「俺さ、今の高校に行けて嬉しかったんだ。友達出来たし、ムカつく事もそりゃあるけど、部活入って興味もてるものも出来たし」
本を置いて、私の目をじっと見つめる弟。
「つか、俺、ウチの子供に生まれてよかったって本気で思ってる。みんなが俺の為に頑張ってくれてるの知ってるしさ」
でも、と一呼吸入れて。
「俺がいなければ、みんなもっと幸せだったんじゃないかって不安になる時もある」
真剣な顔をするあなた。あなたはそんな事心配しなくていいのに。

「俺が長くないってのは、もうずっと前から知ってるよ。だから余計、俺が負担になってないか不安だった」

違うよ、そんな悲しくなる事言わないで。そんな不安を抱かせる為に、みんな頑張ってきた訳じゃないのに。

「そんな事・・・あんたが不安になる事じゃないでしょ?あんたはうちの家族でしょ?私の弟でしょ?」
たった一人の弟を、守りたいと思って何が悪いの?
「姉ちゃんが、そう言ってくれるのすごい嬉しい。不安だけど、でも、やっぱりみんなと出来るだけ長くいたいんだ」
「そんなの・・・そんなの!当たり前でしょ!?私もお父さんもお母さんも、みんなあんたと長く一緒にいたいから・・・!」

涙が、こぼれました。
弟の前では決して泣かないと決めていたのに。
何があっても、彼にだけは笑顔でいようと。

「姉ちゃん」

弟が上半身を起こして、そっと私を抱きしめました。
いつの間にか追い越された背、広い肩幅。
逞しい体つきではないけれど、確かに「男の人」でした。

「ごめんな、俺の前で泣くの我慢してたのも、ずっと前から知ってたんだ」
「何でよ・・・そんな事今言わなくたって・・・!」

涙が止まらない。
どうして、弟の前では笑っているって決めていたでしょう?
姉として、弟を守りたいと思って、当然でしょう?

「姉ちゃん、俺さ。姉ちゃんの弟でよかった」
「私だって、あんたが弟でよかったよ・・・!!」

どうして、今私あなたに守られてるの?
いつだってあなたを守るのは私の役目だったのに。
どうして?
ねえ、どうして?

「いつも守ってもらってたんだから、最後くらい守らせてよ」
弟の寂しげな声。
「・・・最後なんて!!最後なんて冗談でも言わないで!!」
私は顔を上げると、弟の鼻先に人差し指を突き出しました。
「あんたは、絶対退院してまた学校行くんだから!また何かあったら、絶対私が守るんだから!!」
指先が震えてるのが自分でもわかります。きっと、弟にもばれてるでしょう。
「だから・・・だからここ出たら、また私を守ってよ・・・!!」
また、涙が溢れ出す。

弟は少し儚げで、でも力強く頷きました。
そんな彼を見て、私はまた泣きました。


いつの間にか、男の子から男の人になってたね。
守らなきゃいけないと思っていたのに、守ってくれるようになったんだね。
あなたをずっと見てきたけれど、あんなに頼もしいあなたはあの時初めて見たよ。



大好きな私の弟。
そう遠くない未来に別れが来るのを、お互い前からずっと知っていたね。
だからこそ、あなたといれる時間をみんなが共有したがった。
別れが来た時に後悔しないように、精一杯生きる事を知っていたあなた。

ねえ、あれからもう随分経つけど、今でもあなたは私の弟でよかったと思っている?
私は今でも、あなたの姉でよかったと思っています。
いつかまた会う時がきたら、その答えを聞かせて下さい。
きっとあなたはこう言うのだろうけれど。

「そんなの、ずっと前から知ってるだろ?」



END