10月 つれづれ雑記

【平成22年10月31日】
 本町文化祭を観ました・・・

きのう「本町文化祭」を観ました。本町の文化祭は、歴史館を含み、紙芝居など昔の子供時代の遊びや布ぞうりづくり、せんべいづくり、など、そして盆栽など幅広い芸術の発表がなされており、文化センターを実にうまく使っていたなぁーと感心して観ました。

しかし、菊作りのグループなど、参加者が減ってきたとのこと。どこの地区にも発生している心配ごとだなぁーと苦慮していました。

実に内容の深い良い文化祭を見せてもらいました。各地域の皆さんの今後
を期待します。

◆ちなみに、最近、役場職員の観賞が目立ってきましたね。良いことだと思います。職員の皆様!町内でのイベントは、必ず観るようにしましょう!出来れば、参加も!


【平成22年10月30日】
 もう10月が終わる・・・

明日で10月が終わる。早いものだ。きのうは墨絵の知人の教室展を観て来た。

生徒の活き活きした作品がたくさん展示されていた。生徒の自由な描き方を見れば、知人の性格も生かされて、人気があるなーと納得した。

きょうは「本町地区の文化祭」を観に行く。多くの芸術・文化のジャンルの作品を観て、日々研鑚していきたいものだ、と思う。

しかし、月日が経つのは、早いものだと溜息をつく。


【平成22年10月29日】
 文化祭の反省を終えて・・・

今年の文化祭、事務局も変わったが、終始慎、重にかつ丁寧、確実に進んでおり、っ結果的には「大中山地域の身の丈にあった文化祭、素晴らしい文化祭が出来た」と、私は思った。

事務局ばかりではなく、裏方に回った職員、農協青年部、商工青年部などが、実に整然と行動してくれたお陰で、前準備、後始末が、問題になる出来事もなく完了したと思う。

出品者、出演者の陰に、こうした人たちがいることを、しっかり認識すべきだと思う。そうして「文化」や「芸術」を一つ一つ積み上げていくべきと思う。

「くずれるのは早い」、この認識も大事なことで、皆で確実に一つ一つ頑張って行きましょう。

と、きのうの「文化祭・反省会」を終えて・・・思った。


【平成22年10月28日】
 生きがいが出来た・・・

きのう、障ガイを持った同期と電話でお話をした。彼女は、自分で努力して、この度の同期会に参加した。翌日の函館山-五島軒での昼食にも参加した。

「同期会のDVDで見て感動した」と言う話であった。そして「2年後の同期会に出ることが、生きがいになった」と話していた。

「2年後に出れないかも知れないが、私にとって素敵な目標になりました」と言っていた。


また、私の配った今回の書類に誤字が多かったことで、謝罪をしたが、「あなたが間違ってくれて、私などはホッとしましたよ」と激励してくれた。「あなただけが完璧だったら、少しずつボケて来た私たちと、遠くなるでしょー」とも、話してくれた。

私は「ありがとう!」、「良い友ばかりで・・・」と思った。

◆ちなみに、きのう「渡島地区議員研修会」が、北斗市かなでーるで開催したが、我が町の議員は18名中10名しか参加していなかった。


【平成22年10月27日】
 私の先祖の話・・・

先般、京都・丹波の本家さんから「丹波栗」と「枝豆」が届いた。今年、5月に、こちらが突然に探して訪ねてたどり着いた私の本家さんである。

「丹波栗」は、さすが美味しかった。また「枝豆」も黒豆の枝豆で、こちらでは味わえない美味しさだった。

これらと合わせて『過去帳一覧』と、初代からの大まかな『家系図』も送られてきた。

結果、今まで曾々祖父まで判明していたが、初代・奥村彦兵衛までの家系が判明した。

したがって私のところまでは、
初代・奥村彦兵衛(宝暦14年=1764年没)→2代目・彦七→3代目・伴右衛門→4代目・良助→5代目・彦兵衛→6代目・浅治郎→7代目・理三郎→8代目・私となる。

私の祖父・浅治郎が次男で直系から外れるが、私も8代目の系列であること。約250年前から、「奥村家」が延々と続いていたことに、感動する。

息子が9代目、そして孫たちが10代目となる。そう考えると、実に楽しくもある。



丹波栗と枝豆


【平成22年10月26日】
 東家夢助さん・・・

先般・24日に『東家夢助、落語生活50周年&落語大学20周年記念式』のご案内をいただき、出席した。

東家夢助さんとの歴史は古い。25年も前になるだろうか、私の居住地区で『中島寄席』と称して、夢助さんらに毎年演じてもらった。

その夢助さんが70歳になったという。大きな声の落語家であったが、以来、聞いたことがなく、年会費を払うだけになっていた。

こちらに時間的に聴く余裕がないが、50年と落大20周年の活動には、「凄い」、「えらいなー」と感じていた。

これからも頑張ってほしい。


落語家仲間も集まって・・・

【平成22年10月25日】
 DVD制作に熱中、ようやく一段落・・・

高校同期会のDVD制作に、少し集中していた。応援歌№1と校歌もダビングして、バックミュージックに挿入したら、おっおおお良くなった。

今度は少し文字を挿入し、タイトルが動く工夫をして制作してみた。結果、満足したものが出来た。妻は「もうそろそろ、京都の本家さんにお手紙を出さねばダメでしょ!」と尻を叩く。

一段落し、色々頑張らねばならない。


【平成22年10月23日】
 あの頃の自分に一言!・・・

テレビからのパクリ!ですが、実に面白く、ある時代の自分に対し、今の自分が話しかけるのです。

   【高校1年生の時代に、今の私が一言】
◆おい、生徒会長に立候補して、落選を悲しむな!ちゃんと喋れないお前が悪いんだぞ! なーに、その失敗が何十年後に生かされて、同期会の会長をやらせてもらって、同期の仲間と楽しくやっているからな!

と言う感じですが、無口な?私は立候補の舞台で、喋れなくなった思い出が蘇ってきます。今、思いおこしても赤面のいったり、きたりです(笑)。

◆ちなみに、私は本当に「無口」だったんだよ。高校1・2年頃までは。自分に自信がなかったからだと思う。ハハハハ、今は喋れるから自信過剰かな?(大笑)


【平成22年10月22日】
 私の函館弁について・・・

同期会で、翌日、ホテルから函館山までの貸切バスで函館のことや同期の話題を喋った。

ところが「会長は、演出して函館弁を喋っているのだろう」と仲間内で言っていたそうだ。

まさか!私は演出的に「函館弁」を喋れない、函館弁しか喋れない函館人である。

以前、東京でタクシーに乗って運転手に行き先を告げたり、少し世間話をしただけなのに、「大変失礼ですが、函館の人ですか」と言われた。「何故?」と聞いたが、答えは「函館弁を話していたから」と言うことだ。

「なぜ北海道の人ではなく、函館の人なのか?」、疑問が残った。

考えてみれば、「北海道弁」って、北海道のどの地域のことか、確かに不明である。

ともあれ、函館、七飯でしか住んだことのない一応純粋な函館人である。


【平成22年10月21日】
 ありがたい励ましの言葉・・・

19日に郵送した「西高38同期会」の写真集が、皆さんの手元に届いたようだ。

10月2-3日にやって、もう出来て、届いたことに感動と驚きがあったようだ。「もっと時間がかかると思いました」と。

A3用紙、両面A4で20ページの写真集にも驚いたようだが、郵送された書類の内容にも驚いてくれて、作成者としては、感謝!

「のんびり、静養して下さい」も嬉しかった。まだ興奮が残っているのか、充実感はいっぱいだが、睡眠が浅い。

「あなたの弱点かの?」と妻は笑う。残務は無いはずなのに・・・と思うが「私らしさかも知れない」。だから次の仕事をかかえ、残像をやわらげていく。私の人生。それの繰り返しみたいだ。


【平成22年10月20日】
 未来大学の教授たちと・・・

未来大学の教授たちを励まし、まず交流の機会をつくろうと会(南北海道創才教育推進会)の皆で考え、17日に、その席をつくった。

タイミングも良かった。コンピュータが女流棋士を破った報道が流れ、担当した松原教授も参加した。

また、ユーモラスな科学研究などに贈られる『イグ・ノーベル賞』を受賞した中崎教授の「粘菌研究」の話にも、大いに盛り上がった。

しかし学長を始め、未来大学は情報学の広範囲なジャンルや大変ユニークな教授陣も、他にたくさんいるようだ。この度、参加した8名の教授のそれぞれの話は、実に面白いかった。

あとは、徐々にであるが、地域に根差した大学として頑張ってほしいと、私は望む。今も頑張っているので・・・。


左側の席、8名が教授群です


【平成22年10月19日】
 ようやく完成!・・・

きのう、ようやく高校時代「同期会」の後始末が一段落した。

手を付けてから「しまった!」と思ったが、約300枚の写真処理には、何日も時間がかかるし、費用もかかってしまい、幹事会の時に謝らなければならないと思っている。

その分、貴重な写真集(しおり)は残った。合わせて、音楽付きのDVDを徹夜で完成させた。18分ものになったのは、私の馬鹿さ加減によるが、音楽が付いただけでも良いというのは、本人の自己満足かも(笑)。妻には、「そこまでしなくとも」と不評である。

今回の「同期会」は、妻には印刷物の準備・後始末と頭が上がらない程、お手伝いをいただき、お世話になった。(※その作業の一つが、下の写真通りで「しおり作り」を手伝ってもらっている)

きょう、出席者84名の郵送物を送ってしまえば、2年後の同期会までは、あとは、当面「反省会」位だろうと思っているが・・・甘いか?

ともあれ同期の仲間の皆さんや我が妻には、大変感謝しています。ありがとうございました!

なお、下の写真の通りのDVD出来ました。同期には写真集(しおり)で配った約220枚の写真を、私の好きな音楽で綴っております。送料を払っていただければ、送ろうかと思っておりますが、さて同期での申込みは、メールかFAXでして下さい。よろしく。(※DVDは、郵送料に私の苦労代を含んで、一括1,000円をいただければ、嬉しいで~す)


妻が手伝っていますという証拠

私が作ったDVD


【平成22年10月16日】
 画家・長内さゆみさんのHP・・・

きのう、画家:長内さゆみさんからメールが届きました。

「今、ブログをやめ、HPを作りました。リンクのURLを変更しましたので」と。私のHPの右側、画家「長内さゆみ」さんの欄も直ぐ、変えました。

「長内さゆみ」さんの絵は、超具象ですが、『長内ワールド』が存在して、好きです。

きのう、たまたま或る画家の教室の展覧会を観てきました。皆、その画家の亜流の作品で、ガッカリしました。

「一人一人の個性を引き出せよ!」と指導者の資質を疑いましたし、教室ではなく、その画家の工房作品になっていることを、習っている者が、気がつかないのか?、良しとしているのか?落胆しました。

我々程度の絵は「技術より感性!」。その人の感性を大事にすることが、指導者の役割。自分の絵の亜流の作品になっていることを見抜かなくては・・・。

「長内ワールド」を創りだした長内さんには、頑張ってほしいものです。


【平成22年10月15日】
 今週は、あっと言う間に過ぎてしまった・・・

さすがにきのうは疲れて、打合せも兼ねて南茅部「ひろめ荘」へ温泉に行った。一つ仕事(活動)を終えてホッと安堵して、自分を温泉やカラオケや食事で慰労している。

今は、本当に「一つ一つ確実に」の精神である。

◆ちなみに「チリ落盤」救出。33名の救出は、奇跡ですね。おめでとうございますの言葉だけで良いのかと・・・思う。


【平成22年10月13日】
 事務もあと残すところわずか・・・

高校の同期会の書類(「同期会報告たより」と会計報告など)の印刷や、封筒詰めも終わり、12日朝、郵便局に出した。

今回は、欠席された260名に郵送した。出席者・84名には同期会、当日のスナップ写真があるので、欠席者への書類よりも、一週間程送れるだろう。

しかし、写真の整理、アルバムづくりは残っているが、安堵感は大きい。本当にホッとしている。

そして文化祭も終わり、きょう、朝方『ひろめ荘』に電話し、老人クラブの観楓会の準備をしていた。

11月も忙しくなりそう。新幹線札幌延伸の東京陳情、沖縄への研修会が予定されている。


【平成22年10月11日】
 ようやく文化祭が終わりました。さぁー!・・・

文化祭が終わり、ホッと安堵していました。このあとは、13日~15日に予定して老人クラブの観楓会を、どう再開するか(※11月上旬に変更)です。

最近の老人クラブの旅行は、2泊3日で、添乗員役の私は大変で、1泊2日にしていただきたいのですが、そこら辺が戦いです。

我が老人クラブの精神「明るく、元気に、楽しく」の精神に添って、頑張りま~す!

◆ちなみに北大の鈴木章名誉教授の『ノーベル科学賞』受賞、遅くなりましたが、おめでとうございます。


【平成22年10月10日】
 今年の文化祭は、楽しいです・・・

今年の文化祭は、絵画部門が墨絵、色鉛筆、アクリル、ペン画、もちろん水彩と油彩と色々なジャンルの作品が集まり、展示場で居てお客さんと接していても、実に楽しいです。

また、中宮町長始め副町長、教育長、各課長、そして町民の皆様にご覧いただき、時々、絵の話をしていることが楽しいです。感謝申し上げます。

まずは、町内で1年間に1、2、3枚しか描いていない絵仲間たちへの展示チャンスを作ること。町内の人に絵を観てほしいことなど、絵と接するチャンス・場を作っておくことが大切だと思っています。これからも頑張ります。

ちなみに「絵描きは、絵を描くこと、それ以外には関わらないこと」が私の基本。だから私は、絵の団体に入らない。絵の団体のしがらみとか何だかんだと言う人たちがおりますが、ナンセンス! 絵描きは絵で勝負するもの。


【平成22年10月9日】
 大中山文化祭が開催・・・

きのう、文化祭の絵画部門の準備をしました。仲間の丸山先生にもお手伝いをいただき、作品を集めに回り、「大中山コモン」の会場設営と作品展示を他の仲間といたしました。

嬉しいことに、今年は新参加者もいまして、昨年37点でしたが、今年は44点に増えましたし、参加者も昨年と同じ18名が協力して下さいました。私の今年の作品は、昨年の個展作品での大作で、初めてこの地区の人たちに観賞いただけます。

全体的に、個々人の実力、個性が出て来て、作品に安定感があって、良い展示会?展覧会らしい展覧会になったかなー?と思っています。特にこの大中山地区独特で油彩が今年も多いです。

ただどの地区も同じですが、出品者の高齢化、作品が小さくなって来ています。まずは、ぜひご覧ください。


私の弟のペン画も初参加しています

それぞれの個性が出ていますよ


【平成22年10月6日】
 箱館奉行所を観てきました・・・

3日、東京の同期たちと、初めて『箱館奉行所』を観賞いたしました。当時の設計図にもとづいて造ったそうですが、良いな~と感動し、明治前に建てられた斬新な建物を満喫致しました。

◆日本最初の開港地のひとつ函館で、幕末の北辺警備と対外折衝の重責を担った箱館奉行所。日本初の洋式城郭・五稜郭にあった奉行所の広壮な建物は箱館戦争終結の2年後、明治4年(1871年)解体。

◆そして約140年。
4年間の工期をかけて、材料を吟味、最高の技術を駆使して往時の建築を忠実に再現した箱館奉行所がオープンしました。


ぜひ、ご覧下さい。観覧料は500円です。


人気があって、8/29オープン以来、観覧客10万を超えました。

【平成22年10月5日】
 同期会終了、パート2・・・

きのうは、同期を送って、同期会の残務整理をしていたが、写真処理は大変なので、お金の処理を優先し、残金は銀行へ入金してきた。。

同期から「ありがとう」や「ご苦労さん」、「ゆっくり休んで下さい」のメールが来ていた。ありがたいことである。

それに断定は出来ないが、便秘が一段落したようだ・・・。体が緊張していたのか?と苦笑していた。

この度の『同期会』で、七飯町:函館ワインの「しばれワイン」と岡田製麺の「はいからラーメン」や「海峡ラーメン」、「夜景ラーメン」を景品に使いました。当町の宣伝のためですが、お土産にも「最高!」ですよ。ぜひ皆様に推選いたします。

気分転換に=ご褒美に「カラオケ」へ行こうと思ったが、声が枯れており、さすが行く訳にはいかなったです。

晩の会食懇談会で、美味しいものをいただいたのが、ご褒美かな?(笑)

今週、9日(土)、10日(日)は、地域の文化祭。絵画展の出品など会場作りに、また忙しくなりそう。


【平成22年10月4日】
 同期会終了・・・

きのうは、同期たちとバスで函館山に行き、五島軒で食事。ハヤシライスを食べて「花びしホテル」まで電車で戻り、そのあと同期3名と合流し、箱館奉行所を見学して(※奉行所は良かったです)、ラッキーピエロでソフトクリームを食べて、ラストは倉庫群で晩食をして、同期をホテルに送り帰宅。

きよう、こうしてHPを更新していますが、体重も同期会前と変わりなし。疲れも、いつもの通りです。きょうは残務整理をして、晩は、地元で会食懇親会。

忙しさを一つ一つ大事にしながら過ごしております。

もちろん同期会は、楽しかったです。声を枯らす位、張り切って楽しんでいました。9クラスを横断して全ての人と話した実感です。

今回は、84名の参加でしたが、同期からも「以前の同期会よりも、沢山の人と話せた」と称賛をいただきました。嬉しい限りです。あとは写真など残務整理との戦いです。2012年10月27-28日、また次回、会いましょう。


フォークダンスは、思っていたよりも、進行が上手くいかなかったなー

やっぱり校歌斉唱は、迫力があった!


【平成22年10月2日】
 いよいよ本番・・・

きのうは、早めに函館に着いた友人たちと晩飯を食べて、前段の「同期会」を楽しみました。

普段、見たことのない友人の面白さ、深みに触れ、皆、真面目に一生県命生きていることに感動していました。私などは、判りやすい生き方ですよ。(笑)

きょうは、いよいよ本番、ベストな状態で頑張ります。


【平成22年10月1日】
 いよいよ38同期会ですが・・・

今、10月1日午前1時50分。明日10/2-3の同期会に使う『しおり』などの印刷が終わり、妻に折ってもらったり、判を押してもらったりの仕事も、全て終わりました。

私は、その後、このHPを書いて、水が飲みたくて、氷を噛みたくて、それをやってから、ゆっくり寝ま~す。

かなり出欠に変動があり、その都度、振り回されていましたが、「試練だ!」、「試練だ!」とブツブツ言いながら、とにかく10/2-3の準備に奔走しておりました。

とにかく本番でーす。楽しみまーす。






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