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小崎無一和尚の寄稿ページ 目次 

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  1) 仏教徒と戦争の問題 2004.09.07
  2) 徳は自ずから顕れる、高徳の師にお会いするよろこび 2004.10.22
  3) 保寧寺便り 禅語 忍辱 精  2005.02.19
  4) 本山、妙心寺での話 2005.05.21
  5) 笑えない話し 2006.02.10

5)笑えない話し

昔、坐禅会のメンバーだった居士さんが、何かの折りに出会ったとき、面白い話をしてくれた。
芥川賞を受けた妙心寺派のお坊さんが、何年か前にテレビかラジオかで梅原猛氏ともう
一方(ひとかた)(宗教学者)の三人で対談をしているのを聞いての感想を伝えてくれたのである。タイトルは「空海、その空白の時代」といった内容の対談であったようです。昔より空海の青春時代の四、五年間の行動は定かでなく、研究者の間では何かと話題になっており、その偉大性なるがゆえに、益々神秘のベールに包まれております。私なども毎年四国巡礼の度に弘法大師の偉大さにただただ感動するばかりです。日本最大の宗教家、空海を語るにはあまりにも我々は小さすぎて、彼を語ろうとも、その偉大さ故に、適切な言葉すら見つからぬほどです。その対談の中で、空海の空白の時代に話が及んだ。どのようにお過ごしであったのであろうかと話題が移った時、件の臨済僧は事も無げに「若いのだから女と交わってもいたでしょう」とさらりと言ったそうです。そうかも分からんが、今の自分の境涯で空海を語ってしまったのである。他の二人は絶句。そして梅原氏は「どうぞ、後は一人でやってください」と言っていたと居士がおもしろおかしく話してくれました。それを聞いた時、私が思ったことは、「不思議な言葉だなぁ」と思いつつ、しばらく気にはしておりましたが時間の経過とともに忘れておりました。
 最近、梅原氏の講演会があって、講演の後に会って話す機会を得たので、そのことについて少しばかり話をしてみました。彼は本当にそのように言ったのかどうかと。梅原氏は明らかに不愉快な思いで頷きながら、彼のことを配慮しながらも「仏教を広めるのは結構なことだが、あまりシタリ顔ではねぇ」と吐き捨てるように言われた。口には出さなかったが、宗教家としての修行の浅さを嘆かれたのであろう。今や、かの師は本山の広告塔として東奔西走の日々である。一向に勉強もせず布教の努力もせず、安穏に過している坊主にとっては有り難い存在には違いないが、何か大きな落とし穴が待っているようで落ち着かない。巡教布教で来られる布教師方にも似たような不安をおぼえるのは私一人ではあるまい。当教区でも布教は老師にしていただきたいと、無理は承知の本音を吐露される寺院方もある。受賞作家の僧の禅知識をもって大いに禅の布教に努めてもらいたいのは切なる願いであるが、しかし「シタリ顔」は大いに困るのである。

                                                       保寧寺 小崎 無一 (2006.02.10)

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4) これも、本山、妙心寺での話。

ただ今私は教区の教化主事という役目を拝命しておりまして、年一度の研修会に出席いたします。云ってみれば、僧風刷新の担い手として地方で働く一兵卒というところです。研修会は、意義深く進行すると言うわけでもなく、どちらかと言えば与えられた時間を無難にこなしてゆく、といった感で進んでゆきます。やがて定時となって、薬石(晩ご飯)、晩酔となります。50代を中心とした現役バリバリの諸師(?)。だいたいが花園大学の同窓、僧堂の仲間の集まりですから、あっという間に宴は盛り上がり気炎のボルテージはぐんぐん高まります。お開きと相成りますが、このままではおさまりません。徒党を組んで京都の夜にくりだすケースが多いのです。一度ばかり、ご縁の出来た静岡の和尚と、それでは参りましょうと出かけたことがありました。京都ならではの、誠に小洒落た店で楽しんでいたのですが、しばらくの後、この現役バリバリ組がバラバラと夕立のようにやってきました。馴染みの店であるというのが彼らの態度から一目瞭然でした。年に一回の研修会の夜だけの関係ではないこと分かります。怪気炎に近くなっておりますからもう怖いものがありません。カウンターの中に入っての狼藉です。店の関係者もさしてビックリの風もありません。こんな事はよこくあることなのでしょう。前から店で楽しんでいたお客はたまりません。つるつる頭の黒い軍団が傍若無人に振る舞うわけですから、早々にひきあげます。苦虫を噛みながら。坊さんは飲みっぷりと金の払いっぷりがいいので店の方も見て見ぬ振りというか、云ってみれば、突風か台風でもやりすごすような、そんなところのようにみうけられました。

今回の研修の終わりに法務部長の報告の一部を紹介します。最近、本山に檀家さんを連れて本山まいりのとき、花園会館での晩酔の席で、酔った和尚さんが配膳の女性に対して、コンパニオンとでも思ったか抱きついた。しかも、檀家さんの目の前で。酒の上での無礼、人格の欠落甚だしいのが一部では見られます。という報告をされました。私は我慢が切れて一言申し上げました。
 教化主事を拝命してから何年かたち、この花園会館で泊り、会議のあとの晩酔も何度目かとなりました。で私は、一度ならずこのメンバーのなかで似たようなことを目撃したことがあります。夜の巷での、品格を欠く振る舞いもみました。どこかの地方出の酒飲み坊主の話で納めてもらっては困る。妙心寺を背負って立つべき任、真っただなかの坊さんの所行であることを反省すべきではないのか、と。法務部長はこう答えました。いかにも感慨深げに、「やっと、こういう意見をされる方が現れましたか。」と。最近、花園部長に会った時の感想はこうでした。「保寧寺さんのご意見は誠に嬉しかったです、どうぞことあるごとに云い続けてください。」と。軽くあしらわれているようで、若い娘がよく云う「馬鹿みたい」で、かなりがっくりの研修会でした。 
               (平成17年5月21日頂く

                                                   目次へ戻る

3)保寧寺便り  禅語 忍 辱 精進

忍 辱   辱える

KSANTI(クサンテイ)といいます。 
        
人間は泣きながら生まれてきたんだ 長い人生だもの

泣くこともあるさ

その度に生まれ変わるんだ

きっと。


人間がつくっている

世の中だもの

人間が耐えられない

苦しみなんか

無いはずだよ。

                 

京都、本山妙心寺で坊さんの集まりがあった。

これからの教団のあり方、僧職としての資質、布教のあり方と、多方面にわたり話し合いがもたれました。
その中で一人の若い住職の発言に驚きました。

 曰く、「禅宗の寺や坊さんは他の寺と比べて構えているような処があって親しみにくい。私の親しい友人は熱心なクリスチャンで、彼は困った人、悩んでいる人、悲しんでいる人に出会った時、その人に『教会に行きましょう。そして一緒に祈りましょう』といいます。我が宗にはこういうアプローチは無いものかといつも悩むところです」と言ったのです。

 思わず私は言いました。「ならば、どうして貴方はお寺に行きましょう、本堂で一緒に座りましょうと言わないんですか?」と。

件の人は「私の寺でも座禅会はやっています」と答えた。

 遅八刻。時すでに遅し。なんとトンチンカンなることか。これが我が宗門の現役バリバリと称する人たちです。

座禅の功徳、お経の力を信じていないプロが何とウヨウヨいることか。

                                   (2005.02.19頂く)     目次へ戻る

2) 徳は自ずから顕れる、高徳の師にお会いするよろこび

十月八日から十二日まで、京都・妙心寺にいました。本山詣りです。

 本山、妙心寺の法的流れは開山無相大師関山国師より後、雪江宗深禅師から四派に分かれますが、保寧寺はそのうちの特芳禅傑禅師(霊雲派)に属し、特芳禅傑和尚から四代を経て南雄宗英禅師を準開山としております。

 本年は霊雲院開山特芳禅師五百年の遠忌にあたり、盛大なる諸行事が厳修され、最終日には報恩受戒会(注)が行われました。保寧寺からも四十五名もの檀家さんが随喜され、法香を授かりました。関東は雨ばかりというのに、汗をかくばかりの快晴で、有り難い毎日でした。戒を授かる喜びもさることながら、同時に修行された高徳の戒師様がたの徳に触れる縁に授かる機会も得たのです。
 (注)
受戒会は、老師方の指導の下、仏のみ子となる為の修行の会。
    主に戒徒は一心不乱に
,懺悔懺悔六根清浄を唱え、三千諸仏の御名を唱えての後戒名をいただきます。

徳というものは誠に正直なもので、隠すことも消すことも出来ず、さりとて無いものは出ないし、無理矢理出すと嫌らしいし、嘘偽りのないその人の人間味が出るわけです。
 霊雲院住職、則竹秀南老師は正に徳の人です。学徳兼備の僧ではありますが、誰にでもわかる易しい言葉を使いながら、しかも滋味あふれる響きをお持ちです。山田無文老師一筋に仕えること三十六年。徹底した自我の消滅、陰徳の行、こういう方を修行の甲斐あって、と云うのでしょうか。この様なお方は隠れたところにもぽろぽろといらっしゃるのでしょうが、なかなか出会えないというのが現実です。

 私が六甲の祥龍寺の小僧をしている頃、則竹師は雲水時代、何度か無文老師のことづけで祥龍寺に来られたのを覚えておりますが、小さい頃に水疱瘡でも患ったのでしょう、お顔は月のクレーターの様で、ご苦労の多いことかとこの馬鹿小僧は一人合点をしておったのですが、その頃はすでに僧堂歴五年(?)を経ておられ、並み居る雲水のなかでも一風光を放っておられたのです。今ではどういう訳かお顔も実にすずやかで、お顔にも侘び寂びがあるのかしら?と思えるほどです。徳のなせる技としか云いようがありません。

それにつけても思い返されるのは、やはり祥龍寺、菅 宗信和尚のことです。一緒に住んではいてもしばらくは気もつかずにいたのですが、この和尚のお顔にも問題が有りまして、お顔の一方の側面は赤黒い血痣がありました。いつも頭を剃っている訳なので丸見えのはずなのに、随分の間、気がつかなかったのです。そしてそれに気づいた時、「ムッ、で、それがどうした」という感じでした。ご本人は幼少の頃、この痣に随分悩まれて家を出た話も伺っております。
 この和尚もやはり無文老師の二代前の愚渓老師の猛烈な研鎚を受け、辛酸の限りの後の、得も言われぬ徳相でありました。宗信和尚からは仏教の教学上のことは何一つ教わった記憶は無いのですが、生活そのものが仏教、そんな思いを強くしております。
                        

この度、高徳の師に出会う機会を得て、益々徳の有り難さをつくづく思うのです。  
座禅を続ける事は徳を身につけることなのだ、と信じて邁進できる人生、それは実にすばらしい人生です。
   (2004年10月22日) 
                                                  目次へ戻る

1) 仏教徒と戦争の問題   <イラクへの自衛隊派遣反対宣言>に関連して

最近、人の招待で神田の岩波ホールに行きました。映画のタイトルはっきりしないのですが、「父と暮らせば」とか何とか言ったようです。広島でピカドンを受けた娘の回想記のようでした。後遺症を受けてなお何年か後まで生き延びた娘と、ピカドンの後すぐに亡くなってしまった父が、一人で暮らしている娘の所へ亡霊となって現れ、娘の心の叫びを解きほぐしてゆくというもの。ほとんどこの映画は二人の会話に終始していて少々重い作品だったのですが、娘役の宮沢りえの美しさと具合のよい演技が心地よく見せてくれたのです。内容は、と申し上げたいのですが下手な解説は百害有って一利なしの喩えもあります。いい作品でした。ご覧下さい。井上ひさしの作品の映画化です。監督の名前も今は思い出せないのですが、この平和な日本にあって尚戦争の意味を問いつめてゆく人々がいることに感動したのです。

夏になると必ず嘗ての戦争を見つめ直そうとする企画があります。昨今はイラク戦争の矛盾の真ただ中にあってそれを問うドキュメンタリーも次々と公開されております。恥ずかしながら、私も去年の夏初めて広島に行き、生々しい原爆の様相の一端を伺うにつれ、その条理なき悲劇に声も出ず、しばらくは只呻くばかりでした。過去の戦争だけでなく今なお地球上において戦争の悲劇は繰り返されております。問うべき事、見つめなければならないことは連続しているのです。ほどよく「華氏911」も見る機会を得ました。それによりますと、富める国のごく少数のエリートたちの満足を得るための正しかるべき正義、それが戦争と意味づけておりました。

我が教団・本派妙心寺派も先年遅ればせながら、先の戦争に反対しなかったこと、いや、協力的で有ったことに対して、謹んで反省の意と、いかなる戦争に対してもNOと云うべきである、というささやかな宣言文を発表したのです。時あたかも小泉首相が自衛隊イラク派遣を叫び、そして決定したころでした。ささやかな、という意味は、わが教団はこの日本の仏教教団の中ではささやかであるから、という理由だそうです? 摩可不思議にもこの宣言文が教団誌に掲載されるやいなや事も有ろうに教団内部からブーイングが起こったのです。びっくらこいたのは本部関係者です。思いがけない反応に腰砕けとなりました。

私が所属します教区におきまして住職研修会の研修討議として、先の「宣言文」を吟味しようではないかと提案しましたが、あえなく没となりました。何がいいのかとアンケートを採りましたら「寺の経営と会計」が圧倒的でした。いずれの教区も同じなのでしょう。この辺の事情を鑑みて本山関係者はこのことには触れなくなりました。不条理な戦争が今なおあっちこっちで起こっているのを静かにやり過ごしています。「人間は常に間違いを犯すという確信」を楽しむかのような。般若団誌その一は、かくも寂しき投稿となりました。さて次号はかくなりますやら。ご関心の方のため「宣言」を掲載いたします。

 

<イラクへの自衛隊派遣反対宣言>
         (本山が出した幾つかの宣言文の内に一つです)

我が教団は平成十三年九月の第100次定期宗議会に於いて、過去の大戦中に我が国の仏教界、就中我が教団が釈尊の示された仏教の根本義を踏みにじり、祖師の言句を曲解して「聖戦」の名の下に協力したこと懺悔反省し、世界の恒久平和の為に努力する事を誓い、仏教の説く不殺生戒に基づき如何なる理由であれ命の尊厳を踏みにじるテロ行為とその報復、そしてすべての戦争に反対してきました。

この度、政府はイラクへの自衛隊派遣の基本計画を正式に決めました。人道的復興支援という名目ではありますが、自衛隊を派遣する事により武力に対して武力で応戦する結果、再度殺し合いという悪循環に陥ることが危惧されます。

国連を中心とした関係諸国が武力行使に因るものではなく、あくまでも平和的手段によって諸問題を解決すべきである事を国際社会に向かって主張し続けるのが唯一日本の果たしていく役割ではないでしょうか。我が教団は我が国が過去の過ちを振り返り国際的に名誉ある役割を担うためにも現時点でのイラクへの自衛隊の派遣には反対するものであります。

平成十五年十二月十六日

臨済宗妙心寺派教団     

                             

(注) 冒頭に、ご紹介のある映画 「父と暮らせば」 は 監督:黒木和雄  出演 宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信
     岩波ホール:神田神保町2-1 岩波ビル10F にて、毎日(平日4回、日曜3回)上映されています。
     上映期間は不定、少なくとも10月中は継続上映の予定とのことです、 入場料 一般1800円 
     人気高く、混雑状況を事前確認する方がよいとのことです。  電話: 03(3262)5252  <岡田注記>

      
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