8. One for All , All for One

〜死闘。鬼が死んだ日〜



「人はみな心の岸辺に 手放したくない花がある それはたくましい花じゃなく 儚くゆれる一輪花 (コブクロ)」
“大地の裂け目”の岸辺にて。
“戦争は知らない”、何も知らない、そんな若い僕らだから・・・







































―――“鬼の門”が空いた。“鬼”が目覚めた。そして俺は覚醒した―――。























































一瞬何が起こったかわからなかった。



アタリなど不明、いきなりの疾走


丸太でもワッキーで引っ掛けたか?と思った。



濁流の荒瀬を駆け下りる相手に、竿もラインも悲鳴を上げている。

(竿もリールも日本でいつも使っているバス用そのままです、はい。)






アバニ70への信頼、「完全ドラグフルロック+握力50kg 」で押さえつけたスプールを突破し、



コンクエスト200は白線を吐き出し続ける。



“酷使無双竿”サイラスはフロントグリップのコルクがきしむ。




“バットから”ではない、
グリップからひん曲がった










下流、白波から大きな赤い尾が見えた。



しかし前日60数センチを釣っただけの俺には、そのサイズは見当もつかなかった。






クジラがゆっくり海中へ消える時の尾のような、扇のような・・・

赤い煽動






“鬼”であることは確信していた。



しかし足がワナワナで言うことをきかない。



奴の動きが止まった。



ポンプアップを試みるも、



流れを受けて踏ん張る。










“鬼”は微動だにしなかった。



荒瀬に一つ岩が増えた。



真っ赤で巨大な岩が。






川の水を盛り上げる“赤”に俺の本能が挑発される。



流れは奴の逃亡を助けている。



まるで後押しするかのように。






―――“鬼”は川に守られている!!?―――











岩が動いた。蓄えた力の爆発に、



フルロックのドラグはバッククラッシュ寸前の有様だ。



苔にすべり、転び、必死になってびしょぬれ姿で追いかけるも、距離は縮まらない。





もうひざがガクガクでワヤである。



足首をくじいた。



震えて、滑って、歩けない。






“鬼”はまた走り出した。川と共に、その援護を背に受けて・・・。



駄目だ、相手は甚大すぎる・・・。



その時、フと閃いた。

「意を決する」などという躊躇はなかった。










「奴が川に守られているのなら、俺も川に助けを借りよう。

己の足が死んだ今、俺も流れを背に受けて、どこまでも追いかけてやるゼ!」

























































―――覚醒スベキハイマ。魂ヲ開放セヨ―――























































俺は冷たい川に飛び込んだ!


































ぉおおおおあああおおお!!

おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ







あああああああああああああああ!!!!!!



あああああああああああああああ!!!!!!
























ヘミングウェイが頭をかすめ、消え行ったかどうかは知らないが、



俺は体一つでそのまま激流を転がり降りた。



竿先に感じる“鬼”の体重だけを頼りにバランスを保つ。





声を出し続けた。





ゴウゴウと流れる荒瀬を、



時に肩ちかくまで水につかり、時に足が川底の感覚を失いながら、










しゃかりきにリールを巻いた。


距離は縮まり、また糸を引きずり出される。












あ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚

















キッ、キッ、キッ、キィイイイーーー!!!



親指が焼け付こうとも、この手は圧力をやめないゼ?
































・・・初めて武さんと会った日、

触れてぞくぞくした、110センチの鬼の女王様の牙。

苦しかったバイトと、パプアでの出会い。

「本当に俺は大学生を楽しめているのか?」そう思っていたときのこと。

厨房で爪ごと切り落とし、ゴムで圧血しながら病院へ走った冬の夜。

ワビルとであった日、湿原の大魔神。

あまりにデカ過ぎる大陸、絶望の淵で、おかっぱりで抜いた奇跡の“牙”捕獲劇。

・・・もう、その他、もろもろ。



モンキス&岸スタ、その他あらゆるところで出来た人とのつながり。




曲がっているのはアフリカ以来、すべてこれ1本で戦っている酷使無双竿サイラスと、

パプアがらの相棒、万世が安く都合つけてくれたコンク200

バリバス様が送ってくれた、俺の経済力では買えるはずもない高級PEライン“アバ70”、

いろいろ試した末に行き着いたウォーターランドスナップ♯4、

そして、熱いスピリットを持つグレイズ、那須さんの渾身の作品「ジョルト」

これまた最強のバリバスパワーリングに、

カルティバST66のバーブレスチューン





・・・そしてそれを握る俺。





今までの5回の経験のすべてを詰め込み、

たどり着いた、突き詰めた、



「釣り旅の現段階での完成系」







責任感は人一倍強い。

「恩」や、「義」という言葉が大好き。

だからこそ、尋常じゃなかったプレッシャー。



生意気いうのも、自分を追い込むドラッグさ。


弱い心、消えそうな“火種”を“炎”に変える







今こそ“炎”を爆発させるんだ。
















マンセー、

こんなムカつくダメ人間みたことねぇよ。一生よろしく。

黒田よ、

鬼畜だな〜おい(笑)勝ってすべてを見下してやれ!

そして末ちゃん、

おめでとう。「岸釣りスター」の称号はお前のもんでいいぜ。






でもな・・・・




















“天上天下唯我独尊”だけは、譲るわけにはいかねぇんだよ!」



















・・・武さんは武さん、俺は俺ってことだ。








「泥にまみれろよ」









・・・・・・・・・いつかのヒーローみたいに・・・・・・・・・



























――花道、俺達天才ダヨネ?ーー



































「人生にそうチャンスは多くない。それを、つかみ取れるかどうか。

 俺の最盛期は、旬は、まさに今なんだよ!!」








































うぉおおおおお嗚呼あああおおおおおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおらららららららららららrrああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ




あ、あ、はぁ・・・・





ららららららららいららららいいいらいらいらいらいらららららららららいららららいいいらいらいらいらいら!!!!!!ららららららららいららららいいいらいらいらいらいらららららららららいららららいいいらいらいらいらいらららららららららいららららいいいらいらいらいらいらららららららららいららららいいいらいらいらいらいら

ら、ら・・・



うぉおおおおお嗚呼あああおおららららららっらおおおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼あああああああ
















・・・大それたフラッシュバックは後付けかもしれねぇ。





ただ、事実。

時間にしてせいぜい5分、そんな時間の中で

ぼんやりと、でもはっきりと、




この1匹の“価値”を、俺は体のどこか奥のほうで感じていた。





1匹の魚が、釣りが、

そこから始まる“何か”を強く信じた。



その“価値”や“何か”こそが、

あとで振り返れば、上記のようなことなんだろう。






“世界行脚釣行録”というものにピリオドを打つ、打つことが出来る、

そんな魚であると確信していた。











そして、もう、これは本能の部分で

狩猟本能の覚醒を見た。

体が勝手に動いた。

血沸き、肉踊る。

細胞が躍動している。



俺はこの怪物との闘いを心から楽しんでいた。







「必ず獲る。」





その1点で、食物連鎖の中獲物を狙う、ただの“いち生物”だった。








記憶を飛ばすことは無かったが、

本能と理性、

2つのどちらもまごう事なき自分自身が同時進行で現れれきた、

不思議な超感覚。

刹那的な一瞬の攻防の中で、無限に広がる夢幻、そんなユメマボロシの世界―――。



























































俺の“釣道”はなんだ?

「開拓」、「信念」、「我流」、「情熱」、「美学」、「理論」、「愛」、「無垢」、「笑い」、「感謝」、「哀惜」、「本能」・・・





「夢」・・・なんてこっぱずかしくて言えねぇや。


「野心」



“野望”であり


“野の心”





守りたいものがある、言いたいことがある。








聞こえるか?釣りキチの魂のウタが。



・・・全てはこの1本の糸の先にあるんだ。










完結させろ、終わらせろ、くすぶり続けたソンナモノ













―――勝てよ?―――























うぉおおおおお嗚呼あああおおららららららっらおおおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼あああああああ




































































すべてを結ぶ1本の糸


すべてを繋げる1個のルアー






































「バリバスよ切れるわけねぇよな!」

「ジョルトよ、はずれるんじゃねぇぞ!!」


























































あああああああああああああああ!!!!!!


あああああああああああああああ!!!!!!



おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ




















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

















流れが穏やかなところまで流れ降りた。




終に相手の全貌が見えた。



デカい。




果てしなくデッカい。

















流芯を縺れる様に、転がるように下る俺。

足が川底の感覚を失っても、水が支え、“鬼”の体重が支えてくれる。












水を飲むことも無く、

何とか無事荒瀬を下りきった。

































流れが緩むところ、プールまで降りると、

完全におれが主導権を握った。









いざとなれば“肉体ドラグ”

鋭い岩のエリアは終わった。

もう、糸の切れることはない。



















後は

獲る、抱く、

そのタイミングだけ。










誰の助けも無い、

完全なる1対1の勝負だ。








ワビルもいない、テルさんもいない。



竿を持ったまま、片手でどうこうできる相手ではない。

















さて、どうする?



























その時不思議なことが起こった。

流芯側にいる俺。距離をとろうとあせった“鬼”は岸際の浅場へ疾走した。























“鬼”は更に浅瀬に入った。

俺もザバザバと岸へ走る。追い込む。























“袋小路”の小さな脇の流れに、追い込んだ!!!





その先には鬼が動けるほどの水は無い。






































「ずりあげるのはは鬼との位置関係から見ても、
相手の体重によるバラシの危険性を考えても、避けるが得策」



















「今しかない」






















サイラスはこの程度で折れるような竿じゃねぇ












俺は竿を岸にほおり投げた









そのまま股を開いて座り込み、“鬼”の退路を絶った。














一瞬の判断











俺と鬼をつなぐものは、もう何も無い。






そのかわり、両手が開いた。












「どこに手をかける?エラに手を入れるか?いや、ルアーを咥えた巨大魚は素手では危険すぎる・・・。」



否、

たとえ手が血だらけになろうと、後悔も恐怖もねぇ
















「こいつだけは獲る、絶対に獲るんだ」




























巻き上がったミズゴケ、濁った浅瀬の中で、

白いアバ70は、鬼の居場所を示している。






白線が流れた。いや、走った!












急に今までの抵抗感を失い、放心状態だった鬼




その流れ筋の先が水深いくばくもない“袋小路”とわかると、驚き逆上した。










反転










俺の開いた股の奥、金玉めがけて突進。




























俺の股の中で、俺は初めて“鬼”と目が合った























「これがホントの袋小路だ」







あああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおあああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおおおおあ嗚呼ああああああ嗚呼あああああ嗚呼ああああ嗚呼ああ おおおあああおああああ嗚呼ああああおおああ嗚呼あおおおおおおああああ嗚お呼ああああ嗚呼あああああああああ嗚呼あああああ嗚呼おあおおおああおおおおああああああああ嗚呼ああああああああああおおお












その刹那、俺は両腕で抱きかかえ一気に立ち上がると、

岸めがけてほおり投げた。



どこをどう持ったのか、

“鬼と俺が直に触れた瞬間”

この一瞬の記憶は欠如している。







でも



「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」









自分の雄たけびの音声が、飛び散ったの一瞬の水しぶきがが


断片的に記憶に焼きついている。

















重すぎて岸まで届かなかった。

その大きすぎる自重がゆえ、

川底に頭を強打した“鬼”は、腹を返してポッカリうかんだ。










…死闘は終わった。

























下手をすれば俺が溺れて死んでいた。

だが、死んだのは奴だった―――。















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
















































大地の裂け目で「トル」と叫ぶ。

気が振れた絶叫が谷に響き渡った。

























己の体から湯気が上がっている。


細胞が躍動している。


冬近い川の水が、全く寒くない。


サウナの後の水風呂のような感覚。








いそいでプールを作り、蘇生を試みる。


鬼は気絶したまま、エラだけをゆっくりと動かす。


時々大きく暴れても、それは断末魔の雄たけびのようで・・・





ボガグリップでしっかり“確保”した後、

先ほど離れた流芯に戻り、流れを借りてエラに水を送る。






けれども先ほどの爆発力は、もう体には戻らない。


「気が抜けている」


そんな感じ。

眼球が俺を追尾しない。





















「敗北者は死を選ぶ・・・」


・・・まさか、こんなあっさりと!?






















このまま逃がしても、こいつは確実に死ぬ。

川底に白い腹を返して沈んで行く姿など見たくない


どうすればいいのか、混乱した頭では分からなかった。




とにかく俺は叫び続けた。



「うぉおおおお!!!テルさーん!!!

うわぁあああああ!!!!!テルさーん!!!

テルさーん!テルさーん!テルさーん!!!」



















「テルさーん!!テルさーん!テルさーん!!」

「うぉおおおお!!!テルさーん!!!」

「うわぁあああああ!!!!!テルさーん!!!」

「テルさーん!テルさーん!テルさーん!!!」




















数分ほど経ったろうか?





後から川を上がってきたテルさんがようやく異変に気づき、かけつけた。




荒瀬の轟音をも上回る、俺の絶叫にを聞きつけた。




















・・・・・魂の絶叫にもう一つの絶叫が重なった。


































うぁああああああああああああああ

うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお







「あのときの拓矢くんは“発狂”って言葉がぴったりだったよ。撮影中もずっと叫び続けてるんだもん(笑)」後にテルさんは言ったっけ。
撮影の、ホントの1枚目。この鬼が“記録”として残った瞬間。
そして、以後何百枚も撮った中で、俺がサイコーにいい顔してる写真。
・・・俺はこの写真を見返すとき、「こんな顔をもう2度と出来ないんじゃないかな」ってセツナくなるんだ。
俺の身にもし何かあったら、この写真を遺影にしてくれ。
二人旅をしてきてよかった。感動を分かち合える人が側いてよかった。
朋友テルさんへ。いままでイヂリまくってゴメンね。ありがとう。


























震える手でメジャーを当てると、それは先生の120センチを楽に越えた。




そして更に頭ひとつ分大きかった。











それは




日本人として、ルアーマンとして、






前人未到の“鬼”を釣った瞬間だった。




















そして俺はこいつがもう助からないことを悟った。

























・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








テルさんの到着までの間、

叫びながら、混乱する頭でありとあらゆる蘇生を試みた。

巨大魚は、特に印象的なのだが、

釣られた後、恨めしいまでに眼球を動かし、俺の姿を追い、

釈放を嘆願する。








でもこいつにはそれが無かった。








潔いまでのあっけなさ、

本当に「気が飛んでいる」、そんな感じなのだ。



どこか遠くの一点を見つめ、穏やかに弱っていく・・・。









「おい!命乞いしろや、俺を睨め!バカヤロウ!」








「たたけば起きるかも?」



気が触れていた俺は

意識の無い人にやるみたいにビンタし、頭を殴った。









しかし、今度はだんだん白くなり始めた・・・・

















テルさんが到着した頃から、鬼はだんだんと色を失っていった。


ヒトで言うなら、血の気がなくなるとか、体温が冷えていくとか、そんな感じ。











テルさんは言った。

「もう無理に逃がしても助からないよ・・・」









自分ではわかってたが、その一言をヒトから言われたくなかった。



「くそっ!くそっ!!」











もうみるみる色を失っていく鬼






俺はこいつの死を確信した。

けど、認めたくなかった。







出来れば蘇生させてやりたかった。



脳震盪を起こした“鬼”、その後も必死でエラに水を通した。通そうとした。

我武者羅に「8の字」をかかせようとした。






しかしその重さがゆえ、うまく出来なかった。


自らの非力を恥じた。










“鬼”は死を選んだのだ。

その巨躯が故の畏怖を、俺にまざまざと見せ付けて―――。














































周囲はもうすでにうす暗い。ストロボ無しで撮影できる限界。

ほんと、引き波が引くようにどんどん白くなっていく鬼。









「テルさん、デジカメ容量限界まで、日が完全に落ちるまで、
ありったけシャッターきりまくってください!

こいつの命が、色あせてしまわぬうちに、
色あせずいつまでも残るように・・・。」













俺はいつも魚をキープする時にかける念仏を心で唱えた。





「ありがとう、そして、さようなら。・・・三途の川では、もう釣られるなよ。」














消え行く命を惜しむように、シャッターが切られ続けた―――。






























・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・














真っ暗になったころ、テントに戻り始めた。




「死んでしまったら食う」



しかしこの真っ暗な悪路を、小学生ほどもある鬼を抱えて崖を行くのはあまりに危険だ。

鬼の亡骸を川辺に作ったプールに残こし、翌早朝に戻ることにして今夜は引き返すことにする。



これ以上遅くなり、気温が下がれば、ずぶ濡れの俺には本気で危険だ。

モンゴルの夜は氷点下。

僻地で体調を壊すことの危険は、2人とも身に染みて知っている。



2人で1つしかないライトは壊れていた。






せめてもの鎮静、「“鬼”が釣れたら吸おう」そう思って用意してきたラッキーストライク、

開高先生も愛用だったその米国煙草は濡れて火がつかない。







「チッ、どいつもこいつもシケてやがる」



























崖の上が若干明るくなってきた。

闇が塗りつぶせないでいる月が、妙にカッコ良く、頼もしかった。








テルさんが自分の上着を一枚貸してくれた。













月明かりの下 やさしく眠る 思い出は夏の星空となる
もう帰らない 帰れない…








頭ではまたモンゴル800が流れている。




スローに、アコースティックに。





















帰り道、崖を伝いながら、満身創痍の体と覚醒の続くアタマで考えた。













鬼の命を“記憶”に残すため、重さも参考程度に測ってみた。

俺の30lbのボガ1本では楽勝伸びきったから、テルさんのとあわせて2本で・・・。


それぞれのボガが10キロを超えた。




・・・だけどはじめから申請用のハカリは持ってこなかった。

このクラスの巨大魚を申請するには確実に相手を殺さねば無理と知っていたから。





“世界記録”をとるために、俺はモンゴルに来たのではない。

“世界行脚釣行録”を完結させに来たのだ。









お世話になったバリバス様に恩返し、

その意味で“自分の地”では30lb&50lbラインクラスのパプアンの世界記録は樹立したけど、

それは俺が表現したいものを表現するための“エサ”にすぎない。

もっとでかい魚、もっとゴツイやつはいくらでも釣った。

そいつらに糸の太さで価値を定めて、それがどうだって言うんだ?

IJFAとかいう、ルール大好き、わざわざものを難しくするような白人趣味など、

日本人として、“恩”や“粋”を重んじる俺にはハナクソ。






IGFA年会費2万円、もう俺は更新することは無いだろう。

ラインクラス申請はもうできまい。






俺がほしいのは、ただひとつ。

20キロ以上、メーターオーバーの“湿原の大魔神”

オールタックルのパプアンバスのみ。


そしてこれは、俺がパプアに還る動機、“約束”だからだ。



純粋に、誰もやったことの無いことをしたい。

でっかいアイツを抱っこしたいのさ。


「世界ーの大魔神を狩る!」


見てくれてるみんなも、“俺が”達成することを祈ってくれてるでしょ?






だから・・・






クサい言い方をすれば、生涯のライバルと認めた魚への、“友情の契り”

それが武さんにとっては、タイメンなのであろうから、


チョロートの王は、やっぱり武さんであるべきだ。







俺は出しゃばりすぎた。出来すぎな展開だよ、正直。





でも、きっと武さんは来年、きっとこいつを抜いてくれるだろう。

そう、俺は祈っている。








150センチ、

氏の表現で言う“鬼神”というタイメン、



俺も見てみたいから。












この魚の命が、

氏と、氏を応援する人たちの共通の“夢”の、起爆剤になることを祈って・・・。








・・・やっぱ俺、武さんの一番のファンやからサ。

































だから今の俺に出来ること。















すべてをつなげた鬼を、

死んでしまった以上、なんとしてもこいつの雄姿を日本に持ち帰るコト。

































鬼の首を見せてやりたい。


自然と冒険が大好きな子供たち、若者たちに、この牙に直に触れてほしい。









・・・武さんが3年前、学生服姿の俺にそうしてくれたように。











































経緯はどうあれ“殺した”事実を俺は曲げない。


釣りに必然的に介在する殺戮性から、目をそらさない。


それが運悪く死んだ鬼への、せめてもの弔いだとおもった。



































後で調べたトコロによれば、モンゴルでタイメンを釣るのは規制され?

それが大型のタイメンであれば犯罪?、場合によっては
殺せば禁錮2年だみたいなことも聞いた。

でも、ガイドフィッシングならばOKとも聞く。遊魚券が買える場合もあると聞く。




・・・いろんな意味で、俺みたいな個人旅行者は“規格外”なんだろう。




言葉の問題で、どこまで意思疎通が出来ていたか不明だけれど

途中出会った自然保護官との交渉で、俺たちは遊魚権を買った。

事情を説明し、俺たちは金を払い、相手はそれを受けとった。

金銭授与があった時点で、「契約」は成立してる。








これ以上俺に何が出来る?

釣りを認めた以上、場合による魚の死は時に必然だろう?







日本からの、さまざまな“期待”に答える責任もあった。

俺だけは、絶対に俺の味方でいてやろうと決めたんだ。







遊魚権は買った。

死んだ鬼へ、敬意を払え。



卑屈になるな、胸を張ろう。













































「ハハハ、最悪・・・」



お尻の穴がキューンと痛んだ。























































・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・














崖の上に月が昇った。

狂騒と狂乱、先ほどの死闘が夢幻であったかのように、

月明かりが川を流れていく。



赤切れる頬に冷たいものがぶつかった。


あられだった。











この日
“炎”は消えた。

燃え尽きて、消えた。





―――
木枯ラシヨ、“灰” ヲ弄ブノカ?―――













・・・まぁ、いい。もぅ充分だろ?



































































俺はこの鬼に

釣りと言う趣味の矛盾を見ながら、

罪の意識と誇りを抱いて、

一生、竿を振り続けるのだろう。






































俺ハ犯罪者カ?英雄カ?










































































「・・・なんだろよ、この悲しさはよ?」






















































































濡れた体に寒さが襲ってきた。


モンゴルの冬は近い。


























































































ロドリさん、岸スタのみんな、

バリバスさん、バードマンのMさん、グレイズさん、ガンクラフトさん、

ずっと前から個人的に応援してくれた方々、


そして“モンキス”で繋がったすべての皆さんへ。



終わったよ。













































「ねぇテルさん?

タイメンが“魂の名魚”だってのは、本当だったよ。

ドラマみたく 完璧なタイメングで “奇跡” のように現れて、

“幻” にように消えていったんだから…」










タイングを“タイング”って素で打ち間違えちゃうくらいネ・・・笑































































































































































































一匹ですべてを繋げやがった。

一匹ですべてを変えやがった。











すげぇよお前・・・








やっぱホンマモンの“鬼”だ。


























































































































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PS. 更新を終えた今、スピーカーからはちょうど尾崎の「卒業」が流れてた。
ページ上、儚くも凛と咲く、そんな一輪花を旅立つ貴方に贈ります。