=呼び声=

 

見上げた空は暗くて、雲でおおわれたその下で、俺は学校の屋上にきていた。
呼ばれた気がして上がった階段の先で、サっちゃんが立ってた。

…俺のいとこで、3つ、年上で…初恋の人で。

俺が手を伸ばしたら届きそうなところに立ってたけど、でもそれは屋上の縁で。
「サっちゃん!あぶないから、そっちいっちゃだめだ!」
俺がそう言ってるのに、サっちゃんは屋上の縁のぎりぎりのところに立ってて、こっちを見て笑ってて…
俺に手をのばして、こっちへおいでよって言うんだ。

なんでだろう、いかなくちゃいけないと思って。サっちゃんの手をとって、引っ張らなくちゃって思って
俺が足を踏み出したときだった。

「椎名!!!!!」

 

 

ハっとして顔をあげる。
背筋をぞぞって駆け上がった悪寒に首をふって振り返ると…佐久弥が立っていた。
「なにやってるんだ… お前、あと1歩踏み出したら落ちるところだぞ…?!」
足下を見たら、俺の足は佐久弥の言う通り、あと1歩踏み出したら4階の屋上から落ちるすぐその縁に
あった。

「お前…飛び下りるつもりか」
「バ、バカ言うな!誰が飛び下りたりなんか… 俺はただ、サっちゃんが…」

言いかけて、目を瞬く。
佐久弥が眉ねをよせた。

「サっちゃん…? サチさん? 大丈夫か、椎名。サチさんはお前… 1週間前に、もう亡くなっただろ…」

 

 

 

朦朧とする頭の中で、俺は考えていた。
なんだろう、なんで俺、こんなぼんやりしてるんだろうか。
ここは確かに学校なんだ、俺が通ってる学校で。
そしてこの地球は、もう、時間がなくて。

体が急に壊れていく、妙な病が流行りだしてて、大人はバタバタ死んで、もう子どもも半分くらい死んで。
解決法もわからないから壊れるまま人はどんどん、砂人形のように崩れていって、世界はもう終わるところで

 

俺達に、時間はなくて。

 

 

 

生き残った子どもが、死ぬまでにやらなくちゃいけないことは、ここにあったものを、ここであったことを
少しでも、未来に残すことなので、俺達は学校に集まってた。
誰でもいいんだ、とにかく一緒にいたかった、みんなで。みんなと。みんなで固まって寄り添って。
そして、1つのオブジェを作ってた。

 

意味なんかない、誰も生き残らないってわかってる。
だけど、それでも何か俺達は残したかったんだ、ここに俺達はいたんだよと、誰かに伝えたくて…。

 

「ケイゴ? どこいってたんだ?」
佐久弥と一緒に階段をおりてきたら、3階の教室に兄貴が座っていて俺に声をかけた。
「兄貴こそ、ここで何してるの」
「ん?俺はちょっと材料集め。絵の具がないかなーと思って。 ああ、ヤイトも一緒だったのか」
俺の横に立ってた佐久弥を見て、兄貴はちょっと笑顔を見せた。

「ねえヤイト… ヨリちゃんは…?」
ふと兄貴が訊ねる。 ヨリちゃん。佐久弥の姉で、兄貴の、友達で。

「姉ちゃんは…たぶん、もう…長くないんだと思います。もう…左腕、ない、から」
「……そ」

 

佐久弥の言葉に対して、兄貴の返答は淡白だった。

 

 

「ヤイトとケイゴも手伝えよ。俺は絵の具探してからいくから、さきにホール行ってな」
兄貴にうながされて、俺と佐久弥は教室を出るとホールへ向かった。
廊下ですれ違う人達。
明日もこの人達とすれ違えるかなんてわからない。
人数は、確実に、減っていってた。

 

ホールに立っているオブジェは…羽みたいな形をしていた。
実のところ何の形なのか、俺、知らなかった。
だけどどうでもよかったんだ、誰かがここにいて、これを作ったんだということがわかるなら。
何の形でもいいや。みんなでここに何かをつくって、それが俺達がいたという証拠になるのなら。

…俺もいつか消えてしまうのに。

『ケイちゃん』

 

気のせいじゃない、また、確かに耳の奥で、サっちゃんの声がした。

 

 

日々は俺達の人数と共に少しずつ、でも確かに減っていく。
話せる相手が減り、明日は我が身?と考える時間が増える。
それでも俺はまだここにいて オブジェはまだ完成しない。

サっちゃんの親友で、サっちゃんが死んだ日から口がきけなくなってた日依さんも死んでしまった。
兄貴の友達で、優しい笑顔を俺に見せてくれていた塚本さんも、死んだってきいた。
先輩である立花さんは、一昨日歩けなくなったって話をきいたけど、それからどうなったんだろう。
ときどき廊下で見かけてた上川さんの姿も、ここ数日見たことがない。

 

そしてサっちゃんの声は 俺のことを呼んでる。

 

ホールの隅にしゃがみこんでいた俺のすぐそばの扉が、ふいに鉄の軋む嫌な音を立てて開いて、そこに兄貴が
立っていた。
「兄貴? どうしたの?」
ちょっとの沈黙。視線をそらして、兄貴は聞き取れないような小さな声でつぶやいた。

「……ヨリちゃんが、死んだんだ」

 

 

冷たい床、冷たい空気、兄貴の足音は今までにきいたいつのときよりも硬質な音をたてていた。
誰もいない廊下を歩いていく。
少し前を歩く兄貴に、ききたかったけどきけなかった。
…佐久弥の姉の… …ヨリテさんの最期を…見たのか…?って…

 

「…誰もいなくなるって、わかってるはずなのにな」
何も言えない俺のかわりに、つぶやく兄貴の声。

「誰もいなくなるって、俺の周りからも、誰もいなくなるってわかってたはずなのにな」

はは…って、力なく笑うのが、きこえて。

「変なの… 俺、ヨリちゃんだけは、最後まで一緒にいるような気がしてたよ…」

 

兄貴のこんな声をきくの初めてだった。
…こんなに小さくて、ふるえた声をきくの、初めてだった。
俺は兄貴の涙って見たことなかった。

もしかしたら泣いてたかもしれないけど、でも、俺は兄貴の顔を見ること、出来なかった。

 

 

兄貴と離れて、誰もいない教室に立って、何もない天井を見上げて、俺の存在。
わかってるはずなんだ、わかってるはずなんだ。
わかってるんだ、誰も残らない。
周りに誰もいなくなる。
俺が、いなくなる。

誰も。   誰も。

 

俺はふと振り返った。

 

「佐久弥…?」

 

 

階段を駆け上がってた。
息があがるのなんてかまわない。
なんでこんなに必死になって階段を駆け上がってるんだろうって自分で思っていた。
同じなんだ、みんな消えてしまうなら同じなんだ。
いつ消えたって同じだ。わかってる。
それでも、もし佐久弥がいま、死んでしまった姉の声に導かれて屋上へいっているのなら、
俺のように、サっちゃんの声に導かれるように屋上へいっているのなら、

 

そう思ったら俺は階段を上がらないでいられなくて。

 

 

サっちゃんの声は何度も、何度も俺を呼んでた。
そのたびに俺は、屋上へと足を向けそうになってた。

だけど、それを、必死で引き止めていたものは…何?

 

 

「佐久弥ッ!!!」

屋上の扉を勢いよくあげると、佐久弥は屋上に立っていて、俺を振り返った。

「…椎名…」

虚ろ声と、虚ろな空。
いつから空は、こんなに暗くなったんだろう。
そしてどうして俺はこんなにこの空の色がきらいなんだろう。

優しいサっちゃんの声は、この空の下へくればどんどん俺の中で大きくなっていくのに。

『なのにどうして?』

 

サっちゃんの声、振り切って、佐久弥の腕を俺が掴もうとしたら、佐久弥の足がふいに、屋上の縁から
宙へと投げ出された。

「佐久弥ァ!!!!!!」

ギリギリで、あいつの手を掴む。
これが今…俺が、離しちゃいけないものだ、と思った。
全身の力が手に集中して、屋上から、俺の手だけでぶら下がっている佐久弥の姿は、ひどく、頼り無かった。

「どうして手を掴むんだよ」

佐久弥がつぶやいた。

「みんな消えてしまうのに、どうして手を掴むの!! 同じなんだよ!! みんな消えるんだよ!!」

わかってる。

「みんな死んでしまうんだよ!!俺もお前も消えるのに…!!」

わかってる!

わかってるけど!!!

「いやだ、死にたくない!!!」

俺の叫んだ言葉と一緒に、涙が佐久弥の頬にかかった。

わかってるんだ、ほんとにわかってるんだ。
みんな消えるんだ。
俺だって、兄貴だって消えるんだ。
みんなで作ってるあのオブジェだって、本当は残りはしないんだ。

『ケイちゃんを引き止めていたもの』

 

何も残るものなんかない。
そう知ってる。
それでも
それでも
それでも…お願い。

いやなんだ。

 

いやなんだ…!!

「俺……俺…消えたくない…!!!!!!!」

 

だから……!!!!!!!

 

 

「椎名!!」

 

ハっとして顔をあげる。
目を開けたら。
冷たい床に寝転がった俺の顔を、佐久弥がのぞきこんでいた。

「お前、こんなとこで何やってるの? 屋上なんかで寝転んで」

「…え?」

体をおこして見渡したら、そこは、屋上で。
空は、青くて、雲が、白く。
佐久弥は、不思議そうに俺の顔をのぞきこんでた。

 

ゆ…     め…      ?

 

「授業はじまるぞ? 探したらこんなとこで寝転がってるし…死んでるのかと思ったよ、まったく」
冗談みたいに笑って、佐久弥は立ち上がるとさっさと階段の方へと歩いていきそうになる。
その腕を、座ったままで慌てて掴んで、思わず俺はたずねていた。

「お、俺、ここにいるよな? 生きて…」

生きて…

て…

 

「…何言ってるの?」
佐久弥は、わけがわからない、という顔で俺を見た。
「先、いってるからな」

そう言って、俺の手を離して階段を降りていく。
屋上の扉が、軽い音でパタン、と閉まる。

 

夢…

 

夢オチなんて、こんな、格好わるいことない。

そう思いながら立ち上がって、屋上を見渡したけど、それはもちろんいつもの当たり前の風景で。
バカみたいだ、屋上にはフェンスがついてるのに、夢の中ではついてなくて。
当たり前だけど、みんないて、生きてて、俺の周りにみんないて。

……全部……

 

俺は屋上を降りようと、階段へ続く扉の取っ手に手をかけた。

サっちゃんの笑顔が見たいなと思った。
声がききたいなと思った。
前と同じままだった。前と同じように彼女は俺のいとこで初恋の人で。

 

ここを開いたら俺は現実の世界へ戻って、みんないる。
兄貴も、ヨリテさんも、佐久弥も、もちろんサっちゃんだっていて、俺がいて。
あんなオブジェなんかどこにもない。

そうわかってるはずなのに、どうして?

俺はこの扉を開くのが、おかしなくらい、怖いまま。

 

 

『消えたくない』 と 思った。

なんていうか、暗いお話で申し訳がないです。
でも一気に書き上げることができたのは、なんでだろう…。

夢で終わらせたのは、圭吾を救いたかったから。
彼をあのまま終わらせたくなかったから、と言い訳しておくことに致します…(何

special thanks : Shu shiina & Maru & Shizuki saka & Murasaki & Katuki & Karyou
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