数度にわたる急激な地盤の隆起と風・海蝕によって造り出された奇岩地帯で、他に類を見ない土地の形成の仕方であるとして国の名勝・天然記念物に指定されています。1.2km程度にわたって大小の波蝕洞窟があり、西から東へ「波切不動」・「水谷」・「蜂の巣」・「飛渡り」・「鬼の見張場」・「潮吹き」・「木喰岩」・「犬戻り」・「猿戻り」・「奥の木戸」・「千畳敷(鬼の岩屋)」など千変万化の趣があります。鬼ヶ城の名にふさわしく、暴風雨ともなれば熊野灘の荒波が岩場に打ち砕かれる様相を呈します。
 平安時代初期、征夷大将軍・坂上田村麻呂が鬼ヶ城を根城にしていた鬼の首魁・多蛾丸を大馬権現の導きにとって討征したとの伝説があります。鬼ヶ城はもともと鬼の岩屋と呼ばれていましたが、室町時代(大永年中、1523年頃)にこの地方の領主・有馬和泉守忠親が山上に隠居城を築いて鬼ヶ城と称してから、廃城後も岩壁の名称として残ったものです。
 鬼ヶ城は「紀伊山地の霊場と参詣道」として、いわゆる熊野古道とともに世界遺産に登録されています。

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  (道畑さん撮影)