作者のふるさと〜串町はこんなとこ

昭38豪雪〜旧北陸街道

串の由来

水辺の突き出た小高い場所を「くし」と言う起源から

来ているとも言われているらしい。


串村伝説

まだ串村の時代にあったとされる昔の話です。

隣村との境界の争いが絶えず、村境を決めるため両村の話し合いの上

夜明けに出発して出合った場所を境とすると決まった。

串村は夜中に家を出て山の中で夜明けを待ち、隣村へと走って行ったが

隣村の人と出合う前に隣村まで着いてしまった。

隣村の人は「寝過ごしてしまった」と家を出ると串村の人が既に家の前にいた。

こんな処まで来るなど話が違うではないか!と言っても串村の人は譲らず

隣村の人はせめて石を投げて落ちた先を境と欲しいと頼み合意したらしい。

串村と隣村との境として松が生えていたらしいですが今は跡形もありません。


長吉寝獅子


秋祭りには一風変わった獅子舞がある。

長吉寝獅子(ちょうきちねじし)と言うもので

短い棒をもった天狗が先に獅子と踊り

次に長い棒を持ったカッパが踊る。

ここまでは地元近辺でも珍しくはないのだが

この後に酔っている長吉と言う男が寝ていた獅子につまづき転ぶ。

最初は獅子にビックリするのだが

酔った勢いもあり、

恐る怖る棒で獅子の頭を軽く叩いてみるが

獅子は軽く顔を横に向けるだけで相変わらず寝たまま。

調子にのった長吉は段々とエスカレートし

足で獅子の頭を蹴るなどすれば

さすがに気持ちよく寝ていた獅子も目を覚まし怒り出す。

怒った獅子にびっくりして一度は逃げ出す長吉だったが

獅子を宥めながら近寄る。

頭を撫でたり歯を前掛けで磨いたり

鼻くそをほじり食べさせたりと

獅子も一時はおとなしくなるのだが

おとなしくなった獅子の顎を蹴ってみると

さすがに獅子もまたまた怒り出し

長吉と獅子の取っ組み合いが始まり

最後は長吉が獅子を倒すと言うストーリの獅子舞です。

近年では世帯数も増え、

長時間の楽しい長吉寝獅子を見る機会は少なくなったが

作者の若い頃は1世帯に30分も寝獅子をしているのも珍しくもなく

終わった後は長吉役の人も獅子頭を持っていた人も

息を切らし暫くはダウンしていたものです。

!長吉役は「ひょっとこ」のお面をかぶり

  頭は豆絞りの手ぬぐいで頬被りをし足を開き膝を90度に曲げ

  お尻を突き出し胸を張った状態で歩くのが基本形で喋っては駄目。


虫送り

本来は農作物の害虫駆除が目的で

豊作を祈願する目的であったのだが

近年は消毒散布もあり

「虫送り」の必要性は無いのが現実であろう。

昔からの行事を残して伝えて行く事も

今の時代だからこそ大切な事でもある。

一度廃れた事を復活させるのは

見た目以上に大変で苦労があった事だと思い

虫送りを復活させた方々には脱帽である。

夏の夜の風物詩「虫送り」が平成に入り復活し

子供達がたいまつを持ち

田んぼの横を歩く姿は情緒のあるものであると感じる。


串民族資料館

平成2年11月4日開館。

我が町の歴史を後世にと、大正、昭和初期の生活用具など600点を展示。

入館無料


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参考資料:串町史