* label *

その部屋に入った途端、煙草のにおいがして和子は少し眉をしかめた。
煙草吸う人だったのか、とかつぶやいて奥へと進む。

そこは確かに和子の実父の部屋だというのに、和子はそこに入るのが初めてだった。
部屋に、というかこの家にすら。
和子が4歳のとき父親と母親は離婚して、それ以来1度も、たったの1度も父に会ったことはなかった。
母はすでに再婚していて、新しい父が、自分にとっての父親だった。

だからその実父が他界したときいても、それほど悲しいという気持ちにもならなかった。

親戚と話し合って、父が住んでいた家に来てはみたが、何を見てもピンとこない。
4歳のときから会ったことのない父の記憶は、正直ほとんどない。

和子が知っている父の情報は、とても映画好きな人だった、ということだけ。
だからその部屋でやっとピンときたのは、ラックから溢れんばかりのビデオを見たときだった。

「ああ、やっぱりね…」

有名なタイトルから知らないタイトルまで、ずらずらと並ぶそれら。
ジャンルにすら統一性がない。なんでも観る人だったようで、その多ジャンルさに、和子は呆れるのを
通り越して尊敬すらした。

「洋画、邦画…ほんとになんでも観たんだなあ…」

ぼんやりとそのラベルの上に視線を滑らせていて…
ピタリ、和子の動きがとまった。

そのまま吸い寄せられるように、手にとったそのビデオ。
そのラベルには、ちょっと特有の癖字で 『和子』 と 書かれていた。

「…こんなタイトルの映画あるんだ…」

ケースから取り出してひっくり返したりしてみたが、まさかそれで内容がわかるはずもない。
和子の目は、おのずとビデオラックの隣にあるプレイヤー付きのテレビへと向けられる。

「……」

どーせ誰もいないのだし。
…いい、よね。
自分を納得させるかのようにひとりつぶやくと、和子はそのビデオをプレイヤーへと押し込んだ。
そのまま再生ボタンを押す。

変なアダルトビデオとかだったらどうしよう、などと変な緊張をしながら画面を見つめる。
もしそういうのだったら速攻止めよう、と停止ボタンに指を準備そえていた和子の目に
飛び込んできたその映像。

心臓が ばくん、と音をたてたのがわかった。

よちよちと歩くその姿。
やっと立って歩けるようになったのだろう。危なっかしくも嬉しそうに進むその、少女。
きき慣れたその名前を何度も呼ぶ声。
声に振り返って笑う少女。

「…こ、れ」

…私?

手にしたケースのラベルを見直した。
『和子』 確かにそう書いてある。

やがてそれを裏付けるかのように、少女の隣によく見知った女性の姿が映し出された。
かなり若いけれど、見間違うはずもない。和子の、母親だ。

和子の、子供の頃を撮ったビデオ。

埋もれるかのようなビデオラックには、奥の方にしまわれていて、取り出すのも一苦労しそうなビデオも
何十本だってあるのに、『和子』と書かれたそのビデオテープは、すぐに目につく手前におかれていて。
何度も観たせいで、画像も悪くなってきていて。

「……」

4歳のときに、父と母が離婚してから、1度も、たったの1度も会ったことはなかった。
知っていることと言えば、映画好きということだけだった。

それでも。

「………」

幸せそうに画面に向かって微笑む幼い自分の姿。
煙草のにおいのするその部屋。
ぽつ、と和子の瞳からおちたそれで、ラベルに書かれた癖字が滲んだ。

(SS−57 ビデオラック)

和子はしっかり者のコです。
小さい頃のことはよく覚えて無いけれど でも。
やっぱり それは。

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