*Alice*

私は、夏の休暇のときにいつも避暑に行く、お祖父様のお屋敷で
私の世話をしてくれるメイドのアリスが好きじゃない。

アリスは、お祖父様のお屋敷のメイドの中ではかなり若いほうで、今まだ20歳ほど。
頑固で滅多に顔を出さないお祖父様のお屋敷で、せめて私が退屈しないようにと
私と年の近いアリスを、私のお世話係に執事頭があてがってくれた。

でも私はアリスが好きじゃない。

アリスは仕事はきちんとするけれど、無口で、愛想がなくて、まるでお人形のよう。
プラチナの髪と緑の瞳は、ガラスでできているかのよう。

私の質問には答えてくれる。
返事もしてくれる。
でもその、抑揚のない声、まるでからくりのような言葉。

だから私はアリスが好きじゃない。
お祖父様のお家で9つのときからお世話になりはじめたときから。

「アリス」
「はい」

「アリス」
「はい」

「アリス!」
「はい」

「……何でもないわ」

朝起こしてくれるときも、着替えを手伝ってくれるときも、食事の前も食事の後も
ちらりとも笑顔を見せることもない。
アリスの中には何が流れているのかしら。
どこかにネジがついているのではないの…?

そう思いながらお祖父様のお屋敷へきた、3度目の夏。

その日はなぜか星がなくて、月の光も見えなくて
藍色のカーテンの向こうには、ただただ静かな闇が広がっていた。
お屋敷から見える、東の森から名前も知らない獣の遠吠えが聞こえて。

怖い夢を見たの。
影が迫って私を飲み込むようにする夢。
必死で必死で逃げて逃げて、明かりが何処にも見つからない。
弾けるように目が覚めて、身体をベッドから起こして、それでも私、大きな部屋に1人きり。

時計の音、扉の音、足音。

「アリス! アリス!!」

私、あんなに好きじゃないと思っていたアリスの名前を呼んだわ。
アリスは夜中でも、私が呼べば駆け付ける、仕事はできる優秀なメイド。

「はい、お嬢様」

あんなに苦手だと思っていた抑揚のないアリスの声でも。
アリスの手にした燭台の明かりに、おかしいけれど私は、1人きりの闇から解放されたことに
少しほっとしていた。

でもアリスは相変わらず、無表情でお人形のようにそこに立っているだけ。

「……」

私、その様子をみて、何だか我に帰ったの。
いったい…何してるのかしらって。

「…なんでもないわ。少し、怖い夢を見てしまったの。
 …呼びつけて、悪かったわね。 もう、行っていいわ」

それだけ言って、毛布にもぐり込んだ。
さっきまでの自分が、ひどく滑稽に思えた。

アリスはカーテンを少し引っ張って整えなおして、いつもと同じように一礼すると
いつもと同じように扉の前までいき、いつもと同じように部屋から出て…

…いこうとして、振り返った。

 

「お嬢様。 明日、きっと、いいお天気ですわ」

 

耳に届いた、静かだけれど、確かに暖かな声。

きいたことなどなかった、でも間違いなく、それはアリスの声。

私、鳥の羽に包まれたようにとても、安心した。
そのままふんわり眠りに落ちて、怖い夢も見なかった。

 

その次の日は、言葉通りにとても綺麗な朝。
カーテンから射し込む光は暖かな、とても良いお天気で。

そう、だからそれ以来  私、アリスのことが 少し好きなの。

 

(SS−84 明日の天気)

お嬢様の名前はリリィ、メイドのコの本名はレイアリスです。
これは以前に書いていた長編の主人公とわき役のお話なんです(笑
アリスは人形のようですが、本当はとても優しい女のコ。
きっと、リリィとはわかりあえていくでしょう。

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