津軽に漂流した蒙古の残党か、十三湊(とさみなと)の安東水軍に助けられた壱岐対馬の住民の言い伝えである蒙古兵のことのようだ。

元寇は北九州に限ってのことと信じていたが、実は北では樺太と東日流(津軽)にも発生しており、こうしたことが「モッコがくるぞー」と言う子守唄にもなって伝えられた説。

東日流(津軽)の海の末裔たちが箱館の船見町に住み着き、子供たちに橇(そり)造り与え、昔聴いた子供の唄から、この言葉を教えたのではないか?

とのこと。話が壮大になってきましたが、どちらにしても、「サレヨー」と叫びながら滑り降りて来た話が、今では夢とロマンのある話になってしまい、実に懐かしく、楽しいのです。

ああ、私も聞いたことがある、と言う方があれば、本当に嬉しいことです。
                                                                                  

後日、同期や会社時代の先輩から「去らねば山からモッコが来るぞ〜」と言ってたよ、と聞かされました。ありがとうございました。





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