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鯉は、とても栄養があって昔から「お産の時や病気の時」にしか口にできないとても高価な魚でした。そこで「鯉の養殖」が、今から90年ぐらい前に始まりました。私で、3代目です。現在郡山は、全国で2番目に鯉の養殖生産高があります。ここまで盛んになったわけをお話しましょう。
郡山には、昔からかんがい用のため池や沼がたくさんありました。ところが、1882年に安積疏水が完成し、それらの池や沼の水があまり使われずに残るようになります。それを養殖池に使ったのが始まりです。最初は、えさのやり方や水の管理の仕方がわからず全滅したこともしばしばあったようです。私のおじいさん達は、とても苦労しました。
また、えさが簡単に手に入ったこともありました。郡山は、製糸業(絹糸)が盛んでした。絹糸を採る時に、さなぎがでます。そのさなぎを鯉のえさにしたのです。さなぎは鯉にとってすばらしいえさです。わたしも、10年ぐらい前まで使っていました。今は、配合えさを使っています。
鯉は生き物なので、育てるのにたくさんの苦労があります。しかし、理想に近い鯉が出荷できたときが、一番うれしいときです。
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