コーチ



公園で少年が一人、壁に野球のボールをぶつけて遊んでいる。
そこに一人の男がやってくる。

コーチ>
よーし!
集合!

少年>
(えっ?という表情で男のほうを見る。)

コーチ>
おい!
集合だ、集合!

少年>
(男のほうに寄って来る少年)

コーチ>
よし。
集まったな。

少年>
あのー、

コーチ>
なんだ?

少年>
おじさん、誰?

コーチ>
こらっ!
おじさんじゃない!
コーチと言いなさい!
コーチと!
やり直し!!

少年>
え?
う、うん。
えーっと、
コーチは誰?

コーチ>
俺か?
俺はコーチだ。
お前、自分で「コーチ」って言ってるじゃないか。

少年>
それはおじさんがそう言えって言ったからだろっ!

コーチ>
コーチな。
コーチ。
おじさんじゃないから。
言い直して。

少年>
それはコーチがそう言えって言ったからだろっ!

コーチ>
あははは!
まぁ、そうだな。

少年>
なんだよ、それ。
あははじゃねーよ。
で、おじさんはコーチなんだよね?!
僕はただ遊んでるだけだから、コーチとかしてくれなくていいんだけど。

コーチ>
誰が野球のコーチをやるといった。

少年>
え?
違うの?

コーチ>
違う違う。
俺は野球のコーチではない。
お前の人生のコーチだ。

少年>
えー?
なにそれー。
そんなコーチなんか、野球以上にいらないよ。

コーチ>
ばかもん!
人生のコーチがついてるなんて、
みんなからしたらすごく羨ましいことだぞ!

少年>
誰も羨ましいとは思わないと思うけど?!
じゃあ、ボール遊び続けるね!

コーチ>
こらこら!
だめだ!
ボール遊びは中止だ!
これから俺が人生についていろいろとコーチしてやるから。
わかったな!

少年>
えー。

コーチ>
よし!
いい返事だ。

少年>
全然いい返事じゃないんだけど。
無理矢理だなぁ。

コーチ>
じゃあまずは親に叱られたときの対処法をコーチしてやる。
まずは俺が親の役をやってやるからお前、ちょっとやってみろ。

少年>
えー。
まじでー?

コーチ>
まじだ!
やるといったらやるんだ!
いいか、始めるぞ!
「こらっ!なんでお前はテストでこんな点数しかとれないんだ!」

少年>
「ごめんなさい。」

コーチ>
(ボカッ!っと少年の頭を叩く。)

少年>
いたっ!
何するんだよ!
本気で叩くなよ!
痛いじゃないか!

コーチ>
あー、もう全然ダメだな。
そんなことを親に向かって言うのが一番よくないぞ。

少年>
親じゃねーよ!
お前に言ってんだよ!

コーチ>
よし!
じゃあ俺が正解を教えてやる。
ちゃんと聞くんだぞ!
まず親が
「なんでこんな点数しかとれないんだ!」
って言ってくるだろ?!
そのときにすかさず腰を落として中腰になるんだ。
それから
「ごめんなさい。」
と謝る。
それから次に、親が叩こうとしてくるから、
このときにさっとグローブをかまえ、
上方から飛んできた親のゲンコツをグローブでキャッチするんだ。
その場合には、グローブはおでこのところでかまえるんだ。
そしてもし、親のゲンコツがゴロで飛んできたら
腰を下ろして体の正面で受け止めるようにするんだ。
わかったか!

少年>
わかんねーよ!
なんでグローブはめてることを前提で話してるんだよ!
親のゲンコツをキャッチしちゃだめだろ!
そんなことしたらますます親が怒っちゃうだろ!
そして、何で親のゲンコツがゴロで飛んでくることがあるんだよ!
バッカじゃねーの!

コーチ>
バカモン!
グローブは野球選手にとって魂みたいなもんだろ!
そんな大事なグローブなんだから、常にはめて生活しなさい!

少年>
だから俺は野球選手じゃないって!
っていうか、お前、ほんとは野球のコーチがしたいんだろ?!

コーチ>
したくないっ!
俺は野球のコーチじゃなくて、人生のコーチだっ!

少年>
わかったよ。
うるさいなぁ。

コーチ>
では次に、好きな子に告白するときの事をコーチしてやろう。
まずはお前がちょっとやってみろ!

少年>
えー?
またー?

コーチ>
まただ!
つべこべ言わずにやれ!

少年>
もー、しょーがねーなー。
じゃあ、
「前からずーっとあなたのことが好きでした。
  僕と付き合ってください。」
こんな感じ?

コーチ>
あー、もう全然ダメ。
ダメな事はやらせる前からわかってたけどね。

少年>
じゃあやらせんなよ!

コーチ>
いいか。
俺がこれから見本を見せてやる。
よく見てろ!
「しまっていこー!
  おー!
  僕はずーっと前から
  ボール!
  あなたのことが、
  ストライーク!
  好きでした。
  ストライーク!
  僕と
  ボール!
  付き合ってください。
  ストライーク!
  バッターアウトー!」
・・・・・
こんな感じだ。

少年>
「こんな感じだ」じゃねーよ!
わけわかんねーよ!
その、ボールだのストライクだのに何の意味があるんだよ!
しかも最後、バッターアウトて!
ダメじゃん!
アウトじゃだめじゃん!
せめて「カッキーン!ホームラン!」
とかにしろよ!
してくれよ!
って言うか、だから、お前は本当は野球のコーチがしたいんだろって!

コーチ>
なんでそう思うのか不思議だよ。
野球のコーチなんか全くしたくないってーの!

少年>
不思議でもなんでもねーよ!
そんな無理矢理野球の用語をからめてきやがって、
誰でもそう思うよ!!

コーチ>
よし!
じゃあ次だ!

少年>
おいおい!
少しはひとの話を聞けよ!
っつーか、まだやんのかよ!

コーチ>
当たり前だ!
やるに決まってるだろ!
まだまだコーチすることは山ほどあるんだから。

少年>
えー?
もう勘弁してよー。

コーチ>
だめだだめだ!
いいか。
次行くぞ!
次は山道を歩いているときに宇宙人に出くわしたときの対処法をコーチしてやる。

少年>
え?
なにそれ!
そんなの教えてもらったって一生使う機会なんかねーよ!

コーチ>
ばかもん!
そりゃー宇宙人に会う機会はないかもしれないよ?!
でもなぁ、熊とか山賊とかに会うことはあるかもしれないだろっ!
そういう時にこの対処法を知っておけば臨機応変に対応できるだろっ!

少年>
だったら熊に出会ったときの対処法を教えろよ!

コーチ>
熊に出会ったときの対処法だと宇宙人に出会ったときに困るだろっ!
少しは考えろよ!

少年>
えー?
なんかもう全然理解不能なんですけど。

コーチ>
いいんだよ。
最初は理解不能くらいでちょうどいいんだよ!
じゃあ、まず俺が宇宙人の役をやってやるから、
お前、どうしたらいいかやってみろっ!

少年>
もういいって。
また野球にからめて変なこと言うだけだろ?!

コーチ>
「ワレワレハウチュウジンダ。」

少年>
おい!
人の話を聞けって!
しかもなんだその宇宙人!
もし宇宙人がいたとしても宇宙人はそんなこといわねーよ!

コーチ>
あー、もう全然ダメ。
いきなり宇宙人にそんなこと言ったら
宇宙人、びっくりして泣いちゃうぞ。

少年>
だから宇宙人じゃなくてお前に言ってるんだって!
しかもそんなことぐらいで泣くような宇宙人だったら地球にはこないよ!

コーチ>
じゃあ俺が対処法を教えてやるからな。
宇宙人が
「ワレワレハウチュジンダ。」
と言ってきたら、
「かっとーばせー!
  宇宙人!
  ジャイアンツたーおーせー、
  オー!」
って言うんだ。
そしたら宇宙人のやる気が出るから。
頑張ろうって気になるから。

少年>
何のやる気だよ!
宇宙人が何をかっとばすんだよ!
俺が言った通りに野球をからめてきやがって。
バカタレが。

コーチ>
よーし!
これで人生でコーチしなければいけないことはすべて教えた。
お前にコーチすることはもう何もない。

少年>
終わりかよ!
お前、さっき山ほどあるって言ったじゃねーか!
でも良かったよ。
終わりで。
もうこれ以上時間を無駄にしなくて良さそうだな。
じゃあね、おじさん。

コーチ>
だからおじさんじゃないって!
コーチって言いなさい!
コーチって!

少年>
はいはい。
じゃーね、コーチ。

コーチ>
うむ。
またな。
明日もこの場所に集合な。

少年>
え?
なんだよ。
明日もくんのかよ。
もう人生のコーチは終わったんじゃねーのかよ!

コーチ>
ああ。
野球をからめた人生のコーチは終わりだ。
明日はテニスをからめた人生のコーチをしてやるので
テニスラケットを持ってここに集まるように!

少年>
うん。
わかったよ、コーチ!
こういう時の対処法は、お前の頭にこの野球のボールを
ドーーーーーーン!