鬼手1968

 今回は鬼手特集。
昭和43年の棋譜から面白いのをいくつか拾ってみた。
まずは6月15、16日に行われた関東アマ名人戦の本大会から。
▲海老原辰夫四段(埼玉) △大島新三・二段(山梨)  対局場:宇都宮市大工町「板屋旅館」
第1図は先手が銀取りに▲7五歩と打ったところ。
                
図で△7五同銀▲同銀△4六角▲同歩△3九角ならむしろ後手が指せていただろう。
ところがここで後手に重大な手順前後が・・・
【第1図以下の指し手】 △4六角▲7四歩(第2図)
                
大島さんはどっちでも同じと思ったのかもしれない。
△4六角なんて普通は▲同歩と取る一手だ。
しかしこの場合は3六歩を突いていないのが先手にとって好都合だった。
ぐいっと銀を取られ、一瞬後手は固まっただろう。
角の処置に窮した第2図は、思わず「何やってんだ」と舌打ちしたくなるような局面。
それでもここから△8六歩▲同歩△3九角が苦しいながらも最善の頑張りで、先手は勝つまで
141手を要した。
かなりまれなケースなので、同じ筋が現れることはもうないかもしれない。
 次は9月8−10日に行われたアマ名人戦の東地区大会。
▲成木清麿五段(栃木) △先山一雄五段(埼玉)  対局場:千駄ヶ谷「将棋会館」
第3図は先手の飛車角が急所に利いていて、いかにも技が掛かりそう。
               
ここで成木さんの手が盤の隅に伸びた。
【第3図以下の指し手】 ▲1一銀△2一飛▲5五飛△同銀▲3二角成△1一飛▲3三馬(第4図)
               
初めは棋譜の間違いかと思ったがそうではない。
▲1一銀で一応技が掛かっている。
しかし見た目の派手さとは別に効果の方はいま一つ。
第4図で△7一飛と逃げられたとき、すぐに▲5五馬とご馳走にありつけない(△5八飛の王手
馬取りがある)のが何とももどかしい。
実戦は△7一飛に▲6九金と打ったが、これでは鬼手が成功したとはいえない。
実は第3図の直前に▲5八飛(2八から)△5四銀打の交換を入れたのが失敗で、単に▲1一
銀なら先手は飛車を切らずに済んだ。
本局はこの後6−7筋から猛攻を掛けた後手が圧勝している。
 次も同じ東地区大会から。
▲先山一雄五段(埼玉) △土岐田勝弘五段(山形)  対局場:千駄ヶ谷「将棋会館」
第5図は△6三金と上がって飛車を押さえ込みにいったところ。
               
ここで飛車を引くようでは苦しいし、といって切るのもちょっと芸がない。
先山さんは面白い手をひねり出した。
【第5図以下の指し手】 ▲7四銀△6四金▲7三銀不成△6三金▲8二銀不成(第6図)
               
うーん、▲7四銀ですか。手はあるもんですな。
当時の観戦記にはこうある。
『さすがに先山五段むざむざ飛車を逃げるようなことはしない。▲7四銀と打ったのはこれまた
奇想天外ともいうべき鬼手。△6四金−▲7三銀成らず−△6三金−▲8二銀成らずでたちま
ち決戦に持ちこんだのは、長年鍛えた勝負のカンどころともいうべきか。』
第6図は8二銀の働きがイマイチなので鬼手が成功したとも言い難いが、先山五段はこの後
怪力を発揮して快勝している。