豊徳園おとぎ村手づくり童話

鈴の川物語

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第二話・・・・・嵐

    

 数年が過ぎた。

やがてお盆が来ようかという頃のこと。

その日は強い雨の日で、川の水かさは増し、

川岸の岩や立ち木を巻き込んで、

ごうごうという音をたてて狂ったように

流れていた。

若者はそんな夜でも、

やはりこの川岸にやってきて

庄屋の娘の名を呼んでいた。

雨の音や流れの音で、

若者が娘を呼ぶ声はかき消されそうだった。

しかし、娘にははっきりと

自分の名を呼ぶ若者の声が聞こえていた。

娘は涙を流した。

会えないものの、せめて毎夜のように自分の名を呼び続けてくれることを

慰めにしようとした
が、やはり涙が流れた。

     
 強い雨と雷がどのくらい続いただろうか。

突然「ごーっ」という山が崩れ落ちるような音がした。

その音のあと、若者の声がぴたりと聞こえなくなった。

若者がたっていた土手が崩れ落ち、若者は土砂もろとも

あのごうごうと音をたてて流れ狂って
いる川の中へ

のみ込まれていってしまった。

娘は何が起きたかすぐにわかった。

父親がとめるのもきかず一目散に大雨の中に飛び出
していった。

娘は川岸から大声で若者の名を何度も呼んだ。

そして後を追うように、荒れ狂って流れる川の中に飛び込んだ。

娘の姿はすぐに流れの中に消えた。

追いかけてきた庄屋は川岸にたって呆然と立ち尽くした。

    

 夜が明けるとうそのように晴れた。

川の流れもすっかりおだやかになった。

しかし、若者も娘も帰ってはこなかった。

庄屋は川岸にまだ立ち尽くしたまま泣いていた。

すると、どこからかかじかの鳴き声がする。

いままで聞いたことのない声である。

優しく、せつなく歌うように。

庄屋は「はっ」とした。

「あの若者の声だ。」

庄屋には、かじかの声が若者の声に聞こえた。

「ようやく私達は一緒になりました。これでようやく幸せになれます。」

     
庄屋はひざまずき手を合わせた。

「娘をよろしくたのむ。」

川面から朝霧が庄屋を包むように舞い立ち、

やがて森を淡く染めていった。

    

 流れは清く、さわやかな瀬音をあたりの森に響かせていた。

川の名を「鈴音の川」(すずねのかわ)と言うが、

土地のひとは「鈴の川」(すずのかわ)と呼ぶ。

                 完