私にも出来ること

 

  あこがれていた結婚もあきらめていたころ       

  父の定年も近づいていた                        

    埼玉でステンドグラスをしていた叔母が 

   「大人3人が 頭付き合わせていてもいい事ないから

   さっちゃん うちに来てステンドグラス覚えたら」と 私の生き方の案を出してくれた           

   ステンドグラス? ガラス  あんな壊れやすいもの 

  パーキンソンの私に出来るわけないと思いつつ

   叔母に連れられ おばの家に住み込みのような形で

  ステンドグラスを教わりました              

  叔母と言っても 私とは10歳違い 買い物好きの叔母  

  手作りのイベントも多く 毎日のように車で出かけ 

  人が集まり カラオケに行って 楽しいこと 30歳過ぎて

  やり残していた青春を取り戻している そんな気がしてました        

  もともと明るい性格 おしゃべり大好きの私は 

  叔母の周りの人たちにもかわいがってもらった

  時間はあっという間に過ぎていきました

   そうそうステンドグラスでした                             

  高いばかりイメージ そのガラスの種類の多いこと           

  中には 気泡が入っていたり 波打っていたり いろいろでした 

 ステンドグラスの問屋さんにも行きましたが 回りがガラスばかり 固まる緊張と転ばないようにと

  気をつけていました 無理なときは せっかく行ってても車で待つこともシバシバ  

  思ったとうり ガラスカッターでガラスを切るたびに体はこわばり固まる

      硬くなるので思うようにガラスは切れない 

    へんに力が入り 体が痛くなったり やっぱり私には無理かと思ったりもしました

   それでも 動けるときに出来ること 何かをしている時間が私には大切でした    

  何と言ってもガラスの美くしさ  ステンドグラスに夢中

 出来ていく喜び 楽しさを感じ 知りました                  

  眠っていた脳の一部が動き出したように・・・        

  手が汚れるわけでもないし 薬が切れてきたらすぐ止められます

  ジッとその場で 次の薬の効くのを待つのです   

  そのころは  いろんなイベントが開かれいました               

  自由人 個性を持った楽しい人たちと たくさん出会いました                                 

  私は 自分の手で 作り出す喜びと楽しみを教えられました 

  明かりを入れたときの神秘的な光の感動            

  ステンドグラスの作品を作りながら ウキウキしている自分が そこに居ました              

  何より嬉しかったのが パーキンソン病の震える不器用だったこの手で 

  作った作品が売れたり 私の考えたデザインが形となって出来上がる

 その頃は 景気もよく手作りの物が作者のこだわりとして売れていたのです

 フリーマーケット 骨董 クラフト いろんなとこで いろんなイベントが

 開かれていました

 その時 人と出会う楽しさ アイデアで出来ていく楽しさを教わりました                

  そして病気でも 自分の居場所と 

  自分に出来ること好きなことを見つけることが大切 

 その年の 12月の29日には 田舎の岩手に帰り

  自分なりにコツコツとステンドグラスを作って暮らしていくつもりでした       

     11月27日までは                       

   私の人生は ここの日から 大きく前向きに 変わって行くのです。

   

                                

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