*a twin*

マヤとミキは双子だった。
顔もよく似ていたし、性格もよく似ていて仲がよくて
一緒に食べて、一緒に遊び、一緒に眠り、ずっと一緒に育ってきた。
同じ小学校に通った。 同じ中学校にも通った。
同じ高校を受験して同じ高校で学んだ。
大学は別になったけれど、2人とも同じ地方へ一緒に通って、一緒に暮した。

何も違わなかった。
ただずっと一緒だった。 仲がよくて、変わらなかった。

それなのに、2人がそれぞれ働きはじめて少しして、ミキが病気にかかった。

まるで夢か何かのように蝕まれ、ミキはそのまま、何かの冗談のように 死んだ。

1人になってから、マヤはよく夢をみる。
ミキがマヤを呼ぶのだ。
夢の中でマヤを呼ぶのだ。
ずっと一緒だったミキが、マヤの手を引くのだ。

こっちへ来てと。

2人が一緒に育った実家は、一言でいうなればまあ、田舎と言って問題ないだろう。
ビルの群集とは程遠く、まだ緑が多く残る山と今日び珍しいとも言えるような田園が広がっている。
川で釣りをしていると、夕方になってカラスが山へ帰っていく…
そんな様子が童謡の中のように忠実に再現されていた、見事なまでに。

その山の中腹に、神社がある。
とは言っても、石段の上に小さな社があるだけで、その周りに錆び付いた子供の遊具が並んでいるような
そんな小さな場所だったが。

駄菓子屋でお菓子を買って、2人分の小さな足音がこの石段を駆け上がっては
小さな滑り台や、シーソーを行き来したものだ。

そんなことを考えながら、1人分の女性の足音が、ゆっくりと石段を上がる。
石段の周りに 赤く赤く どこか物悲しい彼岸花が咲いていた。

ミキは滑り台が好きだったのだ。
マヤはブランコが好き。

2つ並べて釣り下げられたブランコの片方に、マヤが1人で座る。
錆び付いたブランコの鎖が、キィ、キィと夕方の神社に静かに音をたてて。

空は青い、そして水色になり、紅をまとい、紫にそまって紺を着て、やがて闇になる。
その変わりゆく様を、ここで2人で何度も何度も眺めた。
ご飯だと母親が呼びにくるまで2人で遊んだ。
手を繋いで、帰った。

手を繋ぐのだ。
夢の中のミキも、手を繋ぐのだ。
マヤを呼ぶのだ、そしてそれは夢とは思えぬほど現実味を帯びている。

連休で会社が休みになり実家に帰ってきて、1人で神社に向かおうと思ったことに理由はない。
しかし、そこはミキの思い出や面影が強く残る場所の1つなのは確かだった。
ちょうどお彼岸だから…そんなせいもあるかもしれない。
あの赤い彼岸花に、誘われたのかもしれない。

キィ、キィ、キィ、と音をたてるブランコ。
2つ並んで釣り下げられたブランコの片方に、1人でマヤが座っている。

そして、もう片方には誰も座っていない。

風もないのに ゆっくりと 揺れ出す。

キィ、キィ、キィ、キィ。

マヤは隣を見た。
誰もいない。

「…ミキちゃん?」

マヤは、声に出して呼び掛けた。
誰もいない、風もない、しかしゆっくりと音をたてて揺れるそのブランコに。

『…ヤちゃ…』

『マ…ちゃ …ん』

『…マヤちゃん…』

初めは風の音かと思ったのだ。 しかしそれは自分の名を呼ぶ声。
返事があったのだ。

うっすらと影が浮かんだ。
ブランコにミキが座っている。

『マヤちゃん…マヤちゃん…』

ミキの声を忘れるはずもなく、聞き間違えるはずもなく
ミキの顔を忘れるはずもなく、見間違えるはずもなく
それは確かに、ミキだ。
マヤの、双子の片割れなのだ。

ブランコをゆっくり揺らして、こっちを見ている。
マヤと、同じ顔。

『マヤちゃん… あたし マヤちゃんとずっと一緒だったよね…』

ミキの声は静かで でも確かな存在感があった。
そしてブランコの揺れがさらにゆっくりになる。

『あたし マヤちゃんと一緒じゃないと 寂しいんだ…』

マヤはミキを見ていた。
そこにいる、死んだはずのミキを見ていた。
夢と同じくらいに、いや、現実の世界でさらに現実味のあるその姿を、見ている。
そして紡がれる声をきいている。

『ねえ マヤちゃんも あたしがいないと寂しいでしょ ねえマヤちゃん』

ゆっくりになって、ゆっくりになって、やがてミキのブランコは止まった。
そのブランコからミキがゆっくり立ち上がり、マヤのすぐそばに立つ。

「…ミキちゃん」

『ねえマヤちゃん… ねえ あたし… 死にたくなかったの』

つぶやくように。 でもそれは確かに悲しみと…そして…憎悪にも似たものが含まれた声。

彼岸花に似ている。
ふとマヤはそう思った。

ミキの手が、マヤの肩に触れる。
それは確かにミキの手の感触で、しかし冷たく、人間味を帯びない。

『ねえ マヤちゃんばっかり、ずるいよ。 あたし達ずっと一緒だったじゃない…』

『…あたしとマヤちゃん 一緒だったじゃない…』

肩におかれた手が、ゆっくりとマヤの首に移動していく。
マヤが見上げたそこに、ミキの顔があった。
闇の中にあるように、冷たく、息をとめられるような静けさのその 表情。

『マヤちゃん なんで…?』

『なんで あたしだけ 死んだの…?』

『マヤちゃん ずるいのよ… 一緒にいたじゃない…』

いつの間にか手は両手になっていて、次第にその両手に力が込められていった。
ミキの両手に包まれたマヤの首が、音も無く締まっていくのだ。
静かに、静かに。

その両手を自分の手で引き剥がそうとして、マヤは、ミキの手に触れられないことに気付いた。
それは空気を掴むように、素通りする。
声を出そうとしたが、再びミキの目をみた途端、体が硬直した。

『マヤちゃん… 一緒にいてくれるでしょ…?』

『これからも 一緒にいてくれるでしょ…?』

『だって あたし達 ずっと一緒じゃない…』

ミキの声以外が聞こえなくなっていく。
マヤの目の前が赤く、白く、点滅を繰り返しては焦点を定められなくなる。
冷たい手が、声が頭の中に反響して、座っているはずのブランコの感覚さえ消えていった。
この世界についた足を、ミキが浮き上がらせる。

さみしいよ さみしいよ さみしいよ さみしいよ さみしいよ さみしいよ さみしいよ

マヤちゃん さみしいよ いっしょにいたでしょ マヤちゃん いっしょよ ねえ いっしょよ

それは流れ込んでくる思い。
それはその両手から、流れ込んでくる思い。

赤く 目の前に広がる彼岸花。

ずっとそばにいるミキ。

ずっとそばにいたミキの そばにいたミキが そばにいた ミキ。

自分だけが生きている。 自分だけがここにいて、そして生き残っている。

自分にはあるこの体が、ミキはもう、小さな壷に入るほどの灰となった。

自分だけ生きている。

流れ込んでくる思い、寂しさ、苦しさ、せつなさ、遣る瀬無さ。

1人だけ切り離されて、闇へと投げ出された行き場のない怒りと 自分への 優しさ。

「ミキ…ちゃ ん」

マヤが 搾るように出した声は、もはや声とも呼べないような呻きだったかもしれない。
それでもマヤは、最後の力をすべて、そこに集めてつぶやいた。

「ミ キ ちゃ… ん」

「ごめ…ん ね ミ… キちゃ  ん」

「あた…し …あた し ば…っか り」

「あ た…し ミキ ちゃ… いない と ダ… メな… の に ね」

目の前はもはや、色など無くしていた。
どこにいるかすら、わからなかった。
それでもその意志は 意識は 明らかだったのだ。
嘘でも詭弁でもなんでもなかったのだ。

マヤの 本当の 気持ち。

「ミ キ ちゃ ん」

「いっ しょ に いる よ…」

「あ た し も ミ キ ちゃ んと い っしょ が いい」

ふいに、首を強く締め付けていた力が消えた。

マヤは、自分が死んだと思い、そしてそれが間違いだと次の瞬間に気付いた。

自分がブランコから地面に倒れ込んだ感覚を知ったからだ。

…自分の頬の上に水がおちる。

さっきまでマヤの首を絞めていた、ミキの瞳からこぼれおちている。
触れるはずの出来なかったはずの体から、確かにマヤの頬の上に、ミキの涙がふりかかった。

『マヤちゃん』

『マヤちゃん マヤちゃん』

『ごめんなさい マヤちゃん』

ミキの声がきこえる。

『ごめんなさい ごめんなさい』

『あたし さみしかったの』

『あたし くやしかったの』

『なんであたしばっかり死んだのかって あたし あたし たえきれなかった』

後から後から、倒れたマヤの上に降り注ぐ、雨。

『あたし マヤちゃんと一緒じゃなきゃいやだったの』

『でもあたし わかってる。 だって マヤちゃんはなんにも悪くないんだもん』

小さい頃から、マヤより、ミキの方が泣き虫だった。
泣いたときにしゃくりあげる、その癖は、大人になっても直らないままだった。
そして、今も。

いまもそこにいるのは、確かにマヤの知っているミキなのだ。

「ミ… キ… ちゃ…」

『マヤちゃん ごめんね ごめんね』

『あたし もう こんなことしないから』

『あたし もう マヤちゃんのこと 引きずり込んだりしないから』

ブランコの音が戻ってくる。
紅をまとい、紫にそまって紺を着て、やがて闇になるその空の中に、自分がいた。
ミキの姿がおぼろげになっていく。

『マヤちゃん』

『マヤちゃん だから これだけは 今も変わらないから お願い』

『お願い 信じてね お願い マヤちゃん』

遠ざかる声の中で。

確かにそれは マヤの双子の片割れの ミキの声で。

確かにはっきりと 頭の中に響いた その声は

『マヤちゃん ずっと  大好きよ… 』

そうして 消えた。

最後にどんな顔をしていたのか 見えなかった。
でも それは確かにミキだった。
マヤの知っている、マヤの双子の片割れのミキだった。

どのくらいの間倒れていたのかわからない。

しかしマヤは、ただただ 闇に染まっていく神社の錆び付いたブランコの前で
地面に突っ伏して 泣いた。

彼岸花は 赤く赤く 静かに そこに咲いていた。

(SS−90 死者を悼む)

ミキとマヤはほんとに仲良しでした。
よく似ていたし、好みも似てたので気があったのでしょう。
ミキはマヤが大好きで マヤはミキが大好きで
それはこれからも変わらないのです。

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