豊徳園おとぎ村

権現山とお坊さん

     第3話  谷間越え

さて、権現山の中ほどまで登ったあたりだろうか、

先頭を歩いていた甚平さんが

「アーッ」といきなり大声を上げた。

甚平さんが高くかざしたたいまつの前の方を見ると、

深い谷間が口を開いて、

甚平さんたちが登って行こうとする道をたち切っていた。

暗い谷底からは、どーどーと勢いのある流れの音がひびいてくる。

この谷間には、日頃は大きな木を切ってわたした橋がかかっているのだが、

それが見えない。

「先だっての大雨の時の水で流されたらしい。」

甚平さんはすぐにその橋がなくなった理由がわかった。

「しかし、この橋がないと、向こう岸へわたれないんじゃ。

向こう岸へわたれないということは、吹野ヶ原へ行けんのじゃ。」

甚平さんは、お坊さんに申しわけなさそうに説明した。

お坊さんは

「川の中を渡るわけにはいかんかの。」

と案を出したが

「ほら聞こえるじゃろう。

あの流れの音じゃあ、みんな流されてしまうで。」

甚平さんは泣き出しそうな顔になった。

するとお坊さんは甚平さんに問うた。

「甚平さん、谷の幅はどれくらいじゃ。」

「そうじゃのォ。お坊さんの身の丈の五倍かの。

いや、十倍近くはあるかのォ。」

甚平さんは谷とお坊さんを交互にたいまつで照らしながら答えた。

しばらくの間、お坊さんは考え込むように黙り込んでいた。

が、突然

「甚平さん。飛ぶんだ。みんなで飛んでみよう。」

と叫んだ。

「飛ぶ? 飛ぶって、わしらが鳥のように飛ぶって言うんですかい? 

お坊さん、こんなところで冗談はいけん。まじめになってくれんさい。」

甚平さんは、目の前のことがお坊さんにわかってもらっていないような気がして、

少しおこったように言った。

お坊さんもまた、先ほどまでのやさしい顔が消えて、

きびしい顔で甚平さんに話しだした。

「いや、まじめな話しだ。

甚平さん、少しもどったところから、私と肩をしっかり組んで

思いっきり走っておくれ。

そして、谷のはしっこまできたところで、大きい声でかけ声をかけ、

そのまま飛びあがるんだ。

甚平さんのかけ声で私もいっしょに飛びあがる。

そうすると必ず向こう岸まで飛びこせる。」

そして太郎にも言った。

「太郎、お前もいっしょじゃ。

わしらと一緒に走り、甚平さんのかけ声で思いっきり飛びあがるのじゃ。」

太郎は答えるように「ワン」と一声ほえた。

そして、二人と一匹は少しばかりあともどりし、

お坊さんと甚平さんはしっかりと肩を組んだ。

太郎はそのすぐ後ろについた。

「いいかい、甚平さん。

絶対に途中で走るのをやめたり、速度を落としてはいけないよ。

ほかのことはいっさい考えずに一気に走りぬける気持ちじゃよ。

信じるんじゃ。一心に信じるんじゃ。飛べると信じるんじゃよ。」 

お坊さんは甚平さんに命令するように言った。

甚平さんはさっきの岩場でのできごとを思い出して

「よし、お坊さんのふしぎな力を信じよう。」

と考えた。

「じゃあ、お坊さん行くよッ。」

甚平さんはお坊さんの肩に組んだ腕に力をこめ走りはじめた。

お坊さんも調子をあわせ走りだした。

太郎も後をおった。

「そりゃーッ。」

谷のふちにかかったところで、

甚平さんは大きなかけ声をかけ、飛び上がった。

それにあわせてお坊さん、太郎がいっせいに暗い谷の上に飛び上がった。

甚平さんは思わず目をとじた。

ふわりとからだが宙に浮いたような気がした。

飛んだ。

谷の上を三つの影がみごとに飛んで、

向こうがわの草原へころがった。

                      

「甚平さん。甚平さん。」

と呼ぶ声で甚平さんは気が付いた。

谷をこえて向こう岸へころげ落ちたときに気を失ったらしい。

お坊さんが甚平さんをだきおこすようにして言った。

「甚平さん。飛んだんじゃよ。あの谷を飛びこえたんじゃよ。」

お坊さんの指さす先に、今自分達が登ってきた道が谷間をはさんで

ぼんやりと見えた。

甚平さんはお坊さんを見上げながら言った。

「やっぱりお坊さんはすごいお力をお持ちじゃ。」

すると、お坊さんは首を横にふりながら

「いやいやわしの力なんかじゃないよ。

甚平さんの底力が出たんじゃよ、底力が。

だれも日ごろは、自分の本当の力はわからんもんじゃよ。

その底力がでたんじゃよ。

それにしても、甚平さんの底力はすごいもんじゃ。」

と言って笑った。

「自分が知らない自分の力を、自分自身が信じることじゃのう。」

とひとりごとのようにつけくわえた。

相変わらず、谷底からのどーどーという水の音があたりの森にひびきわたる。

あとは何一つ音がしないやみの中に一本のたいまつが、

またゆっくりと動きだした。


     (つづく  次回をお楽しみに

      ・このページのトップに戻る。

      ・第2話へ戻る

      ・第4話へ進む。
  
      ・「権現山とお坊さん目次」へ戻る。

      ・「おとぎ村」トップに戻る。

      ・「豊徳園」トップページに戻る。