夢は信じればいつかきっと真実(まこと)になる
 吉永小百合が主演する「北の零年」、去年の夏前から映画館で予告編が流されていた。さゆりすとならずとも期待の高まる、上映が待ち望める映画の1つでした。長町モールの仙台MOVIXでも、今年の正月から封切られ、2月ともなると上映の時間も限られ、1日2回の上映になり、すでに夜間の上映はなくなりました。見逃したら大変とばかりに2月19日(土)朝一番の上映時間に合わせて仙台MOVIXに出かけた。
 発券カウンタは長蛇の列、まさか皆私と同じ?それは杞憂でした。でも小さいシアターに移された「北の零年」は,早い時間にも関わらず座席の予約は上段の見易い席から埋まっていた。私どもと同じ年代の観客、いやもう少し上の年代の観客で込み合っているようだ。そして、面白いことに全席指定にも関わらず入り口に長い列ができている。他のシアターには見られない光景である。
  映画は、吉永小百合が演じる志乃が暖かな陽気にさそわれる様に昼寝をしている。娘の多恵に浄瑠璃が始まっていると起こされる。見事なしだれ桜の近くで人形浄瑠璃が演じられている。そこには親子3人の家族の姿があった。
  
   明治4年、新しい政府の命令により徳島藩の稲田家の家臣とその家族は淡路島から北海道へ新しい国を創るために長い船旅の末に辿り着く。
 未開の原野の北海道はこの移住民に容赦なく過酷な自然の厳しさをもって迎える。 温暖な瀬戸内の町から話す言葉も凍ると言う北海道へ移った稲田家の人々にとって新しい国をつくる目的以外に団結する要素はない。
  渡辺謙が演ずる小松原ら先遣隊は殿を迎えるための館造りを進めていた。この映画では、殿の館は開拓民には場違いのような白木の豪華な建物を準備した。 いかに、殿様がくるからと言ってもあまりに豪華過ぎると思われる建物に仕上がっているが監督や美術はあえて選択したと思われる。ここに殿様がいて新しい国の政(まつりごと)の中心的な存在、それがあの立派な館であったのだろう。淡路からの第2陣は何ヶ月経っても来なかった。札幌から来たと言う薬屋が1通の手紙を預かってきたと開拓責任者の堀田(石橋蓮司)に渡す。堀田は第2陣は船が遭難して80数名が死んだと報告した。誰しもがこれで後は誰も来ないと孤立感を深めるとき、小松原は手紙を取って殿からの皆の苦労をねぎらう言葉があると読み上げる。手紙には何も書いては無かったのだが殿が間もなく来ると知った人たちは元気を取り戻す。殿様が来ると言う事によって新しい国を造るという目的が改めて確信されるのである。
  翌年、稲田家の殿様がやってきた。しかしその時すでに廃藩置県がなされて殿の力は及ばないものとなっていた。殿は藩士だった開拓民を置いて去っていった。殿が藩士達を置き去りにしたことによって藩士達に新たな動揺が起こる。淡路に戻ると言い出す者、途方に暮れる者それぞれである。
  カリスマ的な存在がなくなったとき目的もかすみやがて無くなる。侍の世界はまさにそれだった。小松原はここで髷を切った。開拓者としての出発であった。他の藩士たちも続いた。こうして新たな開拓がはじめられたのである。
  淡路から持ってきた米はこの開拓地には合わなかった。堀田は小松原に札幌に行ってこの地に合う米の種籾を求めてくるように命じた。娘に「夢は信じればいつかきっと真実(まこと)になる」と言い残して雪解けした妻、娘の住むこの地を後にした。小松原の妻志乃、娘多恵がその言葉をずっと心の支えとして持ち続け小松原の帰りを待つのである。だが、冬になっても次の年になっても帰ってこなかった。そして、ついに志乃と多恵は小松原を探しに雪の開拓地を出た。吹雪に会い、動けなくなっていたところをアメリカ人の牧場主に助けられる。
 ここから映像は5年後に移る。牧場つくりに成功した志乃と多恵の姿があった。農作業も馬を使って畑を耕すようになった。馬が農作業に大きな役割を果たすようになっていた。
 今度は、政府が馬を戦争に徴用すると言うのだ。その馬の徴用のためにやって来たのが名前を変え政府の役人になった小松原だった。
  開拓に夫の夢をあくまで信じて賭けてきた小松原の妻志乃と開拓に見切りをつけ政府の役人になった小松原との再開のシーンは吉永小百合の淡々とした演技が女としての強かさが感動として伝わる。一方、渡辺が演じる小松原は権力に弱い侍としてしか生きられなかった男のはかなさをサラリーマンとしての自分の人生とダブって悲哀さえ感じた。
  この映画の主役吉永小百合はさすが大女優である。彼女が演じる志乃は夫を支え夫夢をかなえる妻としての役割を愛しいまでに演じきっている。また開拓民の女たちの中にあっては武家の妻としてのリーダーシップを欠かさない。開拓民としての志乃は率先して鍬を持って畑をたがやす。小松原がいなくなってからは一途に夫の帰りを待つけな気な女性である。牧場をつくり馬を育てる牧場主の志乃は更に魅力的だ。2頭の馬をうまく操っての乗馬姿は彼女ぐらい乗馬が似合う女優はいないと誰にも思わせる迫力がある。この映画は吉永小百合の魅力を味わうのに充分だったと思う.
  小松原を演じた渡辺謙もさすがである。昨年ラストサムライ演技で見せた豪快さとは違った役者を見た。まさか渡辺謙が裏切り者の役を演じるとは思っていなかったので意外な展開に驚いた次第。
  3時間に及ぶ超ロング時間上映の「北の零年」だったが、上映開始から終了まで物音ひとつしない水を打ったような静けさの中でスクリーンに引き込まれるように目頭を熱くしながら観続けた。