2004年9月
耳周りの興奮状態、違和感がひどく、手を近づけるだけでも「ヒューヒュー」しています。
耳鳴りもどんどん爆音になり、耳閉感もひどい。
耳鳴りは、脳鳴り??というほど大きくなり、思考能力もなくなってしまいます。

2004.9.25のオージオ。

耳鳴りがものすごい事を言うと、
★聴力が変動している為。
★実際は大きくないのに、体調などの影響でそう感じる。

との事・・・(;´д`)トホホ

この日のオージオは500〜1000HZが低下、耳鳴りもこのせいだろうとの事。
8000HZ部分は誤差が激しい部分なので、極端に上がったり下がったりします。
ここは気にしないでいいと言われる周波数です。



聴力を上げる為に、グリセオール500mlにアデホス1Aの点滴。
かなり大きいです。

効果はあった事はないです(;^_^A


2005年4月10日〜 9ヶ月ぶりのめまい再発、バルトレックス再服用
耳状態は悪いものの、なんとか治まってたデカ発作がまた再発。
やっと自信が出て来て、出歩けるようになったのに・・・・゚・(ノω`; )・゚・。
かなりショックは大きいです・・・また立ち直るのにどれだけかかるんだろう?

翌日より、バルトレックスを処方してもらって、2週間服用しました。


2005年4月23日 聴力低下

4週間ぶりに病院、珍しく診察時に眼振あり(◎_◎;)

Q聴力が落ちたけど、ステロイドは効きませんか?
Aメニエルは経過が長い病気なので、ステロイドで一時的に上げても無駄な事が多い。
(この先生はステロイドの処方には大反対します)
 
Q中耳腔へステロイドの注入はどうですか?(発祥地の病院なので実績は多い)
Aまず無駄、現在ではゲンタマイシン(抗生物質)の投与か?
 めまいが数ヶ月続いてどうしようもない状態で考える程度だそうで、まったく乗り気なし。

Q失聴する事はありますか?
A完全失聴はほとんどない、両耳やられる事もほとんどない。(ほんと?)


音が響くので、テレビの音、街の騒音、子供の声、お皿の音などなど非常にきついです。


2005年8月27日
ステロイドを服用してみる。
主治医はメニエールにステロイドは意味なし、って事で、処方はひどく嫌がります。


グラグラめまい、聴こえも悪くなり調子ワルワルです。
耳の中がいつも爆発してるような、嫌な感じが取れません・・・

また聴力低下してしまいました。
耳鳴りもあまりにもひどいので、耳鳴り以外ほとんど聴こえない状態。
ものすごい渋る先生に頼んで、ステロイドの処方をしてもらいました。
「1週間だけね」って事で。

アデホスコーワ、セファドール、イソバイド、コンスタン
デパス、トラベルミン(頓服)
サイレース(耳鳴りによる不眠時用)

プレドニン(ステロイド)+セルベックス(胃薬)1週間服用しましたが
全く効果はありませんでした。
これで、ステロイドの希望は吹っ切れたので飲んで良かったと思います。

整形外科で、肩、後頭部のコリのマッサージ、
漢方の苓桂朮甘湯を始めました。


2005年10月29日
まじ?聴力が上がった!

聴力が奇跡のアップ!!
体感的にも変ながらも聴こえます。

この間やった事。

・9月16日から、電位治療を。
・10月14日から、整体、鍼、吸い玉治療を週に1回。

・10/22から1週間ステロイド服用。

10/28から、だいぶ聴こえるようになりました。
起きたらまた聴こえないかも?と毎朝確認していました。
     2005.10.1    →      2005.10.29

電位治療ハウスは2ヶ月で撤退、聴力はまた元に戻ってしまいました。
機械は高額だったので(約60万)、半信半疑で購入は出来ませんでしたが、たくさんの人が購入していました。

他の電位治療にも行きましたが、それはまったく効果はありませんでした。


2005年12月〜2006年3月  聴力また低下
ステロイドを服用しても全く効果なし。

2005年の12月から、爆音の耳鳴り、聴力低下、めまいが再発。
・バルトレックス1週間服用。

・医大へ行っても治療はないので、近医へメイロン&グリセオール点滴に通い、
 ステロイド(リンデロン)内服を2週間した結果のオージオです。
 やっぱり聴力は戻らず・・・でした。

現在の治療
・アデホスコーワ、セファドール、イソバイド、コンスタンorデパス、トラベルミン(頓服)、
 サイレース(耳鳴りによる不眠時用)
 ノイメチコール(ビタミン12)、メリスロン

・漢方、鍼、吸い玉治療は続行も効果なし。



この先も、こんな繰り返しなのでしょう・・・耳鼻科の薬以外の民間療法などはすべて止めてしまいました。
正直なところ、もう疲れてしまいました。

もう、S医大では聴力が落ちてもめまいがひどくても、薬を買うだけで治療には何も進展はなく、転院を決意したのでした。

  転院、また転院。

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