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*the bonds of〜*
風が、頬をなぜた。
小高い丘の上に座っていたその者は、そっと目を開くと、立ち上がる。
「また…やってきた、か」
腰に携えた刀がカチリと音をたてた。
それと同時に、その者の、白銀の髪がたなびく。
視線の先には切り立った崖と、広がる深き森、林。
そして、それらを抜けてきたと見られる何人もの人陰。
「やれ…御苦労なことじゃ。 あれらの谷や林を抜けるのは大変であろうに…」
そうつぶやきながら、白銀の髪の者は丘を駆け下りて草原へと出た。
殺風景とも言えるその中心で、人陰の前に立ちはだかる。
間近まで来た人陰はみな男で、どの者も頑丈そうな体つきをしていた。
手に、背に、武器を備えているその姿は、雇われた剣術家か、はたまた山賊出身の荒くれ者か。
「ようやく現れたな…お前が話にきく、龍を守護する一族の末裔か」
男の1人が、白銀の髪の者に向かって言った。
「然様。しかし、ここはそなた達が足を踏み入れて良いところではない。 即刻に立ち去れ」
「ほう、想像よりもはるかに若い。が…素直に俺達が引き下がるとでも思ったか?」
男達はギラギラとした武器を取り出し、嫌な笑いを見せつける。
「我々にもここまで来た理由というものがある。至極当然の理由だ。わかるだろう?」
殺気を放つのは、男達の持つその刀の刃か、はたまた奴らの笑みか。
一歩も退く様子は見せずに、男の1人が言葉をついだ。
「伝承にある龍の宝。それぞれ龍と、それに従う一族によって守られてきた秘宝だとか。
あまりの龍の強さと恐ろしさに、誰に雇われた凄腕の剣豪も武道家もたちうち出来なかったときく。
それがどうだ、この数年、龍の祟りがふいに消えた。
噂によれば、龍はその強靱な力を失ったという」
男の言葉に、ピクリと白銀の髪の者の視線が動く。
「今ならば龍を倒すことができる。街でも村でも噂になってるぜ」
男達の武器がそれぞれに、重厚な鋼の音をたてた。
その武器と仕草の示すところはただ一つ、すなわち戦への誘い。
しかしながら、白銀の髪の者は呆れたような声でつぶやいた。
「やれやれ…そのようなことを言う者が ここ数カ月で何人も来よったよ。
静かな谷や林を騒がせて…迷惑でたまらない。
…お主らは誰に雇われたのだ? 街の物好きの金持ちか? それとも己の名誉のために来たのか?」
「あんたに答える筋合いはねえな」
「……」
白銀の髪の者はため息をつく。
「 …情けない…まったく、返事の礼儀すらも知らぬ狼藉者共か…。どんな理由があれど、
剣を交える者に名を名乗るのはこの地の掟。
それすらも知らぬ者がこの地に入りて戦を挑むなど、お笑い種よ。 時の無駄じゃ、失せるが良い」
それだけ言ってくるりと背を向けた白銀の髪の者に、男の1人が大斧で斬り掛かった。
「礼儀なんざ関係ねえさ! 俺達に必要なのは、力と財宝だ!!消えろ…!!」
が。
激しい火花が飛び散るような耳に痛い金属音をたてて、その大斧は遮られた。
白銀の髪の者の抜いた、細くしなやかな、1本の刀によって。
「力は名と共にあり、礼儀もまた力と共にある。
私は龍を護りし一族が末裔、白銀のよきかな。 龍と龍の宝珠を傷つけんとする者に容赦はしない」
その白い腕の何処から湧くのか、重い大斧を見事な力で弾き飛ばすと、
よきかなと名乗ったその者は刀を構えた。
「我と思わん者はかかってくるが良い。 私が相手になる」
その言葉を合図に、一斉に男達の武器が、よきかなに降り注いだ。
白銀の髪は風をなぎ、その一振りの刀は力に任せて振り降ろされる欲望の塊を切り捨ててゆく。
斧だけではない、鎖、小刀、長き剣、それは遠くから放たれる矢ですら。
自分が護るべきものを奪おうとするそれを、容赦なく遮る。
先程の穏やかな言葉は、本当にこのよきかなの口から発せられたものだっただろうか?
別人かと疑うほど、その刀の鋭い切っ先は冷たく、そして激しい。
鮮やかな刀さばき、信じられぬ程の技術と力、身のこなし。
ゆえに、男達がそのあまりの戦ぶりに驚き、各々数歩後ずさるのに、一時もかからなかった。
「お、お前…一体何者だ…! 1人でこの人数を相手に…とても人間とは思えねえ!!」
男の1人が呟くと、よきかなは波のない水面のような声で答えた。
「何も変わらぬ。お主達と同じ血の流れる人の子よ。
しかし私の刀は己の利益や名誉のためにふるっているのでは無いものだ。
それゆえ、お主達の持つ得物とは、その意味が違う」
腰の鞘から抜かれた刀には、一遍の迷いもない。
そしてその柄を握る、よきかなの強き拳にも。
「その意味とやらが…長年にわたり続いてきた、一族の誇り、というわけか?」
男達の言葉に、よきかなは真直ぐに目をあげる。
「それももちろんそうだが、大切なのはそれだけではない」
曇りのない瞳。男達を、この先にある龍の祠へは一歩も通さない。
微塵の隙もないその構えのまま、よきかなは男達を見た。
「これは何百年もの月日を共に過ごし、お互いを敬愛してきた、龍達との絆。
互いを信じているからこそ、振るう意味のある刀。欲望に任せて力任せに使うお主達には決して破れぬ。
今一度言おう。 即刻に立ち去れ。
なおも戦うというのならば…次は命を狙う」
カチリ、よきかなが刀を持ち返る音。
それは今までですら、手加減をしていたという、何よりの証。
そしてその口調と鋭い眼光から、次に刃をまみえれば確実に命を奪われることがわかる。
それなりに腕に自信があるからこそ、ここまで来た男達だ。
一度弾かれた己の得物と相手の刀の力の差を見抜けぬほど、愚かではなかった。
男達は顔を見合わせると、誰からともなくじりじりとさがり、そして一斉に草原を抜けて退いていった。
「…やれやれ」
よきかなはパチン、と刀を鞘におさめる。
それは、最初と同じ、穏やかな白銀の髪の者の表情だった。
のろのろと丘へとまたあがると、先ほどの男達が谷を越えて戻っていくのが見える。
「相変わらず見事なものよ」
ふと、よきかなの足下から声がして、よきかなは自分の下を見た。
「見ておったのか?」
「無論。力を失ったとはいえど、お主を見守ることくらいは出来るのでな」
そう言いながら、するするとよきかなの足から肩へとのぼってきたのは、一匹の蜥蜴のような動物だった。
「お主には苦労をかける。我が力が戻ったときには、存分に礼をしよう」
「はは、期待せずに待っておるよ」
今は何の力も持たない小さな龍へと笑いかける。
「しかも嬉しいことを言ってくれる。我らを信じてくれている、と?」
「…余計なことまで聴いておったのか」
小さな龍の言葉に、よきかなは視線を反らした。
「そう言うな。なかなか聴けぬお主の本音を聴いたのじゃ、しかと記憶に刻むとしよう」
「…戯れ言じゃ。奴らを追い払うために言ったまでのこと」
「素直でないのう…なんじゃ、照れておるのか?」
「煩い龍じゃ…私は疲れておるのだ、昼寝をする、黙っておれ!」
ごろりと丘の上の木陰へと寝転んだよきかなは、ぷいと目を閉じて寝たふりをする。
先ほどまで刀を振るっていた者とは、まるで違う、少し赤くなった幼い顔で。
龍を守護する一族の末裔は、若くして凄腕の刀の使い手だが、素直ではなくて、すぐに意地をはる。
しかしそんな白銀のよきかなだからこそ、力を失った龍も、この若き守護者を信じているのだ。
自分が力を取り戻すまで、きっとこの者が我らと宝珠を護ってくれる。
実力も使命感にも、そして先ほどの言葉にも嘘偽りはあり得ない。
そう信じられる絆が、龍達と、それを守護する一族の間には確かにあるから。
「しかし…まったく一族そろって頑固者ばかりよ」
小さき龍はそうつぶやいて苦笑しつつ、
自分を護ってくれた心優しい守護者のひとときの安らぎを、見守るのだった。
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