日本性科学会
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日本性科学会ニュースより
2010年9月号
「女性性機能障害の治療薬がなぜ米国で認可されないのか?」
横浜元町女性医療クリニックLUNA 関口由紀 

 3年前にISSWSH(国際女性性機能学会)に行った時に,女性性機能障害のうち性的意欲障害へのテストステロン投与に関する大規模なランダマイズコントロールスタディーが行われており,よい結果になりそうなので,このスタディーが終わったらFDA(アメリカ食品医薬局)の認可が下りるだろうと言われていた。しかし結局いまだ認可が下りず,今年初めのISSWSHでは,女性の性的意欲障害に対するテストステロン補充は,今後もずっとオフラベルの治療になるであろうという雰囲気であった。そのかわりフリバンセリンという,抗うつ剤の創薬過程でたまたま見つかった,性的意欲障害の改善が認められるとされる薬が,今年中にFDAに認可されそうな雰囲気であった。しかしこれも今年の春は見送られたそうである。米国は,女性性機能障害の薬物療法に関しては,ヨーロッパより常に後進している。
 日産のゴーン氏の本によれば,ヨーロッパは,いくらEUで一つになったといっても,各国で違うマーケティングを行う必要がある。つまり例えばイタリアとフランスでは,違う宣伝方法を考えなければならない。しかし米国は,国内であればどこでも同じマーケティングでビジネスができるので,世界で最も市場として重要なのだそうだ。それで世界中の企業が,まず米国への進出をねらう。薬剤に関しては,日本のようなファジーな認可体制ではなく,FDAでの認可の過程が明らかにされており,その過程をしっかり踏襲すれば,有効な薬であればどんな種類の薬でも,いずれは認可されると薬剤メーカー関係者が言っていた。市場性と認可の透明性と理由で,薬剤メーカーも,まずアメリカで薬剤を売り始める。しかし女性性機能障害の治療薬に関しては,そうはいかないらしい。
 私は,米国で女性性機能障害の薬が認可されないのは,ブッシュ共和党政権が,キリスト教原理主義の下,セックス関係の医療製品の認可をしぶっているからだろうと思っていた。しかしオバマ民主党政権になっても事態は変わらず,かえってFDAの認可は厳しくなっているようである。例えばアメリカのベンチャーが作った腟の緩みを治療して女性の性機能を改善する高周波器械の臨床治験をLUNAで来年行う予定なのだが,日本にあるLUNAに臨床検討がまわってきた背景には,米国では認可を取得するめどがたたないという理由があるらしい。 米国は,日本人が考えているよりずっとキリスト教の影響が強い国だそうである。アメリカの政治的指導層の深層心理には,共和党であっても民主党であっても,このキリスト教が横たわっていて,女性性機能障害がよくなると,女性にセックス依存症がはびこってしまい,社会の害になるというようなネガティブな意識があるのだろうか?
 ところでアメリカにおけるキリスト教の影響の1つに,婚外セックスに対するバッシングの大きさがある。英語のうまい友人が,アメリカの有名な教授に,懇親会で突撃取材を試みた情報によれば,アメリカの女性性機能障害診療の進歩の原動力は,エグゼクティブクラス男性の性欲だとのことである。アメリカのエグゼクティブクラスの男性は,お金はある。しかしそのお金で婚外セックスをすることは,エグゼクティブであればあるほどできないそうである。そのためエグゼクティブ男性がセックスしたくて,そのパートナーがセックスしたくない場合は,なんとかしてパートナーに再びセックスしたくなってもらうしかない。そのためには,少々高額な治療費も,喜んで支払うため,アメリカにおける高額な女性性機能障害医療がなりたっているのだそうだ。そしてエグゼクティブのパートナーが通うプライベートクリニックは,前述のテストステロンなどのオフラベルの治療が,積極的に行われている。前述の女性性機能障害の治療薬の認可のされにくさと,女性性機能障害のプライベートクリニックの隆盛は,米国における皮肉な対比となっている。
 しかしそんな米国社会も,能力がありその結果お金も充分あるスーパーエクゼクティブ男性の婚外セックスには寛容である。彼らはセックス依存症という病気として治療していると言い訳するか,離婚と結婚を繰り返すという方法で問題を解決する。タイガー・ウッズやジャック・ウェルチがその代表例である。つまり古今東西,文化的な制約がどうであっても男性に関しては“英雄色を好む”ことが認められているのである。一方女性に関しては,どうだろうか。クレオパトラには,生涯で4〜5名のセックスパートナーがいたようである。しかし彼女の場合誰もが認める美女で,さらに政治的に男性を利用して生きていく必要があった。女性の場合エグゼクティブであっても,政治的に男性を利用する必要がないと,一生涯のセックスパートナーの数は少なくなる傾向があるようだ。例えば即天武后は,唐の政権を完全に把握したが,性生活に関しては,どうやら皇帝と皇帝が亡くなったあとただ1名の愛人がいただけのようである。“性生活の充実”が,パートナーの数や,性交回数だけでは単純に測れないところが,女性性機能障害の診療の難しいところである。