| 花 | と | 砂 |
あなたの花、私は知っているわ。
あなたは、花を一輪持っている。
とても大事そうに胸のポケットにしまうのを見たわ。
あなたは、時々それを取り出して見つめている。
どうしようもないほど切ない瞳で。
あなたは、悲しく笑いながらその花をもてあそぶ。
花は揺られて赤い残像を描く。
鮮やかな鮮やかな赤。
あなたのその瞳が欲しいの。
あなたのその花が欲しいの。
その甘くやるせない瞳はわたしのもの。
その赤い花はわたしのもの。
だけど、その瞳は決してわたしの方には向けられない。
わかっているのに、止められない。
炎はいっそう激しくなってうねってゆく。
あなたもそうね。
結局、あなたも同じなんだわ。
あなたは、雨に打ちつけられながら立っていた。
三時間、彼女のアパートの前で。
馬鹿みたい。
そんなことしたって、彼女はやってこない。
あなたに振り向かない。
だけど、そんなあなたを見ているわたしはもっと馬鹿。
ああ、でも目が離せない。
あなたの、その狂おしいほどの瞳でわたしを燃やして。
熱く、甘く燃やして。
その瞳でわたしは昇天できる。
ある日、あなたは大事にしまっていた花を地面に投げ捨てた。
花は地面にたたきつけられて、ぼろぼろになってしまった。
あなたは、ひしゃげた花に見向きもしないで去って行く。
わたしは、ほくそ笑む。
ああ、彼はやっとあの花を手放したんだ。
わたしは、花をめちゃくちゃに踏みつけてやろうとした。
そして、花を砂の中に入れてやるのだ。
そうすれば、もう二度と咲き誇ることなんてないのだから。
でも、あなたは戻ってきた。
息をきらして走ってきた。
そして、そっと花を拾って、大切そうに両手で包んだんだわ。
まるで、誰もあなたの中に入ることを許さないかのように。
―――そんなに大切なの、その花が?
大勢の男の真ん中で高らかに笑う彼女。
自信にあふれ、自分の可能性を疑わない女。
求めるものは全て手に入れてきた女。
賛美と美辞麗句にうもれながら、他に何を求めるというの。
彼一人くらいわたしにちょうだいよ。
でも、本当は知っている。
彼女は、あなたを相手にしていない。
あなたが彼女を勝手に恋焦がれてるだけだってこと。
でも、憎まずにはいられない。
憎悪をかりたてられずにはいられない。
このやり場のない、手につけられない悪魔を押しつけられるのは彼女しかいない。
どうして、あの女なの。
どうして、わたしじゃないの。
どうして。
どうして。
どうして…
ある日、あなたは彼女に大切なその花を捧げた。
けれど、その花を受け取るはずの彼女の手は他の男の腕に吸いこまれた。
花はゆっくりと地面に吸いこまれて行った。
それを、馬鹿みたいに目で追うあなた。
かわいそうな、花。
かわいそうな、あなた。
あの女にささげるからそうなるのよ。
わたしにしてればよかったのに。
あなたはもう振り返ることもなく、ふらふらとその場から立ち去った。
わたしは、喜びをかくせなかった。
顔がにやけるのも気にせず、その花にとびつく。
甘やかな蜜がわたしの中に広がる。
わたしは、目の前にせまる幸福に胸を満たされながら、
おそるおそる花に手をのばした。
ああ、やっと手に入る。
わたしの恋焦がれた花。
真っ赤な血のような輝きを持つ花。
わたしの中でずっと待っていたつぼみがやっと花開く。
わたしが、その花の花びらにふれた瞬間、
花は、わたしの触れた所から黒くなっていった。
半紙に墨汁をたらしてしまった時にようにゆっくりと、
でも確実に。
紅い紅い花びらは、黒く染まってしまった。
わたしは打ち震えながら、もう一度そろりと花に手をのばした。
震える手で花を拾い上げる。
すると、花びらは、端から粉となってこぼれ落ちて行った。
はかなく、切なく、さらさらと。
夢を見ているみたいに。
もう、紅くみずみずしかった花はそこにはなかった。
あるのは、ひからびた花の茎だけ。
わたしの口の中で何かがざらつく。
砂の味がした。