第2章 東洋の魔都で旅に弾みをつけること

 

 

 

 

陸地が見えた。

緑の田園地帯、赤い屋根の家がぽつぽつ見える。

無数に走る用水路。

あのにごった水の中に、無数のドラマがねむっている!!

隣からエンドレスで話しかけてくるおばちゃん。

そのウザイ話し声も聞こえなくなった。(いい人だったけど!)

「来たぜ、来たぜ、タイランド!」

はじめてみるユーラシアの大地。

なんだか夢見心地だった。

 




タイについた俺は、バスに乗りこみ、一路カオサン通りを目指す。

日本で言えば、原宿の竹下通りような賑わいの、外国人向け安宿街である。

バンコク名物、夕方のラッシュに巻き込まれ、

宿についたころにはあたりは暗くなっていた。

たまたま宿のフロント裏の水槽に、いきなりカラァーイとサワイが泳いでいた。

当然、水槽にヒーターなどは入っていない。

「そうだ、ここはタイなんだ!熱帯魚などではない。

その辺の水の中に、こいつらはいる!」

俺は釣りバカ丸出しでニタリと笑った。




 

今夜は、空港からのバス中で知り合った日本人と宴会だ。

異文化にどっぷり漬かる為にやってきた俺ではあるが、

同じ言葉を話す人々と一緒にいるとほっとするのもまた事実である。

日本では出会ったその日に酒を酌み交わすなど、そうあることではない。

南国のとろんとした熱気は、人を解放的にするらしい。

出国直前は節約のため、3食を卵かけご飯のみで過ごしていた俺にとって、

タイ料理はマジでうまかった。

あとで聞くところによると、

現在のタイ料理は伝統的タイ料理と、華橋の持ち込んだ中華料理の融合作品だとかなんとか。

ラーメン他、中華料理的味付けを好む現代日本人の舌とは相性抜群だ。

(パクチーという香草だけは好みが別れると思うけど)

氷入りのタイビールで涼をとる。

どっと疲れが出た。まず酔いが足にきた。

ふらふらと宿に戻る。

「ヨシワラー、ヨシワラー」クソオヤジが声をかけてくる。

「ワン ハンドレット バーツ!!」ケチな白人が土産物を値切っていた。

 













翌朝、タイ国立博物館を眺めながらチャオプラヤ川へ釣りに行った。

宿の水槽の魚はこの川でとれたらしい。

信濃川の河口ほどの大きさで、思ったより流れが速い。

俺は橋の下の水溜りのようなところに狙いを定めた。

そばの屋台からの残飯が捨てられ、

衛生状態最悪な場所であったが、「生き物のにおい」がした。

時々水面がもじっている

橋の上からの水滴か?

しばし観察・・・いや、間違いなく魚だ!

うじゃうじゃいやがる!!

「楽勝だぜ!」

記念すべき第一投。ルアーはジグスピナーを結んだ。

・・・反応なし。

「んな、あほな?スレがかりするほど魚がいるじゃん!くってこんかい!!」

スプーンを投げた。

管理釣り場用の極小サイズだ。

反応なし・・・






・・・・と、「ヘイ、釣れたか?」のようなことをタイ語で話しかけられた。(のだと思う)

振り向くと、イケてないアホそうな3人組の男たち。

どうやら、タイ人に間違われたようである。

そりゃそうだ、こんな肥溜めのようなところで竿をふるっている日本人観光客などいるわけがない。

「地球の歩き方」のせいで、「話しかけてくる奴=悪人」と警戒しまくりであったが、

話してみると(ろくに話せてないけど)悪い奴らではなさそうである。

連中の一人、ビール君がどこからともなくカニを捕まえてきた。

足と甲羅を取り去ったカニをブラクリにセットする。

ブラクリの錘より小さいカニ。足もはさみもなけりゃアピール力0である。

それを全くもって頓珍漢なゴミの中にキャストするビール。

2秒後、日本製のブラクリはユーラシアの大河の藻屑となった。

つれるわけないじゃん・・・。




3人の中で唯一多少英語を話せるゴルフが「えさを買いに行こう」とコンビニへ。

パンとタバコと甘ったるいカクテルをおごってくれるゴルフ。

恥ずかしながら「タイ人=貧乏、金せびる奴」との偏見を持っていた俺は、

自分の見識の甘さに恥ずかしくなった

チャオプラヤ川に戻り、今度は本流へキャスト!

またもやビールがでかいタニシ(?)をもってきて、

そのままジグヘッドにつけて投げた。

「どうせ釣れんだろ」

日本ではほとんどやらないタバコに火をつけた。

タイ製シガレットの強烈過ぎるメンソールが目にしみる。

前日からの軽い二日酔いの頭に、さらに甘ったるい酒が回っていく。

コーヒーに入れたミルクのように、タイがゆっくり体になじんできていた。

当然魚は釣れなかった。


カオサン通からすぐ、チャオプラヤ川にて。左からビール、俺、ゴルフ





夜、ゴルフに飲み会に来ないか?と誘われた。

「今夜移動したいから、まだなんともいえんわ」

日本人らしく、あいまいな返事を返す俺。

とりあえず今日7時に橋の下で再開しよう!そう約束して、俺たちは別れた。

 











午前10時にしてほろ酔い気分の俺は、

前日から同じ部屋で経費削減をしている日本人の兄ちゃんと、

ウィークエンドマーケットへ行ってみた。

カオサンと同等か、
それ以上の賑わいを見せていた。

ただ、決定的に違うのはカオサンのように外国人ばかりではなく、タイの人々が普通に日用品を買いに来ている場所であった。


とうぜん、すべてが「アジアン雑貨店

食べ物の店の隣がペットショップ、衛生概念のかけらもないが、

妙にエネルギッシュで楽しかった。

洗面器で売られている熱帯魚。

そしてその中に、今回のターゲット「カラァーイ」と「シャドー」を見つけた。

はじめてみるシャドー。

稚魚のため、きれいな赤色であったが、闘志が燃え上がったのは言うまでもない。


だが、ここではちょっとシリアスになることがあった。

祭りの縁日のごとく、ものすごい賑わいを見せているのだが、

そんな通路にところどころスペースが開いているのだ。

近づいてみると、人が倒れていた。よく見ると、足がない

這いずり回りながら、なべでお金を恵んでもらっている。

中には、自分より若い子もいた。

地雷で足を失ったのか、

それとも貧困から自ら足を失って同情で生計を立てていこうと思ったのかはわからない。

ただ、非常に印象に残る出来事だったた。

 












やはり、今夜の夜行特急でコーンケンというバンコクから500キロ離れた、

超マイナーな町に移動することを決めた俺は、チケットを買ったあと、

ゴルフに会いに橋の下に行った。釣りをしながら待っていた

「ごめん、やっぱ今夜もう行くわ」

「そうか。ざんねんだな。まぁ、こっちもビールが連日の飲みすぎで体調壊して、

今夜の飲み会は無しになったところなんだ」

ゴルフは言った。

ちょっとだけ罪悪感が消えた俺は言った。

「2週間後に、ラオス、カンボジアを経て戻ってくるからそのときに再会しよう!」

OK、駅まで送っていくよ」











 

スコールが降り出した。

国立博物館前の7車線ぐらいの大通りを車を強引に止めながら渡っていく2人

3回ぐらい引かれかけた

びしょびしょになりながら、それでも俺たちは笑った。

途中、ゴルフがタバコ屋のおばちゃんになんか話しかけた。

どうやら、彼のアルバイト先っぽい。

「タク、予定を空けられた。OKだ。俺も一緒に行くぜ!

タクはタイ語が話せないから俺が突いていってやるよ」

日本で言えば、東京でその日の朝に出会った2人が

「青森行くんか、心配やからついてってやるよ」ってな感じだろうか?

あまりに人の良さにびっくりした

「でも、ゴルフよ、お前荷物ももってないし、旅する金も持ってないんじゃね?

おれ、かしてやれるほどゆとりないぞ」

「マイペンライだ。大学のクレジットカードをパクってきてるから、

いくら使っても大学に請求がいくんだよ!」

・・・

「おっしゃ、なら行きますか!」








 

ファラボーン駅に向けてトゥクトゥク(人力車のバイク版)が走る。

「タク、あれがワット・ポーだ」

下品なほど黄金びかりした寺だ。

アクティブすぎる運転で、ライターに火がつかない。

ゴルフの吸っているタバコと間接キスをして火をつけた。

お互いニヤリと笑った。

スコールはすでに上がっていた。

雨上がりのきれいな空気を、2本のタバコが汚していた。

 






 

駅に着いた俺たちは、ゴルフの切符を買いに行った。

(すでに自分の切符は旅行代理店で購入済み)

カードを差込み・・・困った顔をするゴルフ。

「大学がこのカードの契約を解いたみたいでつかえないよ!!」

うなだれる俺たち。

しかし、俺たちは強引に改札を突破し、電車に乗り込んだ。

「キセルで大丈夫なのか?海外まで来てポリちゃんのお世話になりたくないぞ!」

「マイペンライ、マイペンライ」

ゴルフは笑った。俺はうれしかった。

列車がゆっくり動き出した。

その瞬間「トイレにでも行ってくるわ」そんな感じのジェスチャーでどこかへ行ったゴルフ。

・・・ゴルフが帰ってくることはなかった。

どうやら、俺を動揺させないよう、ぎりぎりまで傍にいてくれたらしかった。

おそらく、電車から飛び降りたんだろうか。

この旅ではじめて独りぼっちになった俺は、寝台列車の二階席に横になった。

しばし、ボーっとしていた。

激しく揺れる列車。

明日の朝にはコーンケンだ。