若いカップルが車に乗っている。
車は東名高速を大阪方面に向かって走っている。
男>
久しぶりだなぁ。
大阪に遊びに行くの。
女>
そうね。
一年ぶりですもんね。
楽しみだわ。
(と、外からパカパカという音が聞こえてくる。)
女>
ねぇねぇ。
男>
ん?
女>
外から何か馬が走っているような音が聞こえてこない?
男>
ん?
どれどれ。
・・・・・・・
そう言われてみれば聞こえるような。
この辺に競馬場か牧場でもあるんじゃない?
女>
えー?
だってそれだったら聞こえるのは一瞬でしょ?!
今はずーっと聞こえてるのよ。
しかもだんだんと音が大きくなってきてるし。
男>
そう言えばだんだんはっきりと聞こえてきてるなぁ。
女>
(と、後ろを見る女)
あ、あなた、
大変よ!
馬よ!
馬が道路を走ってくるわよ!
男>
な、なんだって?
そんなバカな。
(と言って、バックミラーを覗き込む)
ほ、本当だ!
馬が走ってくる!
どこかの牧場から逃げ出したのかな。
女>
ね、ねぇ、
よく見ると背中に人が乗っているわよ!
男>
な、なに?
ほ、ほんとだ!
人が乗ってる!
しかもヨロイカブトを着ているように見えるぞ!
武士じゃん!
何かの撮影か?
女>
そんな、撮影にしては変よ。
だって、あの馬、すごく早いわよ。
私たちの車に追いつく勢いじゃないの!
男>
そ、そうだよな。
ありえないよな。
いったい何なんだ?
これは。
女>
私、なんだか怖いわ。
もっとスピード出ないの?
男>
それが、さっきからもっとスピード出そうとしてるんだけど
全然ダメなんだよ。
アクセルを踏んでも踏んでもスピードが出ないんだよ。
女>
そ、そんな!
早くしないと追いつかれるわよ!
ああ、もうそこまでやってきたわ!
男>
でも、そんなこと言ったって
出ないもんは出ないんだよ!
女>
きゃああああ!
とうとう追いつかれたわ!
真横まで来たわよっ!
なんとかしてー!
(助手席側の窓をノックする武士)
武士(以下、武)>
コンコン。コンコン。
男>
お、おい。
ノック、ノックしてるぞ。
女>
し、知ってるわよ。
男>
ま、窓、開けたほうがいいんじゃないのか?
女>
ば、バカなこと言わないでよ!
怖いでしょ!
男>
で、でも開けないと大変なことになるんじゃないかなぁ。
(さらに強く窓をノックする武士)
武士(以下、武)>
コンコン!コンコン!
男>
ほ、ほ、ほら。
だんだんノックがする音が大きくなってるよ。
開けないと窓を壊されかもしれないよ。
窓を開けたほうがいいんじゃない?
女>
いやよ!
怖いのは私なのよ!
私に何かあったらどうするの!
男>
だ、大丈夫だよ。
ノックしてるくらいだからそんなにひどいことはしないと思うよ。
っていうか、窓を割られたら本当に命に関わることになると思うよ。
(さらに強く窓をノックする武士)
武士(以下、武)>
コンコン!コンコン!コンコン!
男>
ほ、ほら!
もう窓が割れそうだよ。
いい?
開けるよ!
女>
わ、わかったわ。
でももし私に何かあったらちゃんと助けてよね。
男>
それはもちろんわかってるよ。
じゃあ、開けるよ。
女>
う、うん。
(「ウィーン」とパワー・ウィンドウが開く。
開いた窓から武士が顔を入れてくる。)
女>
キャアアアアアアアアア!!
(と言ってパワーウインドウを閉める女)
武>
い、いたたたたたたた。
ば、バカ!
首が絞まるよ!
開けて!開けて!
女>
キャアアアアアア!
助けてーーーーー!
武>
た、助けて欲しいのは俺のほうだよ。
は、早く開けて!
このパワーウィンドウ、開けて!!
男>
た、大変だ!
(と言ってパワーウインドウを開ける男)
武>
あー、びっくりした。
死ぬかと思ったよ。
もう、勘弁してくれよー。
男>
だ、大丈夫ですか?
怪我はなかったですか?
武>
ああ。
別に怪我はなかったようだけど。
頼むよ、もう。
ほんと。
男>
ほ、本当にすみませんでした。
武>
次から気をつけてよ!
男>
は、はい。
武>
ふー。
やれやれ。。。。
・・・・・・・・・
男>
あ、あのー・・・・。
武>
何?
男>
何か用でしょうか。
武>
あ、ああ、そうそう。
水、水くれない?
ノドが乾いちゃって乾いちゃって。
男>
あ、はい。
ウーロン茶しかないけど、いいですか?
武>
ああ、うん、ウーロン茶でいいよ。
男>
は、はい。
ではどうぞ。
武>
ありがとう。
ゴクゴクゴク。
ふー、生き返ったよ。
サンキュー!
男>
い、いえ。
武>
さてと、またひとっ走りするかな。
男>
あ、あのー、
ちょっとお聞きしていいですか?
武>
ん?
何?
男>
あなたは誰なんですか?
武>
ん?
拙者か。
拙者は坂田彦左衛門という武士でござる。
男>
きゅ、急に言葉遣いが変わりましたね。
武>
ぬわにー?
(と言って腰の刀を抜く武士)
男>
あ、いえいえいえ。
べ、別に何でもありません。
ところで武士の坂田殿はここで何を?
武>
拙者か。
拙者は関が原の戦いに参戦するために東京から馬を走らせて来たのでござる。
お主らもそうではござらぬのか?
男>
いえいえ。
私たちは大阪に遊びに行っているだけです。
武>
ぬわにー?!
この一大事に大阪に遊びに行っているとはなんたる不届き者。
よいか。
遊んでいる場合ではないのだぞ!
天下分け目の合戦なんじゃぞ!
拙者と一緒に関が原に行き、西軍を倒すのじゃ!
よいな!
男>
あ、あのー、ちょっといいですか。
武>
ん?
何だ。言ってみろ。
男>
関が原の戦いはとっくの昔に終わっているんですが・・・
武>
何ー?
今なんと申された?
男>
関が原の戦いはとっくの昔に終わっていると・・・・
武>
何ー?
とっくの昔???
「とっく」ってどういう意味?
そんな今風の言葉を使われてもわかんないよ。
男>
「とっく」って今風かなぁ。
さっき「パワーウインドウ」って言葉使ってたくせに。
いいですか。
「とっくの昔」っていうのは「ずいぶん前」ってことですよ。
武>
ああ、昔の言葉で言うと
「ちょー昔」ってことね。
はいはい。
な、何ー?
ちょー昔???
それは具体的にはどのくらい昔のことなのじゃ?
男>
はい。
今からおよそ400年ほど昔ですが。。。
武>
今から400年前というと1600年くらいか。
ちょうど徳川家康公が江戸に幕府を開いたのと同じ頃だな。
男>
え、ええええ?
徳川家康が江戸に幕府を開いたのを知っているんですか?
武>
そんなの当たり前だろ!!
小学校の授業でちゃんと習ったわいっ!
バカにするのもたいがいにせえよ!
男>
い、いや、別にバカにはしてないですけど・・・・・。
小学校の授業?
ですか・・・・・
武>
そうじゃ。
男>
あ、あれ?
俺って何か勘違いしてるのかなぁ。
あのー、坂田殿は関が原の合戦に向かっている最中、
何らかの原因で現代にタイムスリップしてきた武士、
ではないんですか?
武>
お前、何言ってんだよ。
そんなタイムスリップなんて、
この科学の進んだ現代においてあるわけないじゃん!
男>
え、ええええええ?
でも、坂田殿は武士ですよね!?
武>
いかにも!
男>
馬に乗ってますよね?!
武>
乗ってるねー。
男>
鎧かぶと着てますよね!?
武>
うん。
男>
関が原の戦いに向かってるし。
武>
そうそう。
男>
名前も「坂田彦左衛門」って
思いっきり昔風の名前だし。
武>
そうそう。
女>
ちょっとお口くさいし。
武>
そうそう。
ん????
って、ああああ、あほか!
くさないっちゅうねん。
男>
このような状況を考えるとですね、
タイムスリップしてきたとしか考えられないんですよ。
武>
なるほど。
確かにこのような状況で考えると
タイムスリップ以外に説明がつかなそうだね。
男>
そうなんですよねー。
武>
じゃあ、一緒にこの不思議な現象について考えてみましょうか。
男>
そうですね。
そうしましょう。
武>
うーむ。
男>
うーむ。
女>
こらこらこら!
そこのあほあほコンビ!
二人揃って考えたって、答えなんか出るわけないでしょ!
考えてないで、お互いに質問しあうのよ!
そうすれば自ずと何かわかってくるはずよ!
武>
そ、そう言われてみれば、確かにそうでござるな。
男>
じゃあ私の方から質問するので答えてくださいね。
武>
うむ。
わかった。
男>
では質問します。
まずは・・・・・・・・
うーん、そうだなぁ。
この質問だな。
生年月日はいつですか?
武>
生年月日かぁ。
生年月日は1973年6月2日じゃ。
今年で30になりました。
ミソニです。
男>
え?
うどん?
ああ、ミソジ、ですね。
武>
そうそう、それそれ。
男>
1973年ということは、あなたは現代人なんですか?
武>
そりゃそーだろ!!
さっき
「小学校の授業で習った。」
って、言っただろ!
戦国時代に小学校とかあったのかよ!
なかっただろ?!
じゃあ現代人じゃないか。
ちゃんと考えて質問しろよ、ボケ!
男>
いやいや、
確かにそうですけど、
格好とか馬とか、あらゆる状況からして
とても現代人とは思えないじゃないですか。
もう、怒んないでくださいよー。
では、現代人ということで質問しますが、
なんでそんな武士のような格好をしてるんですか?
武>
お・ま・え・は・あほかっ!!
さっき、
「拙者は坂田彦左衛門という武士でござる。」
って言っただろーが!
武士が武士の格好してて、何が変なんだよ!
しかも今から関が原の合戦に参加しに行くんだぞ!
鎧かぶとを着てるの、当たり前だろ、ボケ!
男>
わ、わかりましたよ。
そんなに怒らないでくださいよ。
えーっと・・・・・
あ、そうそう、
坂田殿は武士なんですよね?!
武士ってことは誰かの家来なんですよね?!
誰の家来なんですか?
武>
誰の家来でもねーよ!
浪人だよ!
江戸の町で傘職人として食いつないでいるんだよ!
わりーかよ!
男>
い、いえいえ。
全然悪くないです、はい。
しかし変ですねー。
さっきは、
「東京から馬を走らせて来た」
って言ってたのに、今度は「江戸」ですか。
武>
ああ、それはね、「東京から」っていうのは
別に本当に東京から来たってことじゃなくて
東京方面から来たってことなんだよ。
だからちゃんと言うと
「江戸の町から馬を走らせてきた。」
ってことなんだよ。
男>
いや、ですから、
東京と江戸って場所的に同じじゃ
武>
なんだよ、うるせーな!
江戸も東京もここから見たら同じ方向になるだろうが!
ええっ!
違うのかよ!
男>
いえ、確かに方向だけで言うと同じですけど・・・・
武>
ならいいじゃねーかよ。
細かいことグダグダ言うんじゃねーよ。
確かに俺が言ったことは間違いやすい言い方だったかもしれないよ!?
でも別に間違いじゃないだろ!?
そんなに俺を責めるなよ。
男>
いや、別に責めてないですし、
間違い易いとかにくいとか、そういう問題じゃないですから。
うーん、困ったなぁ。
何をどう質問すればいいんだろう。
女>
えーい!
もう、頭悪いわねぇ。
こういうのは疑問点を整理して理論的に話を
進めればいいのよ。
まず、疑問点その一。
この人は誰なの?
男>
それは、坂田彦左衛門。
30歳武士。
江戸の町で傘を作って生活している。
女>
じゃあこの人は何故ここにいるの?
男>
関が原の戦いに参加するため。
女>
関が原の戦いって、もうやってないわよ。
男>
それは坂田殿もさっき理解したみたい。
女>
うーん・・・・・・。
意外とややこしいわね。
なんでややこしんだろ。
私もどっかでだまされているのかしら・・・。
男>
だろ?!
何か変なのはわかるんだけど、それを確認できないんだよ。
女>
あ!
そうだわ!!
この馬、時速100kmで走っているこの車に追いついてきたわよね!
そんなスピードで走る馬って、常識で考えてありえないわ。
このことについて聞いてみたらどうかしら。
男>
そうだね!
それはいい考えだね!
じゃあ聞いてみるか。
あのー。
武>
ん?
男>
その馬、なんで時速100kmで走っている車に追いつけるほど
早く走れるんですか?
武>
そんなの知らねーよ!
俺は馬じゃないんだから!
馬に聞けよ!
ボケッ!
男>
ご、ごもっともですね。
・・・・・・・・
はぁ。。。。
女>
そうか、そう来たか。
じゃあねぇ、車のスピードをあげようとして
アクセルを一生懸命踏んでたのにスピードが全然あがらなかったでしょ?!
そのことについて聞いてみたら?
男>
えーーーーーー。
やだよー。
どうせ、
「俺は車じゃないんだから!」
って言われて怒られるに決まってるよ。
女>
別に決まってないわよ!
違うこと言うかもしれないじゃない。
ダメ元で聞いてみてよ。
男>
わ、わかったよ。
あ、あのー。
武>
ん?
男>
さっきですねー、車のスピードをあげようと思って一生懸命
アクセルを踏んでたのに全然スピードがあがらなかったんですよ。
なんでだと思います?
武>
そんなの知らねーよ!
俺は車じゃないんだから!
車に聞けよ!
ボケッ!
ボカッ!(と言って頭を殴る)
男>
痛っ!!!!
・・・・・・・・・
やっぱり予想通りの答えだったじゃーん!
その上殴られたしー。
聞かなきゃよかったじゃーん!
女>
あはははははははは!
男>
わ、わらうなよ!
女>
うーん、困ったわねぇ。
じゃあ何を聞けばいいのかしらねぇ。
男>
うーーーーーーん。。。。
・・・・・・・・・・・・
そうだっ!!
今度は逆に向こうに質問してもらうってのはどう?
女>
あ、そうね!
それはいい考えだわね。
そうすると向こうが疑問に思っていることもわかるし。
それいいわね!
じゃあやってみましょ!
男>
うん。
やってみようか。
あのー、今度は坂田殿のほうから質問してもらえません?
武>
うん。
いいよー。
じゃあ、質問するね!
二人は付き合ってどのくらい?
男>
もう3年になります。
武>
そうかぁ。
3年かぁ。
じゃあぼちぼち結婚とかも考えているんじゃないのかな?!
男>
そうですね。
彼女ともぼちぼちかなぁなんて言ってるんですけどね。
武>
ですかぁ。
いやぁ、羨ましいなぁ。
このこのー。
(と言って男の頭をこづく)
男>
や、やめてくださいよー。てへへへへへへ。
武>
・・・・・・・・・・・・・・
男>
・・・・・・・・・・・・・・
女>
お、終わりかよ!!
何だよその意味のねー質問はよー!
だいたい自分でもよくわかってないこの坂田に
質問させること自体が間違ってるだろ!
先に気付けよ!私!
武>
あのー、帰っていい?
男>
は?
あ、ああ。
はいはい。
別に帰って頂いて結構ですが・・・。
武>
そうですか。
では、東京に帰ります。
具体的には江戸の町に。
東京方面の江戸の町に。
男>
はぁ。
武>
関が原の戦いをやってないんじゃ、大阪に行く必要は無いですもんね。
男>
そうですね。
武>
じゃ!
また!
男>
は、はぁ。
さようなら。
女>
さようなら。
(と言ったかと思うと、馬から飛び降りて走って東京方面へ向かう坂田であった。)
女>
結局なんのことかもう全然わかんなかったわね。
男>
そうだね。
でも一番の謎は、最後になぜ馬を降りて走って帰っていったのか、
ってことだね。
女>
え?
別にそれが一番じゃないでしょ。
坂田はいったい何者だったのかってのが一番の謎でしょ。
男>
え?
だから坂田殿は坂田彦左衛門という武士で江戸に住んでて
女>
あーーー、もういいってば!
彼が誰かということじゃなく、彼の存在自体が謎なの!!
男>
いやぁ、なんだかんだ言って、僕にはわかった気がするね。
女>
え?
何?
何がわかったの?
わかったんなら教えてよ。
男>
うん。
じゃあ教えてあげよう。
僕たちは夢を見ていたのさ!
女>
なるほど。
私たちは結局夢を見ていたのね、って、
結局夢オチかよ!
聞いて損したわ!
男>
でへへへへへ。
女>
ん?
ねぇ、また何か馬のひづめの音が聞こえてきたわよ。
男>
ほ、ほんとだ。
女>
(後ろを見る女性)
あ、ほら!
また変なのが来てるわよ!
男>
うわっ!
ほんとだ!
今度は西洋の甲冑を着た騎士だよ!
は、はえ〜。
あっという間に隣に並んだぞ!!
騎士(以下、騎)>
あのー、すいません。
こちらに鎧かぶとを着た武士が来ませんでしたか?
男>
え、ええ。
来ましたけど。。。
騎>
そうですか。
やはり来ましたか。
で、そいつはどちらに?
男>
さっき東京方面に戻られましたけど・・・
騎>
な、なにー?
あのやろう!
俺の鎧かぶとを着たままでー!
あ、どうもありがとうございました。
男>
い、いえいえ。
騎>
では!
はいよー!
(と言いながら馬を降りて駆け出す騎士)
男>
・・・・・・・・・・・・・
女>
・・・・・・・・・・・・・
男>
あのさぁ、
女>
ん?
男>
僕らも東京に戻ろうか。
女>
そ、そうね。
男>
もしかしたら、このまま大阪に行くと
とんでもないことが起きるから
大阪に行くのはやめなさいっていう神様の忠告かもしれないよね。
女>
そうね。じゃあ、帰りましょうか。
男>
うん、帰ろう。
(と言って、車を降りて駆け出す男)
女>
お、お前もかよ!!