
ヴァンパイア探偵
冷泉院 狂四郎
それは、ある冷たい雨の降る夜・・・。
一人の男が、退屈そうにコーヒーを口にしていた。
深夜のファミリーレストラン。
窓の外の凍える風景が、嘘のように暖かい店内。
彼の視線は、一人の中年男性を狙っていた。
退屈そうな素振りとは、裏腹の鋭い眼差し。
男の名は、冷泉院 狂四郎。
日本人にしては、長身の、役者か俳優にでもなれそうな雰囲気。
だが、どこか暗い世界の住人の匂いがする。
そう・・・。
彼の職業は探偵。
ヘイゼルに輝く切れ長の目は、湖の様に深く、そして寂しさを漂わす。
さらっとした茶色い髪。
節ばった指には、シルバー925の指輪が光る。
長くすすけたコートに、乾いた泥の着いたブーツ。
探偵の身なりとしては、人目を引く。
しかし、彼はそれを辞さない。
いや・・・。
生まれもって身についている、カリスマを、利用して生きてきた。
「やっと・・・・・・来たか」
そう呟く、狂四郎の視線の先に、先ほどの中年男性の座っているテーブルはある。
男は外見からすれば、40〜50歳。
顔に刻まれたシワは、卑屈に捻じ曲がっている。
ただ、どこにでもいそうなサラリーマンといった風体だ。
この国のサラリーマンは、大抵みんな卑屈そうに笑っている。
男の顔を見ながら、狂四郎はそう思っていた。
男の前に、一人の女が現れた。
日本人ではない。
金髪のブロンドが、脱いだコートの脇から、こぼれ落ちる。
赤いハイヒールに、真珠色のドレス・・・。
指には質素だが、気高い雰囲気の指輪が輝く。
明らかに、手前の男とは不釣合いだ。
男が、媚びるように言った。
「まあ、座れよ、アンナ・・・」
「気安く、呼ばないで!」
「あんたみたいな人間のクズ、話もしたくないもんだわ!」
女が、声を荒げる。
深夜のファミリーレストランとはいえ、周りに少しは客もいる。
しかし、殺気立った彼女は、それすらも目に入ってないようだ。
狂四郎の持っている手帳によれば、女の名は、アンナマリー=シェフィールド。
生まれはスイスで、彼女の父親はイギリス人。
母方の祖父が日本人で、四歳の時に来日してからは、日本で育っている。
そして五年前、サンフランシスコに渡った。
「もう、これ一度きりにしてもらうわ」
女が、バックから分厚い封筒を差し出した。
封筒に浮かび上がった形からして、中身は札束だ。
相当額の現金が入っているのは、目に見えていた。
男は、脂ぎった手を、封筒にかぶせた。
「ふん、そんな訳にいくかよ!」
「おまえは、一度でも、組織のために働いた人間なんだ」
「俺ばかりを、薄汚れた目で見下しやがるが、お前だって昔は・・・」
そう言いかけた男は、女の氷のように冷たい視線に気づく。
「・・・へへ。 そう、その目」
男は、慌てて封筒を、懐にしまいながら、逃げ出すようにテーブルをたった。
「”氷の魔女”に魅入られちゃ、かなわねえよ」
「俺は、ボスの命令で来てるだけなんだ」
女は、怒気を荒げる。
「その名前を口にしないで!」
氷の魔女・・・。
その言葉に、女は過剰なまでに反応した。
狂四郎以外の客は、このテーブルのやり取りを、冷やかしの眼差しで見ている。
深夜の二時。
この時間の客は、若い族かヤンキーばかりで、下らない自慢話と、
ただ腹がすいたという理由で、 来ている連中ばかりだ。
このヤバそうな取引も、彼らにとっては、話のネタでしかない。
「もう私に、付きまとわないで!」
女はすばやく席を立つと、雨の降りしきる店外に駆け出していった。
先に席を立っていた男は、一人、取り残された感じになってしまった。
「クソ、アンナの野郎・・・」
男は、バツが悪そうに再び、席に腰を下ろす。
見ると、向かいの席に、長身の男が座っている。
さっきまで、アンナと呼ばれる女が、座っていた席だ。
「なっ、なんだテメエ!」
「ん・・・、俺か?」
彼は、置いたコートのポケットから、ライターとタバコをとりだし、火を付ける。
「おれは、冷泉院狂四郎・・・」
「探偵なんてやっている」
煙を吹かしながら、言った。
「あー、オタクは浜崎豊だろ?」
「依頼でね・・・」
「おっさんの素性洗えって、人がいてさ・・・」
男は、目を見開いた。
怒りとも、恐れともつかない感情が、顔に表れている。
「なんだ、テメエは!」
「どうして、俺の事を!?」
狂四郎は、呆れ顔で答える。
「だから探偵だって・・・。」
「そーゆうの、調べるのが仕事なの」
「浜崎豊、54歳。愛知県出身で中部国際商業大学中退」
「その後、親のコネで大手総合商社に勤める、しがないサラリーマン」
「現在の役職は課長代理で、24の時専務の娘と結婚」
「大学、高校受験を控えた娘が二人いる。」
「給料は月35万で、郊外に買った中古物件のローンと、
娘二人の養育費に負われる身」
「と、ここまでは、表の話・・・」
男の顔が、見る見る蒼ざめてゆく。
彼の言うことは、見事に当たっている。
しかも男には、もう一つの”顔”があった。
「最近は、ヤクザも大変らしいな」
「サラリーマンなんて、表の顔持ってないと、やっていけないのかい?」
男の裏の顔・・・。
男は、中部で一大勢力を誇る臭英組の組員だった。
「・・・まあぱしりってとこか?」
「ど、どうしてそれを!?」
「なんで、そこまで知っている!?」
外の雨は、まだ上がらない。
時折走る、大型車の大きな轍が、水溜りの水を弾き飛ばす。
「たしかにねえ・・・。」
「そりゃ、政府も個人情報保護法案なんてもの、作るわけよ」
「これ位の情報、探偵じゃなくたって、ネットで調べればすぐにわかっちまう」
「オタク、自分の名前、ネットで検索したことある?」
男は、焦った。
たしかに、自分はヤクザだ。
構成員に過ぎないとはいえ、一般の人間を脅すには、十分だ。
しかし、目の前の自称探偵は、家族の事まで知っている。
家族まで危険にさらしたくはない。
「ネットなんてのは、一箇所でも情報が漏れれば、アウトなんだよ」
「情報なんて広めようと思えば、一瞬で広がっちまうもんさ」
「世界じゅうにね・・・」
そうゆうと狂四郎は、浜崎の背広の内ポケットから、さっきの封筒を抜きとった。
「これは、貰っておいてやるぜ」
狂四郎は立ち上がり、店を出た。
店の中で、男が立ち尽くしていた。
狂四郎は、浜崎とゆうこの男が、ヤクザにしては家族想いで、
小心者である事を知っていた。
探偵がヤクザを脅したのだ。