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<寄稿集>清水秀男氏の寄稿  目次

表題をクリックしてください、ジャンプします。
 1)自然治癒力  2003.03.31
 2)一在家人の思い  2004.1
 3)起き上がり小法師 2004.2
 4) 5月メッセージ「すべて言葉を しみじみいふべし」(良寛さん 2004.05.30
 5)6月メッセージ「毎日毎日が習慣づくり」 2004.06.24
 6)7月メッセージ「スリッパがゆがんでおるということは自分がゆがんでいるんだ」 2004.07.23
 7)玄奘三蔵メモ 2004.07.27
 8)般若について 2004.07.27
 9) 8月メッセージ「不正をされた場合でも不正をし返してはならない(復讐の禁止)(ソクラテス)2004.08.02
 10) 9月メッセージ夫婦になるためには毎日努力して、一生かかって夫婦になるのです 2004.09.05
 11) 「正法眼蔵随聞記」における「貧」と「衣食」の教えについて 2004.09.21
 12)10月メッセージ 「星の王子さま」より 2004.10.03
 13)「現代社会と少欲知足思想について」 2004.11.03
 14)「現代仏教に求めるもの」 2004.11.03
 15)11月メッセージ「人生の贈り物〜他に望むものはない〜」(さだまさし)
 16)12月メッセージ「It is so beautiful」(マザー・テレサ)
 17)1月度メッセージ 「一」と「積」について
 18)2月度メッセージ「チューリップの歌」(200502)
 19)ブッダ最後の教え(20050214)
 20)3月度メッセージ「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議に目を見張る感性)」(2005.02.17)
 21)4月度メッセージ「心の財第一なり」(リンゴが灯した希望の灯)
 22)5月度メッセージ Boys,be ambitiousの奥にあるもの (2005.05.01)
 23)6月度メッセージ 「画は人なり」(横山大観) (2005.06.01)
 24)「般若心経」の二つの側面について (2005.06.07)
 25)7月度メッセージ「おにぎりのぬくもり」(2005.07.03)
 26)7月度メッセージA「笑顔配達人になろう」(2005.07.15)
 27)「平和の願いは永遠であるが、平和の実践は足元にある」(2005.08.04)
 28)10度メッセージ「教会の鐘とお寺の鐘」(2005.10.02)
 29)11度メッセージ「命はダイナミックなつながりである」(2005.11.04)
 30)<03/9-04/4 欠落の過去稿をまとめて> (2005.11.25)
 31)05/12月のメッセージ「呆けなしで生きるために」(2005.12.01)
 32)06/1月のメッセージ「不汚染の処を打す(きれいな処をきれいに掃除する)」(2006.01.01)
 33)06/02月のメセージ「生き甲斐とは与えることから生まれる」(2006.02.01)
 34)06/03月のメッセージ「シアワセはシワとアセでできている」(2006.03.05)
 35)06/04月のメッセージ「水の結晶に学ぶ」(2006.04.03)
 36)06/05月のメッセージ『「馬鹿になれ」 傑僧 菅宗信和尚の思い出 』 (2006.05.01)
 37)06/06月のメッセージ『歩くことは人間にとって最高の薬である』(2006.06.08)
 38)06/07月のメッセージ『われ行動す、故にわれ責任あり』 (2006.07.02)
 39)06/08月のメッセージ『崇高で優雅な永遠の恋人”弥勒菩薩”を訪ねて』(2006.08.07)
 40)06/09月のメッセージ『なすことの一つ一つがたのしくて 命がけなり遊ぶ子供ら』(2006.09.01)
 41)06/10月のメッセージ『「Not doingbut being」(何かをする事ではない、その人と共にそこにいる事だ)(2006.10.02)
 42)06/11月のメッセージ『原料探しは、人探し』 (2006.11.01)
 43)「正法について」(2006.11.05)
 44)06/12月のメッセージ『善人と悪人』(2006.12.10) 
 45)07/01月のメッセージ『想像してごらん。みんな平和に暮らしているのを』 (2007.01.01)
 46)07/02月のメッセージ『銀行の競争力は顧客志向の徹底から』(2007.02.01)
 47)07/04月のメッセージ『待つことの深さを知って花は咲く 草も木も人間も』(2007.04.06)
 48)07/05月のメッセージ『「私が苦しみから救われる」のではなく、「苦るしみが私を救う」』(2007.05.05.)
 49)07/06月のメッセージ『自然治癒力について』 (2007.06.10)
 50)07/07月のメッセージ『患者中心の医療』から『患者とともに考える医療へ』(2007.07.11)
 51)07/08月のメッセージ『他人の山でな<自分の山>に登ろう』(2007.08.06) 
 52)07/09月のメッセージ『こうしゃんなあかん(こうしなければいけない)ってことないから』(2007.09.09)
 53)07/10月のメッセージ『若し我れ心痛みたる一人だに救い得ば 我が生活は無駄にならず』 (2007.10.13)
 54)07/11月のメッセージ『この度のご縁は、私一人のためのご縁と思うべし』 (2007.11.06)
 55)07/12月のメッセージ『悪事は必ず露見する』 (2007.12.13)
 56)08/01月のメッセージ『司馬遼太郎が21世紀の人々に残したメッセージ』(2008.01.01)
 57)08/02月のメッセージ『永平寺宮崎貫首が我々に残された遺言』(2008.02.01)
 58)08/03月
 59)08/04月のメッセージ『無常と闘うことはできない、無常は受け入れるものである』 (2008.04.)
 60)08/05月のメッセージ『手のぬくもり』 (2008.05.02)
 61)08/06月のメッセージ『迷ったら前へ、迷った時は必ず前へ』(2008.06.05)
 62)08/07月のメッセージ『僧医、対本宗訓老師の無畏の誓願』(2008.07.03)
 63)08/08月のメッセージ『夏は暑いのです』(2008.08.19) 
 64)08/09月のメッセージ『山中伸弥教授ーiPS細胞研究で学んだこと(2008.09.16)

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64)08/9月のメッセージ(第59号)

   「山中伸弥教授―iPS細胞研究で学んだこと

「夏と秋とゆきかふ空のかよひ路はかたへ涼しき風やふくらむ」(古今和歌集)

 

ようやく、夏の暑さも過ぎゆき、初秋の風が感じられる頃となり、

ほっと一息ついておられることと拝察しております。

私は、7月の手術から2か月が経ち、ようやく落ち着きを取り戻しつつあります。

残る障害に向けて、あせらずじっくり取り組みたいと思っています。

 

今月のメッセージは、ヒトの皮膚細胞からiPS細胞の樹立の発表で世界の耳目を

集めている山中伸弥教授が辿られた、研究人生について取り上げてみました。

やや長いですが、お付き合い頂ければ幸いです。

清水秀男 拝  

  270-1175 我孫子市青山台1ー7ー15

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08/9月のメッセージ(第59号)

「山中伸弥教授―iPS細胞研究で学んだこと

 

1:昨年11月、ヒトの皮膚細胞から、あらゆる細胞に分化できる「万能細胞」(iPS細胞)

  作ることに、京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授が世界で初めて成功したとの

  ニュースは、ヒトの胚性幹細胞(ES細胞)の倫理的、技術的な問題をクリアでき、拒絶反応がなく、

 傷ついたり病気になったりした細胞を作り直すことが出来る

 新たな再生医療の実現への道を開く画期的な成果として賞賛され、衆目を驚かした。

 その山中教授が、今年4月、神戸大学の入学式において、

 iPS細胞研究で学んだこと」と題して記念講演している。新入生に対して、

 20年間の決して平坦ではなかった研究生活の過程において学んだこと、

 苦しい時、悩んだ時を如何に乗り越えてきたかを縷々語っている。

 参考になり、興味深いものであったので、その内容をかいつまんで記しておきたい。

 

2:まず、山中教授の略歴を簡単に辿っておきたい。

* 教授自身のスポーツ(柔道・ラグビー)による数々の怪我の経験から、スポーツ外傷、

   スポーツによる怪我や障害を負った患者を治療するスポーツ医学を目指し

   神戸大学医学部に入学・卒業。

   その後国立大阪病院整形外科臨床研修医として勤務。(1987年)

 

* 研修医の時、ある重症リウマチの女性患者を担当し、患者の全身の関節が変形した姿を

  見てショックを受けたり、現状の治療法では限界があり、治らない病気や怪我がたくさんある現実を

  見るにつけ、この様な患者も救える新たな治療法を追求するには基礎研究ではないかと思い、

  臨床の世界を飛び出し、大阪市立大学大学院で基礎医学の薬理学への道に転進し、

  4年間研究生活。

 

* その後更に3年余の間、アメリカで、ノーベル賞受賞者もいるレベルの高い研究環境の

  大学・研究所の中で研究を深化させiPS細胞の研究もその頃に始めた。

* 子供の教育の問題もあり帰国し、大阪市大に戻る(1996年)。

    しかし、アメリカに比して余りにも貧弱な研究環境の中、思う様に研究も進まず、

    半分鬱状態になり、研究者として続けていく自信がなくなり,

    やめて臨床医に戻ることを真剣に考えた。

 

* その時、雑誌の広告で国立奈良先端科学技術大学院大学が助教授を募集しているのを見て

応募し合格(1999年)。その大学は研究環境がアメリカの状況に近く、殆どやめようと思っていた

基礎研究を採用してくれ、半分鬱状態も克服し、研究意欲が復活。

一度は研究生活をあきらめようとした身。どうせやるなら、他の人が難しくてやりたくても

やれないような研究をしようと思い始めたのが、今回のヒトの皮膚の細胞からiPS細胞を作る研究。

最初は失敗の連続であったが、研究室のメンバーの協力も得て、歯を食いしばって頑張り、

20年くらいかかるのではないかと思っていたiPS細胞を作ることが、運良く、ここ23年前から

出来るようになった。コロンブスの卵ではないが、出来てしまえば非常に簡単だが、

それが分るまでには苦労の連続。

 

200410京都大学再生医科学研究所再生誘導研究分野教授に就任。

   昨年11月、ヒトの皮膚細胞から、iPS細胞の樹立に成功したことを発表。

  今年1月、iPS細胞の研究と応用を強力に進めるため京大にiPS細胞研究センター

  設立し、センター長も兼務。

 

3:この様に、山中教授の20年間の研究生活は、何度かの挫折もあり、幸運もありの波瀾万丈で

   あったことが分かる。その経験を踏まえ新入生に、研究生活のみならず、

   今後いろんなことに遭遇する長い人生にも、応用出来るので役立てて欲しいと、

   次の三項目のメッセージを発信している。

 第一は、研究はスポーツに例えればマラソンであり、勝ち負けだけではなく、

          完走して、自己ベスト記録を出すことが非常に大事であること。

 

 第二は、ヴィジョンとハードワーク。

          目的をはっきり持って、それに向かって一生懸命ハードワークすること。

 

  第三は、「塞翁が馬」(人生の禍福は転々として予測できないことのたとえ)の

           事実に気づくこと。

 

4:私がこの講演で初めて知ったことは、山中教授は最初から、細胞学のエリートとして、

   順調な道を歩んだのではなく、臨床医から出発し、基礎医学に転進し、その後も多くの挫折を経験、

   研究生活をギブアップしようした時期もあったが、それを乗り越え、難易度の高い目標に挑戦。

   周りの協力と苦しいハードワークの継続が実を結び、短期間で世界をリードする業績を

   生み出したことである。貴重な経験に裏打ちされている故に、

   新入生に発信されているメッセージには説得力がある。

 

   第一の「研究についてのマラソン」論が、教授の人生観の根底になっていると思う。

   教授はiPS細胞の研究について次の様に述べている。

  「ハーバード大学などを中心としたアメリカの超一流大学と非常に厳しい競争になっており、

   論文の発表が先を越されるたりする勝ち負けはあるが、負けたからと言って終わりではなく、

   研究者は決してあきらめずに最後まで走り抜ける必要がある。一番になれなくても論文を出す、

   一番になれなくても特許を出すことが必要、その使命が研究である」と。

 これはまさしく人生にも通じることである。人生は他人と比較する勝ち負けではなく、

 自分の持てる力量を精一杯発揮し、結果は如何にかかわらず、完全燃焼させた人が、

 真の勝者であると思う。

まさに「バラにはバラの花が咲き すみれにはすみれの花が咲く」の如き十全なる自己実現である。

 

 第二の「ヴィジョンとハードワーク」論は、教授がアメリカで今から10年以上前、

  研究者として修行をしていた時に、研究所長だったDr. メーリーから、

  研究者として成功するための条件として学んだことであり、研究をやっていく上でモットーにしているという。

  これは第一の「マラソン人生論」ベースの上に打ち立てられた大黒柱になっている部分だと思う。

  それは、幾度かの挫折の中で、常に「不治の病の人を治すために、基礎研究で頑張る」という

  熱きヴィジョンを自分の原点として何度か問い直し確認しており、特にアメリカから帰国して悩み、

  ヴィジョンを再確認出来た後の、奈良先端科学技術大学院大学でのハードワーク振りは

  目覚しいものがあり、周りの励ましと協力もあり、素晴らしい業績に結びついていることからも理解出来る。

  日本人は、一般的な傾向としてヴィジョンなきハードワークが多いのではないかと、

  私も含め 今一度省みる必要ガあるのではないかと思う。

 

第三の塞翁が馬」の教えは、教授が今迄の人生経験の中で種々痛感している部分である。

 最大のものは、研究生活をやめ臨床医に戻ろうとした時、気持ちの区切りをつけようと、

 家を購入しようとして、明日本契約という前日の朝、お母さんからから電話、

 「昨日お父さん(20年程前に逝去)が夢枕に立った。家を建てることは、

  もう少し慎重になった方がいいのではないか、と告げられた」と。

 それで再考すべく契約日を一日延期したため、他の人が契約してしまい計画は実現しなかった。

 そこでどうしようかと思っていたところ、奈良先端科学技術大学院大学の助教授募集を雑誌の広告で見た。

 その縁により現在の自分があり、もし父親が母親の夢枕に立たなければ間違いなく研究生活に終止符を

 打っていたという述懐箇所がある。まさに塞翁が馬」の体験である。

 人生においても色々な出来事が起こり、それが良い結果になるのか悪い結果になるのか分らないものである。

 従って、調子が悪い時も落ち込む必要はなく(失意泰然)、調子の良い時も有頂天になることなく(得意淡然)、

 一喜一憂せず、与えられた今を精一杯生きることが肝心だと、あらためて痛感している。

 

5:911日、山中教授のiPS細胞の作成方法の特許が国内で成立したとの発表があった。

 今後海外での特許取得を進めると共に、再生医学の応用に向け安全性も含め、

 山中教授の更なる研究へのハードワークを期待している。

 

一方、日本の政治情勢をみると、総理大臣が一年単位で変わり、政争に明け暮れている現状である。

資源なき日本が生きる道はiPS細胞の様な画期的な技術開発力である。

新首相は、目の前の緊急対策は勿論必要だが、

最も重要なことは、説得力ある日本の未来像を明確に具体的に示し、

それに向かって、必要な大学の基礎研究、実業界の応用技術開発には、

国家プロジェクトとして、積極的投資と援助をするべきである。

 それが中長期的にみて日本の生き残り策であり、ひいては最大の経済対策になることを

 認識し行動する時であるとつくづく思う。

 今程、政治家やリーダーに「ヴィジョンとハードワーク」が求められる時はないのではないか。

(注:山中教授の講演の内容は、神戸大学広報室作成の資料を参考)

                                   以上 (2008.09.16)

                                           ホームページトップへ戻る
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63)08/08月のメッセージ

残暑お見舞い申しあげます。

北京オリンピックに釘付けで、一喜一憂の日々と拝察いたします。

7月のメッセージ発信時、入院・手術のため、8月はメッセージは休むとご連絡しました。

今回の手術は、比較的順調に推移し、7月中頃、退院することが出来ました。

自宅に帰ると病院と違って、暑さが身にこたえます。

しかし。その暑さの御蔭で、大学時代のゼミナール恩師、藤井茂先生の言葉、

「夏は暑いのです」を思い出し、それを反芻しながら思いをめぐらしてみました。

遅ればせながらお送りします。

清水秀男 拝

270-1175  我孫子市青山台1ー7ー15

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08/8月のメッセージ(第58号) 

「夏は暑いのです

 

1:今年の夏も暑い。真夏日の連続、しかもジリジリ焼け付く様な暑さは、地球温暖化ではなく、

   まさに灼熱化という表現が適切なのではないかと思われる。

   療養中の身にはかなりこたえる暑さである。

暑さの件で夏が来ると懐かしく思い出すのは、40数年前の大学生時代のゼミナール恩師

藤井茂先生(国際経済学者)の言葉である。

藤井ゼミナールでは、毎年8月又は9月かの残暑厳しい土曜日か日曜日に、「ビールコンパ」と称し、

在校生のみならず先生を慕う多くの卒業門下生が一同に集い、学問を離れ,

藤井先生の豊かな人間性に触れ、学び、互いの近況報告をしながら旧交を温めあうイベントがあった。

ある時、「夏は暑いのです」の表現で始まる先生のスピーチがあり、

その後の内容の詳細は覚えていないのだが、それが非常に印象的であったのを記憶している。

 

2:「夏は暑いのです」の言葉はけだし名言である。先生の真意を私は次の様に受けとめている。

  夏が暑いのは偉大な自然の摂理であり、当たり前の真ん中のことである。

  その摂理に逆らってみてもどうすることも出来ない。それを回避することなく真正面から受容し、

  その中でベストを尽くし精一杯生きていくことが重要である。

  そして、比喩として「夏は暑いのです」を出されたのであり、

  夫々各人が抱えている人生の苦悩にしても同様であることを示唆されたのだと思っている。

 

3:それは先生が、ご自身の貴重な経験から得られ、常日頃から我々に諭されていた人生哲学、

  「人生はゼロでしめ切る」という言葉に象徴されている。

  即ち、ゼロ以上であれば有難いと思わねばならないということである。その先生の貴重な経験とは何か。

  それは卒業論文の原稿を書き了えた朝、突然目の病が襲い、極度の不眠症と共に爾後三年、

  先生を苦しめ続け、絶望と暗黒に陥られたことがあったことである。

  それまでの先生は、先生の友人が「三十度の仰角を持って歩む」と評された程、常に自力を信じ、

  肩肘張った虚勢があった。しかし、その病が心の目を開かせてくれ、自力の限界と

  大いなる神の摂理を悟り、生活態度と物の見方が一変し、「人生はゼロでしめ切る」という

  藤井哲学が生まれた。そして、それ以来、心が豊かになり、腹が立っても自制出来るようにもなり、

  人の言葉に耳をかすゆとりも出来、己の分を知り、

  マイペースを見失わない落ちつきも身につけたと述懐されている。

 

4:そして、「夏は暑いのです」藤井先生の言葉は、唐時代の中国曹洞宗の祖、

  洞山良价「無寒暑」の教えにも通じると思う。

  内容を要約すると、洞山のところに一人の修行僧が来て、

「寒さ暑さが来た時、どうしたら避けることが出来ますか(寒暑到来、如何が廻避せん)」と質問した。

洞山の答えは「どうして寒さ暑さのない世界に行かないのだ(何ぞ無寒暑の処に向かって去らざる)」。

これに対して、更に僧は「寒さ暑さのない世界とはどんな世界ですか(如何なるか是れ無寒暑の処)」と

質問した。その問いに対し洞山の答えは、禅機あふれる素晴らしいものであった。

「寒い時には寒いと思う自分自身を寒さで殺してしまいなさい。熱い時には熱いと思う自分自身を熱さ

で殺してしまいなさい(寒時は闍梨を寒殺し、熱時は闍梨を熱殺す)」

ここで、殺すという物騒な言葉を使っているが、自分自身が寒さ暑さそのものと一体になることである。

洞山禅師は、修行者が寒さ暑さのない世界が、現実の寒さ暑さ以外の所にあるのではないかと思って

いるのを見てとって、厳しくも慈愛あふれた教えを指し示しているのである。

そしてそれは、暑さ寒さという言葉を使ったやりとりであるが、同時に現実の娑婆の世界で出会う、

生・老・病・死の苦悩も同様で、あり、実際遭遇している今・ここの苦悩を退避することなく、

無心になって徹底して満身の力で生ききること、

それが結果として苦難から救われる一番近道であることを示していると思う。

私も病を得て、ゼロの世界の上にすべてが成立していることを痛感すると共に、病から逃げることなく、

それを有難い教師として生かし、生かされている今を精一杯生きていかねばと思いを深くしている。

 

5:この機会に、私が藤井先生から薫陶を受け、人生訓となっている「その他の教え」も素描しておきたい。

 @人生の歩みについて

「常に中道を歩み、心の余裕(人生のゆとり)を持て」

「人生は一本勝負」

「適時に蒔き適時に施肥せねば稲は育たぬ」(先生のご尊父からの教え)

 「今日省みて、やましいことがないということはどれだけ心の安らぎになるか計り知れないものがある」

 

A決断について 

「進むべきか、退くべきかについての人間の迷いは、ぎりぎりのところ、五・五対四・五、あるいはもっと

小さい差での迷いである。六対四であれば迷いなど存在しない。こうした本当の意味での迷いの中で、

真剣に諸君が迷うことがあればその時は敢然として進みなさい」

 

B学問者の心構え  WARM  HEART   COOL  HEAD

「学問者がその問題に対するとき、血が通うかに思われる深い愛情をもってこれに向い、しかもこれを解く 

に当っては冷徹した判断力をもってしなければならない。とくに社会科学においては根底に人間愛を据

えながら、あくまでも事理に追求する態度を忘れてはならない」

 

Cゼミナールについて

「ゼミナールは人生の道場であり、卒業論文は人生のデッサンを描くべきもの」

  「ゼミナールでは何よりも、一生続く友情を培(ツチカ)いなさい」

D「三ぼれの精神」

  「人間、すべからく仕事にほれ、住む土地にほれ、自分の女房にほれよ」

 

最後に、藤井先生は国際経済学や貿易政策の分野で、輝かしい業績を残されたが、

藤井ゼミナールのキャッチフレーズは「学問プラスα」であった。藤井先生のプラスαは、研究生活と並行

して打ち込まれ、余技の域を超えた「謡」を柱として、碁、将棋、源氏物語等の文学、宴席での歌や

踊り等多彩でかつ幅広いものであり、それが、先生の心の余裕につながり、凡人には到底及ばない

人間性の幅広さにつながっていることを付記しておきたい。 

                                                以上



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62)08/07月のメッセージ

今年も早、半分が過ぎ、7月に入りました。お元気でご活躍のことと存じます。

今月は、僧侶として最高の地位(管長)まで登りつめられた禅僧が、

意を決して、医学の道も究めようとされ、研鑽の結果、医師国家試験にも合格され、

「僧医」(身体の病を診る医師であり、同時に心や魂のケアをする僧侶)への道を歩んで

おられる、対本宗訓(ツシモトソウクン)老師の生き様に迫りたいと思います。

 

私は、7月に予定していた手術が、急きょ来週に決まり、明日(4日)入院する様にとの

連絡を本日受け、慌てて7月のメッセージを書き、お送りいたしているところです。。

かような状況につき、8月のメッセージはお休みさせて頂きますこと、お許し下さい。

               清水 秀男 
                 〒270-1175
                   我孫子市青山台1-7-15

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08/7月のメッセージ(第57号)

 「僧医 対本宗訓老師の無畏の誓願」

 

1:京都天龍僧堂で修行し平成5年、38歳の若さで臨済宗佛通寺派管長・師家の

   対本宗訓(ツシモトソウクン)老師が宗門内の地位を捨て、

   平成12年、45歳で帝京大学医学部に入学したとの情報に接したのは、

   確か医薬業界雑誌でのインタビュー記事だったと記憶する。

   学生時代から禅のまねごとをし、当時医薬業界の仕事に携わっていた私は、

   その生き様に驚愕・感嘆すると同時に大いに共感を覚えた。

今年3月、NHK教育TV「こころの時代」で「禅のこころ・医のこころ」 と題した番組で、

平成18年医学部卒業、厳しい医師国家試験合格され、現在母校の付属病院で

臨床研修2年目のプログラムをローテーション中であり、

「僧医」(現代医学を修めた僧侶の意味で老師の創作語)としての道を

着実に歩んでおられるのを知った。

そこで今月は対本老師が、何故、「僧医」としての道を選択されたのか、

そして今後の展開、及び宗教界、医学界へ投げかけられている問題提起について迫ってみたい。

 

2:対本老師の「僧医」への道を駆り立てた原点は、どこにあったのか。

 その最大の点は、僧侶の父の死であった。それは、老師にとって肉親として

 最初の死の別れの体験であり、その死へのプロセスの中で「生老病死」を、

 身をもって教えられ学んだことだという。

 そしてもう一点は、父の本葬に病身ながら臨席した父の仏弟子に当たる方が、

 その後まもなく、重篤になられ、家族から本人が是非会い、聞いて欲しいことがあると

 言っていると言われ、見舞いに行きながらも、時間がないことを理由に、早々に辞去してしまい、

 最期の願いである告白と懺悔に耳を傾けることも出来なかった。

 宗教者でありながら、かけがえのない一期一会を受け止める力が熟していなかったことへの

 強い後悔と自責の念であった。

 

3:これらの原体験が、釈迦の説いた仏教は、葬送儀礼の教えでなく、現実に生きて苦悩している

 人間のための教えであり、宗教者の役割は、原点に立ち返り、人間の生老病死に直接関わることで

 なければならないという強い使命感が形成されたのである。老師の言葉にしばし耳を傾けてみたい。

 

 「仏法を説くことも必要、論ずることも必要ではあるのだが、おしなべて今の宗教は

  祖述の領域から出られない。法筵(仏法を説く所)の盛況や書肆(書店)の賑わいも、

  つまるところ言葉が言葉を生むだけで、しかもその言葉に真実の力がない。

   ここに現代社会に生起する諸問題はおろか、人の生老病死の現実に向かい合うことすら

  ままならない宗門の現状がある。・・・どんなにすばらしい教えも人生の生老病死の中で

  実践し試されなければ真の智慧として会得することはできない。

  言葉が言葉を生む宗教もいっぽうでは必要かもしれないが、行動することによってこそ

  具わる真実の言葉の力を世の中は求めているのではないだろうか。
 昔、私たち僧侶は社会の中でさまざまな役割を担っていた。教育者であり福祉家であり

   芸術家でもあった。時代が降るとともに専門分化し、教師やソウシャルワーカー、カウンセラーなど

   それぞれのプロフェッショナルができ、僧侶の役割は葬送儀礼というきわめて狭小な部分に

   限定されるかのようになってしまった。

   ・・・あくまでも僧としての基本はしっかりと築きながらの話であるが、積極的に社会に交わり、

   チャンスがあれば専門職を身につけ公的資格を取得して活動し、そのノウハウや経験を

   宗教界に還元していただければよい。・・・社会の中で積極的に行動し実践する現代宗教。

   その多様なあり方の一つとして、私自身は僧医という生き方を選んだ」。

   (月刊「春秋」春秋社 07年1月号所収)

 

4:これらの言葉は、私が従来から持っている問題意識

  <現代仏教者は、現代人が抱えている心の悩みを個々人の立場迄降りて聞き、

    カウンセリングする魂の救済者として機能しているであろうか。

   そして、仏教の基本的コンセプトは縁起であり、仏教者は社会とは無関係には存在しえない。

   とすれば、仏教者は具体的に社会における歪や多くの諸問題に対し、メッセージを発進し、

  より良き社会への改善・改革や実現に向けて発言し、行動し、努力する事が必要ではなかろうか。

  例えば、平和問題、環境問題、人権問題、生命倫理問題等々>にも通じることでもあり、

  大いに共鳴を覚えている。

 

5:対本老師が目指す「僧医」とは何か。発信されているメッセージから私なりにまとめてみる。

現代の医学・医療は科学の方法論に基づき、患者の身体を中心に診ていく。

勿論西洋医学にも心療内科等に見られる様に、心の問題を診る精神科医はいるが、

基本的には科学者的立場であり、深甚微妙なる心の問題を扱うには限界がある。

一方、宗教者は、心の問題を説くとは言うが、身体を診る知識はない。

臨床の現場では、患者はまず身体的苦痛でもがき苦しんでいるのであり、

そこで仏教の教えをいくら説いても耳に入って行かない。

まず身体的苦痛を取り除き、緩和すること(抜苦=悲)が第一。その役割を担うのが医師。

その過程を経て、はじめて患者は自分自身を振り返る余裕も出てくるのであり、

聞く耳が立ち次のステップとして、患者の心と魂に寄り添い、法を説く(与楽=慈)ことも可能と

なり、そこで人としての尊厳も出てくるのである。その役割を担うのが僧侶。

人間は身心一如であり、科学的な立場と知識で、身体と精神を見る行為と、

その枠を超えて深遠な心と魂の手当てをする行為が必要である。

この両面を兼ね備えた人間が「僧医」であり、そこを目指して行きたいと。

 

そして「僧医」の誓願として、次の様に述べられている。

「僧医の誓願は菩薩の行願である。生老病死する己(おの)がいのちをそのままに受け容れて

 安心へ導くことである。この安心は安身でもある。無畏(ムイ:畏れがない・・安心・安穏)

 身心一如という全体性の中で成り立つとすれば、身体的精神的なキュアを行う医師の役割と、

 心や魂をケアする宗教者の役割との双方を見通して兼ね備える僧医の存在が

 これからの時代ますます必要となってくるだろう。願はくばこの〈施無畏(セムイ)の願一点〉が

 僧医のみならず、あまねく医療家の誓願として弘通(グズウ:広く行き渡ること)してほしいものである」と。

 (月刊「春秋」春秋社 07年1月号所収)

 

6:対本老師は、今53歳。僧医としては将来緩和ケアを目標に置き、

    一人前の医療活動をするため、60歳迄はいろんな修練を積み、その経験の中で緩和ケアの

   具体的方向性を明確にし、還暦からが本格的な勝負。

   人間の寿命は分からないので命は尽きるかも知れない。しかしたとえ志半ばで終わったとしても、

   そこ迄のプロセスは自分にとって大きな足跡であり、何らかの意味で後に続いてくれる人々にとって

   お役に立ち、道標ともなれば、それ以上望むものは何もない。「今、ここ、自分」に徹して、

   一日一日、その場その場で、主体性を持ってベストを尽くし、目標に向かって精進したいと言われている。

   まさに禅僧として何と爽やかな、清澄な心境であろうか。

 

7:対本老師の足跡は重くて深い。一つはなべて多くの寺院が、法灯や伝統を大事にし、

   葬送儀礼が中心になっている中で、宗教者としての原点である人々の生老病死の現場に向き合い、

  現実社会で相手と同じ目線で生きた働きをされ、行動する宗教家として自ら範を垂れようと

  されていることは、宗教界に大きな刺激と活力を与えることになるであろう。

  もう一つは、宗門に属さず、寺というバックグランドを背負わなくても、

  宗教者として単独の生き方が出来るという証になるのではないだろうか。

  檀家としての寺院・宗教者でなく、個人が宗教者を選び求める時代になりつつある現在、

  そのニーズにもマッチするのではないかと思う。

   一方、医学界にとっても、緩和ケアの重要性が叫ばれ、治療の中で今まで相対的に癒しの部分が

 なおざりになっている現状を鑑みる時、医学の知識もあり、患者の苦痛と不安を取り除き、

 更に心や魂に寄り添う「僧医」の存在は、貴重なものとなるのではないかと思う。

 対本老師の今後のご活躍を刮目すると共に、陰ながら応援させて頂きたいと思っている。

                                                 以 上

(参考)

@ 『禅僧が医師をめざす理由』 (春秋社)

A 『坐禅--〈いま・ここ・自分〉を生きる』(春秋社)

B 対本老師のブログ:http://www.sokun.net/index.html


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61)08/06月のメッセージ

樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ」(日野草城)

関東も梅雨入りいたしました。お変わりございませんか。

 

私は、2月の手術の成功により、トンネルからようやく光が見えてきましたが、

大きな山を越えたと思ったら、また山があった状況で、更に長期戦の様相を呈しています。

 

今月は、北京オリンピックの野球日本代表監督で、ファンの一人でもある

星野仙一氏について、取り上げてみました。

 

               清水秀男 拝

                270-1175  我孫子市青山台1−7−15

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08/6月のメッセージ(第56号)

 

「迷ったら前へ、迷った時は必ず前へ」

 

1:北京オリンピックも、後3ケ月余に迫って来た。その中で2006年のワールド・ベースボールで

   劇的な優勝をした野球にも大いに期待をしている。

   そして、「熱さではまだ若い者には負けない」と豪語している団塊世代の星、

   星野仙一監督の指揮ぶりにも注目している。

   今月は「理想の上司」アンケートでも上位をキープし続けている

   星野監督の野球哲学や情熱について迫ってみたい。

 

2:まず印象深いのは、燃える熱情と信念と共に他を思いやる心である。

   その原点はどこにあるのか。

彼が野球を始めたきっかけは、貧しい母子家庭の中で、

母の「野球をやったら」との言葉だったという。

そして子供達のために必死に働く母の姿を見て、

「絶対にプロ野球選手になる。プロになって、母や姉たちを幸せにしてやりたい」、

その一念が、野球一筋の道へと導いた熱く燃える男の第一の原点である。

 第二は、明治大学での名監督・島岡吉郎氏との出会いである。

  彼は、「自分は明治大学野球学部島岡学科出身だ」と語って憚らない。

  日常生活も含め徹底的なスパルタ教育と共に、練習を支えた打撃投手や打撃捕手等

  裏方を大切にし、「情と信念と感謝の精神」に基づいた

  『島岡式人間力野球』の薫陶を受けたことである。

 

3:中日ドラゴンズに入団し、闘志溢れるピッチングで特に巨人キラーとして活躍し,

  通算146勝の内、1/3は巨人から得ている。その後中日の監督に就任し、

  2度のリーグ優勝。その後連続最下位が続いていた阪神タイガースの監督に迎えられ、

  改革・再生をし、2年目には18年振りのリーグ優勝に導いたことは多くの方の

  記憶に新しいことであろう。彼の指導者としての素晴らしさを立証するものと言える。

 

4:彼の言行録の中で、私が気に留まったものをあげておこう。

 @「迷ったら前へ、迷った時は必ず前へ」

  この言葉は、彼のチャレンジ人生のエッセンスである。「挑戦しないで後悔するより、

    失敗してもいいから、覚悟を決めて思い切りぶつかって行こう。

    人生どこかで取り返すチャンスは必ず来る。その時、失敗した経験を生かせば

     2倍にも3倍にもなって返って来る」と。

 A「大耳小口」

  「上に立つものは、下の者や周りの人間の意見や声を聞く耳は大きく持ち、

      妥当性ある意見は取り入れ決断し、権力を行使するための発信は

      小さな口で最小限に」という教えを尊重している。

 B「敗因分析より勝因分析の方が大事」

  「敗因分析よりも勝因分析の方が分かりづらい上に、つい研究を怠りがちになる。

     勝っている時ほどチームの共通認識を大切にする」と彼はいう。

     これは確かに真理だと思う。勝つと人間は有頂天になり、慢心しがちである。

    慢心が坂道を転げ落ちる様に、敗因につながっていくことを突いている。

 C「野球は自分が犠牲になったり、アウトになったりして得点を競うスポーツ」

  確かに、野球には華やかなホームランや長打者がもてはやされるが、

    自分を殺して他を生かす、犠牲バントとか犠牲フライによる得点が勝敗を決める

    ポイントになることが多々ある。従って、野球も、人生と同様、裏方も含めた

    チームワークの中で利他が結局自利に結びつくことを教えて呉れるスポーツでも

あると私は思う。

 

5:阪神タイガースの監督を引退してから、スポーツプロジェクト「夢・星野スポーツ塾」

   はじめ、くつかのプロジェクトを立ち上げているが、そのなかで最も大きな夢の

   プロジェクトにホシノドリームズプロジェクト」がある。

   その基本的志は、“野球界”、“スポーツ界”、ひいては広く“社会”への恩返しをしたい

   彼の夢実現の一環として、若者に夢と希望と目標を与えたいとの熱き思いである。

具体的には出資したアメリカのマイナーリーグ球団をはじめ様々なスポーツの複数の

球団や組織に、ガッツのある日本、およびアジアの国々の若者を派遣し、

インターン(彼は丁稚奉公と称している)として実務経験を積んでもらうことにより、

スポーツのビジネス・オペレーション(経営、運営)の有能な人材を育て、

その能力を野球界、スポーツ界にとどまらず、更には教育・福祉等の世界へと飛び立ち、

活躍するようにして広く社会にフィードバックさせたい、

スポーツを愛していてもプレーヤーとして活躍できない若者にも、道を開きたいという計画である。

そして派遣にあたっては、共鳴する多くのスポンサーも募集して渡航費、生活費など

必要経費はホシノドリームズプロジェクトが負担するという。

そして彼の言葉に深く感銘を受けている。

「ここを巣立った人には、“感謝の気持ち”以上のものは何も求めません。

 求めるとすれば、私がこのホシノドリームズプロジェクトに託した思いを、

 それぞれがあとに続く後輩たちに伝えてくれることです」

私も、療養中ながら、ささやかでも出来る範囲での恩返しの

GIVEの人生へと思いを新たにしている。

 

6:野球日本代表監督して北京オリンピックの臨む覚悟について、彼は次の様に語っている。

 「代表監督は私の使命。覚悟は出来ている・・北京五輪はある意味、私にとって

   逆風だと思っている・・

  しかし逆風に向かって飛べば、舞い上がることもできる。

   今は感動の少ない時代になっている。そんな時代に、一体感だとか一つになるとか、

   チームワークの大切さとか、野球を通じて発信していくことができればと思っている」と。

是非センターポールに日の丸を掲げ、多くの人に感動を与えて欲しいものである。

 

7:私も、若かりし名古屋勤務時代、人数も少なく肩が強いという理由だけで,

  勤務先の素人野球チームの投手を経験し、チームプレーの大切さと、

  勝敗を超えて応援する人も含め、自分のチームだけでなく、相手の仲間とも熱き思いを

 共有できる感動を味わったことを思い出している。

 スポーツは人種・民族・国境を超え、勝敗の結果如何に関わらず、

 その汗と感動の涙は、すべてのわだかまり、怨念、怒りを溶かし、人々に熱い心の触れ合いと

 連帯感をもたらす「平和への有力な道」であることをあらためて思う。 

 

(備考)

  星野監督のことは、阪神を18年振りにリーグ優勝に導いた年に、

  私のメッセージ第3号(0310月)でも

  すべての物事には必ず筋書きがある」と題して、取り上げたことがある。

                         2008.06.05


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60) 08/05月メッセージ

「故郷やどちらを見ても山笑ふ」( 子規)の俳句の如く、木々が一斉に芽吹き、

まさに春風駘蕩の良き季節となりました。お元気にお過ごしのことと存じます。

 

私は、退院後約1ケ月半が経ち、2月の手術も一応成功との結果が出て、

挑戦して良かったと、ほっとしています。

12日から又入院で次の治療のステップに入ります。

 

入院していたこともあり、どうしても私の視線が医療関係に目が向きがちです。

今月は、ある主婦の新聞投書、「手術を支えた温かな手感謝」を素材に、

「手のぬくもり」について、考えを巡らしてみました。


        270-1175 我孫子市青山台1-7-15

                 清水 秀男
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08/5月のメッセージ(第55号)

 

「手のぬくもり」

1:朝日新聞朝刊08.3.24の「声」の欄に、ある主婦が目に大怪我をして手術を受けた時の体験を

  「手術を支えた温かな手感謝」の題で掲載されていた記事があり、共感を持って読んだ。

  主要な部分を抜粋する。「・・・看護婦さんが手術中に何か握るものが欲しいかと訊いたので、

  そういう物があるかと思い、お願いをした。そして手術室で、私が握ったのは血の通った人の手であった。

  顔を見ることができなかったその人は2時間近くも、手術の邪魔にならぬよう私の手を握り続け、

  痛みや恐怖で私に心拍数が上がる度にもう片方の手で優しくさすってくれた。自分のつらさを、

  見ず知らずの人が少しでも肩代わりしてくれている有り難さをかみ締め、私は持ちこたえることができた。

  ・・・人の手の温かさからは何より安心感が伝わってきます。

  以来ホームにいる義母に会う度にしっかり手を握ってきます」

 

2:私も昨年来3度手術を受け入院生活をしたこともあり、これを読んで、あらためて看護の在り方に

   思いを馳せてみたい。看護の「看」は、手と目により出来ている。即ち手によって看(ミ)る。

  「手あてする」という言葉があるように、手をあてることは看護の基本であると思う。

  もう少し噛み砕いて言えば、

   看護とは温かく優しい手と眼差しによる言葉以前のタッチ行為が基本であり、

  それは心底から相手に慈悲の心で接し、護ることであり、それによって看護する人の心も

  同時に癒される、双方向のコミュニケーション行為ではないだろうか。

   それはまさに、マザー・テレサが行った<死を待つ人の家>での奉仕活動の真髄

  (すすんで仕える手と愛の心による触れ合い)そのものであると言えるでしょう。

日野原重明先生は終末期の人へのタッチ行為の意義について、

経験を通して次の様に述べておられる。(朝日新聞04.10.30朝刊「93歳、私の証 あるがまま行く」から)

 「病態が悪化し、患者のまなざしに生の輝きがなくなりうつろになったときでも、聴力や皮膚の感覚は

   案外保たれるものです。親しい者からの耳元近い声や心をしずめる音楽、愛する者や看護師による

   皮膚のタッチに、患者は応えて、手を反射的に握る行為もよく見られます。

   愛する者の心のこもった優しいケアを受けつつ、永遠の眠りに入ることができれば、

   長い苦しみの後でも、けっして孤独ではなく有終の美の中に人生を終えることができるのです」と。

 

3:昨年ナイチンゲール記章を受章した、日赤看護大学の川嶋みどり教授の看護人生は、患者の体に

手をあてることから始まったという。ご主人が舌がんで舌を切除され、最後は痛みのため緩和病棟に入られ、

みどりさんに手を握られて亡くなった。筆談記録の「アリガトウ」が最後の言葉になった。

  悲痛の筆談記録を読み返し川嶋教授が痛切に思ったことは

   “医療のIT化でモニター画面を見る時間が長くなり、なまけているわけではないのに、

    手でふれるケアがおろそかになっている。熱やむくみがないか、手をあてればすぐわかるし、

    そのぬくもりは患者の不安を癒やす”ということ。

     そして、川嶋教授は、“機械化が進み、みとりの場でさえ、ナースが心ならずも「歯車」になっている。

    いまこそ人の手を。「手あて学」をつくりたいと夢みている。

    看護の手のはたらきを研究して大切さを裏づけ、 「TE−Arte」(テアテ)として世界に広めたい”との

     願望を持っておられる。(朝日新聞08.3.27夕刊「ニッポン人・脈・記」)

   川嶋教授の「手あて学」の思想は、看護師のみならず、医師も含め医療及び介護にかかわる人に

   必要な共通の問題であると思う。

 

4:手に関する言葉は「手あて」を始めとして数多くある。「手をつなぐ」、「握手」、「手を合わせる(合掌)」

    「手塩にかける」、「手を尽くす」、「手伝う」、「手作り」、「手をさし伸べる」等々。

    脳研究者で東大大学院薬学系研究科池谷裕二准教授は、

    「手はシンボリックだ。他者の脳さえもコントロールする力を秘めている。

   ・・・まさに手は温柔敦厚(トンコウ)な心の通い路だ」と表現されている。

  仏像の中に千手観音がある。正式には「千手千眼観世音菩薩」と呼ばれ、観音菩薩の変化身の

一つである。そして千手千眼は、千本の手のそれぞれの掌に一眼をもつとされることから来ている。

千本(無量円満)の手は、全ての人々と生き物を救済しようとする観音菩薩の慈悲と力の広大さを

表している。このように、手には眼があり、心がつながっているのではないかと思う。

従って、手のぬくもりは、眼差しのぬくもりであり、心のぬくもり、命のぬくもりと言えるのではないだろうか。

 

5:手のぬくもりが必要なのは医療だけではない。人間性が失われたと思われる事件が多発する殺伐とした

    現在社会において、まず足元の日常生活、親子関係・夫婦関係・友人関係・近所付合い等から始まって、

    教育関係、職場関係、政治・行政関係、国家関係、自然環境等々枚挙にいとまがない.

  各個人がまづ手を差し伸べ続けること。そして手を触れ合い、重ね合い、つないでいくこと。

   その手のぬくもりの輪が、心のぬくもりの輪となり、命のぬくもりの輪につながっていけば、

   平和な社会実現への道につながり近づいていくのではないかと、反省をこめて愚考している。

 

6:最後に岡山ハンセン病療養所での慰問伝道を50有余年続けられ。晩年の10数年余は

マザー・テレサの活動に共鳴され、 “おにぎり運動”と名付けて協力募金活動を独力で続けられ

平成2年86歳で天国へ旅立って行かれた河野進牧師[手]に関する詩2編を

味わいながら、筆を擱きます。

  

 『握手』  
わたしの従兄弟(いとこ)は 三十歳以前に医学博士になった/
彼は信徒ではないが ひとつの確信を持っている/
病人には三分でも五分でも しばしば握手せよ/
健康者の活力が 病人の衰えた心身に注入して/
壮快に感じさせるのに 気づいているか/
なるほど思い当たるふしがある/
言葉だけの見舞いより 握手を喜ぶ/
祈りと協力すれば いっそう効き目があるのは当然だ

『手』
もっとも美しい手は /病める人を看護する手/
飢えた人に尽くす手 /争う人をなだめる手/
泣く人のなみだをぬぐう手 /旅人をねんごろにもてなす手
親のない子をいたわりはぐくむ手 /さらにけんそんな手

 

以 上


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59) 08/04月メッセージ 

まさに、「春風百花舞」候となりました。

2月のメッセージで、入院・手術のため、3月と4月のメッセージは休むかも知れませんと

申しあげましたが、 3月中旬退院し、徐々ながら、ようやく気力は回復途上にあります。

4月メッセージは、ガン医療関係の内容になってしまいましたが、お届けします。


         清水 秀男 拝    270-1175  我孫子市青山台1-7-15  

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08/4月のメッセージ(第54号)

無常と闘うことはできない。無常は受け入れるものである

 

1:3月のメッセージはお送りすることが出来ませんでした。理由は昨年2月前立腺ガンの

   全摘手術の 時に生じた1〜2%の確率で起こる合併症が、普通なら1年で自然治癒する

   とのことで期待していたのですが、かなわず2月再手術を受けたためです。

   3月中旬退院し、少しずつ回復基調にあります。

   今度の手術は余り臨床例がない手術でもあり、不安もありましたが挑戦しました。

   泌尿器科、形成再建外科、骨盤外科の連係プレーで行われ、手術が成功したかどうかは

   2カ月後の検査を待たねばならず、その関門を無事通過しても、治癒迄には更にもう1回の

   手術が待っており、今年も病との共存生活が続きます。

   まさに、「無常と闘うことはできない。無常は受け入れるものである」(立松和平氏)を

    心に刻んでいきたいと思っています。

今月は入院していたこともあり、日本のガン治療について日頃から感じていたことを綴ってみたい。

 

2:自分自身がガン患者になってみて改めてガンの現状を見てみると、生涯のうち一度はガンに

    かかる割合は2人に1人であり、そして3人に1人がガンで死を迎えており、脳血管疾患を抜いて

    死因のトップで約33万人 を数え、今後高齢化社会の進行と共に更に多くなること。

    一方、日本は「ガン大国」ではあるが  「ガン対策後進国」であり、

    昨年4月「がん対策基本法」が、ようやく施行されたところである。

 

3:日本のガン治療で手術に比して遅れているのは、放射線治療や化学療法、

    苦痛や不安を取り除く緩和ケアであるが、その中で放射線治療や緩和ケアの分野で

    活躍されている、東京大学医学部附属病院放射線科准教授で、同病院の

    緩和ケア診療部(*)部長中川恵一先生の思想と活動に共感を覚える点が多々あり、

    そのうち次の3点を紹介してみたい。

 

  第一に病気の治癒とは「治す(ナオス)」と「癒(イヤシ)」から成り立っている。

    医療は両方が提供されるべきで、病状によってウエイトが変わってくるだけ。特に高齢化社会の

    ガン対策ではバランスを取ることが基本的課題である。

    日本の<治>偏重、<癒>軽視の傾向は問題であると指摘され、

    緩和ケアの重要性を説かれ実践されている。

    先生曰く「病気そのものを治療するのが主治医とすれば、緩和ケアチームは、

   病気とその治療に伴う不安や苦痛を出来るだけ軽減すると共に、

   よりその人らしい生き方を選ぶためのサポートを目標にしている」(朝日新聞08318日朝刊)。

   そして緩和ケアは終末期だけでなく、治療の初期段階の患者から介入し、向き合い、

   ガン難民を少なくする必要があると言われており、全く同感である。

*東大病院の<緩和ケア診療部>について

   緩和ケア担当医師を中心に緩和ケア認定看護師、精神看護専門看護師、心療内科、麻酔科、

整形外科等の医師、薬剤師、理学療法士が、外科や内科の主治医と協力してケア

 

最近、国立がんセンターでも今年度から「緩和医療科」を新設したり、緩和ケアを地域で推進したり、

来年度からは全研修医に緩和ケアの研修を義務づけたりしているのは前進への第一歩であり、

全国的にも大きく拡がって行き、患者に寄り添う緩和ケアの充実と強化を是非望みたい。

 

 第二に放射線治療の問題を指摘されている。世界ではガン患者の半数が放射線治療を受けて

  いるのに、日本ではガン患者の25%に過ぎない。放射線治療の技術、コンピューター技術の

  進歩によりピンポイント照射も可能であり、早期ガンであれば、体に負担がかかる手術を

  選択しなくても同程度の治療効果がある。

  又、放射線治療はダメージが少ないので。完治を目指せない患者を無理やり手術することなく

  延命させたり、痛みや苦痛を少なくする緩和医療の現場でも効果を発揮する。

  従って、患者は手術の告知を受けたらそのまま受け入れるのではなく、一度冷静に立ち止まって、

  自分なりに勉強し熟考し、必要ならばセカンドオピニオンを求めれば良い。

  その時、初期から緩和医療迄一番知っている放射線治療の専門医が最適だ。

  問題は専門医が少ない(全国で500人弱)ことだと指摘されている。

 私の経験からしても、一考に値する提案だと思う。そして早急なる専門医の育成・強化が望まれる。

 

第三に告知の方法である。告知には病名、病状、治療法を伝える告知と余命告知がある。

 中川先生は、一度にすべてを話さないで、何度も面談をしながら、患者の反応や顔つきから

 心の動きを読んで余命告知も含め少しずつ真実を話していく“やわらかな告知”に

 心掛けているという。告知を受けた患者の心は傷がついている。

その傷を時間が少しは癒してくれる。何回も小分けして説明することで、

つらい真実と向き合ってもらえるのでないか。医師は多忙なので一気に余命告知迄話そうとしがちであるが、

それは告知ではなく宣告だと言われる。同感である。

只、私は余命告知の問題は科学的にはっきりとした根拠があるかどうか微妙な点もあるので、

プラスとマイナスの両面を考え、患者それぞれに応じ、その表現には慎重なる注意が必要ではないかと思っている。

 

4:最後に前述した「がん対策基本法」制定に貢献され、昨年末逝去された山本孝史参院議員のことを

記しておきたい。山本氏は5歳の時、実兄を交通事故で失ったことを契機に学生時代から、

交通遺児救済のボランティア活動に参加。卒業後、財団法人交通遺児育英会に就職。

途中米国の大学院で、社会福祉を学び、1990年より同会事務局長を務め1993から

「弱者のために生きる」自分の信条実現のために政治家に転身。社会保障政策を中心に活躍。

05末、胸腺癌に侵されていることが判明。

065月参議院本会議で自らも進行ガンに罹患していることを公表し、命の大切さと共に節々と

がん対策基本法案」の早期成立の必要性を体を張って訴え、それが多くの人の魂をゆさぶり

制定に結びついたのである。必死の闘病生活を続けながらも

「いのちを見つめ、大切にするいのちの政策。 それを、やれるところまで、やります」と国会議員を

務め、逝去直前「被爆者援護法の改正案」を筆頭発議者として提出したのが最後の仕事だったという。

  そして旅立つ前に「幸せな人生でした」の一文を残しておられる(「NEWあしながファミリー」第99号)。

  その中で教えられる印象的な言葉がある。

  “「良く死ぬとは、良く生きることだ」と頭では理解していても死の受容は難題です。

   しかし、がん告知を受けても、割と冷静でいられたのは、

      「どれだけ長く生きるかではなく、どのように生きるか」を考えなければならないと、

      自分に言い聞かせたからだと思います。「一日一生」、「一日一善」、「一日一仕事」

  そう言い聞かせて、新しい一日一日を重ねて参りました“。

 そして最後に”大変幸せな充実した人生でした。みなさん、ほんとうにありがとうございました。さようなら“

 結んでおられる。如何に人間的に優れた方で、命に真正面から向き合い、100%燃焼させ、

多くの人に感動を与える素晴らしい生きざまであったかが分かる。

そして、山本氏がこの2年間命を削りながら執筆された著書がある。

それは救える「いのち」のために-日本がん医療への提言』(朝日新聞社)であり、

逝去2日前に見本版が病床に届けられ、奥様が「本ができたんだよ」と呼びかけられると、

既に眠っている時間が多かったが、目を開け、じっと見詰め頷かれたという。

奥様は手を握りながら本を読んであげられたという。

山本氏の祈りが込められたこの本を是非読んでみたいと思っている。

  

(参考)・・・中川恵一先生の主な著作

『がんのひみつ』(朝日出版社)、 

がん!放射線治療のススメ(三省堂)

『がん 生きたい患者と救いたい医者』(鎌田實氏と共著)(三省堂)

『自分を生ききる-日本のがん医療と死生観』(養老孟司氏と共著)(小学館)

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57) 08/2月のメッセージ(第53号)

    「永平寺宮崎貫首が我々に残された遺言」

寒気のことのほか厳しき日々が続いておりますが、如何お過ごしでしょうか。

 

私は、自然治癒の良き結果を期待して1月再検診を受けましたが、

昨年の手術に伴う合併症の傷はいまだ治癒しておらず、対策として、

2月後半か3月中に再手術を受けることになりました。

これも天の声として受けとめ、For my sickness, my life is thick.となるよう

淡々と再充電の期間としていきたいと思っています。

従って、多分3月と4月のメッセージはお休みするかも知れませんので、ご了承ください。

 

年末から年初にかけて、禅の高僧の遷化が相次ぎました。

1:曹洞宗永平寺貫首           宮崎奕保老師

2:臨済宗天龍寺派管長         平田精耕老師

3:臨済宗妙心寺派龍澤寺僧堂師家  中川球童老師

それぞれの老師に間接的にしろ、お教えを賜った一人として、感謝申しあげると共に、

あらためてご冥福をお祈り申し上げます。

 

今月は、数え年で108歳の茶寿でご遷化された、宮崎奕保老師の残された

メッセージを味わってまいりたいと思います。


                                清水 秀男
                       
270-1175 我孫子市青山台1-7-15

       **********************************************************

 

 08/2月のメッセージ(第53号) 

       「永平寺宮崎貫首が我々に残された遺言」

 

今年、数え年で108歳の茶寿となられる曹洞宗大本山第78世永平寺貫首の

宮崎奕保(えきほ)老師1月5日ご遷化された。老師は、道元禅師の只管打坐の教えを

厳格に守り、修行僧より早く午前三時前からの坐禅を欠かされず、身をもって禅とは何か、

修行とは何かを説かれると共に、ご高齢にもかかわらず、精力的に全国各地を巡回され法を説き、

禅を弘められた現代の傑僧で、将に巨星墜つの感がします。

曹洞宗大本山總持寺元貫首だった板橋興宗老師は、

「本来の禅を受け継ぎ、伝統を守ってきた人。自己を律し、全身全霊をささげて禅に生きた人」

宮崎老師を評されています。

最期の様子について、朝日新聞1月25日付夕刊“惜別”欄では次の様に伝えている。

「病室に付き添った2人の雲水が、明け方の短い一声で枕元へ駆け寄ると、

 息を引き取っていたという。あれは、「おーい」と呼ぶ声であったか。

 何か掛け声であったか。永遠に分からない」と。

 私は、この短い一声が禅僧らしい最後のご説法だったような感がします。

 そして、そのご説法の内容の手がかりを、約3年半前の平成16年6月13日NHKスペシャルでの

 宮崎老師の特集番組「永平寺104歳の禅師」に求めてみました。その中で語られた数々の教えは、

 まさに老師が我々に残された遺言だったと思われてなりません。その中からエッセンスを取り上げて、

 余分な解説等しないで生でそのまま味わってみることとしたい。

 

1:「坐禅とは」

道元禅師はおっしゃっておるんや。「坐禅をすれば善き人となる」。その善き人になかなかなれん。

人間は名誉とか地位とか見栄とか我慢(わがまま)とかそんなもので一杯だ。

欲は克服するすべを覚えんといかん。それが坐禅だ。

 

2:坐禅の要諦とは」

坐禅する時、何にも考えない。妄想せんことや。いわゆる前後際断や。

その時その時、一息一息しかないんだ。何か考えたら、もうそれは余分や。

息と一つになる。欲の起こる隙がない。坐禅ということは真っ直ぐということや。

真っ直ぐというのは背骨を真っ直ぐ、背筋を真っ直ぐ、右にも傾かない、左にも傾かない。

真っ直ぐということは正直ということや。

身心一如やから体を真っ直ぐしたら、心も真っ直ぐになっとる

 

3:「日常生活がそのまま坐禅」

道元禅師の坐禅ということは、すべてがみな禅だ。禅といったら何か殊更にあるように思っておる。

そうではなくて、そのものと一つになっていくことが禅だから、歩いたら歩いた禅、

しゃべったらしゃべったでしゃべることが禅だ。

スリッパを脱ぐのも坐禅の姿や。スリッパを揃えるのが当り前のこっちゃや。

例えばスリッパがゆがんでおったら、放っておけないんだ。

スリッパがゆがんでおるということは、自分がゆがんでおるんだ。

 

4:「大自然と真理について」

自然は立派やね。私は日記をつけておるけれども、何月何日に花が咲いた。

何月何日に虫が鳴いた。ほとんど違わない。規則正しい。そういうのが法だ。

法にかなったのが大自然だ。法にかなっておる、

だから自然の法則をまねて人間が暮らす。人間の欲望に従っては迷いの世界だ。

真理を黙って実行するというのが大自然だ。誰に褒められるということも思わんし、

これだけのことをしたらこれだけの報酬が貰えるということもない。

時が来たならばちゃんと花が咲き、

そして黙って褒められても褒められんでもすべきことをして黙って去って行く。

そういうのが実行であり、教えであり、真理だ。

 

5:「死生観について」(重い肺結核を約4年患った時の心境から)

正岡子規の「病状六尺」という本には、「人間いつ死んでもいいと思うのが

悟りと思っておった。ところが間違いやった。平気で生きておることが悟りやったと」とある。

分るか。平気で生きていることは難しい。

死ぬ時が来たら死んでもいいのやし、

平気で生きておれる時は、平気で生きておったらいいのや。

 

6:「真似をする重要性について」

人間は真似をせないかん。学ぶということは真似をするということから出ている。

一日の真似をしたら一日の真似や、それですんでしもたら。

二日真似して、それで後真似せなんだら、それは二日の真似。

ところが一生真似をしておったら、真似がほんまもんや。

幾度か永平寺を訪ね、「永平寺104歳の禅師」でも宮崎老師と対談されている

作家 立松和平氏 は、宮崎老師思い出として、

この「真似る」ことに関して、次の様にコメントされている。

 

「宮崎禅師は師を一生真似、その先ずっとたどっていけば道元禅師真似、達磨大師真似

お釈迦さま真似ているのだ

(日本経済新聞08.1.23夕刊“あすへの話題”「宮崎奕保(えきほ)禅師御遷化」から)

2月15日は、釈迦の入滅の日にちなんで、遺徳を偲ぶ法要“涅槃会”が各寺院で厳修される。

釈迦は入滅される時、

「何も嘆き悲しむな。自分が亡き後は法を拠り所とせよ。・・・すべての事象は過ぎ去って

 行くものである。怠ることなく修行を完成せよ」と言われた。

 

あらためて宮崎老師のご冥福を心からお祈り申し上げると共に、釈迦の法、道元の法を正念相続された

宮崎老師の教え(法)を拠り所とし、その灯された誓願のを更に高く掲げ、絶やすことなく、

驀直(まくじき)に行じ続け、大きな火としていかねばと心を新たしております。

最後に今年の歌会始の「火」によせて、青山俊董老師(愛知専門尼僧堂堂長)が

詠まれた歌を味読しながら筆を擱きます。

「今少し今少し高くかかげばや 君がともせし法(ノリ)のともしび」(「君」は釈尊のこと)

 

                                            合掌・九拝

(参考)

立松和平氏 は昨年、

人間道元の実像と思想の全貌に迫る力作『道元禅師上・下』(東京書籍)を著わされ、

泉鏡花文学賞を受賞された。
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56)08/1月のメッセージ(第52号)
      『司馬遼太郎が二十一世紀の人々に残したメッセージ

年があらたまりましたが、貴家におかれましては、

お寂しい新年をお迎えのことと拝察申し上げます。

 

私は、昨年は病を得た縁で、幸いに今までやみくもに走って来た自分を、

立ち止まる時を持つことができ、それにより見えて来たものも数多くありました。

そして、苦しみ、悲しみを真正面に受け入れることにより、

初めてそれを乗り越える力が湧いてくることも。

まだ療養中ですが、今年は昔読んだ『家なき子』の主人公レミが、

母を求めていつも希望を失わず歩んだ言葉さあ、前へ進め!」をかみしめながら、

大地を踏みしめ歩んでまいりたいと思っています。

本年も、よろしくお導き賜ります様、お願い申し上げます。

 

本年最初のメッセージをお送りいたします。

司馬遼太郎が、21世紀の我々に残した言葉を味わってみたいと思います。


                        清水 秀男 拝
           〒270-1175 我孫子市青山台1-7-15

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08/1月のメッセージ(第52号)

『司馬遼太郎が二十一世紀の人々に残したメッセージ

1:新年とは、有難い竹の様な節(フシ)。自分を振り返ると共にリセットし今後の人生に思いを致し、

 新たな夢を描き、勇気と希望を生み出し、脱皮出来る丁度良い時でもある。

東洋思想家の安岡正篤先生の言葉にも「年頭にまず自ら意気を新たにすべし」とある。

年頭にあたり、国民的歴史小説家として、独特の歴史観に基づき『坂の上の雲』はじめ

数多くの作品を執筆した司馬遼太郎氏が、1989小学六年生の国語教科書のために書いた

随筆二十一世紀に生きる君たちへを味わい、意気を新たにしたいと思う。

3,000字強の短いエッセーであるが、21世紀迄は恐らく生きられないと予期した司馬氏が、

20世紀の人類の問題点を反省し、21世紀を担う子供達への優しい慈悲深い眼差しで、

夢と可能性へ渾身の期待をこめたもので、簡にして要を得、かつ奥深い内容を含んだ

素晴らしいメッセージである。司馬氏が後で「一編の小説を書くより苦労した」と語っている。

このエッセーに込めた意気込みの大きさが分かる。大要は次の通り。

 

2:歴史について
司馬氏
が、歴史小説を書いて来たのは、歴史が好きであり、愛しているからだと述べ、

  歴史とは何か、その素晴らしさについて次の様に説く。

「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている

  世界なのです。・・そこには、この世では求めがたいほどすばらしい人たちがいて、

  私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしているのである。

  だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている」と。

そして、自分の残された人生の持ち時間は少なく、恐らく21世紀は見ることが出来ないが、

君達が持っている最大の財産は未来だと述べ、

自ら歴史から学んだことは、「人間の生き方の基本的なこと」であると結論づけている。

 

3:昔も今も、また未来においても変わらないことについて

「空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物に

  いたるまでが、それに依存しつつ生きているということである」

以上の様に自然によって生かされているにもかかわらず、近代や現代に入って、

「人間こそ、いちばんえらい存在だ」という、傲慢な考えが頭をもたげ、特に二十世紀は、

自然への畏れが薄くなって来た時代だと言い、環境破壊問題へ警告を発している。


4:自然への態度に対して望むこと

「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている」という

へりくだった考えを持って欲しい。そして次の様に言う。

「この自然へのすなおな態度こそ、二十一世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。

そういうすなおさを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである」

 

5:自己の確立について

たのもしい自己を確立せねばならないと述べ、その自己とは

「自分に厳しく、相手にやさしく。という自己を。そして、すなおでかしこい自己」であると明示。

そして「自己といっても自己中心におちいってはならない。人間は助け合って生きているのである」

と釘を刺した上で、助け合うとは、「いたわり」と「他人の痛みを感じること」と「やさしさ」

持った行動であり、それを常に訓練して身につけなければならないと述べる。

そしてその訓練とは「例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、

そのつど自分の中につくりあげていく」というようなことの継続である。

これらの感情が自己の中に根づけば、他民族へのいたわりの気持ちわき出て

二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない」と展望し、期待を示している。

 

6:司馬氏が最後にまとめとして述べている次の言葉は、子どもたちへの愛と誓願と希望をこめた言葉である。

「以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない

 心がまえというものである。君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、

 たかだかとした心を持たねばならない。同時に、ずっしりとたくましい足どりで、

 大地をふみしめつつ歩かねばならない。

 私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。

 書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた」

 

7:私は、寡聞にして 二十一世紀に生きる君たちへの存在を最近迄知らなかったが、

 これを読んで感銘を受けた。多くの小学校で先生方が十二分に消化し教材として採り上げ活用して

  欲しいと思うと共に、父兄も共に学んで欲しいと思う。

それと同時にこのメッセージに込められた精神が、司馬氏が数多く著されている作品のバックボーンに

なっていることを改めて感じた。従って、このメッセージは子供たち向けの形は取っているが、

日本人のみならず世界の多くの人々へ語りかけた珠玉のものであると思う。

これを一人ひとりの心の中に灯し続ければ、それが多くの人の心に灯され、

世界が必ず明るくなっていくに違いない。一人一灯なれば万人万灯である。

司馬氏は残念ながら21世紀を見ることなく、199672歳で逝去されたが、その後開かれた

「司馬遼太郎さんを送る会」でも二十一世紀に生きる君たちへが朗読され、

かつ「ご参列お礼」のリーフレットとして参列者に配布されたという。

まさしく二十一世紀に生きる君たちへは、二十一世紀の人々に司馬氏が残した

遺書であると言ってよいと思う。

                                               以 上

  (参考)

1:実は司馬氏には、二十一世紀に生きる君たちへ以外に兄弟編と言えるもう一つ

小学五年生の国語教科書のため書いた随筆『洪庵のたいまつ』がある。

それは江戸時代末期、大坂に適塾を開き、医師、蘭学者として活躍し、明治維新の礎となった

多くの人材を育てた緒方洪庵の生涯を描き、

「世のために尽くした人の一生ほど、美しいものはない」との冒頭の言葉から始まり、

「人のために尽くす」ことの重要性を説いた、好エッセーであり、

子供達への熱い思いが伝わって来る。

 

2:『二十一世紀に生きる君たちへ』『洪庵のたいまつ』収録されている文献

 1) 『小学国語六年下』大阪書籍・・「二十一世紀に生きる君たちへ」

  2) 『小学国語五年下』大阪書籍・・「洪庵のたいまつ」

  3) 司馬遼太郎著『二十一世紀に生きる君たちへ:洪庵 のたいまつ』(世界文化社)

   他多数ある。

 

4) 神山育子著『こどもはオトナの父 司馬遼太郎の心の手紙』(朝日出版社)

この著書は、『二十一世紀に生きる君たちへ』『洪庵のたいまつ』を教材として

乳がんの治療をしながらも、まさに命がけの使命感を持って教育の現場で活用し、

一人ひとりの生徒と向き合い多くの成果をあげ、また生徒の感想文や手紙等を通じ

司馬氏とも深い交流があった、元小学校教諭の神山育子さんが著されたもので、

印象深い


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55)07/12月のメッセージ
        悪事は必ず露見する

いよいよ本年も半月を残すのみとなりました。慌ただしい毎日と拝察いたします。

今年は、私にとって予想もしない手術の合併症に悩み、自然治癒を待つ合併症の傷は

いまだ完全ではなく、自宅療養のまま年を越すこととなりました。

しかし病のお蔭で、自分を立ち止まって見つめる機会を与えられたことは有難いことだと

思っています。多くの方々から温かい励ましを数多く頂いたこと心より感謝申し上げます。

今月のメッセージは、今年一年の世相を表す「今年の漢字」に選ばれた「偽」の問題を

私自身の反省もこめて取り上げてみました。

 

来年も何卒よろしくご指導・ご厚誼賜りますようお願い申し上げます。

                      〒270-1175 我孫子市青山台1-7-15

                              清水 秀男 拝

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07/12月のメッセージ(第51号)

悪事は必ず露見する

1:今年も早、師走を迎えました。清少納言『枕草子』の中の無常迅速を表した言葉、

「ただすぎにすぐるもの、帆かけたる舟、人の齢、春、夏、秋、冬」が心底、

 身にしみて感じられます。

 今年を振り返ると、1月の不二家の期限切れ原料使用問題 から始まり、

“食”に関する企業(石屋製菓、赤福、船場吉兆、ミートホープ、比内鶏、マクドナルド)を

 中心とする、産地偽装・期限改ざん等の偽装表示問題、ニチアスと東洋ゴムの建材の

 耐火性能偽装問題、栗本鉄工所の橋材強度偽装・試験データー改ざん問題、

 あげくの果ては原子力発電所の報告データーの改ざんや隠蔽等まさに「偽り」

 オンパレードの年であった。防衛省 守屋前次官の問題も「偽り」の部類に入るでしょう。

まさに「偽り列島 冬景色」の様相である。何か日本人の心の中に、

倫理という言葉を持ち出す迄もなく、至極当り前の“ウソをつくな、正直であれ”の

作法さえも欠如して来ているのかと思わずにはおれない嘆かわしい事態です。

恒例の今年一年の世相を表す「今年の漢字」に、「偽」が選ばれたのもむべなるかなです。

 

2:この中で老舗と言われる「赤福」「船場吉兆」が不祥事を起こしたことに思いを

 巡らしてみたい。老舗には本来いくつかの良き共通点があり長寿を保って来たのではないだろうか。

船橋晴雄一橋大学客員教授「経営理念 長寿企業に学べ」(日経06/9/20朝刊)の中で

次の3点を挙げている。

@   法令順守への強いこだわり

 ・・社会的非難を受ける可能性のある商いに臆病なくらい慎重である。

A   経営者の多くは企業を自分のものと思っていない

 ・・マイカンパニーではなくユアカンパニーの意識を持つ。

B   企業を社会的存在ととらえる

・・企業を支えるステークホルダー(客、従業員、取引先、地域)との関係を重視する。

 

 私はこれに加えて老舗企業の特徴に次の2点を追加したい。

 C あくまで本業を重視し、いたずらに・多角化・拡大路線を進むのではなく、

 進むにしても本業の延長線上の事業に特化していること。

D   創業者の強い倫理観に根差した家訓があり順守していること。が挙げられると思う。

 

3:これら5点をベースにして両社の現状を見てみると、今や完全に老舗失格である。

 法令順守軽視、マイカンパニー意識、企業の社会的存在としての意識の欠如は共通で

あるし、本業重視の観点からは「船場吉兆」は高級日本料理の本業から離れて明太子、

カレー、プリンの販売にまで手を出し、事業の多角化・拡大路線を進みほころびが出ている。

「赤福」は、鮮度が自慢で「製造したその日限りの販売」をうたい文句にして名を成した

地方の銘菓から消費期限偽装して迄、全国展開拡大路線を歩んだ“つけ”が現われている。

更に、両社には創業者の立派な企業倫理があるにも関わらず、利益追求に走り、

それら倫理は全く踏みにじられている。老舗にあぐらをかいた驕りが招いた結果である。

 

ちなみに、その倫理観とは、次の内容である。

@   「吉兆」の場合、創業者湯木貞一氏は茶道に造詣が深く、その「もてなしの心」で

 料理への魅力を生涯かけて探求したという。そして、常日頃言っていた言葉がある。

「料理屋とできものは大きいなったらつぶれる」「料理と屏風は広げすぎたら倒れる」

 

A   「赤福」の場合、真心を尽くすことで素直に他人の幸せを喜ぶことが出来るという

 思想を表した「赤心慶福」という社是がある。赤福という名もそこから由来している。

 

4:かてて加えて問題は、事件発覚後の両社の対応のまずさである。

@   両者に共通しているお粗末さは、最初からすべてを正直に言わず、嘘の上塗りをして何度も

「おわび会見」していることである。嘘がばれる、その度毎に発言を取り繕い謝罪を繰り返す

 という誠実さに欠け、隠蔽体質に満ちた態度である。

 記者会見は、会社の状況を正確に発信する重要な経営機能である。

 問題があれば正直に原因を含め情報開示をし、今後如何に対応して行くかを明確に述べる。

 その事によって、信用の失墜を少しでも食い止め、逆に禍を福に転じて行く絶好の機会

 だという認識がない。

 

A   特に「船場吉兆」に見られることだが、経営トップが偽装への関与を否定し、

パート社員、仕入れ担当者、食材納入業者に責任転嫁していることである。まさに経営者失格である。

 創業者精神に立ち返り、「正直であること」「隠蔽しないこと」「責任転嫁をしないこと」

これら当り前の精神規範があらためて問い直される事例である。

 

5:老舗と言われた名門企業が虚像に堕した事例を中心に見て来たが、

 今年の「偽り」シリーズを通じての事象から、あらためて反省を含め学ぶべき点が多々あると思う。

 

第一に老子の言葉天網恢恢疎にして漏らさず」(天道は厳正で悪事には早晩必ず悪報がある)

にもある様に「悪事は必ず露見する」という真実である。

 

第二に利益至上主義のみの経営は破綻するということである

明治中期に住友の第二代総領事の要職を務め、禅にも参じた伊庭貞剛氏の座右銘は、

「君子、財を愛す。これを取るに道あり」東嶺禅師(白隠禅師の高弟)『宗門無尽燈論』》である。

お金を儲けるのは決して悪いことではない。しかし、儲け方には道があり、

人の道に反した儲け方をしてはならないという戒めである。

そして伊庭氏の高潔な生きざまからして、儲け方のみでなく儲けた金は道にかなった使い方を

しなければならないということを含んでいると思う。

ライブドア事件から始まり、不祥事が続出し、「資本主義の規範」の欠落が問われている

昨今、あらためて企業人が噛みしめなければならない根本精神であると思う。

 

 第三に今年の不祥事の発覚は殆ど関係者(特に従業員)によるマスコミ等への内部告発だと思われる。

 サラリーマン川柳の「不祥事は増えたのではなくバレタのよ」は、笑いごとで済まされない事実である。

 昨年4月「公益通報者保護法」が施行され、上場企業に関してはかなり窓口が設置されたが、

 まだまだ非上場企業、中小企業では設置されていない様である。

 しかも設置されても機能せず、従業員が不利益を被るのではないかと抵抗感があったり、

 申請があったとしても隠蔽体質が抜けきらず、トップが握り潰したりして形骸化しているのではないだろうか。

 経営トップは、企業は社会的公器であることに思いを致し、社内の風通しを良くし、

 不正がすぐ見つかるようにすると共に、「マイナス情報は宝物」の感覚を持ち、

 原因究明と対策を迅速に実施し、隠蔽しないで内外に正直に公表する。

 それがかえって企業の信用を高めることにつながるのではないだろうか。

 

6:最後に「悪」に関して戒めている釈迦の言葉を噛みしめながら

 「偽り」の年の締め括りといたしたい。

 

 “「その報いはわたしに来ないだろう」とおもって、悪を軽んずるな。

  水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でもみたされるのである。

  愚かな者は、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、

  やがてわざわいにみたされる“

『法句経』121番 中村元著『ブッダの真理のことば感興のことば』岩波文庫)

 

                              以


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54)07/11月のメッセージ
     『この度のご縁は、私一人のためのご縁と思うべし』

11月に入り、ようやく秋が深まってまいりました。

まさに「体露金風」(大地一杯に秋風がさわやかに吹きわたっている)そのものです。

私の状況は回復基調であることは変わりないものの、綿密な検査による主治医の診断は、

まだ合併症の傷は完全ではなく、来春迄の忍耐が必要な様です。

 

私の拙いメッセージもいつのまにか11月で50号を数えることになりました。

今月は浄土真宗の寺院では、親鸞聖人の命日をご縁として「報恩講」が執り行われます。

そこで、親鸞聖人の声に耳を澄ましてみようと思います。

                               清水 秀男  拝

               〒270-1175 我孫子市青山台1-7-15

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07/1月のメッセージ(第50号)

 

この度のご縁は、私一人のためのご縁と思うべし

 

1:日本を代表する尼僧のお一人である青山俊董老師がある寺に法話に行かれた時、

 法話の前に、その寺のご住職の唱導で、参会者一同、次の三つの「仏法ご聴聞の心得」

 を唱えられたという。これを聞かれた青山老師が大変感激された。

 「一つ、この度のご縁は、今生初めてのご縁と思うべし」

 「一つ、この度のご縁は、私一人のためのご縁と思うべし」

 「一つ、この度のご縁は、今生最後のご縁と思うべし」

 

2:私はこれを聞き、三つの心得とも仏法を拝聴する際の重要な教えであるが、

「この度のご縁は、私一人のためのご縁と思うべしが、

私自身の反省もこめて一番肝要な教えだと最近思っている。

と言うのは、私も時々、寺院で法話を拝聴する機会があり、成程素晴らしいお話だと

感服はするが、いつもそれを自分自身の問題としてとらえるのではなく、

自分とは無関係の一般論として受け取っていることが多いからである。

そして挙句の果ては、例えば夫婦間の問題に関する法話ならば、自分のいたらなさ、

傲慢さ、いい加減さ、思いやりのない自分勝手な“自己ちゅう”の態度・言動ことは

棚に上げて、今日は良い話だった、こんな良い話は女房にまず聞かしてやりたいものだと

「ひとごと」の様に受け取っているからである。

日本に蔓延している“そんなの関係ない”症候群と同根の発想である。

3:「私一人のためのご縁と思うべし」を聞いて、思い浮かべるのは『歎異抄』の中の、

 親鸞聖人「弥陀の五劫思唯の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」

(ほとけのはかり知れない大慈悲をよくよく思いめぐらしてみると、

 これはまさに親鸞一人のためであった)の言葉である。

 “親鸞一人がためなりけり”となっているが、これは“煩悩具足の凡夫のまさに自分のためであった”

 と置き換えることが出来、仏の御教えの真実を本当に自分の信心とするには、

 現実のわが身を抜きにしてはあり得ないことのお示しだと思う。

 このあたりの消息を武蔵野大学教授のケネス・タナカ先生(注1)の説明を引用すると次の様になる。

「親鸞は決して教えを一人占めにして、他の人々を締め出そうとしているのではありま

せん。そうではなくて、長い求道の末に自分自身の不完全さにめざめたので、この教

えは彼のためのオーダーメイドのものだと確信したのです。他の人々のことを言える

立場ではなかったのです。この言葉は自分自身の経験に裏づけされた、真に実存的な

ものなのです。仏教は常に自己を問題にするのです。他人の庭の批判や掃除の手伝い

ではなく、自分自身の庭の掃除から始めるように仏教は勧めます。」

4:仏教は「ひとごと」ではなく、どこまでも「私一人」を問題にする。「私」を抜きにして

 いくら仏法を聴聞して救われた気分になったとしても、仏法が分かったことにはならず、

 只、一時の陶酔剤に過ぎない。それは経典を味読する時も同じであろうと思う。

 駒澤大学の原始仏教の泰斗である片山一良教授が常に講義の時、口を酸っぱくして言われていた

 ことを反芻している。

「経典を拝読する時は、その内容を常に自分のこととして捉えなければならない」と。

 

私は往々にして経典の内容を単なる客観的知識としてのみ受け取っていることが多い。

それではいくら経典を読んだとしても真意を味得したことにならない。その内容をひしひしと、

「自分・私」という第一人称の問題、即ち経典は「他でもないお前に言っている」のだという

仏の呼びかけとして捉えなければならないことへの警鐘と拝受し、猛省している。

そして、まるごと自己の問題として心底捉えられたならば、次のステップとして自己の問題に

留まらない他への行動(慈悲)がおのずと出てくるのではないだろうか。

 

5:最後に武蔵野大学仏教文化研究所研究員の常磐井慈裕先生の言葉(注2)を添えて、

今月の締めくくりとしたい。

「宗教とは何のためにあるのか。それは人間の在り方と生き方について考えるための

 ものであるが、それは単なる哲学でも単なる思想でもない。自分自身の在り方と生き方を

 見つめ直す鏡となり得て、初めて宗教としての価値があるのである。

 親鸞は仏教の価値というものを自らの人生に賭して体現してくれたのであり、彼の人生観は

 私共に「仏教とは知識ではなく、自分の人生を照らし出すものでなくてはならない」

 ということを教えてくれるものであった。」

 

11月は浄土真宗の寺院では、親鸞聖人の命日をご縁として「報恩講」が執り行われる。

この機会に親鸞を偲び、その教えは煩悩多きわが身(影)を照らす無量の光であること

を感得したいと思う。

                                以 上

(参考)

  (注1)『真宗入門』(ケネス・タナカ著、島津恵正訳)法蔵館

  (注2)『親鸞入門』(前田専学・山崎龍明編)永田文昌堂

  (注3)「百寺巡礼」「21世紀仏教への旅」などで注目を集めている五木寛之氏の

  『私訳 歎異抄』(東京書籍)が今年9月出版された。ご参考迄。

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53)07/10月のメッセージ
    『若し我れ心痛みたる一人だに救い得ば 我が生活は無駄にならず』


厳しい残暑が過ぎ、金木犀の甘い香りに、心癒される季節となりました。

お元気にご活躍のことと存じます。

私は、退院から、約7ケ月が過ぎ、多くの人のお蔭で、ようやく回復を実感出来る様になって来ました。

 

今月は19世紀の米国の女流詩人で、20世紀になって世に知られる様になった

エミリー・ディキンソンの詩の中から、感銘を受けた詩を素材にして、慈悲について思いを巡らしてみました。

                                  清水秀男 拝

                             270-1175  我孫子市青山台1-7-15

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07/10月のメッセージ(第49号)

 

若し我れ心痛みたる一人だに救い得ば 我が生活は無駄にならず

 

:<若し我れ心痛みたる一人だに救い得ば 我が生活は無駄にならず

 一人の憂いを去り得なば 一人の苦痛(なや)みを医し得なば 

 弱りし鳥の一羽をば助けて其の巣に帰し得ば 我が生活は無駄にならず>

この詩は、米国を代表する女流詩人エミリー・ディキンソン18301886)の作品である。

ディキンソンの詩は1775編に及ぶが、生前には10編しか発表されず、1920年代に至って

その真価を認められたという。愛の喜びと悲しみ、生の不安と絶望や死、永遠といった普遍的な

テーマを、彼女の繊細な感性と、深い洞察力で表現されており、読む人の心を揺さぶるものがある。

特にこの詩は印象深く心に響くものがあった。

2:この詩によってディキンソンが現代人に警鐘を鳴らし発信しているメッセージを私なりに味わってみたい。

<人が心の痛み、憂い、不安を持ち、悩み苦しんでいるのを座視することは出来ない。

自分は、非力で未熟ではあるが、たった一人の人でも苦しみから解放し、癒し、救ってあげたい。

それは人間だけではない、生きとし生きる命あるものすべてに対して。

自我を捨て他に尽くす人生こそ、自分の命を赤々と燃やし充実した人生になるのではないか。

そして一人ひとりが少しでも自分が出来る小さい足もとのことから行動していけば、

どれだけ安穏な平和な社会が訪れることだろうか>

3:この詩を読んで、更に宮沢賢治「雨ニモマケズ」の一節を思い浮かべた。

<・・・アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミ キキシ ワカリ ソシテワスレズ・・・

東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ 

北ニケンクワヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ>

宮沢賢治の詩の中でポイントは、自分を勘定に入れない即ち自我を捨て、相手の立場に立って、

見聞きし、理解し、考え、行動すること。そして自分は評価されず、役立たずと言われても、

四方八方で、生・老・病・死等に苦悩するすべての人々に対して向き合い救っていきたいという強い願いである。

4:ディキンソンと宮沢賢治の詩に共通なものは、天台宗の開祖最澄が説いた

 「己を忘れ他を利するは慈悲の極みなり」の精神であり、

 それは釈迦が苦しんでいる人々を救いたいとの願いから説いた仏教の原点でもある。

 ここで忘己利他は慈悲の極致であると説いているが、慈悲の慈は安楽をもたらすこと、

いつくしみの心であり、悲は苦しみを除くこと、あわれみの心を意味すると言われるが、

一言で言えば、自分のことは後にして、まず他に対する愛情、思いやり、助け合いの精神を

具体的に行動で示すことであろう。

日本曹洞宗の開祖道元禅師の次の和歌は、この利他の精神の発露である。

「おろかなる 吾れは仏けに ならずとも 衆生を渡す 僧の身なれば」

 

5:釈迦の教えは智慧と慈悲からなっていると言われる。慈悲の根底にあるのは、智慧の教えである。

 その智慧とは、縁起の道理と云われ、すべての存在は相互依存のつながり合い支えあいの関係にある。

 私は私だけで孤立的に存在するのではない。あなたがいるから私がいる、私がいるからあなたがいるのだ。

 共存・共生の関係にある。それは人と人との関係だけではない、社会、動植物や地球環境含め、

 宇宙に存在するすべてのものとの関係に他ならない。その関係性に目覚める時、共感・共喜・共苦・共痛し、

 慈悲の行動が自ずと生まれるというものである。

 

6:世界的に行動するチベット仏教の巨頭ダライ・ラマの『目覚めよ仏教!』(上田紀行著)(日本仏教の

再生と復興を目指し活躍中の上田先生との興味深い対話集)(NHKブックス)中の次の言葉は、

多くの示唆を与えてくれる。

@「なぜ、私たちが慈悲ある社会を形成していかなければならないかといいますと、人間は基本的に

  社会的動物であり、社会生活を営む生きものであるからです」

A「私たち人間の持っているさまざまな感情によって生じてくる精神的な苦しみは、ほかの人たちが

     私たちに示してくれる愛と思いやりによって乗り越えていけるものなのです・・・愛と思いやりが、

     他人のめんどうをみるという、ケアの意識を生み出すのです」

B「無明の状態によって衆生が苦しみを得ている状況を見るとき、ああ、なんとかしてやりたい、

    という慈悲の感覚が起きてくるはずなのです」  (無明=無知で真理に暗いこと)

 

7:物質的には一応恵まれた日本社会において、何故、人々の心は満たされず、孤独感にさいなまれ、

精神的な飢えと渇きに苦しんでいる人が多いのだろうか。

他と比較することをやめ、あるがままをそのまま認め受け入れる寛容な心と

各人が少しでもディキンソンや宮沢賢治に代表される慈悲の心を持ち、行動していけば、

愛と思いやりのある利他的な社会実現への道に近づくのではないだろうか。

そして愛と思いやりの利他心に基づく行動は、結果として自分を生かすことになるのではないだろうかと

自省をこめて思いを新たにしているところである。

 

(参考)

 @『目覚めよ仏教!』(上田紀行著)(NHKブックス)は、上田先生が、数の例外を除いて現代の

      問題や現代人の苦悩と切り結ばない日本仏教に抱いていた疑問点を行動する世界仏教家

      ダライ・ラマにぶつけ、21世紀に果たす仏教の可能性と役割、愛と思いやりの慈悲の心をもって

      如何に利他的な社会を建設していくか、そして日本仏教の復興について、熱く論じた好著である。

最近、語っておられる上田先生の次の言葉は、共感するところ大である。

「全国に8万ある寺が衆生の苦しみを救う場になったら、日本社会は全く変わるという思いを、日々強めている」

 

Aディキンソンの詩で印象に残った他の言葉をあげておきます。

  イ:私たちは、年ごとに老いていくのではない、日々新しくなっていく。
     (
We turn, not  older with years, but newer every day.

    ロ:永遠は幾多の今から作られている。
        Forever is composed of nows.



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52) 07/9月のメッセージ
     『こうしゃんなあかん(こうしなければいけない)ってことないから


9月に入りましたが、残暑厳しい日が続いております。如何がお過ごしでしょうか。

私の体調は、8月の酷暑に閉口しながら、相変わらずスローな回復基調にあります。

今月のメッセージは、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭と共に

世界の三大国際映画祭の一つとして有名なカンヌ国際映画祭で、今年は

河瀬直美監督の『殯(モガリ)の森グランプリ(審査員特別大賞)に輝きました。

女性としては最初の快挙の様です。

その授賞式における彼女のスピーチに、心響くものがありました。

ご存知だとは思いますが、映画の内容と共にご紹介し、彼女が世界の人々の心の中に

伝えたかったメッセージを味わってみたいと思います。


                    清水秀男 拝
               〒270-1175  我孫子市青山台1-7-15

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07/9月のメッセージ(第48号)

こうしゃんなあかん(こうしなければいけない)ってことないから

 

今年の第60回カンヌ国際映画祭で、河瀬直美監督の『殯(モガリ)の森

グランプリ(審査員特別大賞)に輝いた。

その授賞式での彼女のスピーチの言葉に心打たれたものがあった。

「私たちの人生にはたくさんの困難がある。お金とか服とか車とか、

 形あるものに心のよりどころを求めようとするが、そういうものが満たしてくれるのは、

 ほんの一部。目に見えないものー誰かの思いとか、光とか風とか、

 亡くなった人の面影とかー私たちはそういうものに心の支えを見つけたときに、

 たった一人でも立っていられる、そんな生き物なのだと思います」

 

1:このスピーチにこめられたメッセージを理解するために、まず最初に『殯(モガリ)の森

 簡単な筋書を見ておくことにする。

 とは「敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間の事/又その場所の意味」である。

一言で言えば「河瀬監督の故郷・奈良の壮大な自然を舞台に、認知症の老人と

女性ヘルパーの交流を通して、人間の生と死をみつめたドラマ」。

奈良の山間にある自然豊かな里に、軽度の認知症を患った人達が、介護スタッフと共に

共同生活をしているグループホームがある。そこに暮らす認知症の老人“しげき”は33年前に

亡くなった妻の思い出に生きている。そのグループホームへ新しく介護福祉士としてやって来た

真千子”も幼い息子を亡くしたことがきっかけで夫との別れを余儀なくされ、つらい思いを抱え、

自分を責め続けながら毎日を懸命に生きようとしていた。

両者共、誰も立ち入ることの出来ない世界の中で心を閉ざして生きていた。
ある日、亡き妻の思い出の詰まったリュックサックを、そうとは知らず何気なく手にとった“真千子”

“しげき”は突き飛ばしてしまう。自信を失う“真千子”を、主任の“和歌子”は静かに見守り、

「こうしゃんなあかんってことないから」とそっと励ます。

次第に、“真千子”は自分の生き方を取り戻し始める。

ある日、二人は“しげき”の求めで、亡き妻の墓を探して森をさまよい歩くことになる。

互いに大きな喪失感を抱えた“しげき”と“真千子”。やがて、二人は心打ち解けあって、

人間にとってかけがえのない人と人の繋がりの大切さを見出してゆく。

神秘の森に誘われるかの様にして再生してゆく命の物語。

 

2:次に映画作りに込めた河瀬監督の思いを記しておきたい。

 @彼女の生い立ちを見ると、自分の誕生前に両親が離婚して祖父の姉夫婦の養女として、

 実の娘以上に愛情掛けて育てられた。しかし、捨てられたという事実に対して、

 やはり払拭出来ない空虚さや欠落感があったという。その欠けている心の内を、映画制作で

 満たそうという所に活動の原点がある。専門学校の映画科に入学し、担当講師から

 「自分にとってのっぴきならないもの、何なのか。それをテーマにしなさい」と言われた。

 そしてその「のっぴきならないもの」は何か」を追い求め、「自分って何なのか」

  「いま置かれている立場から何を訴えていけばいいのか」を真剣に考えているうちに、

  生まれながらにして持ち続けてきたテーマに向き合うようになった。

  それが、生き別れた父の消息を追いかける自分自身のドキュメンタリー

 『につつまれて』や、父親の失踪から離散を余儀なくされながらも再生を誓う家族の物語を描いた

 最初の劇場映画デビュー作で1997年カンヌ国際映画祭において史上最年少の

 カメラド−ル(新人監督賞)を受賞した『萌(モエ)の朱雀(スザク)』となって結実していった。

 Aそして、自分自身の結婚、離婚、再婚、認知症になった養母の介護、出産、子育てを経験し、

 改めて自分の日常を見直したり、地に足をつけて身の回りのことを考えた時に辿りついたのが、

 認知症を題材にし、自然の森をバックに現代人に失われた人と人の命の繋がりや人を愛することの

 大切さをテーマにした今回の映画『殯(モガリ)の森になったという。

 

3:河瀬監督が発したかったメッセージとは何だろうかを彼女のスピーチの言葉を中心に探ってみたい。

  彼女の印象的な言葉が説得力を持つのは、すべて自分自身の山あり谷ありの人生経験

 (結婚、離婚、再婚、認知症になった養母の介護、出産、子育て)を土台にして構築したもの、

 即ち「自分にとってのっぴきならないもの」と対峙し、映画作りを通して自己の存在確認をした

 集大成の言葉だからと思う。彼女の発しているメッセージを私なりに味わって見ることにする。

  

    第一に形ある物質的なもの、例えばお金、人が羨む高級車やブランド物の服や持物や宝石、

  住居等に心の拠り所を求めても、一時的に満たされる事があっても長続きせず、もっともっとと

  欲望は際限なく広がってゆくだけだ。本当に心の拠り所になるのは眼に見えない形ないものにこそあるのだ。

それは人に対する優しさ・温もり・思いやり、愛する人やかけがえのない人の面影や思い出や

“いのち”であり、我々を生かしてくれている光・風・山・森・川等の大自然の“大いなるいのち”である。

そして、それらと繋がっていることに目覚めて生きることが心の支えとなり、充実した人生が得られるのだ。

第二に彼女のスピーチの奥にあるものを探って観ると、『殯(モガリ)の森製作の発端となっているの

は、認知症になった養母の介護から学んだ経験である。彼女がインタビュー等で話していることの中に

参考になる味わい深いものがある。

  「日頃、私たちは認知症の人をかわいそうだと、下に見ている部分があります。彼らは認知できなくなっただけで、

   感情も魂も存在する。現代人が見失ってしまった、人間の感情や魂のあり方を訴えたかったのです」

  「私たちは“こうしなければならない”ことに縛られ続けて生きている。私でいいんだよ、あなたでいいんだよ。

   認知症の人も同じ。その人がその人らしくあれば、それでいい“こうしなければいけない”

   ということは、世の中にない」

  これらが、映画の中で新人介護士“真千子”の介護の悩みに対し、先輩介護士“和歌子”が繰り返し励ます

  言葉、「こうしゃんなあかんってことないから」にこめられている。

 

これらの考えは、認知症の人ばかりに対してではない。人間の価値基準を他人の目や自分外のものに置き、

物質主義や効率主義に追いまくられ、人と人とのいのちの絆を失い、かけがえのない真の自分を喪失し、

悩み、うつ病になったり、自殺に迄追い込まれている現代人や、それらを誘導しているが如きの指導者、

教育者、親達に対する彼女の警告であり、処方箋ではなかろうか。

そして、彼女の作品が世界の人に評価されたのは、彼女が発信したメッセージの中にすべての人々に

共通する普遍性があるからだと思う。

 

4: 最後に彼女がインタビューの中で言った次の言葉をしっかり心に銘記しておきたい。

  これは、争いのない平和な世界実現に向けての基本的前提であると思う。

 「自分と違う人を広く認めること。それが自分も認めて貰えることになる。その関係性の中で生きて行け

たら、もっと豊かな時代になる」

                                                 以 上               

                                         寄稿者一覧のページへ戻る
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51)07/08月のメッセージ
    『他人の山でな<自分の山>に登ろう』


暑中お見舞い申し上げます。

梅雨が明け、ようやく夏到来となりましたが、自宅療養の身には、やはり暑さがこたえます。

病を得ると、どうしても私自身の問題意識が、健康とか医療問題に集中してしまいます。

今月は、笹田信五先生が多くの臨床を通して確立された、21世紀の「健康医学」に焦点を当てて見ました。

   270-1175  我孫子市青山台1−7−15

                   清水 秀男  拝

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07/8月のメッセージ(第47号)

  「他人の山ではなく<自分の山>に登ろう」

 

今月は21世紀の「健康医学」を目指し、兵庫県淡路島洲本市の五色県民健康村健康道場長として

20数年にわたり研究・実践され活躍されている笹田信五医師の処方箋に学んでみることにしたい。

まず笹田先生の「健康医学」説を要約してみる。少し長いが我慢してお読み下さい。

 

1:現代は、心と体を分けて考える従来の現代医学では理解できない病気が増加している。

 頭痛、肩こり、動悸、息切れ、胃部不快感、全身疲労感等の症状が出て本人は苦しんでいるが、

 どこを検査しても身体の異常はないケースが多い。その原因はストレスによる

 自律神経系、内分泌ホルモン系、免疫系などの体内調節システムに問題が生じている。

 そして、ストレスには二つの経路で健康を破壊する。一つは心と体の「心身相関」を直接悪化させること。

 もう一つはストレスを発散させるために、酒やタバコに依存したり過食等によって、生活習慣が乱れる。

 従って、肥満。高血圧、高脂血症、糖尿病等の生活習慣病になる。ストレスとガンも相関関係にある。

 どの病気が出るかは、年齢と一人一人の遺伝体質が左右する。

 

2:ストレスの根本原因は何か。それは大きく二つの生き方により生じて来る。

 第一の生き方は「社会適応優先型」で社会適応を優先して自分を犠牲にする、いわゆる「他人の山」を登る生き方の人、

 換言すれば、社会や世間体等の他人の価値基準を優先して生きる人。

 このタイプの人は、社会適応が出来なくなると空しさと不安にさらされる。

 第二は「自己中心型」で、自己の主張を振り回し我がまま勝手な生き方をし、逆に社会適応が出来ない人。

 社会に出ても、家庭にいても、自我が傷つくばかりで、無気力と無感動に落ちていく。

 どちらの生き方も充実感がなく、ストレスにさいなまれることになる。

 

3:しからば、これを解決する第三の道は何か。それは身心両面をベースにした健康医学であり、

 それを「生かされている医学」と呼ぶ。即ち、「自分の山」を登る生き方であり、本当の自分を生きて、

 周囲の人も幸せになれる生き方である。

 まず最初に、自由と感動と喜びの人生を得るために次の五つの「生かされてる医学的事実」の理解が必要である。

 @「生かされてるのは医学的事実である」

  私達は大きな生命の世界で生かされて、社会を営んでいる存在。私の本当の価値は、社会的な評価ではなくて、

 「生かされてる医学的事実」から来るもの。生かしてくれている生命の世界から見れば、「私は価値ある存在」、

 「かけがえのない大切な存在」、「素晴らしい100点満点の存在」である。

 私の価値は、この発見があって始めて、この世に生まれたことを喜ぶことが出来る。

 A「医学的に生かしてくれている かぎりなく優しいYu(ユー)が存在する」

「私たちを医学的に生かしてくれている存在」をYu(ユー)と名付ける。どんなでも時でも、太陽は昇り、

酸素はあり、心臓は動いている。常に「Yu(ユー)とともに」ある。 

B「死は、「私」の終わりではない」

身体から「私」が発生したということは証明出来ない。しかし、「私」は実在する。今このように考え、判断し、行動している。

だから身体の死は、身体の消滅ではあっても、実在している「私」の消滅ではない。

実在している「私」を実感するためには、丹田呼吸法と絶食療法が非常に有効。

C「何もない私が、素晴らしい」

どんなに社会的に評価が低下しても、どんなに年をとっても、どんなに病気をしても、どんなに最悪の状態になっても、

「生かされてる医学的事実」の世界から見れば、「私」は「かけがえのない大切な存在で100点満点」。

このように「何にもない、何もできない、それでもこの私が素晴らしい」。

D「Yu(ユー)の優しさに包まれて「自分の山」を登り、周囲の人も幸せになれる生き方をするのが人生の歓び」

  「生かされてる医学」を学び、「生かされてる医学的事実」の世界のかぎりない優しさを知り、感じられるようになれば、

 その結果として次の7つの自由が得らる。 

)世間体からの自由、2)人間関係からの自由、3)性格からの自由、4)過去からの自由
)支配からの自由、6)孤独からの自由、7)老いと死からの自由

私たちを縛ってきたこれらの7つの束縛から解き放たれて、自由に自分を生きることができる。

この自分を生きていく姿が「自分の山」を登っているということ。

「何もなくても、私は素晴らしい」ということが分かり、周囲の人を幸せにもでき、生を心から喜べるようになる。

 

4:この「生かされてる医学的事実」の理解があって、次の3点の実践が効果的であり実感できる。

(1)性格分析とカウンセリング・・・ストレスの原因を明らかにするために

 

(2)充実感と生命力を高める方法・・・身体を活性化し、頭をカラッポにするために

@医学的断食療法(ファースティング)

   効果として第一は心身相関を高めることが出きる。断食中は、自分の体に蓄えられた糖分、蛋白質、脂肪を分解して

   エネルギーに変えて生きて行くために、自律神経系、内分泌ホルモン系が強力に活動する。

   そして頭の中は会社のことも家族のことも過去のことも自分の性格迄忘れて、無にはならなくても無に近くなる。

   そのうちハッと気づくと、浮き浮きとした爽やかな自由を感じ、鳥の声、花の香り等の自然に感動する様になって来る。

   第二に「私は本当の自分を生きている」という充実感を実感する様になる。

   第三にその結果、肥満、高血圧、糖尿病、心身症、不安・緊張症、軽症うつ病等生活習慣病の治療や

   人間関係・人生・家族問題等の悩みの解決、そして禁酒、禁煙への療法としての効果がある。

A丹田(臍下の下腹部)呼吸法・・丹田に徐々に力をこめながら吐く息を一心に数えることに集中し、頭をカラッポにする

 丹田呼吸は自律神経系が過緊張になっている場合はリラックスさせ、疲れて機能が低下している時は

 適度の緊張を取り戻させて調和を回復させる。

以上が、笹田先生の「健康医学」説だが、先生のプロフィールを見ると、臨済宗妙心寺派管長、全日本仏教会会長を務めた

実父を持ち禅の影響を受けたとある。笹田先生の「健康医学」説にはそれが色濃く反映している。

先生曰く、「西洋の心身医学と東洋の無の文化の融合」が21世紀の心身医学になるのではないかと思っています」と。

その中から学ぶべき点を挙げてみたい。

 

第一に人は皆大きな生命の世界の中で生かされて生きているという気付きである。傲慢な私は自分で生きていると思っているが、

心臓初め他の臓腑、呼吸、五感、消化、排泄の働き等自分で動かしているものは何もないという事実である。

私が尊敬する教育者の故東井義雄先生の「目がさめてみたら」の詩は、この事実が如実に表現されている。 

「目がさめてみたら/生きていた/ 死なずに/生きていた/生きるための/一切の努力をなげすてて/

 眠りこけていたわたしであったのに/目がさめてみたら/生きていた・・・・」

 

第二に多くの人が「他人の山」を登る生き方をしているという指摘である。私の経験からしても価値基準のベースになったものは、

一般的なその時代の価値基準、例えば学歴、会社、地位、名誉や金であったり、皆が憧れる「物」を手に入れる事が

幸福の源泉と思っていたのではないだろうか。

本当の自分に目覚め、自分にとって人生の意味や幸福とは何かを充分突き詰めて考えた上での価値基準であったかどうか。

自分の価値基準と思っていたのは結局他人の価値基準ではなかったのではないかと反省をしている。

生かされて生きている愚かではあるが100点満点の私を、ありのままに生きる、

「自分の山」を登る生き方をせねばならない点である。

 

第三に充実感と生命力を高める方法としての断食療法と丹田呼吸である。

@断食療法は笹田先生の健康道場迄行かなければならないが、先生は家庭でも出来る半日絶食法でもある程度効果が

 あると薦めておられる(毎週休日等に一食か二食を抜き、一食の代わりに、牛乳(豆乳やフルーツジュースでも可)一本と

 薄いお茶か水700ccを取る)。植物でも水をやり過ぎると、うまく育たない様に、飽食の時代週に一度は、

 このぐらいの節食はして身心を活性化させねばと思っている。

A丹田呼吸法は宇宙の生命とぶっ続きであることを感得出来ると共に、免疫力を高める絶好の方法だと、

 坐禅の真似事をしている私の拙い経験からしても思う。

 丹田呼吸法は坐禅の形をとらなくても、椅子でも、乗り物の中でも、立っていても、仰臥していても出来る方法である。

 自我を捨て、一呼吸一呼吸の中に大きな命を実感して生きたいものである。

(参考)・・・更に興味がある方に参考資料をあげておきます。

 1:笹田信五先生「生かされてる医学」・・http://www.fyu.jp/ 

 2:笹田信五先生「インターネット心療内科」・・http://www.ikasareteruigaku.org/shinryo/

3:笹田信五著『自分発見の処方箋』(河出書房新社) 05/4月刊

  4:五色県民健康村健康道場・・http://fyu.jp/dojo/

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50) 07/07月のメッセージ
               「『患者中心の医療』から『患者とともに考える医療』

7月に入り、関東方面はこれからが梅雨本番の天候が続いております。

米大リーグではオールスター戦が行なわれ、球宴史上初のランニングホームランを放ち、

MVPに輝いたイチロー選手の活躍は、瞠目すべきものがあり、鬱陶しい梅雨空を一掃する感がいたしました。

前日のインタビューで、記者が「イチロー選手にとってオールスターとは何ですか」の問いに対し、

即座に「オールスターとはオールスターです」との答え、まさに禅僧の如きやりとりで印象的でした。

7月のメッセージ、入院生活をしたこともあり、医療問題を取り上げました。

少し長いので恐縮ですが、ご笑読頂ければ幸いです。

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270-1175  我孫子市青山台1−7−15

清水 秀男  拝

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 07/7月のメッセージ(第46号)

      「『患者中心の医療』から『患者とともに考える医療』」へ

 

 過去5回(生検含む)の入院生活をし、大きな手術を経験したのは今回を入れて都合3回である。

 これらの経験も踏まえ日頃、医療問題に関して感じている3つの事を述べてみたい。

 

1:インフォームド・コンセント(説明と同意)について

 遅くとも手術を受ける前日には、本人と家族が別室に呼ばれ、担当医から手術の内容と

 ベストは尽くすが100%安全な手術はないと言われ、低い確率だが合併症を含めた可能性についても

 縷々説明を受けるのが通常である。医師は図を書いたりして、患者の理解を得るべき分かり易く説明の努力をする、

 一方患者は医者の説明を出来る限り、理解し納得しようとする。

 しかし、医療専門用語も入った説明は素人には理解し難い点も多々ある事と、低率とは言えあらゆる可能性のリスクを

 次々と言われれば、不安の要素が先に立ち、心の動揺は隠せず、聞きたい事も十分聞ける雰囲気になくなったり、

 あるいは、患者にとって都合の良い情報を間違って理解したり、納得不十分なまま同意してしまう事はないであろうか。

 これらの点から、医師は相手の理解のレベルや状況に応じて表現方法を臨機応変に変えたり、

 実例を分かり易く映像で紹介したり、不測の事態が生じた場合の処置法等も懇切丁寧に説明し、

 患者の不安の要素を出来る限り解消し、むしろ病気への挑戦を掻き立たせる様な説明を是非お願いしたいものと思っている。

 

これらは医師のコミュニケーション方法の問題とも大きく関わって来ている様に私は思う。

医師のコミュニケーション方法の問題について、国立病院機構本部臨床研究室長の尾藤誠司先生(1)は、

「医療における患者‐医師間のコミュニケーション不全は、基本的に医師の論理がもつ頭の固さ、

 すなわち『医師アタマ』に起因するのではないか」との仮説を立て、実例を挙げ分析され、謙虚に振り返っておられる。

この場合の医師アタマとは、自然科学としての医学に依拠する医師特有の思考過程で、

「世界は、正しいことと間違ったことから成り立っている」

「正しいことは、すべての人にとって正しいものであり、間違っているものは、すべての人にとって間違っている」 

という考え方であるとされている。

更に、尾藤先生「医師が常に持つべきは自身の世界に対する謙虚さである」とされ

「患者中心の医療」から、むしろ「患者とともに考える医療」への転換を提唱されている。大いに賛同するところ大である。

 

一方患者サイドも反省すべきは、「お任せの治療」ではなく、自分の病気に関することは可能な限り自分で学習すると共に、

医師から説明を受けた内容や与えられた情報については、よく咀嚼・吟味・理解し、

最終的には患者自身が決断・選択しなければならないと思う。

 

以上の様な事を踏まえ、私の場合を振り返ってみたい。今回、合併症も含め2回の手術を受けたが、 

1回目の手術の場合、インフォームド・コンセントの中で11項目の合併症を列挙され、

その中の一つ(確率1〜3%)の合併症に遭遇した訳である。交通事故的な合併症に遭遇してみて、学んだ点が三つある。

第一は合併症も含めたインフォームド・コンセント的詳しい説明は、手術を受ける前日ではなく、

患者が治療方法を選択する前に医師から詳細に聞かせて欲しいし、

患者も事前に良く聞き、じっくり検討し覚悟を決めるべきである。

 

第二は手術を選択する前、担当医師から説明を聞き、私も患者として数冊の本も読み、

セカンドオピニオン的ドクターにも相談し、過去手術を経験した複数の知人にも経験談を聞き

最終決定をした訳だが、合併症について焦点を当てた学習も含め充分行なって決断すべきである。

 

第三に手術を受ける臓器周りで、過去罹患もしくは、治療した内容等について、

治療方法を選択する前にどんな小さな事でも細大洩らさず医師に告げて、

合併症も含め手術に支障を来たさないかどうかの判断を仰いでおくべきである。

 

2: 「攻める医療」と「支える医療」について

 21世紀に入り高齢化社会が急速に進んでいく中で、高度医療や救急医療等の「攻める医療」の更なる充実は

 当然必要であるが、もっと患者の心を含めた全体を大切にする暖かい「支える医療」の強化・充実にも

 もっと、目を向ける必要があるのではないだろうか。

 地域医療に命を傾けてこられた、鎌田實先生(諏訪中央病院名誉院長)は、「攻める医療」と

「支える医療」との調和が必要である事を特に強調されている。

 

理想的な姿としては、開業医を中心として24時間体制で何でも相談出来る“かかりつけ医”を持ち、

その“かかりつけ医”が、患者の病態、要望を踏まえ高度医療機関や地域病院、緩和ケア施設、老人保健施設、

特別養護老人ホーム、訪問看護ステーション等との連携を保ちながら対応して行く。

終末期医療を含め在宅医療を希望される患者には「在宅医療チーム」を作り、往診や在宅介護の充実を図っていく

ことが必要だと思う。

“かかりつけ医”は大変だが、地域医師会、地域の自治体も含めバックアップし、早急に地域医療体制の構築が

肝要だと思う。

国としても医療費抑制は必要であるが、「本来医療とはどうあるべきか」の原点に戻り、

「攻める医療」と「支える医療」とのバランスを取りながら、メリハリのある政策と費用配分を考えて貰いたいと思う。

 

3:看護師の地位について

いつも入院して感謝するのは、激務であるにもかかわらず、いやな顔一つせず明るい笑顔で、患者の心に寄り添って

献身的に尽くして貰える看護師達の存在である。術前の不安な時、術後の痛みを含め苦しんでいる時、

リハビリに励んでいる時、看護師の「大丈夫ですよ」、「よく耐えられましたね」、「お辛いでしょう」、「よく頑張っていますね」

とかの一言が、どれだけ病んでいる患者を勇気づけることか。

私は看護の意味を次の様に解釈している。

看護の「看」は「手」+「目」から成っている。暖かく、優しい「行為」と「眼差し」が「看」であり、

 「護」は看護従事者が強い心で、しっかりと患者を「護る」ことだ》

そして看護師は、医師と患者の間の仲介役としても重要な役割を担っている。しかしその地位は決して高くなく、

「医師のお手伝い」的存在である。常に患者に接している看護師の智慧とアイデアを生かしてこそ、

患者の生の声を治療の在り方や病院経営に反映出き、「患者とともに考える医療」の実践が出来るのではないだろうか。

そして、病棟ごとに患者の生の声を聞き出し、医師に仲介・連携する事を専任とする、優秀なベテラン看護師を設け、

今後の治療計画や施設の改善に役立てては如何であろうか。

そして、最近ようやく、看護師を副院長等の中枢に据える病院が少しずつではあるが増加傾向にあり、

看護師の重要性が見直されているのは喜ばしい事である。

(06年では115施設で全病院数の約1.3%、大学病院の中では20%強を占める・・・日本経済新聞07.5.19朝刊より)

 

医師と看護師と患者は共通の目的に向かって歩むパートナーの関係であるべきである。

(参考)(1)・・尾藤誠司編 『医師アタマ―医師と患者はなぜすれ違うのか? 医学書院(07年3月刊)

                                                      以 上


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49)07/06月のメッセージ
          『自然治癒力について』
 


今年も6月に入り、はや前半が過ぎようとしています。

月の初めには、メッセージをと思いながらも、今月も10日になってしまいました。

病は言訳になりませんが、お詫び申し上げます。

今月のメッセージは私が今一番求められている「自然治癒力」を採り上げてみました。

                                清水秀男 拝

         〒270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

   ***********************************************************************

 

07/6月のメッセージ(第45号)  自然治癒力について

1:退院から約3ケ月弱が経とうとしている。8KG強体重が減っていたが、ようやく1KG増加して来たところで、

 体力的にはまだまだです。最近の医師の検診では合併症の直腸の傷は回復の兆しはあるが、

今迄の事例でいくと完治迄には優に1年は掛かり、自然治癒を待つしかないとの診断を受け、再び気を締め直しているところである。

そこで、今月は自然治癒力について考えてみることとしたい。

 

2:「自然治癒力」とは何かまず二人の賢人の言葉に耳を傾けてみたい。

@帯津良一 帯津三敬病院名誉院長・・大自然に摂理、法則があるように、人間にも生命を保とうとする自然法則がある。

 これが自然治癒力であり、自然治癒力を 高める事によって生命が維持されていく。生命を生命たらしめるのが自然治癒力である。

 

A清水博東大名誉教授・・・「生命とは(生物的)秩序を自己形成する能力である」

これらから私は自然治癒力とは、人間の体が失った秩序を賦活させる自分自身に本来備わっている力。

換言すれば「自分の力で病を治癒させる自然の力」、即ち「生命力」だと解釈出来るのではないだろうかと思っている。

3:それでは、「自然治癒力」即ち「生命力」を発現し高めるにはどうしたら良いのであろうか。

最初に帯津良一先生の多くの教えの中で、印象に残ったものを要約して取上げてみたい。

先生は、西洋医学は身体内の一部をしっかりみることにかけては実に長けた医学だが、

部分と部分との間に存在するつながりのようなものをみるのは決して得意ではない。

こころ(精神性)、からだ(身体性)、いのち(霊性)の三つが渾然一体となった、人間まるごとを

そっくりそのままとらえるホリスティック医学の必要性を主唱されと共に、

医療の基本的ベースは、患者一人ひとりがいかに充実し希望を高めて生きていくかにあるとされ、

西洋医学という範疇を越えて、東洋医学、さらに代替医療をも取り入れ、

積極的医療で高い評価を受けておられる先生である。

第一にこころの姿勢。自分の気持ちの中に病気を治そう、再発を防止しようとする積極的な

強い姿勢と笑いとユーモア心を持ち続ける事。

それらは、NK  (ナチュラルキラー)細胞を活性化させ、免疫力を高める

第二に食養生。美味しく自分が好きな大地のエネルギーをたっぷり含んだ食材を、

喜びと感謝の気持ちをもって少し食べる事。《注:少しがポイントで過食・飽食を戒めている》

    第三に腹式呼吸の重視特に吐く息に意識を集中する。それはストレスの多い社会の中で

     交感神経優位の生活をしている我々にとって、副交感神経を活発化させる。

     それによってリンパ球が増え、免疫機能が高まる。その行法の一つとして気功を治療の一環として

   採用されている。そして気功の基本は調身、調息、調心であり、

   それは大自然と生命の波動を同一化する事であり、生命のエネルギーの高揚につながるとされる。

 《注:気功の基本は坐禅における丹田呼吸法と同じであり、日本の臨済宗の中興の祖と言われる

    江戸時代の白隠禅師も丹田呼吸法によって自分自身の病気を克服したと言われる。

  そして最近は坐禅等の瞑想と腹式呼吸法によって、脳内の神経伝達物質の一つで,

   感情を制御し、心を中庸にする働きを持つ「セロトニン」を活性化することが、

   有田秀穂東邦大学医学部生理学教授らによって検証されている》

第四に死生観を持つ事。やがて来る死を逃げる事なくしっかり凝視する。

死から生を見る事によって、生の意味が更に明確になり、生ある間、希望を捨てず

最期迄生き甲斐を持って生きようとする生命のエネルギーの高まりに通じるのだと主張される。

 

4:次に学生時代の高重啓一先輩から一読を薦められたアメリカの著名なジャーナリストで、

  後にカリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部大学院教授に転身されたノーマン・カズンズ氏

  著書『笑いと治癒力』と『笑いと治癒力―生への意欲(いずれも岩波現代文庫)の中の

  彼自身の貴重な闘病体験から、自然治癒力を学んでみたい。

前者は著書が39歳の時難病の膠原病に罹り、医者からは回復の可能性は無いに等しいと

宣告されたにもかかわらず、それに屈する事なく、固い信念と積極的情緒によって死の淵から生還した内容。

後者は55歳の時に発作に見舞われた重度の心筋梗塞を、手術を拒否し、膠原病の時の同じ姿勢で

克服したという印象深い内容である。

彼の著書のタイトルは『笑いと治癒力』となっているが、笑いは一つの比喩であり、

基本的コンセプトは、希望、信念、愛情、生への意欲、快活さ、ユーモア、創造力、信頼等の

積極的情緒は体内で必ず治療の活力を生み出すというものである。

彼は次の様に言う。

「人体に組み込まれている修理と更正のメカニズムは、身体が病気になると、その力を発揮しようとする

 自然の作用を備えているが、生への意欲が衰えたり、医師に対する信頼の念がなかったり、

 あるいは自分の闘病に主役を演ずる自信が欠けていると、その作用が妨げられたり、遅らされたりする」

「食事、運動、積極的な心がまえを含む厳格で徹底的な養生法に、人体の自然治癒力、

 再生力が加わると、時として驚くべき結果が生じ得る」

 

私は、彼の取った方法がすべての病気に対して有効だとは思わないが、

人は最後迄「正しい生への意欲」を持ち続ける努力が、時として奇蹟を生む可能性と

神秘性を秘めているのだいう事を言いたかったのではないだろうか。

 

5:以上、帯津先生やカズンズ氏の実体験から発せられた教えには説得力があり啓発を受ける事が多かった。

 過去の自分の生活を振り返ってみると、如何に自己中心的で大自然の摂理に背き、

 それを破壊する様な不健康な生活スタイルであったかと猛省している。

 「自然は最高の教材である」の言葉の如く、もっと大自然の声を謙虚に聞き、それに波長を合わせ

 一体化する事。

 地球環境問題の原点もそこにある様な気がしてならない。

そして生死は別ではなく、死は生の延長線上にあり、大自然の中に還る事である。

従って、死を考える事は生を考える事であり、いつ死を迎えても良い様に一刻一刻を大切に生きる

重要性をあらためて感得した次第である。

その他、今回の病を得てから多くの方々から貴重なアドバイスを数々頂き有難うございました。

それらを含めて可能な限り実践する事によって、私自身の自然治癒力・生命力を高め、

優に1年の治癒期間を少しでも短くするべく努力していきたいと思っている。

 

(参考)

イ:清水博東大薬学部名誉教授の言葉・・・『生命を捉えなおす』(中公新書)から

ロ:帯津良一帯津三敬病院名誉院長の言葉・・・『自然治癒力の高め方』(ごま書房)他

 多数の著書を著されており、それらの中から印象に残ったエッセンスを取り出したもの。

最新作は、作家の五木寛之氏との対談集の共著 『健康問答』(平凡社)がある


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48)07/05月のメッセージ
    『「私が苦しみから救われる」のではなく、「苦るしみが私を救う」』

5月に入り、初夏の様な天候が続いております。

お元気で、ゴールデンウイークを満喫されていることと存じます。

私は退院後50日が過ぎました。気力は回復基調にはありますが、

体力的には2度の手術の影響もあり、半歩半歩づつの回復の歩みです。

長期戦故、あせらず、ゆっくり歩を進めてまいりたいと思います。

 

「健康は、我々を我々の外に連れて行き、病気は、我々を我々の内に連れ戻す」

これは、フランスの哲学者、メーン・ド・ビランの言葉の様ですが、自分をしっかり

見つめる絶好の機会にしたいと思っています。

そして、詩人の坂村真民さんの詩「また一つの世界を 開いてくれた 桃咲く」にある様に、

今迄見えなかった世界を感得したいものだと思います。

                     清水秀男 拝

                  270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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07/5月のメッセージ(第44号)
     私が苦しみから救われる」のではなく、「苦しみが私を救う

 

1:先月のメッセージで、自宅療養をせざるを得なくなったと申し上げましたが、病を得ると、 

  今迄、聞いたり読んだりしていたにもかかわらず見過ごしていた、或いは馬耳東風的になっていた

   多くの先賢の病や苦悩に対する言葉や、それらを克服した経験談、そして温かいお見舞いの言葉が、

   真に胸にストンと響いたり、勇気を得る事が多く、病を得たためにしか味わえない贈物と感得し、

   本当に有難く、感謝の思いである。その中からいくつかを取り上げてみたい。

 

2:「私が苦しみから救われる」のではなく、「苦しみが私を救う」のです”という言葉です。

これは元バチカンの神父であった尻枝正行氏と失明の危機に瀕した作家の曽野綾子さんとの

往復書簡集『別れの日まで』(参考:注1)の中の尻枝正行氏の言葉です。

私の最近の心境も含め、この素晴らしい言葉を噛み砕いて味得してみたい。我々の人生は

病気、災難、別れ(死や愛する人と)が突然襲って来たり、確実に来る老化、信頼している人の裏切り、

経済的・精神的困窮等、自分の思う様にならない苦しみ、悲しみ、挫折の連続である。

しかし、それら苦しみ、悲しみから逃避しようとすればする程、それらは益々追いかけて来る。

むしろ、病苦であれば、病苦にどっかり腰を据え肉体の病を治すと共に、精神的には健康な時には、

人の苦しみも分からず傲慢で自分の力だけで生きていると思い上がりがちな生活から、

病苦という縁でしか味わえない人間としての真のいのちに目覚めるチャンスとなる。

その目覚めが私を救い、人生において光明に結びついていく。

即ち、病苦は逆縁の善智識(先生)であることを示している様に思う。

 

敬愛する曹洞宗愛知専門尼僧堂長の青山俊董老尼が、ご自身の病気の経験も含め

我々に示しておられる次の言葉は説得的である。(『花有情』「南無病気大菩薩」春秋社から)

「苦に導かれて、アンテナが立ち、聞く耳が開け、真実の教えや、人に出会うことができ、

 それによって命の尊さや、ほんとうの生きざまにめざめることができたら、健康なばかりに

 アンテナが立たず、聞こえず、見えず、気づかずに終える人生より、どれほどすばらしいか

 わかりません。苦は気づけよという仏さまよりの慈悲の贈り物です。南無病気大菩薩です」

 

3:今年96歳になられ、尚現役でお元気にご活躍の日野原重明先生も学生時代に結核を患われ、

  治癒迄1年2ヶ月かかり、高熱が8ヶ月続きベッドから降りられず、この時、自分はなんて不幸な

  人間だろうと思われたという。それを後になって次の様に回顧されている。

  (『宗教のゆくえー現代における精神の危機と救済』曹洞宗教化研修所編から)

「自分が病気した時非常に悲しい不幸な体験をしたと思ったけれども、それから何十年

経った今としては、あの一年余の苦悩の生活があったことが、私は今の臨床医に仕上げ

てくれたのだと思う。その苦しい時にぶつかった時には私達は、天は私達に不幸を与えた

と憎らしい気持を持つけれども、天はもっともっと大きな悠久な計画の中に私達を

うけ入れてくれるということが何年も後になってからわかるのです

・・・私達が病むということは、私達が生を考えさせられる必然的な環境を与えられたということであり、

病むことは人間が人間になるに必要なものであるとさえ考えるのです」

 

4:駒澤大学仏教学部教授で原始仏教の泰斗片山一良先生(今年4月からNHKラジオの宗教の時間に

  1年間「ダンマパダをよむ」を講義されています)から頂いたご芳書の中で

  私に「寂静という沈黙」の真理に目覚めることの大切さと、ダンマパダ(法句)の第184偈を挙げて

  「耐え忍ぶ」ことの重要性を説き示して頂きました。その一部を抜粋させて頂きます。

  @私は寂静という沈黙の中にすべてがあることを知りました。それは諸仏がつねに沈黙において

   一切の法を語っておられると見たからです。・・・目のあるうちに無目の景色を見たいものです。

   耳のあるうちに無耳の調べを聞きたいものです。口のあるうちに無口の語りをしたいものです。

   そして人間の尊厳たる心のあるうちに無心の考えを巡らしたいものであります。

A「耐え忍ぶは最上の修行 涅槃は最上と諸仏は説く」

    いつもこの偈を心にとどめております。無量無辺の智慧と慈悲を語られた

   真実不動の言葉と受けとめております。

 

5:最後にゲーテが人生は苦しみや悲しみがあってこそ、はじめて人生の真の醍醐味が味わえるのであり、

  意味があることを示した言葉をあげておきます。

「涙とともにパンをたべたものでなければ、人生の味はわからない」

(参考)

 (注1)『別れの日まで』は最初講談社から次に文庫本として新潮社から刊行されたが、

    06年4月青萌堂から『心に奇蹟を起こす対話―別れの日まで』として再編集され

    曽野綾子の心の対話シリーズの一書として発刊されている。

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47)07/04月のメッセージ 
    「待つことの深さを知って花は咲く 草も木も人間も」

4月に入りましたが、不順な天候が続いております。お元気な事と存じます。

3月はメッセージお送りする事が出来ず、申し訳なく存じます。

理由は今月のメッセージにしたためましたので、ご笑読下さい。

私の恥ずかしい懺悔録です。

今後もメッセージは、体調次第で失礼する事があると思いますが、お許し下さい。

          清水秀男 拝

             270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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07/4月のメッセージ(第43号)

      待つことの深さを知って花は咲く 草も木も人間も

 

1:3月のメッセージを送る事が出来ず、楽しみにしているのにどうしたのだとの

 ご心配のメールを頂いたりいたしました。申し訳なく存じます。

 実は2月の初めに前から予定していた男の宿命とも言われる前立腺がんの全摘手術を

 国立がんセンター東病院(柏)で行い、幸い転移はなく、予定では3週間、あるいは4週間の

 入院で遅くとも3月中には平常活動に近い所迄戻る事が出来ると思っていました。

 しかしながら予想もしない合併症が発生し、継続入院し点滴状態(30日間)のまま3月上旬に、

 合併症に対応する2度目の手術を実施しました。3月16日には一応退院をしましたが、

 かなりの重症で完治迄には早くて1年単位の期間が必要で、外出もままならず

 定期的に病院に行きチェックしながら、自宅療養の中で体力を付け、

 自然治癒を待たざるを得なくなりました。

 従って4月以降の予定はすべてキャンセルという事態になりました。

 表現は適切でないかも知れませんが、刑務所から出所はしたが、身体不自由者的内容の

 生活をせざるを得ず、自宅拘禁の状態です。

 

2:ドクターからのインフォームドコンセントでは可能性としては少ないが、合併症の話は事前にありました。

  しかしまさか自分がそれに該当するとは思いもよらず、合併症対応の2度目の手術と1年単位の

  療養期間が必要だと聞いた時にはショックで、「失意泰然」とはいかず、何故自分が可能性の薄い

  交通事故的な合併症を併発せざるを得なかったのか、何と不幸な人間なのか、先行きの不安と共に

  時々襲って来る痛みの中で、愚痴と挫折感の連続でした。

  良寛さんの「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。
  これはこれ災難をのがるる妙法にて候」

  の心境には程遠く、煩悩多き自分の弱さと修行の至らなさを痛感いたしました。

 

3:しかし、よくよく考えてみれば生死をさ迷う状態ではないし、私の苦しみは他の多くの人が味わっている

  更なる多くの種々の塗炭の苦しみからすればたいした事はないではないか。誰の人生にも挫折なり苦がある

  (今回は私の今迄の人生にとって最大だが)。この苦の節を逃げないでどう乗り越えるか、

  自分の魂を磨き成長する為に天が与えた試練ではないだろうかと思う様になってきている。

  

  釈迦は人間が悟りに導くための実践徳目として六波羅蜜を説いた。

  布施(与える)、持戒(自ら戒める)、忍辱(苦難に堪え忍ぶ)、精進(たゆまず努力する)、

  禅定(瞑想により精神を統一する)、智慧(以上の5つにより真理を見極め悟りを完成する)の6つである。

  その中で「お前はすべて至らないが、その中でも一番欠けている忍辱修行をしろ」との天の声ではないだろうかと。

  あくせく、くよくよ、いらいらしないでこの1年を如何に忍べるか、まさに真価が問われているのだと思っています。

 

4:それと私の人生は今迄退職後も含め、肩をいからせ闇雲に突っ走って来た人生ではなかっただろうか。

  少し立ち止まり、謙虚になって自分の心の耳を澄ませ見つめる絶好のチャンスではないだろうか。

  そして人生の下り坂をもっと楽しむ余裕を持つ必要があるのではないかと思う。

 

 それに、自分にもしもの事があったら必要な事を書き残しておかなくてはと、入院前に偶然購入した

 武石文子著のエンディングノート『大切な人に遺す自分のノート』(すばる舎)を

 この機会に完成したいと思っている。

 

5:辛い時は余計の事、多くの方から頂いた励ましの言葉が心底に響き、感動・感激しました。

  本当に有難うございました。

   そして私事にわたりますがが、入院中から始まり、この1年身体不自由者的な私に

   准看護師的な世話をかける妻の有難さに感謝しています。

最後に日頃は観念的にしか理解していなかった言葉が、辛い入院中に、本当に身に沁みて感じた

2つ言葉があります。

それは相田みつを氏と病院で毎日見ていたNHKの連続TVドラマの「芋、たこ、なんきん」

国村隼が扮する徳永健次郎の言葉です。

@相田みつを氏 「いのちの根」

 なみだをこらえて/かなしみにたえるとき/ぐちをいわずに/くるしみにたえるとき/

 いいわけしないで/だまって批判にたえるとき/いかりをおさえて/じっと屈辱にたえるとき

 /あなたの眼のいろが/ふかくなり/いのちの根が/ふかくなる

A「芋、たこ、なんきん」の国村隼が扮する徳永健次郎の言葉

 ええことも 悪いことも 両方あるねん

 表もある 裏もある 人生それでとんとんや

                              以 上

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46) 07/02月のメッセージ「銀行の競争力は顧客志向の徹底から」

2月に入りましたが、今年は冬らしくない比較的暖かい日々が続いております。

2月は、和風月名で如月(きさらぎ)と言いますが、そのいわれは諸説ある様です。

日本の歳時伝承により、代表的なものをあげると、

@二月はまだ寒さが残っており、衣を更に重ね着する月という意味で「きぬさらにき月」 と言い、短くなって「衣更着」となった。

A「草木張月」(くさきはりづき→きはりづき→きさらづき→きさらぎ)草木の芽の張り出す月だからこの名が付いた。

今年はAの「草木張月」要素が強い如月です。

  
今月のメッセージはやや趣向を変えて、日頃私が顧客対応に問題があると思っている銀行を

取り上げてみました。銀行に関係のある方もいらっしゃるので反論がおありになると思います。

ご意見頂ければ幸いです。

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                         清水秀男 拝

                   〒270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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  07/2月のメッセージ(第42号)
          「銀行の競争力は顧客志向の徹底から」

1:昨年、某大手都市銀行の窓口に用があり、閉店の午後3時少し前に行った時の事である。

 休日前の事もあり40人ぐらいの客が待っており、窓口が4つあったが、一人が窓口に10分ぐらい

 掛かっている状況からして1時間半強近く待たねばならないと思い、急な他の用事もあったので

 その間外に出て済ましたいと考え店内案内人にその旨告げた所、3時にシャッターを閉めるので

 一旦外に出ると入れないから、出ないでここで待つようにという。

そこで、支店長代理に特別にお願いして1時間の約束で外に出て何とか他の用を済ます事が

出来たが、何も言わなければ有効に時間を活用する事も出来ず待たされる羽目になる所であった。

この事実からみても銀行は顧客の顔が果たして見えているのだろうかと、日頃から不満に思って

いる個人客に対する銀行の業務について考えてみたい。

 

2:まず一つは銀行窓口の待ち時間は長く、リストラで店舗数が減った事もありそれに輪をかけている事。

 しかも待たせ方を見ると雑誌ぐらいが置いてある待合の様な所で番号カードを引きひたすら待つのが関の山。

 同じ待つなら楽しく待つ方法がないのだろうか。一方窓口業務のスピ−ドは旧態依然だし、窓口増設や

 ピーク時には臨時窓口を設け弾力的に対処する混雑緩和への工夫も伺われない。

 今年からの現金振込み10万円超が窓口限定になると混雑に一層拍車が掛かる事は目に見えている。

 機械化しているATM機の方を見ても長蛇の列。しかも振込み手数料は預金利息から見ると異常に高い。

 

3:次に営業時間を見ると、大半は午後3時迄だし土日祝祭日は休み。まず会社勤務の人は

 午後3時迄だと、資産運用や住宅ローンも含めた貸し出し等時間を要する業務の場合殆ど利用出来ない。

 資産運用や住宅ローン等は休日ゆっくりと家族と一緒に来店したいとのニーズもあるだろうに、土日祝祭日が

 休みではそれもかなわない。

従って、平日は、まず基本的に午後3時迄という閉店時間は5時迄にする事。又業務の内容によって

営業時間を変えるとか、曜日によっては時間を午後8時位まで延長するとか、休日は場所によって営業するとか、

予約制にするとか運用面で工夫する余地はあるのではないかと思われる。

岐阜県の地方銀行はバス等の移動型店舗を設け、店舗が少ない地域を転々と移動し顧客に様々なサービスを

提供していると聞く。これも一法であろう。

 

4:それと銀行の一般的経営体質として、言葉は悪いが金を預けさせてあげる、貸してあげるというという

 銀行本位のマインドがまだ残っている事。そして、旧大蔵省の弱小金融機関に足並みを揃え、

 過度の競争を避けて、金融機関全体の存続と利益を実質的に保証する「護送船団方式」の金融行政の影響が

 残っているため、まだまだ競争体質でなく横並び依存体質であり、目は顧客ではなくお上と自社内部に

 向けられている事に最大の問題がある。

 

5:銀行はサービス業である。自社内部の業務合理化はもっと抜本的に行い、営業体制、営業時間、窓口業務等を

 含め顧客志向を徹底した対策を打ち出すと共に、「貯蓄から投資へ」の流れの中、顧客への資産の効率化

 向けての質の高いサービス提供等は逆に人材をもっと投入して他社と差別化し、

 欧米銀行を含め徹底して互いに競い合い、競争力をつけて欲しい。

 さもなくば、再び公的資金投入にならないとも限らない。

そして、質の高いサービスによって得た利益は、まず顧客への更なるサービスの向上に回すべきである。

企業献金などは、顧客対応が出来た後の話である。 

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45) 07/1月のメッセージ(第41号) 想像してごらん。みんな平和に暮らしているのを

  明けましておめでとうございます。

  本年もよろしくご指導賜りますよう お願い申し上げます。

  メッセージと共にメールでの年賀のご挨拶お許し下さい。

  「新玉の春に念ず/世界が平和になる事を/尊き命に願いを込めて/

   柔らかな まるい心で/ただただ ひたむきに」

  『みな人のこころもまるくまんまるに どこもかしこもまるくまんまる』
               (木喰・・江戸時代の遊行僧・多くの仏像彫刻を残す)


              清水秀男 拝

            270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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07/1月のメッセージ(第41号)

   「想像してごらん。みんな平和に暮らしているのを

 

1:昨年のトリノオリンピックの開会式を覚えておられますか。ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコ

 登場し平和を広げよう」「11人が変える力を持っている」と訴え、

そして最後に「すべての人が平和に暮らすことを想像してみて」と今も歌い継がれる

レノンの名曲「イマジン」の一節で締めくくり、テロや紛争が絶えない世界へ、静かに、

力強く平和をアピールした事を。

そしてイギリスのロック歌手ピーター・ガブリエルが「イマジン」を歌うと、選手や観客が一緒に

口ずさんだ感動のシーンを。

 

「イマジン」 詞/ジョン・レノン(訳:新井満)

@想像してごらん 天国なんてないんだと/やってみれば かんたんだろう/

下に地獄もないんだ/上にはただ空がひろがっているだけ/

みんないまこの時を生きているのを・・

A想像してごらん 国境なんてないんだと/むつかしくないだろう/

殺したり死んだりする理由もないんだ/宗教もないんだ/

想像してごらん/みんな平和に暮らしているのを・・

       (中略)

B想像してごらん 財産なんてないんだと/君にできるかな/

欲ばったり飢えたりする必要もないんだ/みんな兄弟なんだから/

想像してごらん/みんなで世界を共有しているのを・・

C僕のことを夢追い人だと思うかもしれない/でも僕ひとりじゃないんだ/

君もいつの日か夢追い人になってくれ/そうすれば 世界はひとつになる

 

2:新年に当たりレノンの「イマジン」が何を訴えているかを、じっくり味わってみたいと思います。

 (私の勝手な独断的な意訳であることをお許し下さい)

 第一の歌詞は、天国とか地獄だとか人間が想像で作り出しただけの世界。そんなもの現実

 にありはしない。人はいろいろ言うがそんな幻想に振り回されてはいけない。あるのは息づいている自分が

 現実に立っている大地であり、山・川・海・空なのだ。過去もなく、未来もなく、今があるだけ。

 みんな今・ここ・自分に狙いを定めて自分に忠実に、一度しかない人生を100%燃焼して悔いなく生きようよ。

 

 第二の歌詞は、国境なんて人間が勝手に作った境界線に過ぎないさ。そんな境界線の為

 や、自分の信じる神様の為に、憎しみ合い、戦い、血を流し、殺し合っている。そんな馬鹿げた事やめようよ。

 怨みの報復は新たな報復を生むだけだよ。同じ地球上に縁あって住んでいる仲間ではないか。

 心を静め、清らかにして、心の壁を取っ払おう。みんなで手を取り合って助け合って平和な社会を創ろうよ。

 そして万人の故郷である地球をもっともっと大事にする事も忘れないで。

 宇宙飛行士のウィリアム・マックール氏NASAから送信してもらったレノンの「イマジン」を聞き乍ら、

 スペースシャトル・コロンビア号から地球を見て語った言葉が印象的だ。

 「私たちがいる周回軌道上という眺望のよい地点からは、国境がなく、平和と、美と、壮麗さに

  満ちた地球の姿が見えます。そして私たちは、人類が一つの全体となって、

  私たちがいま見ているように、国境のない世界を想像(イマジン)し、平和の中で一つになって

  生きるように努力することを祈ります」

 

第三の歌詞は、みんなこれは俺のもの、私のものと言い争い奪い合い、もっともっとと欲望を募らせ

 挙句の果てに戦争迄引き起こしている。一方、飢えで今日食べるものもなく苦しんだり、

 死んでいっている貧しい沢山の仲間がいる。

 自分の財産はその人にたまたま預けられていると考えるべきじゃないの。

 そして幸福って、喜びって奪い合うのではなく、分かち合うことにあるんではないのかな。

 世界中の人は言ってみれば地球家族。家族なら財産はみんなのもの。

 困った時には助け合い、譲り合って仲良く平和に暮らそうよ。

 

第四の歌詞は、みんなは私を理想主義者というかも知れないね。しかし理想を実現する為に

 みんな努力しているんじゃないの。理想がなくなったら命の躍動する社会の発展はないと思うよ。

 みんな手をつなぎ一緒になって、理想を追い求める仲間になろうよ。

 そうすればきっと世界は一つになり、平和な社会が実現できる事、請け合いだよ。

 

3:「イマジン」レノンの死後四分の一世紀以上経っても尚、色あせず歌い続けられいるのは何故か。

  それは冷戦後も各地でテロが頻発し、北朝鮮が核実験を強行し、イランやインドが核開発を継続していたり、

  又グローバリゼーション化による政治、経済、教育等の分極化、人種差別等の人権問題が多発する中で、

  「イマジン」の訴えているメッセージが、平和への説得力を持っているからだと思う。

  だからこそスポーツを通じて世界の平和をアッピール出来るトリノ五輪開会式で、オノ・ヨーコレノンの言葉で

  平和を訴え、「イマジン」が歌われたのだと思う。

新年に当たり、今一度「イマジン」のメッセージを世界中の一人ひとりがよくかみ締め、一歩でも半歩でも

実践に向けて歩みだし、今年こそ「暴力と報復ではなく寛容と和解を」を合言葉に、

平和な社会へ向けてステップアップ出来る年としたいものと思います。

「弱きにも 強きにも いのちあるものにつるぎを加えず 自らも殺さず 他をも殺さしめず

 我、かかる人を バラモン(智慧ある人)と呼ばん」(法句経405)

(参考)

 John Lennon Museum

  さいたま市中央区新都心8番地 さいたまスーパーアリーナ内

  電話:048-601-0009   

http://www.taisei.co.jp/museum/
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44) 06/12月のメッセージ(第40号) 「善人と悪人」

いよいよ今年も幕が閉じます。いつも12月を迎えると思い出す禅語があります。

それは「看看臘月尽(みよみよ ろうげつ つく)」です。

『見る見るうちに12月になり、今年も過ぎ去ってしまうぞ。

 一瞬一瞬を大切に納得のいく 日暮をして来たのか。

グズグズしていると「命」が尽きてしまうぞ』

との厳しいお達しです。猛省あるのみです。

今年も大変お世話になりました。有難く厚く御礼申し上げます。

来年もお導きの程、よろしくお願い申し上げます。

12月のメッセージお送りします。これも1年の反省をこめて「善人と悪人」についてにいたしました。

                        清水秀男 拝

              270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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   06/12月のメッセージ(第40号) 「善人と悪人」

1:昔聞いた話の中に次の様な話があったのを思い出しました。

ある所に隣り合わせの2軒の家があり、その1軒には子供のない中年の夫婦が住み、

些細な事で口汚く罵り合い、夫婦喧嘩が絶えなかった。

隣のもう1軒の家は、若夫婦と子供が2人、更にお姑さんもいる大所帯ですが、

その家からは未だ喧嘩の声は聞こえた事がなく、いつもニコニコして幸せそうな様子であった。

不思議に思った中年の夫婦は、ある時、隣の家に行って若主人にその秘訣を聞いた。

答えは「あなたのお家に夫婦喧嘩が絶えないのはお2人共“善人”だからです。

私の所に喧嘩がないのは、みんなが“悪人”揃いだからです」

 

中年の夫婦は常識とは正反対の答えに驚き、更にその訳を尋ねた。

そこで、若主人が具体的例をあげて答えた内容とは・・・・

「仮に私が座敷の真ん中に出してあった湯のみ茶碗に気付かないで、うっかり足に

引っ掛けてこぼしたので、『私が、不注意で悪かった』と謝ると、

私の家内が『いやあなたが悪いのではありません。早く片付けなかった私が悪いのです』と言う。

すると私の母が傍から口を出し、『いやいや年寄りの私が傍にいながら注意してやらなかった

私の過ちなんだよ』と申します。

みんなが進んで悪者になろうとするので、これでは喧嘩をしようにも出来ないのです」と

 

2:出来すぎた話ではあるが、ここに教えられる一つの真理がありはしないでしょうか。

 この場合の、善人及び悪人とは何を意味しているのでしょうか。常識的倫理観であれば、

 善人揃いの家庭なら円満であり、悪人揃いの家庭なら喧嘩の連続から崩壊してしまう筈です。

何故、善人揃いの家庭に争いが起こり、悪人揃いの家庭が平和なのでしょうか。

 中年夫婦に喧嘩が絶えないのは、私の経験から類推すると、自分のエゴに基づいた

正邪(善悪)の価値基準を互いに勝手に設け、自分は常に絶対正しく、悪いのは相手であるとの

思い込み、自己本位の主張のぶつけ合いから生じる。しかも頑固にして決して譲り合う事がなく、

遂には感情も高じて冷静さを失い、相手の心身を傷つける羽目にもなるのではないでしょうか。

その結果自分自身が傷ついているのも知らないで・・・

  一方隣りの大家族の皆さんは自分を冷静にみつめ、自分は煩悩多く、罪深く、かつ不完全な

人間であり、条件さえ整えばどんな悪行をしでかすかも知れない愚昧な不逞の輩であるという事を気づき認識している。

だから、みんなが進んで悪人である事を謙虚に告白し、常に相手の立場に立って発言し行動している。

従ってそこでは争いは起きず平和な家庭が構築出来る事を示していると思われます。

 

 要約すれば、善人とは、「自己の本性(罪業性)に気づかず、得手勝手に設定した

自己中心的な善に固執し、それを相手に押し付ける独善的な人」。

一方悪人とは、「自分は罪深く、罪を犯さずには生きていけない愚かな人間である事を

深く認識している人」と言えるのではないでしょうか。

3:この物語の悪人・善人論を反芻した時、浄土真宗の開祖、親鸞が弟子唯円に語った

 『歎異抄』の中のハイライトの一節、「善人なほもて往生をとぐ。いはんや悪人をや」

 悪人・善人の考え方にまさに符号するものと言えます。

 親鸞の救済思想の中心は「悪人正機(悪人救済)」説であり、親鸞の悪人とは

 世間で言う法律的・倫理的な意味でなく、宗教的な立場で考えられる悪人であり、

 自分の力で浄土に往生して仏になれない人であり、煩悩を備え、罪深い凡夫であって、

 本願他力に頼らざるを得ないという自覚のある人だと言っています。

 一方善人は「自力作善のひと(自分が正しく、自分が善人で、自力で救われると考えている人)」と

 『歎異抄』の中で表現されています。

 そして善人が往生するには、自力のこころを打破って、自力作善の自分に気づき、

 徹底して悪人の自覚にたたなければならないと示されています。

 まさに悪人救済説です。

 

4:昔話の善人・悪人の話及び親鸞の悪人救済説は、善人面をして自分だけが正しいという意識のみ強く、

 自己本位で自分の事を棚にあげて他人の非をあげつらう傾向のある人々に対し警鐘を鳴らし、

 人間はどんな人でも不完全なのであり、縁が熟せば何をしでかすか分らない愚かさを持った悪人である事を

 深く自覚する事がすべての出発点である事を教えていると思います。

 

 学校・家庭教育も「善人」を中心とした知識を高める教育だけでなく、「悪人」教育こそ必要であり、

 自分のいたらなさに気づき、他人の痛みを自分の痛みとして受けとめる感受性を高める教育、

 それが慈悲と智慧を備え、個性溢れた、奥行きのある幅広い心を持った人間を養成する要諦だと思われてなりません。

 

今年1年、目を覆いたくなる様な事件が続発し、世界各地で悲惨な戦争も続いています。

来年が平和で佳い年である事を祈って、自分の反省をこめ、

昔話の中で、隣の大所帯の若主人がいみじくも言った象徴的な言葉を味わいながら、

今年のメッセージを締めくくりたいと思います。

「みんなが進んで悪者になろうとするので、これでは喧嘩をしようにも出来ないのです」

                                                以 上 (2006.12.10)

                                          目次へ戻る
                                          
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43)「正法について」
                                 清水秀男

1:はじめに

まず最初に正法の定義について考えてみたい。『仏教語辞典』(中村元編)から抽出して

みると次の通りである。

 @正しい理法。正しい真理。

 A正しい真理の教え。真実の教え。仏の教え。仏教。妙法。

 B教えが正しく世に行われる期間。正法・像法・末法の三時説のうちの正法のこと。

  教説(教)とその実践(行)とその結果としてのさとり(証)とが正しく具わって、

釈尊の教えが完全に行われる時代。その時限として一般には五百年説が用いられる。

 今回の論述では、正法とは釈尊が説いた教えがあり、衆生がその教えにより正しい修行をし、

その修行の結果正しいさとりが得られていることを指すと定義することにしたい。

従って、まず初めに釈尊が説いた教えについて概観し、次にその教えを身得・心得する

ための修行とさとりについて述べる事とする。そして最後に偉大なる仏教者「道元」は、

正法をどの様に捉えていたか、三時の考え方も含めて考察してみたい。

2:釈尊の教えについて

  教とは、釈尊が衆生を化益するために説いた言葉であり、具体的には釈尊が菩提樹下で

さとられた「これあればかれあり、これ生ずるが故にかれ生ず、これなければかれなし、

これ滅するが故にかれ滅す」に代表される縁起観に基づき、初転法輪において五比丘の

ために説かれた四諦、八正道である。そして後に仏法の根本特徴としてまとめられたの

が三法印(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静:四法印の場合はこれに一切皆苦を加える)

である。そしてこれら根底にある実践の中心思想は中道であると言える。四諦、八正道

と中道について簡単に素描してみよう。

@四諦・・人生を苦とし、苦の原因、苦のない理想の状態、理想への道を説く

 イ:苦諦(苦果)・・迷いの状態にある凡夫の苦悩

  生・老・病・死・怨憎会・愛別離・求不得・五取蘊の八つが苦である。

 ロ:集諦(苦因)・・苦悩の原因・理由

  悦楽を求めてやまない渇愛が苦の原因である。渇愛の根本には無明がある。そして

  渇愛には、貪欲・瞋恚・愚痴をはじめとするすべての煩悩を含む。

 ハ:滅諦・・さとりの状態

  あらゆる渇愛・煩悩・執着が滅した自由無碍の状態、涅槃の状態を言う。

 ニ:道諦・・さとりへの手段・方法

  滅諦であるさとりの状態に到達するため、渇愛・煩悩・執着を滅除するための修行

  の手段・方法。それが八正道である。

A八正道

 イ:正見・・正しい見解、信仰

  縁起や四諦の道理を正しく知り、正しく信ずる智慧を言う。

 ロ:正思惟・・正しい意思、決意

  個々の実践の場合の正しい思念、正しい決意、正しい意思作用を言う。

 ハ:正語・・正しい言語的作用

  正思惟の後に生ずる正しい言語的作用であり、具体的には妄語・悪口・両舌・綺語

  を離れ真実を語る事。

 ニ:正業・・正しい身体的行為

正思惟の後に生ずる正しい身体的行為であり、具体的には殺生・偸盗・邪淫を離れ、

生物愛護、施与慈善、性道徳を守る等の善行をなす事。

  ホ:正命・・正しい生活法

   正しい職業によって、規則正しい生活をする事。

  ヘ:正精進・・正しい努力、勇気

   勇気を持って、理想に向かって正しく努力する事。四正勤の事とされる。

  ト:正念・・正しい意識、注意

   正しい意識を持ち、無常・無我・苦等を常に念頭において忘れない事。

四念処の事とされる。

  チ:正定・・正しい精神統一

   正しい智慧を得るべく、心を静め、精神を統一する事。釈尊がさとりを完成したの

もこの正定(禅定)によってである。四禅定の事とされる。

  これら八正道の一つひとつは個々独立して存在するのでなく、聖道として一体となっ

  て有機的につながりあっている。

 B中道

  「如来所説」(相応部経典、5611)に釈尊の中道に対する明確な言明がある。

  「比丘たちよ、出家した者は、二つの極端に親しみ近づいてはならない。その二つと

   は何か。もろもろの欲望にひたすら愛着するは、下劣である。卑しい。凡夫の所行

であって、聖にあらず。かつ無益である。また、みずから苦行をこととするは、た

だ苦しく、聖ではない。かつ無益である。比丘たちよ、わたしはこの二つの極端を

すてて、中道を悟った。それは眼をひらき、智を生じ、寂静と証智と等覚と涅槃に

役立つ。比丘たちよ、ではわたしの悟り得た、智を生じ、寂静と証智と等覚と涅槃

に役立つ中道とは何か。それは聖なる八支の道である。いわく、正見、正思、正語、

正業、正命、正精進、正念、正定である。比丘たちよ、それがわたしの悟り得た中

道であって、眼をひらき、智を生じ、寂静と証智と等覚と涅槃に役立つ」

釈尊は菩提樹下で、目覚め、さとり、寂静と涅槃の境地をようやく得る事が出来た。

それは、生を受けて出家する迄の欲望に任せた生活と出家してからの厳しい苦行生活の

両極端の片寄った生活を捨てたためである。それは「中道」という立場の実践論だった。

それを具体的に展開すれば八正道であると明言している。従って八正道の正とは相互に

矛盾する二つの極端な立場からも離れた自由な立場、中道であると言う事が出来る。

 3:修行とさとりについて

  釈尊の教えに基いて実践修道する事が修行であり、原始経典には多くの修行道が説かれている。

これは釈尊が相手の性格や機根に合わせて対機説法されたからで、八万四千の法門とも言われている。

その代表的な実践論を部派仏教で三十七菩提分法としてまとめた七種類の修道説(四念処、四正勤、四神足、五根、五力、七覚支、八正道)があるが、

八正道がその代表的なものと言える。又、すべての修行道を戒・定・慧の三学にまとめる事が出来る。

しかしこの三つは有機的に不即不離であり、修行における身心の状態を三つの側面から見たものである。

各々について簡単にみる事にする。

@     戒・・身心を調整しよい習慣をつける事。身・口・意の三悪を止め(止持戒)、善を修する(作持戒)事。

八正道では、正語、正業、正命、正精進がこれに当たる。

A定・・戒によってよい習慣をつけ、調身・調息・調心で身心を調整すると禅定に入る前提が出来る。

そして心静かに瞑想し精神を統一し、真理を観察し、禅定を修めていく事。

八正道では正念、正定、正精進がこれに当たる。

  B慧・・禅定によって諸法実相の真理を観察し、正しい智慧(さとり)が得られる。

    その獲得した智慧によって、仏国土建設のための実践活動をする事。

    八正道では正見、正思惟、正精進がこれに当たる。

以上述べた様に釈尊の教えがあり、その教えに基づき修行が行われ、その修行によってさとりを獲得し、

そのさとりに基づき仏国土建設のための実践活動が行われている事、これがまさに正法が流布し、

実践されている社会ではないだろうか。

4:道元の正法について

 1)道元の正伝の仏法

道元の正法観については以下の言葉に明確に示されている。

「佛佛祖祖正伝正法、唯打坐而已」(『永平広録』第四)

  「諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術あり。

   これただ、ほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは、すなわち自受用三昧、その

標準なり。この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせり、この法は、人人の分上

にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるには

うることなし」(『正法眼蔵』「弁道話」)

  「仏法を伝授することは、かならず証契の人をその宗師とすべし。文字をかぞふる学者

をもて、その導師とするにたらず、一盲の衆盲をひかんがごとし」

(『正法眼蔵』「弁道話」)

  「仏法を住持せし諸祖ならびに諸仏、ともに自受用三昧に端坐依行するを、その開悟

   のまさしきみちとせり。西天東地、さとりをえし人、その風にしたがへり。これ師

資ひそかに妙術を正伝し、真訣を禀持せしによりてなり。宗門の正伝にいはく、

この単伝正直の仏法は、最上のなかに最上なり。参見智識のはじめより、さらに焼香、

礼拝、念仏、修懴、看経をもちひず、ただし打坐して身心脱落することをえよ」

(『正法眼蔵』「弁道話」)

     即ち、正伝の仏法は端坐参禅であり、その妙術の中に釈尊が自らさとった法楽を自ら

  受用する境界があり、それを標準として釈尊以来、諸仏如来の妙法が仏から仏へと脈々

と相伝されているのだ。しかもその妙法は元々すべての人に豊かに具わっているもの

だが、正師の教えに従って坐禅弁道しなければ、具体的に現れてこないし、各人の

さとりも正師の証に適わなければ各人のものにならない。その正師は文字の学者を導

師しては駄目だ。それは盲人によって導かれる様なものだ。伝法は真の正師による面

授嗣法によらねばならない事を語っている。

そしてこの妙なる仏法は極上中の極上の教えである。正師について学び始めた時から

焼香、礼拝、念仏、懺悔、読経を用いる事なく、ひたすら坐禅弁道して身心脱落する

事に努めなさいと言い、坐禅弁道による身心脱落の必要性を説いている。

道元は正師如浄の厳しい指導の下、坐禅弁道により身心脱落による体験を得た。

それを如浄に証契してもらった。それによって道元は、釈尊以来の正法を受け継いだ

「伝法沙門」であると自らの立場を強く表明しているのではないかと思う。

そして道元は、釈尊の法の根源は、菩提樹下において、金剛座に坐禅し、明星を見て

悟道し、我と大地有情と同時に成道した事に存在し、坐禅により成道した事を重要視

している。(『永平広録』第三)

 2)道元の仏法における教・行・証

  道元は仏法における教・行・証についてどの様な見解を持っているのであろうか。

  「所謂仏家の為体は宗・説・行一等なり、一如なり、宗は証なり、説は教なり、行は

   修なり。(中略)当に知るべし、仏法は初中後一なり、初中後、善なり、初中後、

   無なり。初中後、空なり」(『永平広録』第八)

  以上の様に道元は仏法の基本的あり方として、宗・説・行即ち教・行・証を認め、

     それらは一等・一如であり、仏法における初めも中間も終わりも一つであり、

それは、善であり無であり空であると説くのである。

衛藤即應先生は、教・行・証一等なるも、直証菩提の直接の働きは行(坐禅)でなければならないとして、

次の様に述べておられる。

「教学の立場からは、教法に依って行を起し証に導かるる、所謂教行証の順序が立つのである。

(中略)直証菩提を本源とする正伝の仏法は、教から行へ進むのではなく、証が行に現はれ教に進み、

教は行の体験に依って証に導かるるという順序にならなければならぬ。されば直証菩提の

直接の働きは行でなければならぬ。(中略)教行証一等が正伝の仏法の根本の立場であるから、

証が証果として、修行の目標として前方に在るのではなく、行に於て現成せる証である。

そこで不染汚の行としての坐禅が中心となって、坐禅を生命とする仏法が正伝の仏法となるのである」

(『宗祖としての道元禅師』)

 3)道元の末法思想に関する考え方

  道元は三時の考え方について、次の様に明確に表明し否定している。

  「大乗実教には、正・像・末法をわくことなし、修すればみな得道すといふ。いはん  

    やこの単伝の正法には、入法出身、おなじく自家の財珍を受用するなり。証の得否

   は、修せんものおのづからしらんこと、用水の人の、冷暖をみずからわきまふるが

ごとし」(『正法眼蔵』「弁道話」)

   鎌倉時代は、末法の時代に入っており、法然、親鸞、日蓮、栄西等の鎌倉新仏教の開

祖は、すべて末法思想を前提として、それに適応した教えを打ち出した。しかし、道

元は言う。大乗の真実の教えでは正法・像法・末法の分類はしていない。修行すれば

誰でも道を得る事が出来る。ましておや正法の坐禅では三時の考え方はない。終始一

貫坐禅によって本来の自己に親しむ修行である。修行しないものには分かる筈もない。

それは冷暖は自知しなければ冷暖の何たるかが分からないのと同じだとし、末法思想

を否定している。私は三時の考え方は、釈尊も同様になかったのではないかと思う。

5:おわりに

今回は正法の表面的素描に終わり、正法の観点から、現代社会及び宗教界を分析し、問

 題点を浮彫りにし、処方箋を示す迄に到らなかった。これらについては、常に問題意識

として持ちながら、別の機会に論をあらためる事としたい。

 各人一人ひとりが、正法を常に立ち帰る心の故郷として強く意識し、そして正法をまず

 足下から実践し、平和な仏国土建設の理想に向かって連帯し、継続していく事を希いな

がら筆を擱く。
                                 以上 (2006.11.05)

(参考文献)

 @水野弘元著『仏教要語の基礎知識』『仏教の基礎知識』共に1975年、春秋社

 A増谷文雄著『仏教概論』昭和40年、筑摩書房

 B『道元思想大系13「思想篇第7巻―道元思想研究各論2―」1995年、同朋社出版、

所収 柴田道賢「道元の思想・信仰」

 C衛藤即應著『宗祖としての道元禅師』昭和35年、岩波書店

 D澤木興道著『澤木興道全集 第18巻』「正法眼蔵弁道話」昭和51年、大法輪閣

 E今枝愛眞著『道元』昭和52年、日本放送出版協会 NHKブックス255

                               以上(2006.11.05)
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42)06/11月メッセージ

 霜月に入り、今年も後2ケ月を残すのみとなりました。1ケ月のご無沙汰ですが、 お元気の事と拝察いたします。

今年3回目になりますが、今月のメッセージは企業広告の言葉から印象に残った内容・を次の老子の言葉と共にお送りしたいと存じます。

「重たさのこもった軽さでなければならぬ。静かさをたたえた動きでなければならぬ」

      清水秀男 拝

270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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06/11月のメッセージ(第39号)

 「原料探しは、人探し」

1:今月は全国紙の一面に掲載された企業広告の中の言葉から心に響いたものを取り上げる事にしたいと思います。

   この企業は熊本県に本社のある再春館製薬所で、人間が本来持っている自然治癒力・自己回復力を最大限に引き出す事を目指し、

 漢方処方の医薬品や天然由来の原料を使った基礎化粧品を主製品としているユニークな会社です。

   その中で興味を惹かれたのは「原料探しは、人探し」という言葉です。

   この言葉は、この会社の研究開発担当者が基本としている理念で、彼は目標とする製品開発を目指し、

   納得いく原料を求めて栽培している現地迄直接出かけて行き、品質もさることながら、まず栽培している人と直に会い、

 ものづくりにかける思い・哲学及び意欲と熱意を聞き、真に共感・共鳴した人の原料を採用すると言う。

   しばし彼の言葉に追ってみましょう。

 

2:「いい原料ってなんだろう。考えれば考えるほど、最後は、原料をつくる「人」に行き着くんです」

「原料の品質と、それが栽培されている環境や栽培方法を自分の目で確かめるのはもちろん、生産者の方々に

 お会いして、その人となりにふれ、ものづくりにかける想いまでお聞きすることが、一番大切だと考えているんです」

「原料探しって、ほんと、人探しなんですよ。品質のよさは、もちろん重要です。でも自分が惚れ込んだ人がつくった原料でなければ、

 お客さまに心から満足していただける製品をつくる自信は、ありません」

 

そして最後にこの記事はこう結んでいます。

  “もっといい原料、もっと安心できる原料、そして、その原料をつくる「人」探しの旅は、限りなくつづく”

 

3:私はこの記事を読んで、ものづくりの重要なポイントの一つである原料選択に際しては、当然の事ながら 品質をクリアした上で、

    最後に行き着く所は、それをつくっている人の心が本物であるかどうかに掛かっている事をあらためて認識した次第です。

昨今、製品づくりのトップメーカーと言われ、世界をリードして来た電気製品メーカーや自動車メーカーの製品トラブルに

伴う種々の事件をみた時に、原料、部品及び中間製品の段階迄、眼と心が果たして隅々迄行き届いているのであろうかと疑いと不安がよぎる。

 

4:最近日本企業は中国とかインド東南アジアに製造機能を移転している場合が多い。国内においても

    OEM相手先ブランドで販売される製品を製造する事)は常態化し、その他総務、人事、経理その他各部門での

   定型作業機能は専門企業にアウトソーシング(業務委託)している。

   その場合、コストパーフォーマンスの観点からのみの選択であれば、長い目で見るとそのマイナスのつけが

   ブーメラン効果として当該企業に帰ってくる事は必定である。

    「原料探しは、人探し」の精神で、委託する会社の経営者の方々が理念と信念と行動力に満ちあふれ、

     しかも中庸と情け深さを持った信頼に足る「真人」であるかを充分見極める事。

     そして上から下迄心の通った交流関係の持続が前提であると思う。

 

5:リコーの浜田広元会長「人」の重要性について次の様に言われる。“よくヒト、モノ、カネ、情報を並べて

   経営の四大資源などというがおかしい。ヒトは目的語ではなく主語である。常に『ヒトがモノ、カネ、情報の三大資源を』と

   ならなけねばならない。ヒトは別格であり主役である“と。

   そしてこの場合ヒトとは従業員だけでなく、お客様、株主、取引先、社会の人々すべてのヒトが含まれています。

   そしてこの考え方は国家を含め公私を問わず、すべての組織に共通していえる事ではないかと思う。

 

私は約40年前、以前勤務していた企業の採用試験面接の折、経営幹部の方の前で「企業は人である」

大言壮語した記憶がある。その後貧困ではあるが種々の人生経験をしてみて、この思いは益々強くなっている。

そして更に「人生は人である」という思いに昇華しつつある今日この頃である。  
                                                   ( 2006.11.01 )

                                            目次へ戻る
                                       
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41)06/10月メッセージ

     「Not doingbut being」(何かをする事ではない、その人と共にそこにいる事だ)

いよいよ10月秋本番。お元気でお過ごしの事と存じます。

今年の中秋の名月は10月6日です。西行は秋の月を次の様に愛でています。

「わづかなる庭の小草の白露を もとめて宿る秋の夜の月」

ほんの小さな庭の小草についた白露の一つぶ一つぶにも、秋の月は

 ありのまま(如実)に宿り、きらきらと輝いているとでも訳しておきましょうか。

10月6日は、天上の月と共に、私の家の小さな庭の草の露の名月を愛で、

至福の時を持ちたいものです。晴天を祈るのみです。

10月のメッセージお届けします。

清水秀男 拝

270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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06/10月のメッセージ(第38号)

「Not doingbut being」(何かをする事ではない、その人と共にそこにいる事だ)

「ケア」という言葉は、医療・介護・福祉の分野でよく使われている言葉である。

それではケアとは本来何だろうかと考えていた時、アメリカの哲学者ミルトン・メイヤロフの名著

『ケアの本質』に接する機会を得た。メイヤロフは「ケア」を次の様に定義している。

「一人の人格をケアするとは、最も深い意味で、その人が成長すること、自己実現するこ

 とをたすけることである」。そして更に言う。

「私は、自分自身を実現するために相手の成長をたすけようと試みるのではなく、相手の

成長をたすけること、そのことによってこそ私は自分自身を実現するのである」と。

私はこのメイヤロフの言葉に接し、目から鱗が落ちる感と共に次の三つの思いを持った。

 

T:まず、医療・介護分野の日本の現状を考える時、最先端の科学に基いた近代医学としての

    キュア(治療)行為は行われているかも知れないが、メイヤロフ「ケア」の思想に基づいた

   医療・介護行為がどれだけ実践されているだろうかとの思いである。

   立派に対応しておられる医療・介護者も数多くおられるので、あくまで一般論として

   私の拙い経験からする問題提起として、お聞き願えれば幸いである。間違いがあればご指摘下さい。

 

@医療行為とは、まず最初に問診等を通じて患者との対話が充分に行われなくてはならないと思う。

  しかし現実には、問診もそこそこにMRIや超音波や放射線診断等から始め、数値至上主義で

  しかも対症療法的な処置がされる場合が多いのではないか。患者がその数値に到る背景には

 患者の人生に刻まれた長く・深い歴史がある筈である。そこを解明する事で、もっと適確で

 むしろ効率的な治療が実現するのではないか。まず患者の心を開き、聞いてあげる事が

 重要ではないか。従って「問診」より「聞診」の表現の方が適切ではないだろうかと思う。

 

A患者に対する医療関係者(医者、検査技師、看護師等)の態度である。病んでいる患者を

 一人の命ある人間として扱うのではなく、一段高い所から物的存在として扱う様な言動は

 ないであろうか。これによって患者は病んでいる事に加え、更に傷つく事が多いと思う。

 是非同じ目線に立った行動をお願いしたい。

 

B全般的に医者は攻める治療即ちキュアをして限界点が来て手の打ちようがなくなったら

 自分の使命は終わったとギブアップし、病室にも訪れない場合が多い様である。

 患者は益々不安のどん底に突き落とされてしまう。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實先生

 患者の不安と孤独を支える考え方の基本について次の様に言われている、

 “聞いてあげる事”そして“共に居てあげる事”だと。

 これと同種の言葉としてホスピス運動の創始者と言われるD.C.サンダース次の言葉は思うに名言である。

 「Not doingbut being」(何かをする事ではなく、その人と共にそこにいる事だ)

 私はこれらのケアの実践が患者の自己実現を助け、残された人生を充実して全う出来る様になる。

 そして一方、その家族も癒されると共に、ケアをしている医療・介護関係者も同時に

 癒され成長するという、素晴らしい自他の善の循環が形成されるのではないか

 

C医療・介護行為は、身心二元論をベースとする自然科学ではなく、あくまで身心不二な

 人間を対象にする全人的な人間科学であり人間不在であってはならないと、切に思う。

 

U:次にメイヤロフの言葉で思い浮かんだ事は、仏教の利他行の基本的教えである

「四摂法」(シショウボウ)(人々をひきつけ救うための四つの徳)である。

それは @布施、 A愛語、 B利行(リギョウ)、 C同事(ドウジ) の四つである。

@布施・・人に物や真心を与える事。そして大切な事は、与える事によって、何かの見返りがあるかどうかを

      期待しない事、無償の心が必要。  

A愛語・・慈愛の心を起こし柔和な顔とやさしい眼をもって、「赤子を慈しむ」様に人に接し、

     やさしい気持ちを言葉で表わす事偉大な仏教者道元禅師は言われる

      「愛語は慈愛の心から発し、愛の心は慈しむ心を種子とするのである。

慈愛の言葉にはよく天をも回転させる力がある事を学ばねばならない」と。

B利行・・まず自分の幸せは後にして、人の幸せを優先する事。この点について道元禅師は、

      「一般の人は、他人の利益を先にすれば自分の利益は失われると思うかも知れない。

      しかしそうではないのである。利行は全体を包む真理であり、

      もれなくすべて自分も他人も利益があるのであると言われ、更に素晴らしいのは

      「こうした利行の心を得たならば、人のみならず草や木、山や川にも利行の心が働きだして

      変わる事はなく、その人は自然によって利益を受け取る事になる」と。

C同事・・直訳すると、自分と他人との区別をしないという事になるが、

      私はこの事は、人と共に生きる。共苦・共悲・共楽の考え方であると理解している。

以上からして「ケア」とは、まさに「四摂法」の実践であり、メイヤロフの言葉と共に、

多くの人に是非理解して欲しい教えであると思っている。

   

V:三つ目の気づきは、「ケア」の考え方は、当然の事ながら、日常生活において人と人とが接していく上で

  まさに肝要な基本的態度であると、あらためて気づかされた事である。

 医者・看護師・介護師と患者だけの問題ではない。親と子、先生と生徒、夫婦、上司と部下、女性と男性、

 セールスマンとカスタマー、ひいては企業と企業や国と国との間での人間関係を円滑かつ平和的・創造的に

 構築していく等、あらゆる分野で適用可能な基本的な考え方であり、

 現実の世を見た場合一番欠けている事ではないだろうか。

 そして、「ケア」の考え方は、人と人との関係だけでなく、人と他の生き物、人と自然・環境にも、

 応用するべきであると思う。

 同時に、如何に今迄の私が、このケアの考え方から遠い生活であったかという事も深く反省させられた次第である。

 「私は他をケアしている。ゆえに私は真に存在している」と本当に実感出来る様になる

 迄徹底する事を、この機会に反省を含め誓願せねばと思っている。

                                       (2006.10.02)
                                               目次へ戻る


40)06/09月メッセージ

    なすことの一つ一つがたのしくて 命がけなり遊ぶ子供ら

中秋の名月の時分になると思い出す事がある。それは、病を得た道元禅師が療養の為、

永平寺から京都の俗弟子覚念の邸宅に移り、そこで中秋の名月を観て詠んだ和歌である。

「また見んと おもいし時の秋だにも 今宵の月にねられやはする」

自分の死期が間近である事を悟った道元が、今年も中秋の名月を観る事が出来た喜びと

感謝と興奮を赤裸々に表現している。まさに人間道元を見る思いである。

今年の中秋の名月は9月ではなく、10月6日の様であるが道元のこの和歌に思いをこめ、

深く、静かに鑑賞しようと思っている。9月のメッセージお送りいたします。

清水秀男 拝

270-1175  千葉県我孫子市青山台1−7−15

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06/9月のメッセージ(第37号)

なすことの一つ一つがたのしくて 命がけなり遊ぶ子供ら

1:平成13年に88歳で旅立った父の資料を整理していたら、滋賀県坂田郡山東町長岡

西福禅寺(近畿楽寿観音霊場第30番札所)発行の「ぼけたらあかん長生きしなされ」

書かれたパンフレットが出て来た。豊かな老後を約束するために、観音さまの信仰を

高める事が必要と各寺院に観音像を設置し、近畿楽寿観音33ヶ所霊場会が組織され

ておりその一つが西福禅寺の様である。年を取ったものがボケずに長生きするための戒めが、

大きく分けて6項目、関西弁で書かれている。印象に残ったので列挙してみます。

 

2:@年を取ったら出しゃばらず憎まれ口に 泣き言に 人のかげ口 愚痴いわず 他人のこと

   は褒めなされ聞かれりゃ教えてあげてでも 知ってることも知らんふり いつでも阿呆でいるこっちゃ

A勝ったらあかん負けなはれ いずれお世話になる身なら 若いもんには花もたせ一歩さ

がってゆずるのが 円満にいくコツですわ どんなときでも「へえおおきに」

 

Bお金の欲をすてなはれ なんぼゼニかねあってでも 死んだら持っていけまへん「あの人

 はえゝ人やった」 そないに人から言われるよう 生きてるうちにバラまいて山ほど徳を積みなはれ

 

Cというのはそれは表向き ほんまはゼニを離さずに 死ぬまでしっかり持ってなはれお金

 があるから大事にし みんながベンチャラいうてくれる 内緒やけどほんまだっせ

 

D昔のことはみな忘れ 自慢ばなしはしなはんな わしらの時代はもう過ぎたなんぼ頑張

 力んでも 体がいうことききまへん あんたはえらい わしゃあかんそんな気持ちでおりなはれ

 

  Eわが子に孫に世間さまどなたからも慕われる えゝ年寄りになりなはれ ボケたらあかん

そのために 頭の洗濯生きがいに 何か一つの趣味もって せいぜい長生きしなはれや

 

3:「出しゃばらず、人のことをあげつらわず褒め、知識をひけらさず、阿呆になる事」

「負けるが勝ちと、若い人には花持たせ、謙虚にそして常に感謝の心を持っ事」

「昔話や自慢話はしない事。そして相手をたてる事」

「慕われる老人になる事。そして長生きのコツは、一つの趣味を持ってそれを生きがいに、

脳をいつも刺激し、リフレッシュする事」

  ここ迄は、以前第10号にも書いた良寛さんの「戒語」に近い内容がちりばめられており、

成る程と肯かされる点が多い。

 

4:一方、お金の事になるとお金にうるさい関西人らしく、建前と本音が述べられている点が

  興味深い。「お金の欲は捨てる事。墓場迄持っていけない。大いに人々に布施をし、

   精々功徳を積む事」と建前を言っておきながら、「お金は死ぬ迄肌身離さず持つ事が大事。

   それが人から大事にされるコツである」と本音を漏らしている。

   私は、建前と本音の両方とも真理であり、要はホドホド(中庸)が肝要である事を

  教えていると解釈している。

 

5:以上6項目はボケずに長生きのために貴重な必要不可欠な事なので、人生の杖としていきたいが、