大井今朝雄の、優しい人間学、優しい哲学、優しい仏教学、「リンク集」
忘れないとは毎日思い出すこと!

 

有るところに、神との出会いが有るのです。

愛ある大切な子供の死!愛する人の死!男性なら、
誰でも神と出会い遭遇することが出来るのです。
なんと素晴らしい発見でしょう。

貴方も「大切な子供の死!愛する人の死!」に、絶望しないで、
生き甲斐を失わないで、悲しんでいないで、

「冬来たりなば春遠からじ」を信じて「誠の愛」を発見して、神に出会ってください。
神は貴方を生きている状態で、素晴らしい、
天国の世界、「煩悩」を脱した「涅槃」(ねはん)の世界に導いてくれます。

この素晴らしい世界を、体験することは、難しい事ではありません。知ってしまえば、
簡単な事なのです。それが
「死んだ人の事を忘れないことなのです」
忘れないとは、
「死んだ人の事を毎日思い出す」

しかし、愛する人の死、愛する子供の死は、あまりにもショックで?・・・
心に大きな衝撃が起こります?・・・寂しさや、悲しみ、苦しみ、絶望感が起こり?・・
人生の最大の不幸を、味わう事になるのです?・・・

この寂しさから、抜け出す為に、誰も死んだ人の事を忘れようと努力する?・・
この苦しみから抜け出す為に、何かに打ち込もうと言う人も居ます?・・・

この苦しみの為に生き甲斐を失い?・・あぁーもう自分の人生は終わったと?・・・
思い込み自殺する人も居るそうです?・・・

良く世間では、「死んだ人の事は早く忘れて頑張りなさい」と励ましの言葉を頂きます。
しかし死んだ人の事を忘れてしまったのでは、
「死んだ人の存在が心から消えてしまう事」ですから、
当然神は貴方の心に現れません。神は貴方の心に宿りません。
神は活動いたしません。普通、縁の遠い人の死はすぐに忘れてしまいます。
貴方は死んだ人を、3年間毎日思い出して、いられますか?・・

何か?・・人間は死に対して、この世の人に忘れられる?・・・と言う事が?・・・
あの世で、大変重要な意味、を持っているのかも知れません?・・・

死んだ時に、忘れられてしまうと、この世でお世話に成った人に、恩返しが出来ない?・・
忘れないで、毎日思い出してくれると、この世に復活出来る?・・・

死んだ後も、この世に存在して、この世を洞察出来て、悟りの言葉を送れるのです?・・
天国からの手紙として、悟りの言葉を心を通して伝えてくるのです?・・・

私が、神との出会う為のヒントを頂いたのは、
2002年4月ごろのNHKテレビ「心の時代」で聴いた言葉ですが、
作家の柳田 邦男さんは、息子さんが自殺で亡くなられた時に、
良く世間一般では、「早く死んだ息子さんの事を忘れて頑張りなさい!」
と言う励ましの言葉を頂きますが、

死んだ息子さんのことを忘れずに毎日思い出していると、
毎日が癒される感じ、悲しみや絶望感で「世間が灰色に見えた」中に時間とともに、
心が癒されて行く、「何か天国の息子と自分の心がつながっているような感じです」。

何か時間の経過とともに、大きな財産をいただいたような感じです。
という趣旨のことを話しておられました。

*天国からの言葉

そうです。死んだ人のことを忘れずに、
毎日思い出し、生前の幸せに心からの感謝をして、
楽しかった思い出をいろいろ思い出していれば、
やがて「天国からの言葉」が聴こえてまいります。
天国からの言葉が心に強く響いてまいります。

私が神の存在に気が付いたのは、約、友が亡くなってから1年過ぎてからでした。
それから約2年間に渡って、心に自分の知らない言葉が浮かんでまいります。

しかし私は心に浮かんで来る言葉の意味を知りませんから、
辞書を引きます。その時点では辞書に書いてある意味が、
完全に理解出来ませんでした。
そこで、
心に浮かんで来る言葉と意味、内容を大学ノートに書き込みました。
ノートは、3年間で約7冊に成りました。

あるとき不思議な現象が起こり、
「知る」という言葉が、
心に強く響きました。(友の死後1年4ヶ月、2003年6月の出来事)

混雑する朝の踏み切りを、迂回する道路を探しただけなのに、
なにか
「新しい道を知った」と大変感激いたしました。

「知る」という言葉はふだん気にしないで使っているのに、
何か強く心に響いた。ただ
「知る」という言葉に、こんなに興奮するなんて、
これはいったい何なのだろう。
「不思議な現象だ」と思ったのです。

「人は知らずに損をしていることが多いものです」とか、
「もっと人の話を聴き、勉強しなければ」とか「自分は知らないことが多すぎる」とか、

「また別の方法を知るとそれが正しいと思い込み、
それを信じてしまうので人生が狂う」
など、
「知る」ということについて、いろいろな表現が心に浮かんできました。

あるとき、「自分は電気屋なのに、パソコンを知らないなんて」、
と思い2003年7月にいろいろ調べた末に、安い新型のパソコンを買い、
自分でADSL、プロバイダー契約、セッティングも全て完了させました。

いろいろ壁にぶつかりまいたが、それも乗り越えて、
今はパソコンの素晴らしさに魅了されています。

文を書くことも、ホームページで世界に発信することも、
神の存在をホームページで世界に証明することも、
なんと素晴らしいことかと、なんと素晴らしいことを、
知ることが出来たのだろうと感激して、
今は毎日パソコン・ホームページの作成にとりこになっています。
毎日パソコンに「無我夢中」に成っているところです。

それから3ヶ月ほどして、今度は
「気が付く」という言葉が心に響いてきました。
そこで、「知ると気が付く」の違いは何だろうと、考えたわけです。

妻に聞いてみましたら「同じ意味ではないの?・・・」といいます。
しかし
「知るとは知識を頭に入れること」であり、
「気が付くとは身体で感じ、心で感ずる」ことだと、
いろいろなことが心に浮かんできました。

何日も考えているうちに、
「悟り」という言葉が心に浮かんできました。
そこで辞書を引いてみると、
なんと
「悟りとは悟ること、知ること、気ずくこと」、と辞書に出ているではありませんか。
さらに
「悟るとは迷いを去って真理を知ること」とも出ていました。

大変、感動、感激しました。
2004年2月、ともが亡くなってから、丁度2年目の不思議な出来事でした。

*神は感性を高める崇高なる師

神は年月を掛けて、順番にいろいろなことを教えてくれます。
私の心の変化と悟りの状態におおじて、

また、私が神の導きの言葉を実践行動に移したり、
体で行動していく状態に応じて、どんどん言葉を心に浮かばせてくるのです。

普通、勉強は大学でも、知識を頭で記憶しますが、
神は心を通して、言葉を伝えてまいります。
したがって心に言葉を叩き込む為に、言葉の奥深い意味や、
内容がどんどん理解出来てまいります。

さらに言葉の意味内容をノートに書き込みますから、
覚えるのが完璧に成ります。

さらに神の導きの言葉を実践行動してまいりますと、
言葉の理解度は高まってまいります。

難しい、仏教の言葉や、哲学の言葉の理解が、
いとも容易く出来るように成って行くのです。
これを、「感性の高まり」と言うのです。

この3年間の体験で、私は神の導きによって、
仏教の世界、イエス・キリストや全ての宗教の世界、
哲学の世界を全て知り、気が付くことが出来たのです。


世界の仏教、宗教の根源は一つで有る事を発見
する事が出来たのです。

私の発表で、近い将来、必ず私と同じ体験をする人が、現れます。
どんどん現れてまいります。

「大切な子供の死・愛する人の死、死んだ人のことを忘れずに、毎日思い出す」
これを実践行動することで、見事に神と出会える、
遭遇出来る人達が沢山現れる時代が到来すると確信する訳でございます。

まさに、コロンブスの卵と成るでしょう。
貴方もどうぞ素晴らしい神と出会い出来ますように
、誠の愛に出会えますように、心からお祈り申し上げます。

人間の誠の心の幸せを願う 大井今朝雄


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