第12章 最後の釣りで朝日を見る事

 
























さて、武兄は今夜帰る。

昼過ぎのカオサンで、俺達はあと半日をどう遊ぶか考えていた。

「海老やったことあります?」

「実はないのよ。時間は少ないけど、行ってみようか?」

タクシーに声をかけ、



「トッ・クン」
(トッ=釣り、クン=海老




といってみる。両手をチョキにして、アホな物まねをしてみる。

何度も念を押し、「OK,OK」というので俺たちは乗り込んだ。









が・・・

















どこまで走るのか、武兄の飛行機までもう時間がない!

運転手はあい変わらずガソリンスタンドで人に聞きまくっている。

「このアホ、知らんのやんけ!!だましやがって!!」

そして、ようやく戻ってきた彼は言った。












「OK,ブンサムラーン!!」









ブンサムラン・・・フランス人フィッシングガイドがツアーフィッシングで大物を釣らせている、

いわくつきの巨大釣堀である。

養殖されたメコンオオナマズがたくさんいて、

アホでもつれるという話を日本で聞いたことがある。



「あれだけエビ釣りだと言ったじゃないか、バカヤロウ!!!」



武兄に残された時間はもうなかった。


「拓矢君、俺はここでTme Upだよ」


俺たちは握手して別れた。

「世界のどこかでまた会おう」

武兄の夏休みは終わった。その最後を共に行動できて、ホントによかった。

多くのことを学ばせてもらった。

どうして彼があれほどの結果を残してこれるのかも、少しだけ分かった気がした。

 










この日は9月28日。10月1日深夜1時にはここを去らねばならない。

俺に残された時間も2日間。

この時間を考えると、もう1箇所腰をすえて釣りに行くことは不可能だ。

「チャーサンサオから帰って、アンコールワットに行ってこよう」と思っていたが、

あまりにもおばかな勘違いをしていた。それは・・・






「9月に31日はありません!!!」


















萎えた。アホや・・・。アンコールワットまで片道1日かかる。










行ってもとんぼ返りだし、帰国直前で無茶すると日本に帰れなくなる!


というわけで泣く泣く諦めた。



ぽっかり2日間の時間が空いたわけで、



むしろこの運転手が「ブンサムラン」をしっかり理解したのなら、好都合である。




「一人だけでも行ってやらぁ、ブンサムラン!!」




























ちょっとその辺の海老釣りレストランまで・・・と思っていたので、

釣り具は何一つ持っていない。しかも、手持ちの金は限界ぎりぎりだった。

更に聞き込みを続けること数回、なんとか到着し、釣具をレンタル、遊魚券を購入し、

帰りのタクシー代を逆算して差し引けば、もうぎりぎりだった。


異国で金がなくなる恐怖は計り知れない。


そして、「ブンサムラン」というところにはいるが、


それがタイのどこかわからない(汗。


知り合いも、頼りになる人もいない。ガイドブックも宿に置いたままだ。





自分の踏みしめている大地が、本当の意味で不安定だ。



「ま、丸1日かければ歩いてでもカオサンにたどり着けるでしょ?」



「マイペンライ、マイペンライ」

そう呟いてみるしかなかったのである。

 

















食パンの耳にココナッツミルクを混ぜ、

野球ボールより一回り大きな団子を作り、吸い込み仕掛けを埋め込む。

団子が割れないように注意しながら第一投。

・・ドボン。失敗。こんな重いものを投げたのは初めてで、タイミングがつかめない。







数度の失敗の後、なんとか数十メートル飛ばせるようになった。

ドラグをゆるめ、アタリを待つ。

ふいに、隣の釣り人が話しかけてきた。



「ニホンカラキタデスカ?」




カタコトの日本語をしゃべる彼

(笑うセールスマンそっくりなのでセールスとよぶ。名前を聞いたような気がするが、忘れてしまった)



セールスと・・・誰?笑




カタコトの会話をしながらあたりを待つ。




友人が日本でブラックバスを釣った自慢話を聞かされ、

自分も行ってみたいのだということ、

シーバスに挑戦してみたいのだということ、

この近くに住んでいて、週末はほぼ毎週ここに来てるのだということ。

セールスはそんな話を一方的に喋り捲った。



「タクサン(拓さん)、アノデスネ・・・」



「ジィ、ジジジジッジ・・・」





セールスの竿のドラグが鳴った。

よっこらせ、と立ち上がり、ドラ具を閉め、力いっぱい数回あわせ、


「ハイ、タクサン、モツデス」


厚意を無駄にしてはいけない。俺はロッドを受け取った。




初めて味わうメコンオオナマズの引き。

魚というよりは、獣と綱引きしているようなもんだ。

いつかは力対力の釣りをしてみたいと思っていた。



数分後、メコンオオナマズは俺の足元に転がった。

夜の蛍光灯の下で怪しく赤く光る目、

タイヤのような質感の肌

1メートルを楽に越える、怪物というにふさわしい存在感だった。

「でも、俺が釣った魚じゃない・・・」

その後もセールスにだけアタリは続いた。

セールスは俺にファイトさせようとするが、俺は断った。


「自分で釣りたいんよ!!」


「タクサン、ナレデス。スグツレマスヨ〜」




と・・・・

白人のチビハゲが数人の白人を連れて後ろを通っていった。

「フ○ン○ワ」セールスはぼそりと言った。

その後、この白人チビハゲガイドの悪いうわさを俺は聞かされ続けることになる。

仕掛けのセット、餌を丸め、キャスト、アワセまで、

いっさい客にやらせてはくれないとか。1日一人2万円だとか・・・。







来た。



合わせもばっちり決まった。

釣れたのは、

1メートルを超えたプラーサワイだった。


緊張がほぐれた。



不思議なもので、一匹釣れるとさっきまでの苦戦が嘘のようにアタリが続く。

そして、念願のメコンオオナマズ(現地名 プラーブク)は俺の手に落ちた。

そして、2匹目のブクは更に巨大だった。

セールスは「25キロ」といい、口先を地面につけて持ち上げると、

尾っぽが俺の乳首まで来た。

尾を持って持ち上げると、自重で背骨の関節が「ポキポキ」と鳴った

メジャーもなにもないので大きさはわからないが、

およそ130センチ、25キロ、

15分の格闘の末、奴はネットに納まった。



なぜか白黒















それでもセールスは「まだまだ赤ちゃんだ」という。

この釣堀の中には100キロを越す大物もいるという。

















今度は色つき!
昔からこういうポーズで写真を撮りたかったのだ!笑














「釣りのために筋トレ」日本では本気にできなかったが、

まさに体を鍛えないと巨大魚相手には勝負にならないことがわかった。

メーターを越えてくると、もはや魚は魚ではない。獣になるのだ。

セールスは「デハワタシ、モウ、カエリマス。ガンバッテ」

と残った餌を俺によこして帰っていった。

セールスがいなくなると、急に静かになった。






俺はまた独りになった。














 

その後、小型(といっても、全部1メートル前後はありますが)の

サワイ2匹とブク1匹を追加した。

しかし、もう自分のレンタルタックルは限界だった。

10号ほどのラインは、すっかり白濁、

2連続ラインブレイク・・・

中国製の針も全くダメで、すぐ伸ばされる。

仕掛けを失うたびにカウンターで購入し、俺の残金はどんどん減って行った。

もう意地であった。ギャンブルで大負けするのもこんな感じなんだろうか?

もう、後のことは忘れ、釣りを強行した。

見かねた隣の釣り人が針を分けてくれた。

メイドインジャパン、がまかつ製だ。






今度こそ・・・・・。








合わせは決まった。



何回も合わせ、確実に針を食い込ませた。


針はまず大丈夫だ。ドラグを緩め、スピニングでありながら指ドラグで戦った。


もう、このラインに負荷をかけることはできない。


走るだけ走らせ、だましだまし寄せる。


また走られる&寄せる・・・池の端から端までを走り回りながら、怪物の疲労を待った。


指ドラグをし続けていた指に痛みを感じるようになった。


おれはドラグをしめ、「肉体ドラグ」で対応した。

自分自身後ろに下がって、戻りながらリールを巻く。


魚が走り出したら、自分も前に戻りながら、ドラグを緩める。







何回同じことを繰り返しただろうか、終に相手は力尽きた。


浮いてきた相手を見たとき、


「そんなバカな」と思い、「こんなに引くのに・・・」と思った。


2匹目のブクより少し小型で、20キロといったところか。

タイ人が尾っぽをつかんでランディングしてくれた。


時計を見ると、ファイト開始から40分が経っていた。


汗だくの勝利だった。力比べ、根競べに俺は勝った。




疲れた・・・・。

 


究極のエクササイズフィッシング

確かに野生魚の釣り、自然相手の勝負のドキドキ感はない。

しかし、この釣りはタイに来ないと楽しめない釣りである。

腕がパンパンで上がらなくなった。

この釣堀には釣堀なりの楽しみがある。

「もう1度いくか?」と聞かれれば「もうお腹いっぱい」だが、

十二分に楽しんだのもまた事実。








 

気がつくと、東の空が明るくなっていた。

4匹目のブクとのファイトあと、

虚脱感、放心状態で俺は大の字に転がった。

どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

レンタルタックルの保障代として預けておいたドルを返してもらい、

俺はブンサムランを後にした。

当てもなくふらふらさまよい、ようやく大通りにたどり着いた。

「バーツが足りなくなって、ドルじゃダメって言われたら、そこからは歩こう」

俺はタクシーに乗り込んだ。

カオサン通り宿に着いたのは朝9時。

そのとき手元に残っていたバーツは100バーツ(300円)を切っていた。

泥のようにおれは寝た。