漢方という言葉は日本独特のものです。中国から伝わり日本で発展して定着した医学を総
称して漢方と呼んでいます。江戸時代中期にいたって、日本人にもっとも適した医学として
完成しました。鍼や灸そして養生法なども含んでいました。現在は西洋医学に対して東洋
医学と呼ばれ、通常、漢方といえば薬物療法の事を指します。
本来の意味は、江戸末期から明治初期にかけて蘭方(らんぽう)とよばれた西洋医学の
オランダ医学と対照区別するために使われたことばです。
原料について
漢方薬は何種類かの薬草を一定の基準に従って配合します。ですからそのうち一つが
欠けても薬の働きは変わってしまいます。生薬はニンジン、トウキなどの国産のものもあり
ますが、ケイヒ、カンゾウなど多くの生薬は中国をはじめとする外国から輸入されています。
漢方薬と民間薬のちがい
薬物治療が漢方ということになりますと、民間薬も漢方ということになりますが、大きな違
いがあります。
その一つは、漢方は数種類の生薬を合わせて用います。処方は原典である医学書に一
定の名称が記載されています。民間薬の場合ですと、ゲンノショウコが胃腸病によいなど
と民間伝承による場合が多く、大てい一種類の薬草です。また「OO湯」という名前もありま
せん。
二つめは、民間薬は単一の病名や症状を対象に薬を用いますが、漢方の場合はいくつ
かの症状群を対象にして薬を選定します。
漢方の原典は今から約二千年前のもの
今から約二千年前、張仲景という人が、一族を急性熱病で半数以上失い、よい薬はない
ものかと各地に伝わる漢方処方を研究、編纂し、急性熱病を中心とした書物「傷寒論」、
慢性病及び食養を中心とした「金匱要略」を著わしました。
漢方が日本にもたらされたのは奈良朝以前にさかのぼります。たとえば鑑真和尚は仏
教の戒律のほか多くの医薬品を持って来たといいますし、正倉院には貴重な古いクスリが
保存されています。その後、鎌倉、室町時代には金元医学が留学僧などによって伝わり、
徳川時代には先の「傷寒論」、「金匱要略」に基づく古方派漢方が日本では盛んになり、わ
が国で独特の発展をしてきました。
人間の経験が出発点
新薬はまず動物などで、有効性、安全性を確かめたうえで、特定の人を対象に臨床試
験が行われます。
漢方はそれとは反対に人体の臨床治験から出発しています。二千年の人体実験の積み
重ねでした。それだけに、漢方医学は、貴重なデータの積み重ねがあったと思います。
科学が発達してなかった時代にはやむを得なかったことで、科学的検定とか、多数例に
よる臨床試験などはこれから手がけなければならないでしょう。
「薬は毒」という考え方
それだけに漢方では薬の用い方には慎重でした。
「薬は毒である。偏ったものである」という考え方を基本に、有効な作用だけでなく、有害
な作用を重視し、いろんな性質の生薬を処方として配合し、さらに用いるときにはそれに
適応した体質、症状の人に用いるなど、なるべく身体に有害な作用が出て来ない方法を
追求してきました。
漢方生薬の使用量
生薬の使用量についてですが、今中国や香港、台湾から比べると、同名の処方で、日
本の二倍から数倍の生薬が一日量として使われています。日本の漢方医学は、日本人の
体質・体格また風土に沿った最適量を見つけました。少ない量で効いてくれれば、当然、
毒(?)は減ります。
解明される生薬の成分と作用
近年、有機科学や薬理学の進歩に伴い生薬の研究は進んでおります。たとえば、ニン
ジン、カンゾウ、サイコなど重要な生薬の成分や薬理作用について逐次、実験や研究によ
って解明されてきています。
五官にたよった診断
体温計、レントゲンや血圧計などのない昔はどのようにして治療していたのでしょうか。
それは五官である目で視、耳で聴き、鼻で嗅ぎ、口で質問し、手で触れてシコリとか脈とか
を診て、病気の進行状況や症状、体質の強弱、病気の位置や性質などを総合的に判断し
て薬を選定していました。
これらを望診(目)、聞診(耳、鼻)、問診(口)、切診(手)といい、また四診ともいいます。さし
づめレントゲンは望診の延長線でありましょうし、血圧計は切診、聴診器は聞診ということ
になりましょう。
病名よリも病人の訴えが重要
現代医学ではまず検査をして、そして病名がつけられ、そして治療という順序になりま
すが、江戸時代では検査の機械や器具、まして試薬もなかった時代ですから、病名を決め
るというよりも病人の訴えの自覚症状や他覚症状を総合的にとらえて、漢方薬を選定し治
療していました。
一例としてご紹介しますと、神経症の方で、胃弱の傾向があり、咽喉部から胸元にかけ
て痞塞感を訴えるとき、現代医学のテクノロジーでいろいろ検査しても異常は見つからない
ことがあります。こんなとき、半夏厚朴湯という薬方を服用してもらい、喜ばれる場合が多く
あります。このように病気らしくない病気に漢方が力を発揮する場合も少なくありません。(
この状態を漢方で梅核気といいます)
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