温泉宿

客>
いや〜、温泉なんて何年ぶりかなぁ。
おっ!
ここが今晩泊まる宿だな。 
「ごめんくださ〜い。」 

旅館の主人(以下、主)>
だれ? 

客>
「だれ?」って。
客ですよ。
客。 

主>
おお!
これはこれは失礼を致しました。
私はこの温泉宿の主人、山下でございます。 
どうぞよろしくお願い致します。 

客>
あ、これはどうもご丁寧にありがとうございます。
わたしは、 

主>
あっ!
ちょっと待って! 

客>
はい?
ど、どうかしましたか。 

主>
ところで、客だと言い張っているあなたはだれ? 

客>
それを今言おうとしてたのに。
しかも言い張ってるって。
一回しか言ってないじゃないですか。 

主>
で、だれ? 

客>
で、だれ?て。
言葉づかい悪いですねぇ。
私は予約を入れておいた上山と申すものです。 

主>
上山、上山、ああ、上山ね。
はいはい。
聞いてますよ。 

客>
呼び捨てかよ!
客の名前呼び捨てかよ!
どんな宿なんだここは。 

主>
ところで上山さん、ここへは何をしに? 

客>
いえね、人里離れた宿で、ゆっくり温泉にでもつかってノンビリしようかと。 

主>
本当ですか? 

客>
本当ですか?ってどういうことですか?
温泉以外にも何か観光名所があるんですか? 

主>
いえね、この宿に来る人の9割の方はみんな温泉でゆっくりしに来たといっておきながら、 
実は自殺しに来てるもんでね。 

客>
おいおい。
まじかよ!
縁起悪いこと言わないでくださいよ。 
しかも、もしそれが本当の事だったとしても
普通は客にはだまっておくもんなんじゃないんですか? 

主>
んで、残りの1割の方は、自殺しに来たと正直におっしゃるもんで。
おほほほほほ。 

客>
きいてね〜よ。 

主>
今までにいろんな人が温泉の中で自殺をはかりましてね。 
常にお湯が真っ赤に染まっているという、本当の意味での血の池地獄となっております。 

客>
こえ〜よ。
アホか。
誰がそんな温泉に入るんだよ。 

主>
それでは、故上山さんは普通に温泉につかりに来ただけなんですね。 

客>
「故」ってなんだよ。「故」ってつけんなよ。まだ生きてるんだから。 
いや、まだ生きてるってのも変だな。
もうすぐ死ぬのかよって感じがする言い方だな。 

主>
もうすぐ死ぬのかよ。 

客>
今、おれが言った。
おれが言いました。
まだ死にません。
いや、まだじゃなくて絶対に! 

主>
はいはい。 

客>
はいはい、って。
流すなよ。
おれ、馬鹿みたいじゃん。 

主>
それではお部屋にご案内致します。
こちらへどうぞ。 

客>
これはどうもどうも。
いや〜、
なかなか素敵な廊下ですね〜。
柱や梁にも趣があって素敵ですねぇ。 
さすが江戸時代に創業されただけのことはありますねぇ。 

主>
もうねぇ、こちとら、そんな台詞聞き飽きてんだよ。
少しはもっと気の利いたこと言えねえのかよ。 

客>
いやいや、聞き飽きてるってあんた、せっかく誉めてるのに。 

主>
着きました。
こちらが鳳凰の間でございます。 

客>
ほ〜。
こちらですか〜。
さすが鳳凰の間と言うだけあって凄いですねぇ。 
床の間には高そうな掛け軸がかけてあるし、この壷は有田焼きですか? 

主>
で、上山さんが泊まるのはこちらのすずめの間になります。 

客>
なんだよ。
鳳凰の間は見せただけかよ。
自慢かよ。 

主>
すずめの間では今までに13人の方が亡くなってます。 

客>
なんだよ、それ!
そんな情報はいらね〜んだよ。 
いや、いるか。
部屋かえてくれよ。 

主>
じゃあ、つばめの巣にかえましょう。 

客>
つばめの巣?
巣?
間じゃね〜の? 

主>
う、うるさいなぁ。
じゃあ、いいよ、間で。 

客>
間でいい。
って、間じゃん!
絶対間じゃん! 

主>
つばめの間では今までに 

客>
なんだよ。
また何人か死んでるのか? 

主>
18人の外科手術が行われました。 

客>
なんでこんなとこで手術すんだよ。 

主>
まぁ、全員手術失敗して死んじゃったんだけどね。 

客>
やっぱ死んでんじゃん!
だめじゃん! 

主>
じゃあどこがいいんですか〜。
も〜〜〜。 

客>
何逆切れしてんすか。
もういいですよ。
帰りますから。 

主>
まぁまぁ、そう言わずにちょっと聞いてください。 

客>
なんですか。
もう。 

主>
こんばんわ。
森進一です。 

客>
うわっ!
なんでモノマネしてんだよ。
しかも全然似てね〜よ。 

主>
すいません。
間違えました。 

客>
何をどう間違えたんだよ。 

主>
うちはもうすごい借金だらけで、これ以上借金が増えると倒産してしまうのです。 

客>
そりゃそうでしょうねぇ。
こんな縁起の悪い宿、誰も来ないでしょうからねぇ。 

主>
そのうえ、上山にまで逃げられると、困っちゃいます。 

客>
困るのはわかりますけどねぇ、
だったらせめて呼び捨てはやめなさいよ。 

主>
ということで話が長くなりましたが、おわかりいただけたでしょうか。 

客>
全然長くねーし。
わかりたくねーし。 

主>
実はねぇ、部屋に家族風呂のついた離れがあるんですよ。
普段は高いんですが、今日は特別に上山さんに、
普通のお値段で泊まっていただきたいと思っています。
これ、どうですか? 

客>
ほ、ほんとですか?
それなら考えてみてもいいかな。
じゃあとりあえず見せてもらえます?

主>
はい。
どうぞ、こちらになります。 

客>
ほうほう。
ここですか。
なんか一軒家っぽい作りになってますねぇ。 

主>
あれ。
わかります? 

客>
なんか、表札っぽいのもあるし・・・って、表札じゃん。
「山下」って書いてあるし。 

主>
私が生活している家ですからねぇ。 

客>
あほか!
なんでそんなところに泊まらなきゃいけないんだよ。
まじ、帰るわ。 

主>
そうですか。またのお越しをお待ちしてま〜す♪ 

客>
いやいや、引き止めろよ。
しかもなんで楽しそうなんだよ。