定年ショックを越える

(ある!重役Kさんの定年、短編物語)


はじめに

男性は定年に成ると、なぜ、長生きをしないのでしょう。調査では、昔(55歳定年)よりかは、死亡率が下がりましたが、それでも、60歳定年で、10年間の間の死亡率が、非常に高いのです。
それは、「定年」と言う節目を、はじめて体験をして、今まで、毎日通っていた、道が、プツンと切れてしまうからです。会社通いが、習慣に成っていた。毎日会社に、出勤するのがあたりまえに成っていた。それが、「定年と言う日」をさかえに、あたりまえの習慣が、途絶えるのです。さて、「自分はこれから、どうしよう」?・・。何もやる事が無くて、毎日ごろごろ、奥さんの後を追いかける、「濡れ葉族」、毎日、自宅に居て、自分は今まで働いてきた、とばかしに、威張る人、(おーいお茶)、(おーい新聞)と、奥さんに毎日迷惑を掛ける人。そうしている内に、だんだん生き甲斐がなくなるのです。定年に成って探しても、楽しみは、見つかりません。植木いじりは、庭やベランダの有る人しか、出来ません。外へ出かけるのも、おっくう、めんどくさい。パソコン?・・なんて何だかわからない、めんどーだ、これから習うなんて、めんどくさい。新しく勤めるのもやだ、毎日ごろごろ!・・人生だんだんつまらなく成って行く、頭がどんどん退化して行く。頭は、使わないとすぐ、錆付いてしまう。心も生き甲斐を無くして行く。長生きするはずが無いのです。第二の人生、生き方を視つけた人は、80歳まで大丈夫だと、思う訳でございます。
さー!・・貴方もこの物語を読んで、長生きして下さい。生き甲斐、や楽しみを視つけ出して下さい。


目  次

NO1,Kさんのプロフィール
NO2,現役時代の仕事
NO3、会社の中の力
NO4,早まった定年
NO5,ぬれ葉、族
NO6、パソコン研修
NO7、シニアパソコンの会入会

NO1,Kさんのプロフィール

1939年(昭和39年)生まれ、
1961年某有名、国立大学法学部卒業
1962年某自動車株式会社に入社(23歳)
1967年同社長令嬢と結婚長女、長男の子供誕生(28歳)
1972年世田谷区成城に自宅購入(33歳)
1990年鎌倉に自宅購入夫婦で移転(51歳)
1995年同社全国統括営業本部長に就任(56歳)
2000年、同社重役現在に至る、(61歳)

NO2、現役時代の仕事
会社の一日

朝、8時起床朝食
  9時会社より車お迎え10時出社社員の出迎えをうける。
秘書S子より本日の予定説明、全国販売会社訪問1日約3社訪問挨拶まわり、販売会議、販売会社社長と食事、ゴルフ、飲食会等の毎日

2003年5月13日

、いつもの通り10時出社、「あれ!・・・社長はいつも俺より30分遅く出社なのに!」・・・「なんだろー!」・・いつも自分を出迎えてくれた社員は、社長を出迎え、自分を振り向きもしない>
重役室で秘書の、いつもの、スケジュールを聞く!・・・あ!・・S君、たばこの、ソブラニ(イギリス皇室のたばこ)が切れたのでたのむ!・・は!・・はい!・・「S子」・・重役、今日は、10時30分から緊急会議だそうです>・・・
スケジュウルは、一部変更して午後にお伝えします?・・・・
そこえ、全国営業統括本部長、B君が、飛び込んできた。「B君」・・じゅ!・・じゅう!・重役、大変です!・・「K]・・なんだねーそうぞうしい!・・・・・
「B部長」・・クレーム隠しの件で!・・「K]・・なにークレーム?・・そんなの技術部の問題じゃーないか!・・「B部長」・・そ!・そうなんですけど?・・困ったなー!・
「K]・・クレームがどうしたんだね?・・「B部長」・・あ!・・あ!・・時間が無い!・・(10時20分)!・・とにかく会議でお話申し上げます!・・・

取締役会議

会議場・・いつも、取締役会議はK、重役がB部長と事前に打ち合わせしながら進める事に成っている。しかし今日は、B部長はあたふたしていて、まだK重役と何の打ち合わせもしていない!・・会議場は、すでに社長以下取締役、役員は全員そろっている。
「社長」・・B,君、・・緊急会議を召集して、いったい何だね!・・
「B部長」・・は!・はい!・・じつは、クレーム隠しの件で、    工場に、今朝8時ごろ警察が、入っておりまして?・・
「社長」・・なに=!?・・そんな大事な事、K、君、君は知っているのかね?・・・
「K]・・知りません?・・私も、今、部長から聞いたばかしです!・・・(B部長は、おどおどして、・・「困った!・・困った!・・と繰り返すばかり!」・・・・・・・・・・・

「社長」・・今も警察は居るのかねー!・・(社長の顔が、だんだん紅潮してきた)
「B部長」・・はい!・・現在、警察は工場で、証拠物件とかを探しています。
「社長」・・K、君、会議をしているどころじゃないよ!・・すぐ   工場に飛びたまえ!・・何てことだー!・・工場のことは、君に、まかしてあるじゃーないか!・「K]・・はい!・・分かりました。部長とただちに    工場に向かいます!・・・

社長の令嬢を嫁さんにもらい、出世街道を、まっしぐらに進んできた、K重役、将来は、社長、まちがいなしとまで言われていたのに、この会社は、クレーム隠しが発覚してから、次々と欠陥が見つかり、車の売り上げはどんどん下がり、大幅な赤字をを計上してしまい、社長以下、同族系社員は総て、退職することになる。しかも欠陥隠しの、責任で退職金も、没収に成ってしまった。

2004年5月、あれから1年、K重役の体は幾つあっても、足りないほど、忙しかった。次から、次えと、欠陥が発覚して、そのつど、警察、記者会見、謝罪、この1年間を書いただけでも、長編小説になりますが、崩れていくことは書きません。長い年月、かけて築き上げてきた、信用、メーカーも、崩れ落ちるのは、一瞬である。 バブルの時代の、好景気で、造ればどんどん売れた時代に、隠した、クレーム (1989年〜1990年にかけて製造した車)が元で、K重役の人生は、一転してしまうのです。
しかし、この事件で、勉強に成るのは、人ごとではない、と言う事です。明日はわが社か?・・・とバブル崩壊に、気が付いていない、あのような景気の良い時代は、もう二度と来ないということです。ここに気が付いていない、経営者や、政治家は、先があぶない?・・かもしれません!・・・
前輪脱落事故で死者が出ても、ユーザーの整備不良のせいにして、リコールせずに、隠してしまった、会社の体質、「会社(職場)は一将の影なり」と言う言葉が有りますが。最初の事故を会社として隠蔽(いんぺい)隠してしまった為に、会社内に、「だいじょうぶと、」「欠陥が有っても隠してくれる」と言う思いが広まり、1995年以後の車にも、数々の欠陥が出てきてしまった。
私達も、人ごとで済ませずに、深く、反省しましょう。
事件は、民事、と刑事の両方の裁判が、現在進行中です。
しかし、一揆に退職させられた、Kさん(これからは重役ではありません)はどうなったのでしょう。突然の「定年退職のショック」に遭遇した。Kさんのその後を詳しくお話しもうしあげます。

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