自然から学び 自然と共に生きる はっとさんの森

 

先人の思想から学ぶ---自然への愛・自然への共感

L・H・ベイリーの『自然学習の思想』から学ぶ

米国の植物学者であり園芸学者でもあるリバティ・ハイド・ベイリー(1858-1954)は、1903年に『自然学習の思想』(The Nature-Study Idea)を発表しました。

本の副題には、「青少年を自然に関係させ共感させようとする教育運動についての一つの解釈」と書かれています。


翻訳本は、1972年に、宇佐見寛訳『自然学習の思想』(明治図書出版)として出版されました。この本は、現在絶版になっていますが、自然保護や環境保全にたずさわる人たちに共感を呼びました。


ベイリーが提唱する自然学習運動は、教師や親たちが、子どもに身近な自然を直接観察させながら、自然のさまざまな様子を心で感じとるように導くものでした。

自然学習運動の目的について次のように述べています。

  

 近年、もっと自然に親しむ生活をすべきであるという声が急速に高まって 

 います。

 私たちは、ぜひ子どもから、このことを始める必要があります。

 私たちは、自然への愛(nature-love)を学校で教えようとしていますが、 

 この取組みを自然学習(nature-study)と呼んでいます。もし、自然への共 

 感(nature-sympathy)と呼んだ方がいいというなら、その方がいいでしょ

 う。


 自然学習は、科学教育と対立するものではありません。自然学習は、子ど 

 もが科学教育を受けるために備えるものです。子どもが十分成長したら、 

 子どもの意志によって、しだいに、自然の学習(nature-study)から科学の

 学習(science-learning)へと発展していくでしょう。


 自然学習運動の目的は、職業のいかんを問わず、すべての人々に豊かな人 

 生が送れるようにすることです。


そしてベイリーは、自然学習の意義について、次のように説明しています。


 自然学習は理科ではない。それは知識ではない。それは事実ではない。それ 

  は精神(spirit)なのである。それは心のある態度なのである。それは子ども

  の世界に対する見方に関わるものなのである。


<心のある態度>とは、具体的にどのようことを意味しているのでしょうか? 

 

  どんな子でも、心を自然の声が聞こえるように開いておかなければならない。

  世界は、いつも音がして生き生きしている。ただ、われわれの耳が閉ざされて

  いるのである。

  だれにでも鳥の大きな声の歌、強い風の吹く音、急流や海の激しい動きは聞こ 

  える。しかし、われわれが生きているところで、発せられる小さな声を知って

  いる人は千人に一人もいない。


  いろいろな異なった鳥の声を聞き分けることができるというのは、人生におけ

  るすぐれた資産の一つであり、よい教育がもたらす第一の成果の一つであるべ

  きである。ここから他の小さい声までは、ほんの一歩である。


  つまり、こん虫やカエル、ガマ、ハツカネズミ、家畜、静かな水の流れ、小さ

  な風のささやきやきなどの声である。どのように耳をすませて聞くかを習うの

  は、重要なことである

  

ベイリーが伝えたかったことは、身近な自然にふれあうことをとおして、自然への愛、自然への共感的な態度を育むこと。それは、子どもの教育にとって必要なことであり、われわれの人生を豊かにしてくれる「心の在り方」ではないかと思います。



参考文献

1)宇佐美 寛訳, 『自然学習の思想』,  明治図書出版, 1972.

2)L.H.Bailey, The Nature-Study Idea.  New York: Doubleday,Page & Company, 1903 、1911

3)Cornell Nature-Study Leaflets. State of New York-Department of Aguriculture, Nature-Study Bulletin No.1.Albany:J.B,Lyon Company,Printers,1904.

私が影響を受けた本に『自然学習の思想』があります。 著者は、リバティ・ハイド・ベイリー(1858-1954)です。

この『自然学習の思想』は、日本ではあまり知られてはいませんが、アメリカでは、自然学習運動(ネイチャー・スタディ・ムーブメント)を支えた思想書として位置づけられています。ベイリーの自然学習の思想は、その後の自然学習にたずさわる人々に影響を与えたといわれています。

カーソンの『センス・オブ・ワンダー』から学ぶ

『センス・オブ・ワンダー』は、レイチェル・カーソンの死後、1965年に出版されました。

翻訳本は、1991年に、上遠恵子訳『センス・オブ・ワンダー』(佑学社)として出版されました。後に新潮社から出版されました。

『センス・オブ・ワンダー』でカーソンが伝えたかったメッセージは、次の文章に表現されているのではないかと思います。


妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オ

ブ・ ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」をいつも新鮮にたもちつ

づけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを

子どもと一緒に再発見し、感動を分ち合ってくれる大人が、すくなくともひと

り、そばにいる必要があります。


幼い子どものセンス・オブ・ワンダーを保ちつづけるためには、感じることが大切だと述べています。


わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ま

せている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない

と固く信じています。


子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子

だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な

土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。


さらに、カーソンは、私たちすべての人たちにセンス・オブ・ワンダーが必要だと言っています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、生きていることへの喜びを見出すことができ、生き生きとした精神力を生涯保ちつづけることができるということです。


そして、地球の美しさと神秘を感じとる感性を持つことは、地球を健全に保つためにも必要なことだと言っています。


カーソンがこのように確信をもって語ることができたのは、母親の愛情を受けながら自然とふれあった原体験(人の思想形成に大きな影響をおよぼす幼少時の体験)があったからだと考えられます。


カーソンの幼少時を調べてみると、ベイリーやコムストックらの自然学習運動とつながりがあることがわかります。

カーソンの母親マリア・カーソンは、どのように子どもたちと接していたのでしょうか。カーソンの伝記を著わしたリンダ・リアは次のように述べています。


マリア・カーソンは、自然学習の教師として申し分なかった。マリアンやロ

バート(レイチェル・カーソンの姉と兄)が学校から持ち帰るコムストック読本

の数々を喜んで受け入れた。


読本には、親が子どもたちに教えられるように野外での教え方が書かれてい

て、マリアにとって、自然学習を行うために64エーカーの実験室があるような

ものだった。

天候が許すかぎり、毎日のように野外に出て歩きまわり、博物学や植物学、野

鳥に関することを子どもたちといっしょに楽しんでいた。


カーソンの母親は、自然学習の考え方と方法を受け入れ、子どもたちに愛情と情熱をもって自然とふれあったことがわかります。とくに末っ子のレイチェルは、母親の影響を強く受けたようです。


一人一人の子どもの心のなかに、母親の野生の生きものに対する愛と敬意が深

く印象づけられていった。子どもたちが母親に見せようと森の探検から宝物を

持って帰ってくると、マリアは、それをもとの場所に戻してくるようにと諭し

た。


レイチェルは一歳のころから、母親と花や鳥、虫の名前をいいながら森や果樹

園、泉をめぐり歩き、多くの時間を野外で過ごしてきた。

  (中略)


母と子の野外での体験を特徴づけるのは、二人がともにしていた大きな喜びで

ある。まだほんの幼いうちから、レイチェルは母親の自然への愛に心から共感

していた。

非常に鋭い、どんな細かいことも見逃さない観察眼は、幼いころから野外で過

ごした体験によって形づくられてきたのである。


野外で自然を教えるために使った自然学習の教本とは、どのようなものだったのでしょうか。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ニューヨーク州のコーネル大学農学部では、自然学習運動を展開していました。

その運動の中心的な役割を担っていたのは、同大学のベイリーとコムストックらでした。


自然学習運動の考え方や具体的な方法については、ベイリーやコムストックらが書いたリーフレットによって発表されました。このリーフレットは、先生用、家庭での自然学習講座、月刊ジュニアナチュラリスト、自然学習季刊誌としてコーネル大学から配布されました。


カーソンの姉と兄が学校から持ち帰ったコムストック読本の数々とは、コーネル大学から配布されたリーフレットではないかと思われます。カーソン家が住んでいたペンシルベニア州は、ニューヨーク州の隣の州ですので、おそらく姉や兄が通っていた学校にも配布されたものと思われます。


これらのリーフレットの一部は、コーネル大学農学部の自然学習紀要として発刊されました。1896年から1904年にかけて発行されたリーフレットの内、80点に修正が加えられて、1907年に『コーネル 自然学習リーフレット』(Cornell Nature-Study Leaflets)として発表されました。


また、コムストックは、1903年から1911年にかけて発行された家庭での自然学習講座のリーフレットをベースにして、1911年に『自然学習の手引き』(Handbook of Nature Study)を発表しました。この本について、リンダ・リアは次のように解説しています。


 コムストックの『自然学習の手引き』(1911年)には、アメリカ中の小学

   生が自然を愛するようになるための方法が書かれている。コムストックに

   よれば、自然を学ぶことは、子どもに想像力、真理に対する感受性、それ

   を表現する能力を芽生えさせることであった。もっとも重要なのは、「美

   しいものを愛する心」、「自然の持つ生命との一体感、自然に対する変わ

   らぬ愛」を育てる、という点であった。


自然学習運動の考え方について、ベイリーは、1903年に『自然学習の思想』(The Nature-Study Idea)を発表しました。ベイリーらが提唱した自然学習運動のねらいは、教師や親たちが、子どもに身近な自然を直接観察させながら、自然のさまざまな様子を心で感じとるように導くものでした。ベイリーは、自然学習運動の意味について次のように書いています。


 近年、もっと自然に親しむ生活をすべきであるという声が急速に高まって

   います。私たちは、ぜひ子どもから、このことを始める必要があります。

   私たちは、自然への愛(nature-love)を学校で教えようとしていますが、

   この取組みを自然学習(nature-study)と呼んでいます。もし、自然への共

   感(nature-sympathy)と呼んだ方がいいというなら、その方がいいでしょ

   う。

   自然学習は、科学教育と対立するものではありません。自然学習は、子ど

   もが科学教育を受けるために備えるものです。子どもが十分成長したら、

   子どもの意志によって、しだいに、自然の学習(nature-study)から科学の

   学習(science-learning)へと発展していくでしょう。


   自然学習運動の目的は、職業のいかんを問わず、すべての人々に豊かな人

   生が送れるようにすることです。


ベイリーの『自然学習の思想』は、日本でも翻訳され、自然保護や環境教育にたずさわっている人たちに共感を呼びました。残念なことに、現在この本は絶版となっています。


カーソンの幼少時を調べていくなかで、コムストックやベイリーらの自然学習運動とつながりがあることを知りました。カーソンの自然観のある部分は、母親との自然体験をとおして、自然学習運動の影響を受けて形づくられたと考えられます。



参考文献

上岡克美、上遠恵子、原剛編『レイチェル・カーソン』,ミネルヴァ書房

(P.141-152『センス・オブ・ワンダー』とネイチャーゲーム / 服部道夫著)