ゆっくりと目を開けた。
何か聴こえる、人の声だ。
目の前にいる人を見つめる。

ああ、ずっと問い掛けていたのは君か?



君の唇がゆっくりと形を変える。


  『 お か え り 』


音になっているかわからないけれど、俺も口を開く。


  「 た だ い ま 」




君が泣いている。
君を見て、周りを見て。
あの日から随分と経った事を、ほんの少し感じる。
泣きながら君が、笑顔を作った。
俺もぎこちなく、口の端を上げた。




俺は結局、人間を辞める事は出来なかった。
全てを棄てた筈のあの日。棄てきれなくてずっと握り締めていたものがあったようだ。
俺はまだこの病院のベッドから起き上がる事すら出来ないけれど、もう一度始めるよ。
考える事を始め、目を開ける事を始め、聞く事を始め、話す事を始めるよ。


もう一度、人間で在る事を始めるよ。


だから、いつか。

俺が全てをやり直す事を決めたこの日が、随分と過去の話になる頃までには。
こんな事も、あったんだぜって、俺は笑えるようになってみせる。
そう、いつかは、俺にとって大きかった筈のこの事さえも。



いつかは、笑い話にくらいはしてみせる。







END