東方紀行 諏訪4回目
〜筒粥神事取材旅行〜

1日目







2008年1月。
何か諏訪に行く口実が無いか考えていたら、筒粥神事が確か14〜15日である事を思い出し密着取材を敢行する事に。
しかしその辺の休みは13・14日。
15日は仕事なわけですから、神事の最初をちょいっとくらいしか見られないかなーと思っていたら
色々あって休みが交代に。交代する休みは15〜16日。
さ、早苗さんありがとう。





てなわけで14日朝。いつもなら仕事終わってそのままスーツで行くのですが、
今回は冬の長野の夜、しかも全国的に一番の冷え込みとか言われてる中での作戦なので
さすがに死ぬだろと思い、一旦帰って重装備で再び駅へ。いっくぜー!




Q.中央線の名物といえば?



A.人身。




Exactly(その通りでございます)



ファーック!
新年一発目の紀行の最初がこれか。さすが厄年。
一時は振り替えも考えましたが、動いてる事は動いてたので来た電車で八王子へ。




あずさで一気に下諏訪まで。
18切符でもよかったのですが、期間中他に予定も無いので素直に特急。
昔は「世の中には手段の為ならば目的を選ばないという様などうしようもない連中も確実に存在するのだ」
とか言いながらムリヤリにでも使い切る旅に出たんですが。大人しくなってしまった。



E257入線。
大学受験で上京する時にまだ新しかったこれが来て喜んだ思い出があるんですが、
いつの間にかこいつだけに…




都内ったって、高尾過ぎたらもうこんなんだぜ。
この辺りで早くもいつの間にか寝てました。



気がついたら八ヶ岳…で合ってますよねこれ?
東京じゃ曇ってた天気も晴天に。




下諏訪到着。
電車で降りた事無かったので知りませんでしたが、駅名標が秋宮。



ホームにも御柱と注連縄が。



そして駅前にいきなり御柱。御神体は何だい。


毎回車で来てていまいち位置関係を把握してなかったので、観光案内所で観光地図もらうついでに
筒粥神事の時間とか聞いてみたら、おっちゃんは「あれはぁ〜確か昨日の夜だねえ。もう終わってるよ。」。
マジかよ!?と並々ならぬショックを受けつつも「へ、へえそうなんですかぁ〜」と平静を装うわたくしマジツンデレ。
べ、別にくやしくなんかないんだからねっ!


一旦宿にチェックインして、神事が無いんじゃオンバシラでもサクっと見て下社は終わりにするかー
とばかりに秋宮へ。レンタサイクルあれば借りようと思ってたのですが、無いという事だったので徒歩。




駅からは徒歩10分程度。案外近かったです。




おいおっさん!
間違っててよかったといえばよかったですけど、観光案内の人が目玉観光地の事に曖昧ってのはなあ…



 
来る途中のあちこちの店先に下社の紋の旗が出てたのですが、これは国民の祝日だからでしょうか。
それとも神事があるからでしょうか。少なくとも普段は出ていなかったのですが。




エクスパンデッド・シモバシラ。
ずいぶん久しぶりに霜柱見たなーと思ったら、まず最近土を踏んだ覚えがない。



さすがにまだ一月中という事で、参拝客はそこそこいました。
私も今年は秋宮が初詣。


 
秋宮の三、四之御柱は見えないもんだと思ってましたが
柵の隙間からなんとか見えました。



今まで気付いてませんでしたが、伊勢神宮の末社もありました。
天照大神と豊受大神。いやーおひさ。



見返してみたら一度も載せてませんでした。秋宮の拝殿・片拝殿。
守矢の神社の作画モデルをこれにしてる方も結構見受けられますね。



御射山で気になってた構造物がここにも。やはり諏訪大社と関係のあるものなのでしょうか。
にしても路面凍結で滑る滑る。



秋宮はこれくらいにして今回のメイン、春宮の下見へ。





途中にある御作田社。
下社のお供え用の米はここで作られ、古くは田植えから一ヶ月で収穫が出来たという事で
諏訪七不思議の一つに数えられます。
アンリメンバードクロップの事についてBladerの上白沢慧音との呼び声も高い寝起さんに質問した所、
栽培法の失われた収穫って事でこれの事で合ってんじゃないかと。
それ聞くまで今も一ヶ月で収穫できるもんだと思ってました。3分クッキングの要領で。
あと最初スペル見た時「アンリメンバードロップ」だと思ってました。
技を受けた事すら思い出させない程の衝撃を伴う神奈子様のドロップキック!



思ったより小さな社。
諏訪大社の末社なのに御柱も見当たりませんし。



そしてこれが神事田。明治頃までは一面田んぼだったそうです。



道に面した所に温泉が湧いており、誰でも利用できるようです。
素人考えですが、神事田での栽培にこの辺りの水を使っていたなら
温泉水の温度とか含有元素とかによって早く生育したんじゃあ?
今出来ない理由は分かりませんが。それプラス何かが必要だったのか。



更に行くと、民家の間に面白そうな社を発見。



ここも例の構造物が。て事は諏訪大社関連の社ですか?



更に上がるともうひとつ。



こっちもそうですね。しかし奥にあった石碑には「磐長媛命」の文字が。
イワナガヒメはコノハナサクヤヒメの姉で、共にニニギに嫁ぎますがイワナガヒメは醜かったという事で父の元に送り返されます。
しかしその持つ名の通り、イワナガヒメは岩のように命が永遠に、コノハナサクヤヒメは花のように繁栄するようにという意味が
込められていたので、イワナガヒメを送り返してしまったニニギの子孫(天皇)は命が短くなりましたとさ。エフェメラリティ。
以上要約。て事は下のはコノハナサクヤヒメの社?
少なくとも諏訪大社とは直接は関係無さそうですねえ。御柱と同じく諏訪地方の社ならよく見られるものなんでしょうか。



いい眺め。
画面まん中の中央高速の高架辺りには、天竜川を挟んで洩矢神を祀った洩矢社と建御名方を祀った藤島社が。
その辺りは公開が滞っております諏訪三回目にて。




諏訪・上高地リベンジで兄ィレガシィのスポイラが削れた急坂。



 
今んとこを下りると春宮の正面なのですが、こっから入れるみたいなので行ってみます。





神社の側面に出ました。




筒粥殿も幕やゴザが出されていて、準備万端ですね。


そういえばあのでっかい賽銭箱、


やっぱりこうなってんですね。




なんとなく見たら負けって気がしていた、万治の石仏。
岡本太郎が絶賛した事で有名になりました。最近ではみのさんもTVで紹介したとか。




やっぱり写真じゃこの異様な存在感は伝わらないですねえ…
思いの外面白かったです。



クリックで拡大。
夢枕に立ったのはやはり明神(建御名方)だそうなんですが、神社の鳥居を作ろうとして、
お告げをもらったのも神様で、なら何故その石に彫ったのは阿弥陀如来なのか?



ここで一度宿に戻って19時過ぎまで仮眠。
ビリビリくる寒さの中で立ちっぱなしになるので、上は長袖T+ポロシャツ+セーター+ジャケット+ジャンパー
下はジャージの上にGパン、靴下2枚重ねの防寒対策でいざ出発。
いよいよ筒粥神事の取材開始です。



筒粥神事へ