変わる、とか如何なることか。
 この王国は、その長き歴史の中で伝統を守り続けてきた。
 そしてこの国の、由緒正しき王国騎士団も同じ歴史の中で常に名を残してきた。
 しかしながら、もちろん沢山の変化もあったであろう。
 時の中で、いったい何が変わらずに残り、何が変わって今へと託されてきたのか。

 国や騎士団という単位でもそうだが、俺は「自分」が変わるということに関して、鈍感であると自らも思う。
 人とは変化し、成長していくものだ。それはわかる。
 俺だって、いつまでも子どものままなわけではない。しかしながら「自分」を形作る中でそれを大きく左右するもの…
つまり性格や考え方などは、そう簡単には変わらないと思うのだ。
 だから、俺は堅物だとか、真面目すぎるとか、無愛想だとか言われているのだろう。
 でも仕方がない。それが自分なのだから、どうやって変えていいかもわからないし、どう変わればいいのかも予測がつかない。
 そう思い続けていたある時に、事件は起きた。

 『誠実なる騎士に 花薫る風を』


 城の中は、どこへ行ってもその話で持ちきりだった。
 それがさらに俺の機嫌の悪さに拍車をかける。
 足幅を大きくしながら、綺麗に整えられた廊下を歩いていると、寝ぼけた声に呼び止められた。

「そう不機嫌そうな顔するなって、セルフィード」
「うるさい、俺はもともとこういう顔だ」
「それもそうか、ははは」

 寝ぼけた声の持ち主は、へらへら笑いながら俺の後をついてくる。

「そんなに不満なのかい? 騎士団に初めての女騎士が入るのが」
「不満などではない」
「嘘つけぇ、酷い顔して」
「だから俺はもともとこういう顔だと言っている!」
「まあまあ、ずっと続いてきた騎士団の歴史が変わるって言うのは、感慨深いものがあるけど…」

 違う、別にそんなことを気にしているわけではない。
 確かに、代々続いてきた王国騎士団の規定が変わることに戸惑っていない、と言えば嘘になる。
 だが、それでこんなにいちいちイライラするほど、俺は心の狭い人間ではない。

「いいじゃないか、男所帯に女が入れば、少しは華やいで」
「そ・れ・が!問題なのだ!!」

 俺は後ろからついてきていた同僚、ヴェルスを勢いよく振り返った。

「王国騎士ともあろう団員が、女騎士が入ってくることで浮き足立つとはどういうことだ!!
 訓練にも身が入っていないし、噂話で盛り上がるなど、若い町娘達と同レベルだぞ…?!?」
「あ、ああー…そ、そういうこと…」
「ただでさえ、お前のようにへらへらした奴が騎士団にいることが疑問であるというのに!!
 いったい団長や王は何を考えていらっしゃるのだ…!!」
「ついでだからって、俺のことまで貶さなくたっていいじゃん…」

 いじけるヴェルスを尻目に、俺は拳を握り締める。
 そもそも、俺達の所属する王国騎士団とは、もっと神聖なものではなかったか?
 女騎士が入ってくることに異議を申し立てるつもりはない。隣国には、女騎士がいることも知っているし、その腕がたつこともきいている。
 しかし何故だ…!? たった1人、女騎士が入団したというだけで、なぜこんなにも城の中が浮き足立つのだ!?
 わからない…!! 普段でさえ、女中達が楽しそうに噂話に興じるのが理解出来ない俺には、まったくもってわからない…!!
 何だ、いったい何が人をそうさせるのだ! 何が団員達の集中力を欠くのだ!?

「いったいどうすればいいのだ!!」
「うぐっ! セルフィード、くるしい、なんで俺の胸倉つかむの! 俺にあたったって仕方ないだろが…!」

 バッとヴェルスの胸倉を離した。

「げほげほっ、まったく…お前は頭が固すぎるんだよ…」
「お前のスポンジ頭よりはましだと俺は自負している」
「いくらなんでもスポンジはないんじゃないの…。まあまあ、確かに騎士団の訓練を任されてるお前からしてみれば由々しき事態かも
 しれないけどさ。これは違う意味でも由々しき事態なんだよ」

 咽ながらヴェルスは俺の方を見るが、俺にはやはり理解出来ない。

「国や人々を守るべき立場にいる騎士団が、その任務に対して緩慢であるなど言語道断だ」
「難しい言葉を並べるなってば…。第一お前、その女騎士にもう会ったの?」
「……」

 実を言えば、まだ顔すら見ていない。というより、彼女が訓練に正式に参加するのは明後日からなのだ。
 しかし、準備のために3日前から城に入った彼女を一目見ようと、女中、衛兵、コック、庭師、そして騎士、誰も彼もが
彼女の元に押しかけているという。
 その話をきくだけで、俺は頭が痛い。

「これで訓練に参加となったら、いったいどうなることか…」
「それはどうかなあ、彼女を見たら印象変わるかもよ」
「何度も言うようだが、俺は彼女自身に不満があるわけではない。それに対して浮き足立つ城内が解せんのだ」
「いやいや、百聞は一見に如かずってね! ま、明後日の正式対面を楽しみにしているといいぜー」

 そう言ってヴェルスは、またあのへらへらした笑顔で食堂へと去っていった。

 何が楽しみにー、か。楽しみよりも今は、いかにして兵士達の士気を上げるかが問題だ。
 女性の噂にかまけて戦士の腕が落ちたなどということになっては、騎士団の…いいや、この国の名誉に関わる。
 少なくとも自分はしゃっきりとしていなければ。
 改めて俺は背を伸ばし、鍛練場へと足を運んだ。

 

 で、その三日後がこれだった。
「ヴェルス」
「うん?」
「いったいどうなっているのだ」

 わからない…意味がわからない…!!!
 なぜ今日はこんなにも、騎士団の皆に気合が入っているのだ?!

「どうなってもこうなっても、見ての通りでしょう」
「なぜ皆の気合がこうも違う?! 一体何が彼らをそうさせるのだ、まだ訓練の開始一時間前だというのにこんなにも熱意を持って
 皆がこの場へ集まったことなどあっただろうかいやありはしない! 待てそう考えると今までの態度はなんだったのだ
 騎士団は皆誠実で訓練にも身が入っており勤勉であると私は認識してきたが、それでもまだこんなにも余力を残していたというのか
 だとすれば今まではそれでも多少気を抜いていたということそれを知ってしまった俺は」
「落ち着け」

 ヴェルスが俺の肩を叩いたが、俺は目眩すら覚えた。

「今ならドラゴンの軍勢に攻められても、勝てる気がする」
「だから落ち着け、いくらなんでもそれは無理だ」
 そうか、そうだないくらなんでも無理だ。落ち着こう、深呼吸だ。
「すまん、ヴェルス、少し取り乱した。驚いたものでな」
「いや、俺はむしろお前がそこまで取り乱すことに驚きだよ」
「で、教えてくれ。なぜ彼らはこんなにも、今日は目が輝いているのかを」
「わからいでか?」

 そんなふうにため息をつかれても、わからないものはわからない。俺は物事の理解度が落ちたのだろうか。

「今日は彼女が初めて訓練に参加する日だ。みんな、いいとこ見せたいんだよ」
「……」
「セルフィード? きいてる?」

 おーい、と目の前で手を振られる。

「そ、それが理由か?」
「そうだよ」
「それが理由なのか?」
「そうだよ」
「そんなバカな!!!!!」

 思わず大声をあげてしまった。
 だがヴェルスは呆れたような顔をしながら俺を見ている。

「あのなあ、所詮騎士だって人の子だよ。男所帯だし、若者揃いだぜ? 女の子にいいとこ見せたいって思うのは当たり前だろ?」
「確かに騎士は人の子だ。だが彼女は『騎士団員』だぞ!」
「それ以前に『若い女の子』なんだっつーの! まったく…認識の違いとしか言い様がないな…」

 認識の違い…そうなのか?
 自分は自分の立場や役目について、誠心誠意に取り組んでいるだけのつもりだ。
 確かに堅物だとか…疎いだとか言われたこともある…が!!

「はあーあ… 彼女が入団することが騎士団にとっての改新だったように、お前に対しての改革にもなればいいなあ…っと! お!
 来た来た! 我らが女神のご登場だぞ」

 思わずヴェルスの言葉にぎょっとしてしまった。いや、いったい俺は何に怯える必要があるというのだ。
 強いて言うなれば、騎士達をここまで変えたその本人のまだ見ぬ未知の力に対してか?
 とにかくそのまま、振り返れずにいた俺の背後から、凛とした声が響いた。

「本日より王国騎士団の訓練に参加致します、ラスティス=アルバティーナ、参りました」
 名乗りに弾かれるように彼女の方を向いて、俺は、何か…一瞬思考が止まった、ような気がした。

 …花? そうだ、花に似ているか?

 ブロンドの髪を一括りに後ろでまとめ、女性用の甲冑を身にまとって俺に向かいしっかりと敬礼をしている姿。
 ピンと伸びた背筋、きりっと結ばれた口、真っ直ぐに前を見る強い意思のある瞳。
 ラスティス=アルバティーナ。…王国騎士団に初めて女騎士として所属された、若い剣士。

「セルフィード=マクスウィル副騎士団長、本日より、どうぞ宜しくお願い致します」
「あ…」

 名前を呼ばれて、ようやく頭脳が再回転し始めた。
 なんだ、なんだったのだ、いったい今の真っ白な一瞬は。

「あ、ああ、宜しく頼む。俺は騎士達の訓練についてを任されている」
「はい。ご指南をお願い致します」

 はきはきとした彼女の喋り方は、穢れがなく、耳に心地よい。
 と、ようやくそのときになって、横からヴェルスがにやにやとこちらを見ていることに気がついた。

「…な、なんだヴェルス」
「いんや〜別に〜?」

 含みのある笑い方が気になったが、いちいち突っかかっていてはきりがない。
 まずは訓練だ、訓練を始めよう。俺は軽く首を左右に振ると、団員達に整列の号令をかけた。



 それは見たこともない剣筋だった。
 訓練を始め、練習試合をしていたとき初めて彼女の剣さばきを見た俺は、素直に驚いた。
 今まで様々な団員達の、各々の剣筋を見てきたがそれのどれとも違う…。

「はっ!!」

 キン!と剣が触れ合う音。
 彼女の剣は力任せに振るうものではなく、またスピードで相手を翻弄させるものでもない。
 水のようにしなやかで、向けられた力を受け流して相手に隙を作らせる。また、今まで相当努力してきたのだろう、剣の使い方にぎこちなさが無かった。
 彼女がなぜ、女性にして騎士団へ入団することが出来たのか、この実力ならば誰も文句は言えまい。

「よく見ておくと良いぞ、セルフィード」

 横から声をかけられて顔を見れば、騎士団長が立っていた。

「私も、あの剣を初めて目にしたときは驚愕した。そして確信したよ。彼女の剣を知ることによって、他の騎士達の力も数段あがると」
「自分もそう思います。彼女と剣を交えることで、団員達は皆、それぞれの剣の弱点や特徴をまた深く知ることが出来る」
「その通りだ。戦士とは自分の技を磨きつつも、他の者の技や特徴をよく知り、経験していくことが大切だからな」

 団長ほどの実力の持ち主にも、そう感じさせるだけの何か。それが彼女の剣にはある。

「それに彼女が入って、団員達の気持ちも新たになっただろう」
「…団長、それは一体どういう意味で…」
「そのままの意味だ」

 にこにこ、と団長が笑顔を向けてくる。
 い、悪戯そうな目をしている… もういい年なのに、時折からかうようなことを言うのは団長の悪い癖だ…!

「セルフィードも、彼女といろいろ話してみるといい。お前のような堅物こそ、彼女のような人に触れるべきだぞ」
「…はあ…」

 確かに剣術を学ぶために彼女と手合わせをしてみたくはあるが、団長が言っているのは絶対そういう意味じゃないだろう…
 すぐに人を茶化すのだから…。
 そこへ丁度、一試合終わったラスティス嬢が姿を現した。

「見事なものだったよ、ラスティス=アルバティーナ」
「恐れ入ります、団長」

 きちりと彼女は敬礼を返す。尊敬の念と礼儀をよく知った、素直な姿勢だ。

「訓練のあと、私は王女の謁見の護衛の任へ向かうが、セルフィードは確か休憩時間だったな。ラスティスに案内を頼む」
「えっ?!」

 団長のいきなりの発言にまたもやギョッとする。

「いや、そこは自分でなくとも、他に多くの志願者が…」
「副団長たる者、新人に教えられることは多かろう? 頼んだぞ」

 肩をポン!!と叩かれた。
 くっ…完全にからかわれている…!! 俺がこういったことが苦手だと知っていてわざと…!

「団…」
「頼・ん・だ・ぞ」

 まるで子供に言い聞かせるようにもう一度言った団長の言葉に、俺は逆らうことが…出来るわけもなかった。

 

 

次のページへ→

 

戻る