(地面に中年男性がしゃがみこんでいる。
  そこへ別の中年男性が通りかかる。)

A>
もしもし。
どうかしましたか?
気分でも悪いんですか?

B>
あ、いえいえ。
蟻をね、蟻の行列を見ているんですよ。

A>
ああ、蟻ですか。

B>
ええ。
蟻です。

A>
何か珍しい蟻なんですか?

B>
いえ、特に珍しい蟻とかではないんですけどね、
このね、蟻の行列を見てるとね、
心がずーっと落ち着いてきて、
そのうちに無の境地になれるんですよ。

A>
あ、そうなんですか。
では、これで。

B>
あ、ちょっとちょっと。
一緒に蟻の行列を見ていきませんか?

A>
は?
私も、ですか?
いえ、いいですいいです。

B>
まぁまぁ、そう言わずに。
たまには蟻の行列を何も考えずにボーッと見るのもいいもんですよ!
心が癒されますよ!
知ってます?
フランスでは蟻の行列のことを
「癒しの動線」
と呼んで、精神的に問題のある人達の治療法として実用化されているんですよ。

A>
蟻の行列を見ることが、ですか?

B>
そうです。
蟻の行列を見ることが、です。

A>
あ、そうなんですか。
じゃあ本当に心の癒しに有効なんですね。

B>
そうなんですよ。
ちなみにアフリカでは
「オオアリクイの餌」
って呼ばれているみたいですけどね。

A>
え?
あ、あのー、
それってそのままじゃ・・・。

B>
そしてエジプトでは
「ピラミッドを建築する人々のようだ。」
って呼ばれてます。

A>
それはただの感想では・・・。

B>
ということで、これらの話は全部作り話なんですけどね。

A>
作り話かよ!
ちょっと本気にしちゃったじゃないですか。

B>
作り話にしてはよくできてるでしょ?!
蟻の行列をじーっと見てるとこういう事が
次から次へと頭へ浮かんでくるんですよ。

A>
いやいや、
あなたさっき
「蟻の行列を見てると無の境地になれるんだ。」
みたいなことを言ってましたよね?!
全然無の境地になれてないじゃないですか!
雑念の塊じゃないですか!

B>
あははははははは!
そうですね。
確かにその通りです。
でもそれは私の修行が足りないからであって、
しっかり修行をすれば、ちゃんと無の境地になれるんですよ!

A>
えー?
修行とかしなきゃいけないんですか?
ますます見る気がしないですね。

B>
いえいえ。
最初からそんなに気負う必要はないんですよ。
ただボーっと眺めていればいいんですよ。

A>
でもねぇ、
別にそう言われても全く興味がないのでねぇ。

B>
じゃあこの話を聞いてください。

A>
いや、別にいいですよ。
もう帰りますから。

B>
まぁまぁまぁまぁ、
もうちょっと、もうちょっとでいいから聞いて行ってくださいよ。

A>
なんですかもう、うるさいなぁ。
わかりましたよ。
話を聞くだけですよ!?
で、なんですか?

B>
蟻ってなぜ道に迷ったりしないで
巣や餌の間を行ったり来たりできるのか知ってます?

A>
それは前の人の後ろにぴったりくっついて行ってるからじゃないんですか?

B>
バカか!
お前はバカか!
バカバカか!
蟻は1匹でも迷わずに餌にたどりついたりできるだろ?!
もっと考えろよ!

A>
はぁ、すみません。
そんなにバカバカ言わなくても・・・。

B>
じゃあ教えてあげるからよくきいてろよ!

A>
はい。

B>
蟻はなぁ、お尻から甘ーい蜜を出してるんだな。
この甘い蜜のことを蟻蜜っていうんだけどね、
この、道に付着した蟻蜜を目印にすることによって
同じところを何度も行ったりできるわけなんだよな。
蟻って賢いだろ?!

A>
はぁ、そうですね。

B>
わかったか!?

A>
はい。
わかりました。
だけど、その話が何か?

B>
この話か?
この話はなぁ、
俺って物知りだろ?
っていう自慢だ。

A>
自慢かよ!!
このやろー!!
人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!

B>
ご、ごめんなさい。
嘘です。
嘘です。
物知りじゃないです。

A>
別に嘘じゃねーじゃねーか。
実際物知りじゃん!

B>
いや、蟻蜜が・・・。

A>
そこが嘘かよ!
人の事さんざんバカにしたくせに。
もういいよ!
帰るよ!

B>
あ、ちょっとちょっとちょっと。
ちょっと待ってください。

A>
なんだよおめーはよー!
しつっこいのー!

B>
それがね、お客さん。
蟻の行列ってね、
よーく見てると結構面白いんですよ!

A>
だっ、誰がお客さんだよ!
お前、何か売りつける気か?

B>
あ、いえいえ。
ちょっと調子に乗ってしまいました。
お客さんじゃないですね。
すみません。
別に何も売りつけたりしませんので安心してください。

A>
当たり前だよ!
さんざんバカにされて、その上何か売りつけられたんじゃ
たまったもんじゃないからな。
で、何が結構面白いんだ?

B>
それがですね、
蟻もこれだけの数がいると中にはいろんな蟻がいるんですよ。
笑っている蟻、泣いている蟻、怒っている蟻、楽しそうな蟻、
さまざまなんですね。
それらの表情を見てるだけでも面白いんですよね。

A>
蟻に表情なんかあるわけねーだろ!
っつーか、もしあっても小さすぎて見えないだろ!

B>
はい。
そうなんです。
確かに小さすぎて見えないんです。
しかしですね、私が駄菓子屋で100円で買ってきたこの虫眼鏡!
これさえあれば、表情どころか顔のシワの一本一本まで
くっきりと見えるんです。

A>
シワの一本一本て、
蟻は外骨格だから、シワなんかあるわけねーだろ!

B>
いえいえ。
それがちゃーんとあるんですよ。
この虫眼鏡で見ればそれがわかるんです。

A>
嘘つけよ!!
じゃあ虫眼鏡貸してみろよ。
見てみるからよー。

B>
500円。

A>
え?

B>
500円。

A>
え?
だから何?

B>
虫眼鏡のレンタル料。
500円。

A>
やっぱり金とるんじゃねーか!!
しかも500円も!
買うよりたけーじゃねーか!

B>
金は当然もらいますよ。
あなた、ただで虫眼鏡が借りれると思ったんですか?
結構図々しい人ですね。

A>
お前がさっき何も売りつけないって言ったんじゃねーかよ!

B>
別に何も売りつけてねーだろ!!
貸すだけだろっ!!
バカ!

A>
むっきょー!!
またバカ呼ばわりしたな!
売るも貸すもなぁ、金をとれば一緒なんだよ!!
お前がバカ!
お前がバカ!

B>
うるせー!!
そんな屁理屈が通るかよ!!
結局借りるのか借りないのか、はっきりしやがれ!

A>
そんなの借りるわけねーだろ!!
何でお前が切れるんだよ!
ウガーッ!!

B>
まぁまぁ、そんなに怒ってはだめですよ。
そういう時にこそ、蟻の行列をじーっと見るんです。
そうすると心がだんだんと落ち着いてきて
何があっても腹が立たなくなり、おおらかな気持ちになれますから。

A>
さっきまで見てたお前もきれてたじゃねーかよ!!
全然説得力ねーんだよ!

B>
私はまだまだ修行が足りませんので。

A>
ああ、そうですか。
はいはい。
わかりましたわかりました。
じゃあもっともっと修行して、早く立派な人になってくださいね。
じゃ!

B>
あ、ちょっとちょっとちょっと。
ちょっと待ってください。

A>
だから何々だよ、おめーはよー!
しつこいなー!
何か俺に蟻の行列を見せるメリットでもあるのかよ!

B>
そうなんですよ。
実はメリット大有りなんですよ。
あ、大有りって言っても、
大きな蟻のことじゃないですからね。

A>
うるさいっ!!
そのくらいわかるよっ!!

B>
まぁまぁ、そう言わずに。
損はさせませんから。
蟻の行列を見ているだけで
今からすごい事が起こりますから。

A>
お前、どーせなんだかんだ言ってまた金取る気だろ?

B>
いえいえ。
そんなことは決してないです。
蟻に誓って。

A>
蟻に誓う、て、
誓う先が小せえんだよ!
じゃあ、いいよ。
もう。
なんだよ、すごいことって。
このままじーっと見てればすごいことが起きるのか?

B>
そうです。
このままじーっと見ていれば・・・えいやっ!!

(と言って男Bが男Aの背中を押す。
  高さ2.5mほどのすり鉢状の落とし穴に落ちる男A。)

A>
うわっー!!
・・・・・・
て、てめぇ、何するんだよ!

B>
驚きました?

A>
驚くよ!
驚くどころじゃねーよ!
ムカツクよ!
なんで俺を落とし穴に落としたりするんだよ!

B>
ふっふっふ。
それ、ただの落とし穴だと思います?

A>
何?
ただの落とし穴じゃねーのかよ!

B>
ふっふっふ。
そうです。
その穴は蟻地獄なのです。

A>
なにー?
蟻地獄だー?
そうすると穴の底から蟻地獄が出てくるとでもいうのかよ。
でも別に蟻地獄が出てきたって怖くもなんともねーよ。
蟻地獄の体長なんて1cmもないんだから。
可愛いもんだよ。

B>
ふっふっふ。
本当にそうかな?
ほら、穴の底から何かが出てこようとしてますよ。

A>
別に蟻地獄が出てきたって怖くもなんとも・・・
う、うわー!!
なんだこれは!!
で、でけー!!

B>
カバです。

A>
カバかよ!!
じゃあ蟻地獄じゃなくてカバ地獄じゃねーかよ!

B>
お前はバカか!
蟻地獄は蟻を食べるから蟻地獄なんだろ!
カバ地獄ならカバが餌になるじゃねーか!
だからこれは蟻地獄で合ってるんだよ!

A>
っちゅうことは何か、このカバは蟻を食べるのか?!

B>
そうだよ。
蟻を食べるんだよ。
そして、人間もね。

A>
まじでか!!
じゃあ早く助けろよ!!

B>
さーて、どうしようかなぁ。
助けようかなぁ。
そんなに命令口調で言われたら助ける気無くすよなぁ。

A>
お願いします。
助けてください。

B>
うーん、まぁいいでしょう。
では助けてあげましょう。
はい、それではこの棒につかまって。


(棒に捕まる男A。男Aをひっぱり上げる男B。)


A>
はぁはぁ。
あー、怖かった。
死ぬかと思った。

B>
助かって良かったですね。

A>
うん。
助かって良かったなぁ、って、
元はと言えばお前が落としたんだろが!
このやろー!

B>
500円。

A>
え?

B>
500円。
助け賃。

A>
お前、バカじゃねーの!
そんなの払うわけねーだろ!
こっちが落とされ賃をもらいてーくらいだよ!

B>
なんだ。
あなたは蟻以下の人間ですね。

A>
なんだよ。
蟻以下の人間て。

B>
蟻は実は賢い昆虫なんですよ。
仲間が蟻地獄に落ちると
長い小枝を拾ってきてそれで仲間を助けだすんです。
そして助けられた蟻は、お尻から出てくる蟻蜜を、
お礼として助けてくれた蟻に渡すんですよ。
蟻でさえお礼をするのに、
人間であるあなたがお礼をしないなんて本当に蟻以下ですね。

A>
お前、嘘つくなよ!
だいたい蟻蜜の話自体が嘘だったじゃねーか!

B>
あれ、ばれました?

A>
ばれるよ!
当たり前だろ!
全く!!
もういい!!
本当にいい!
帰る!
じゃーな!
もう二度と俺の前に顔を出すんじゃねーぞ!

B>
あ、ちょっとちょっとちょっと、
ちょっと待ってください。

A>
うるさいよ!
しつこいよ!
もう何を言われても待たねーよ!!

B>
最後に一つだけ言わせてください。
帰るときはちゃんと蟻蜜を尻から出しながら帰ってくださいね。

A>
そんなもん出すか!