〜それから〜

ユーラシア放浪から帰国したのが2006年の10月だから、あの帰国からおよそ1年と半年が経った。
「世界行脚釣行録」という“目標”が完遂してから、僕はまたひとつ年をとったことになる。

自分の部屋の片隅に“鬼の首”は静かに鎮座している。
部屋に入ると感じる、わずかな干物の匂い。
友人は眉をひそめるけれど、俺はどうこうしようという気はない。
帰宅した時、ほんの数秒だけ感じる旅の残り香。
しかしそれもすぐに鼻がなれる。数秒後には感じなくなる。

「世界行脚釣行録」と題して文章を書き上げたのが帰国から半年後の2007年3月だから、
HP再開にあたりおよそ1年以上振りに自分の“旅”を振り返ることになった。
自分がWEBで公開していた文章を読み、
ごちゃごちゃになっていた写真を整理していく中で思っていたのは、
「本当に自分がこんなことをやったのかな?」という感情だった。
だれか、別の他人の釣行を見ているような、そんな非現実感があった。

…だが、鬼の首はここにある。

あれからいろいろなことがあった。
つかみかけたチャンスが流れ、自暴自棄になったこともあった。
旅中、あれほど悩んだはずなのに、また悩みに落ちていくこともあった。
新たな出会いもあった。
良くも悪くも、自分のやってきたことが自分と離れた場所で動いている感覚があった。
もっと利己的に、“軽く”考えればいい、そう思う日もある。
一方、派手に飲んだ帰り道「この金があったら、あの国のあの子たちは・・・」と思うこともある。
どうしようもない、そんな自分の小ささを思い知り、無駄な責任感、焦燥感に押しつぶされそうになる。
俺は「旅に出た意味」を求めていた。
「悩むことが出来るだけ幸せだ」そんな自虐をカマして。

自分の中で旅を文章にまとめ終え、HPで公開し終えたその日。
俺は「旅に出た意味」を確かめに、また旅に出た。
自分は旅に出た「意味」を、初恋の彼女との約束だと思っていた。
高校卒業後、故郷富山を離れる前に、捨て台詞のように言い放ったコトバ
「大学に入ったら5回釣り旅に出る」
そしてその後に続く、言いたくて言えなかったコト。
「そのとき、お前を見返したるわぃ」
…その胸に秘めた後半を確かめに。
大き目のリュック&竿の入った竹刀袋…世界のどこへ行っても変わらぬ格好で渋谷109の前を歩く。
過ぎていく人、また人。
「若さ」、そんなエネルギーを最も感じる街。
その夜の渋谷は楽しかった。

中央線の始発列車。
いつの間にか眠った俺の肩をたたき、「じゃぁまたね。」って・・・
そしてそのまま僕は機上の人となる。

もうしばらくは旅に出ることはない…そう思っていたけれど
旅の継続のために引き上げた「奨学金」はどんどん口座に貯まっていた。
誰のためでもなく、誰に見せるわけでもない旅に出てみようと思った。

流されてみた。
「バックパッカーならば1度は…」そういわれるインドへ飛んだ。
骨折のギブスがとれたばかり、未だ転んでもつけない左手首をかばいながら。
サイラス×スピードマスター、エクセージ×バイオマスターの、いつもの2タックル。
糸はスプール巻かれている分だけ。ルアーはお弁当箱1個分だけ。

到着後1日目にしてガイドブックをなくした。
でも地図すら買う気になれなかった。

「あるがまま、流されてみよう」
「もう旅の熱病に冒されぬよう、有り金の分、全部騙されてこよう」

インチキ旅行会社や詐欺師ガイドになすがまま。
…気がつくと僕はパキスタンとの国境地帯、カシミール地方にいたんだ。
雪残る高地の空気が気持ちよかった。
イスラムと亜細亜が邂逅し、大地と空が手をつなぎ、
ハッ○シが充満する室内で、小窓から差し込む光の筋を見てた。
ホコリがキラキラしてた。
小魚がピッと逃げた。

でも、魚は1匹も釣れなかった。
「釣れなくてもいい」と言って旅に来た。
・・・でもやっぱり、魚を釣りたいと思う自分がいたんだ。

「旅行じゃない、旅をしよう。」

―――俺はネパールに向かった。
弟に「機会があれば」と紹介されていた、シュリーという人物に会うために。
今や南米すらも自由に闊歩する奴の、初めての釣り旅の地。
「カンチャ(小僧)」と可愛がってもらったと言う人たちに「カンチャ・ダイ(小僧の兄)」と名乗って会いに行った。

やさしく迎えてくれる人たちがいた。

その夜乾季のハズが季節はずれの豪雨が降った。
川は、流れる黒ゴマプリン状態だ。
「最近は乾季も雨季もめちゃくちゃだぁさ」
あっけらかんが、いろんな意味でズシンと響く。
部屋の中から訊く雨の音。連日のカレーでジビレた肛門。「ぷぅ」とため息が聞こえた。

降り続く雨の中、俺はとある本を読み返していた。
初めてタイに向かう際、いろいろ世話になった方の本。
ジャーナリズムに傾倒することなく、どちらかといえばセンチメンタルを称えたオレンジ色。
現在出版されている中で、唯一の「釣旅」の本を。
・・・舞台はネパール、すぐそこを流れる川だ。

雨がやんだ。俺たちは「冷たい大河」を上った。
ヒマラヤの氷河を溶かした水は、その端に淡水イルカを抱くという。
険しい山道に急に現れる、懐かしい田園風景。
どこまでも続く、砂漠のような中州。
水辺では雲母が舞い上がり、沈み、キラキラ輝く。
砂の粒子が太陽を返し、浅瀬には光のカーテンがゆれていた。

川幅いっぱいの引き網と共に、2人組みの漁師が過ぎて行く。
少し、悲しくなる。
可笑しな旅人に1匹を恵むことすら許さぬほど、川は疲れきってしまったのだろうか?

「冷たい大河」の3泊4日のキャンプ行から戻り、
俺たちは「緑の深淵」を目指した。
水源を異にし、この川の水は青い。乾季ならば。
今は、ただの泥水だ。
この地に来て1日すぎた。2日すぎた。3日目に様子見に行って、
4日、5日と、読書をして過ごすのを決めた。
・・・もう、時間が無い。
6日目にして、水に色がでてきた。

「行こう」
最終日前日、満を持して川を上った。
鹿が驚いて逃げていき、トラの足跡を見た。水浴びをする野性の象の親子をみた。
S字に蛇行するワニがいた。
でも、魚はさっぱり釣れなかった。
川はやや、落ち着いをとりもどしてきている。
弟の恩人、シュリーが元気付けてくれる。
意味不明にルアーを投げまくる。

・・・そして、彼は釣ったのだ。

ほとんど釣りなどしたことが無い彼が、スピニングリールを逆に回してあわてている。
もう薄暗くなった川辺で、「カンチャ・ダイ!!ヘルプ!」と叫ぶ声がした。
あわてて駆けつけると、竿を渡された俺は冷静に取り込んだ。
そんなに大きくは無かったけれど、エクセージ&バイオマスターに「神の魚」が刻まれた。
「タクが釣ったんだ!写真を撮ろう!」と嬉しそうなシュリー。
でも・・・「これは俺の魚じゃないんだ。釣り人しか分からぬ感覚だろうけど。」
初めて見るこの魚は神々しすぎるほどのオーラをまとっていた。
弱らせないようエラ水を通していると、ソイツはひと暴れして俺の手をすり抜けていった。
シュリーの「Oh!No〜!」と悔しがる様に、クスっと笑った。
これでいい。

その夜
電気が止まり、ロウソクで過ごす部屋の中。
明日は事実上の最終日だ。
明後日の昼過ぎには、インドへのバスに乗らねばならない。
「色即是空 空即是色」
そんな新たな旗を、明日だけは下ろそうとおもった。
そして、“あの旗”を再度掲げる。
揺らぐロウソクの炎に灯る、本能の大漁旗。




「天上天下唯我独尊」




翌早朝未明、
シュリーのバイクのケツにまたがり、オフロードを飛ばす。
と・・・なんとパンクだ。
前輪なのが幸いではあるけれど。
川辺で見るはずだった朝日は、修理工と一緒に見ることになった。

「朝の霧が、朝の匂いが消え去る前に川へ」

完全に危険な、ノーヘルでのオフロードフルスロットル。
シュリーというネイチャーガイドは、そんな男だ。
弟が「最高」と賞賛したのが分かる気がする。
ルールより、ノリや心意気を大事にする男だった。
釣りなんて何にも分からないくせに、何とか釣らせようと無茶ばかりしてくれた。

昨日までは彼を尊重し、彼の後ろを歩いてきた。
危険な動物がいるといけないから、自分の指示に従うように、と。
でも今日は違う。そして、それを理解してくれた


「本気で行く。ついて来れなかったら後からゆっくり来て」


おいらの本気ランガンは、普通の人が普通に川辺を歩くより絶対に早い。
「岩走り」
誰が呼んだか“ラン&ラン”という超高速踏破で密林を遡上する。
ネパールとは不思議な国だ。
世界の屋根、ヒマラヤからの氷河の雫が、熱帯雨林の中を流れている。
今日もトラの足跡がある。実際はトラより危険という象の、真新しい足跡もある。
切り株を引っこ抜いたような足跡が。

行けるだけ行こうと思った。
今にも泣き出しそうな空が、朝の匂いを辛うじて引き止めていた。
油粘土のように重かった水の色が、蛍石を溶かしたようにまで回復している。

「今降り始めたらすべて終わりだ。神よ・・・」

俺はジョルトを投げ続けた。それひと巻きのアバニ100ポンドが伸びていく。
大好きな渓の釣り、あの“鬼”を淡水で超えるとなると、この魚しかいないと思った。(南米を除く)
「緑の深淵」を超えた。水深が1mを切った。ホントの現流域まで来た。
・・・そして、終に魚止めの瀬まで来てしまった。

「もはやこれまで」

無念さと、やりきったという虚脱感で、複雑な気持ちになる。
泣き出しそうな空は、いつの間にか晴れ渡り、
滴る雫はクリームソーダのように、濁りつつ、透き通りつつあった。


俺はルアーをチェンジし、引き返しながら要所を撃っていった。
それは昨日、シュリーが幻の1匹を釣ったルアー。
そして、それは弟がこの地に置いていった、アワビ張りのスプーン。
・・・今にして思えば、アワビのような水の色だった。

何か肉食獣の遠吠えが聞こえた。
草食獣特有の、硬い足音がした。

下流にシュリーの声がしたような気がする。
・・・まさにそのときだった。

「ガツン」

入国20日目、帰国前日にして、この旅初のバイトだった―――。




浅瀬に横たわるソイツを、シュリーと一緒に惚れ惚れ眺める。
フッキングの後、俺はすぐにクラッチを切っ。た。
相手が強大であったからではない
相手があの鬼には及ばぬことを、細胞が感じ取ったから。
PE100ポンド直結勝負・・・身切れの心配からだった。

背びれがV字の波紋を残し、黄金の魚体が浅瀬に横たわったとき
その鋼鉄の顔面、表情にシビれた。
「綺麗だな」とおもった。
女の子の、少しうなじ側から見た横顔のようだった。
“神の魚”そう呼ばれる由縁が、分かったような気がする。

この旅ファーストフィッシュにして、
ルアーで釣った唯一の1匹となった。


紅い風が髪をかき上げる。
過ぎて行く水牛や、家々から立ち上る夕食の煙や、
疾走するバイクから見る“終わった後の景色”に
「色即是空 空即是色」
またそんな旗がたなびいていた。

そして、圧倒的強運で魚に引き合わせてくれる“あの旗”
時々顔を出す“あの大漁旗”・・・
そんなモンスターを飼いならしながら、「あるがままでいいんだ」と思えた。

そして、渋谷の夜のコトバを思い出したんだ。


「・・・これが新たなスタートでしょ?」






帰国の朝、バスまでの時間、近くの川で餌釣りをした。
よく分からない魚が、ポツポツと釣れた。
対岸に、幸運にもサイが水を飲みに来た。

「ただ犀のように進め」

誰かさんの、そんな言葉が浮かんだ。
サイが密林に戻っていくと、その方向でものすごい雄叫びが起こった。
対岸からすぐの密林で、大型獣二頭が転げまわり、戦っている・・・。
時間にすると数十秒の緊迫の末、サイが水際に猛突進して出てきた。
あらゆる木々を押し倒し、川沿いに突っ走って消えた。

肩を落とす虎を想像しながら、俺は「よかった」と思った。
竿を上げると、練り餌は溶けて消えていた―――。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



3月25日、富山に帰った俺は“祭りの準備”に取り掛かる。
あと1週間しかない。
同日の能登大地震を「お前が帰ってきたせいだ(笑)」と言われつつ、仲間と準備を進めた。
日本全国から集まってくれる人たち、協力してくれる人たちを励みにしながら。


・・・時々、なんで俺はこんな風になっちまったかなぁとおもう。
高校時代、5回の旅の完遂が、胸の葛藤や狂騒を沈めてくれるだろうと思っていた。
旅の間も「終わった後には何か掴めるだろう」と、そんなことを漠然と思っていた。
でもそんなに簡単に“ライン”が引けるもんじゃないんだな、そう今は実感している。


だから、また旅立てる。


4月1日 金沢北陸フィッシングショー。
“最高のエイプリルフール”
「円は閉じる、でも縁は広がっていく。」

コップンカップ、エッソ、アサンテサナ、ザイルバルタェ・・・
旅中、たくさんの「ありがとう」を知った。たくさん「ありがとう」と言った。
国を超え、文化を超え、どこの国でもこの言葉はきれいだった。
すこしだけ心が繋がったような気がする、普遍の魔法だった。
青い空、青い水がよく似合う、世界一短い詩(うた)だった。

『いつか、いや近いうちに必ず「オブリガード」と言いに行こう。』
この日、そう決めたよ。
地球の色を見に、地球の詩(うた)を歌いにさ。





・・・・・そしてそこに、渋谷で見た笑顔があったんだな(笑)


〜それから〜 完

home