第二編「やってきた疫病神」
エイミーです。
ローリーがジョオのおんぼろアパート(住んでいる本人は気に入っている様子だが、
私 にはそう見える)にお泊まりした日の翌朝、私は寝室外の廊下を忙しく
走りまわる足音で 目を覚ました。
このマーチ家でもっとも騒動しかったジョオがいなくなって以来、外の物音で目を
覚ますなんてこと、実に久しぶりだ。
いててて。全身痛いぞ。ジョオめぇ〜、私のこと、思い切り蹴飛ばしてくれちゃって。
今にみていらっしゃい。
よし、起きよう。私が偶然見つけた例の男のことが気になる。
早く跡を追わねば。
「エイミー、大丈夫なの、あなた」 うわっ、お母さま!
そんなに血相かいて、一体どうなさったの?
「エイミー、しっかりして!」
な、なによ。メグまでやってきたわ。
「こんなひどい怪我、いつしたの、エイミー」
お母さまもメグも、ベッドの上の私に向かって叫んでいる。何がどうなってるのやら?
理由はすぐわかった。私の頭は包帯でぐるぐる巻きにされていたのだ。
おまけにその包 帯は、ごていねいなことに、私の左目までを覆ってくれていた。
これでは重傷患者ではないか。
「ベスの次はあんたが入院するの」
おいおい、メグ。それはないだろう。
あっ、そうそう、ベスのことを少しだけお話して おきましょう。
ベスは昨日、都会の大きな病院へ入院した。そう、ローリーがジョオのアパートに
お泊 りしたその日だ。ローレンスさんが紹介してくれたその病院ではなんと、あの
アンソニー ・ブーンさんがベスの到着を待ってくれていた。
なんでも、その病院の医師の中に、ブー ンさんの友人がいるそうだ。
後で聞いた話だが、今回のベスの入院にはローレンスさんだけではなく、
ブーンさんの 口利きも大いに関わっているらしい。
病院までベスを連れて行ったお父さまは「君が娘についてくれていたら私は安心だ」
と、ずいぶんブーンさんを買っていた。
なにはともあれ、ベス、よかったね。
今度ベスが我が家へ帰ってきたとき、どれだけ元 気な顔をみせてくれるか楽しみだ。
ベスが帰ってきたら、ジョオとローリーにも帰ってきてもらって、それでもってメグと
カールのカップルにブーンさん、そして私の愛しいダーリンを加えたみんなで、
またピク ニックへ行きたいな。
私のささやかなお願いを、どうぞ神さまお聞きください。
まあ、ベスのことはこんな感じかな。 おっと、こうはしていられない。
主人公である私は忙しいのだ。包帯なんて巻いてはい られないぞ。
なにしろ、あのデーヴィッドがジョオの街に現れたのだから。
うーん、あの男の目的が わからない。ジョオが目当てとも考えにくいのだが。
とにかく、私は急いで大都会へ戻ろ う。ほら、包帯をほどいた私は何ともないの
だから、お母さまもメグもどうか心配しないでね。
グッドタイミング。ジョオのアパートからローリーがご出勤だぞ。
しっかり抱き合っ て、それから熱〜いキスでローリーを送り出すなんて、
ジョオの奴しっかり新婚ほやほや、新妻やってるじゃないの。
う〜、見せつけてくれちゃって。私がここにいるっていうのに…。
なんちゃってね、私 の姿は誰にも見えないんだけれど。
いえ、見えないはずなんだけれど。
ねえ、ジョオ。朝っぱらからそんなにうかれている場合じゃないぞ。
すぐ近くにあいつ が現れたのだから。私はこれからあいつの捜索を行うよ。
よし、目標発見。敵はホテルのレストランで、朝食中だ。
ナイフやフォークの使いかた が、何だか妙にわざとらしいというか、まるでどこかの
国の気取った意地悪貴族みたいだ。
「うう〜ん、いいねえ。デリッシャスぅ〜」
なんて、鼻にかけた台詞でも聞こえてきそうだ。
うわっ、鳥肌がたってきたじゃないの。 それにしても、外国の要人が好んで利用
しそうな高級ホテルに、よくデーヴィッドごと きの小心者がいるもんだ。
いや小心者だからこそ見栄をはっているとも言えるね。 おっ、食事を終えたぞ。
ナプキンを使う仕草ひとつとっても私にはキザっぽく見えてしまう。気のせいかな?
ホテルマンらに深々と頭を下げられて得意げのこやつ、ホテルを出てどこへ向かうか。
名探偵エイミーさまの尾行開始だ。
うう、スラックスのポケットに手をつっこんだまま歩くこの男、ますます小悪党って
雰囲気だぞ。その音痴の口笛、やめてくれ。
すれ違うレディたちを見つめる気色悪い目つ き、何とかしろってんだ。
おっ、赤レンガづくりの五階建てビルの前で立ち止まったぞ。ここが目的地か。
少しの 戸惑いもなく玄関までの数段の階段を上がり、扉を開けた。
このビルは何なんだ?
サンデー社。表札にそうある。新聞社だ。
聞いたことあるぞ。確か、他の一流新聞社が記 事にしないような、誰と誰が
ケンカしただとか、あの女優があの俳優とラブラブだとか どうでもいいような話を
さも大事件のように大きな写真とでかい文字で大げさに書き立てる、ゴシップねた
ばかり集めたタブロイド版を発行している新聞社だ。
デーヴィッドはこ んな新聞社に出入りしているのだろうか。
とにかく彼の跡を追うことにしよう。あれ、もう出てきたよ。しまった、表札ばかりに
気をとられすぎていた。 デーヴィッド、今度はどこへ向かうのか。
メモ用紙らしきものを見ているなあ…。何が 書いてあるんだろう。
よし、彼の背中越しにのぞいて見よう。
メモ用紙にはサンデー社のロゴが入っている。先ほどもらったものかな。
なにやら誰か の住所らしきものがずいぶん乱暴に走り書きしてあるぞ。
「三番ストリート十番地…」
これって、ジョオのアパートの住所ではないか。
彼の向かう先は、ジョオだというの? た、たいへんだ。
これはいち早くジョオに伝えなくては。ジョオのアパートへ飛べ!
「るんるん…。らんららん…」
ジョオは愛する旦那さまを送り出したあと、鼻歌まじりで部屋の掃除や洗い物を
始めていた。
ローリーの使った食器を見つめて「くすっ」なんて笑ってる。
ああ、今のジョオに はローリーが手に触れたものすべて自分の宝物みたいに
見えるんだね。
いいなあ…。 なんて、のんき言っている場合ではないぞ。」
あの男がここへやってくるのだ。ジョオ、 たいへんだよ、デーヴィッドが、
あの鼻つまみ男がジョオのお家へ向かってるんだよ。
何とかしなくちゃいけないんだよ。でも私の声がジョオに届くはずもなく…。
うん、届かないはずだ。でもジョオのこと だ、彼が来ることがわかっても、決して
逃げ隠れするのではなく、堂々とした態度でいる ことだろう。
なにしろこちらには何の後ろめたいこともないのだからね。
ああ、とうとう疫病神、いやそれはちょっと言いすぎか(本当は声をあげて言いたい)
、デーヴィッドがアパートの前に到着しちゃった。
自分の手にしたメモとアパートの 入り口に貼り付けられた番地表示とを何度も
見比べ、にたっと笑う。うう、その口元のゆ がみに鳥肌がまた…。
手すりにつかまりながら、ひょこひょこと二階への階段をのぼってゆく。
そしてジョオ の部屋の前で立ち止まった。
やはりこの小悪党の目的はジョオだったんだ!
ジョオの部屋のドアを静かにノックする。乱暴に何度もドアを叩くかと思いきや、
それは意外だな。
中からは「は〜い、どなたぁ〜」の声が返ってきた。
そしてゆっくりと開いてゆくドア。ジョオ、あんた無用心にドアを開けちゃいけないよ。
ここは大都会、私たち姉妹がの んびり暮らしてた田舎町とは違うんだ。
ああ、これこそ「運命の扉が開いた」ってやつだ!
第二編・おしまい
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