東方紀行 京都四回目






2007年11月3日。
ご存知京都の東方即売会・東方紅楼夢でハジけるべく、前日から京都入り。
ついでにちょっと京都観光をという事になったので、あまり目新しいポイントはありませんが
記録という事で載せておこうと思います。







仕事終わって新宿駅で切符購入、東京駅で楠木忍兄ィと合流。
臨時の新大阪止めを決め撃ちっ。




うってつけの駅弁が。




更に鮮明なメルポ紳士服を捉える事に成功しました。
そろそろかなって辺りから10分くらいずーっとカメラを構えてました。
そして持病の肩こりが…



京都駅でうきはさん、神田さん(アダ名)と合流、一度ホテルに荷物置いてmafiossさんと合流。
うきはさんのとこでも当日の模様が公開されてますが、
この人の場合旅行の途中で紅楼夢にちょっと寄ったの。くらいのノリになってます。
なんですか北陸・紅楼夢・諏訪レポって。

そんな感じで豊国神社へ。


豊国神社。うきはさんによると、「カゴメカゴメ」の歌を解読するとここに辿りつくという説があるとかないとか…
らしいですよ。



当たり前ですが、特にそれらしい記述はありません。
拝殿の前ではなにやら舞台の設置が進んでいました。きっともうすぐお祭りなんですね。

ここで一度Mafiossさんが泊まるホテルへ。




途中四条大宮ではっとりぃさんのお店発見。



ホテルでMafiossさんのお友達の霜曄さんと合流。
そして再び夜の伏見稲荷へ。


京阪降りてゾロゾロと伏見稲荷に向かう途中、写真店見つけたうきはさんが
フィルムを補充したいという事で暫し小休止。
いまどき銀塩持ち歩くのも重いだろうにとか思いながら何気無く店名を見たら


あぁぁ〜!
今思えば、幻想的な少女達の弾幕写真は無いのか訊いておけばよかった。
あと入ったうきはさん本人は、翌日私が他の人にこのネタ見せるまで気付いてなかったという。




私は伏見稲荷は4回目。何回来ても飽きませんけどね。



模様が気になったのでカメラの性能テストを兼ねて撮った行灯。
伏見稲荷は商売繁盛の御利益があるので、昔の商店で使っていた秤のデザインなんでしょうか。





うま!
夜見ると怖えなー



足元にはお供えのニンジンと無数の名刺が。
どうやら商売繁盛だけに、名刺を供えて行く方が多い様です。
ウチの会社は下っ端には名刺くれないので私には関係無いですがね!



こっちの行灯は、見づらいですがおそらく稲穂の模様でしょう。
お稲荷様は農業の神様ですからね。



前回と同じく四ッ辻まで行って退却。
一度は夜中にお山一周したいんですけどねえ。




途中にあった塚なんですが、祀ってる神が気になります。
白玉楼との関連性やいかに。
ただ白玉楼は元々は中国の話ですからねえ。どうなんでしょ。




な、なんでだー!?



下山途中でうきはさん、しの兄ィ、神田さん(アダ名)とはぐれる。しかも携帯が圏外で合流不能!
ってところでMafiossさんのもう一人のお連れ様、Nightmareさんと合流。
一人で上ってくるのは結構怖かったでしょう…




本殿辺りで無事3人と再び合流。JRで京都駅へ。




どっかでメシでも食べましょうという事で東方のつかない見聞録。
結局満席で入れなかったんですが、後日飲みの席で
「やっぱ西の店だから東方が付かないんでしょうか」
「むしろ西方って事だね。サボテン料理しか出てこないんじゃない?」
「メイドロボとスカウター付いてる老紳士が給仕してくれんじゃないですか?シェフは火力命の元軍人。」
逆に妄想広がる。
調べたら東方見聞録とは別の系列でしたけどね。



ホテルに戻って就寝ー




紅楼夢はお買い物した後何故かLETRA/MILK BARさんで売り子してました。
んで終わってから実は平安神宮がすぐ横だという事に気付いたので行く事に。
なんとなく斗沢さんにメールして誘ったら「人数多いけどいいですか?」と来たので、まぁ4,5人くらいだろと思って
セブンの前でカロリーメイトで空腹を満たしつつ待っていたら、なんだか向こうから後に兄ィが「Gメンの様であった」と述懐する集団が。

ええと、覚えてるだけ書くと、斗沢さんを始めとして 青っ恥さん 秋坂さん あんけんさん ゆーとさん げんずむさん
静流さん tnpさん 七川さん 七篠さん フラリさん (なんとなく50音順。抜けてる方いらっしゃいましたら言ってください。)

…俺はこの集団に混ざってていいのか。しかもなんで平安神宮の解説とか始めてんのか。




この集団でいたら目立つよなーと思ってましたが、元々団体さんが多かったので
全然そんな事なかった感じでした。





解説で撮った一枚。
みんな声を揃えて「テントが邪魔!」


何人かがおみくじひいたら2人凶が出ました。いくらなんでも厄いでしょうその確率。



斗沢Gメンの方々は一時間ほど時間を潰さなければならない
という事だったので、集団で外側の神苑へ。



東神苑には古文に出てくる植物が主に植えられており、その出典も解説されています。
ここに書いてある「弾碁(たぎ・たんぎ)」とは今で言うおはじきのような遊びですが、
「弾幕」に見えた人はダメ人間ぶりを認識しましょう。
私も含めみんな「弾幕かと思った」「見えた見えた」って言ってましたけどね。俺達みんな、ダメ人間だぁー!



N電!N電!
日本最初の電車である京都市電の車両が保存されてました。
平安神宮って御大層な感じがしますが、実は創建はこれが開通したのと同じ明治28年なのです。
明治十七年の上海アリスの11年後。山本五十六の生まれた年。神社としてはあんまり古い感じではないですよね。
あとここに写っちゃった方が誰かは、ここでは言いますまい。



ここ渡ってる間に「ネタで落ちろ!」とか物騒なかけ声が。



中々いいですねえ。

途中、外人部隊の襲撃により集団が分断されてしまったのですが
もう片方のかたまりでは斗沢さん達vs鴨のデスマッチが繰り広げられてたらしいです。
見たかった…!



暮れてきました。


平安神宮を出たところで斗沢Gメンとお別れして天剣さんの待つゲーセンへ。


 
レイセン通りのレイセン橋。
奥の京都会館の向こうは京都市勧業館・みやこめっせ。
こんな近くにこんな物件が。





鴨川沿いを徒歩で河原町へ。川原を歩くのは好きです。




天剣さんとゲーセンで遊んで帰りも新幹線で。ブルジョア兵器を存分に使えるようになったのはいい事です。
兄ィは車内でちゃんと寝てましたが、私はテンション維持のままで一睡もせず東京へ。
お疲れ様でした。